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私は何処から来て、何処に向かうのでしょうか?

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最終話 迎えに来たのは彼女の方ですよ?

 
前書き
 最終話を更新します。

 次の更新は、
 12月4日、 『蒼き夢の果てに』第77話。
 タイトルは、 『風の眷属』です。

 

 
「あんなの、どうやって相手をしたら良いって言うのよ!」

 異界化したコミュニティの元農耕地に、悲痛な美月の叫びが響く。

 その美月の声に続く黒き死に神の斬撃!
 それは、死そのものを振り撒き、すべての生命を刈り取る死に神の一撃。
 いや、おそらく穢れを嫌うハクに取ってその一撃は、掠る事さえ致命傷に至る斬撃であろうか。

 しかし!
 その死を招く斬撃も、身を翻したハクの長い髪の毛を僅かに一房、刈り取るに留まる。

 ――が、しかし、一度や二度、攻撃を回避された所で悔しそうな雰囲気ひとつを発する事もなく、右上段から手首を返しての左下段、そしてまた右上段からと矢継ぎ早に鎌を振るう黒き死に神。
 その様は正に死に神に相応しい姿。この目の前の巫女服姿の少女を。そして、彼女の背後の存在するすべての生命を刈り取るまでは絶対に止まらないかのような勢い。

 振るった鎌が完全に振り切られる前に、更に続く斬撃が放たれている状態。
 ただひたすら続けられる力押しの猛攻。そもそも、鎌のような武器に決まった攻撃方法など存在しない故の、この連続攻撃。

 但し、ハクはその攻撃を冷静な視線ですべて紙一重にて躱して行く。
 そう、美月は知って居る。この状態……。一見して死に神の猛攻に対して打つ手がない状態に見えるこの状況は、むしろハクのペースで有る事を。

 彼の剣は後の先。先手は常に相手が取り、その攻撃が自らに届く前に相手を刺し貫く剣。この猛攻の最中に完全に彼を捉えられない限り、死に神の方にも絶対の勝機と言う物は訪れない。
 しかし、相手はどのような傷も立ち所に回復させて仕舞う不死に近い存在。
 このままでは、彼の方にも勝機が訪れる事はない。

 双方決め手を欠く千日手の状態。
 ……いや、現状だけで言うのなら、疲れを知って居る存在の彼の方が不利だと言わざるを得ない。

 美月はそう思考を巡らせ続ける。
 何故か、無意識の内にハクの事を『彼』と表現しながら……。
 まして、美月自身はハクが剣を振るう事を知ったのは、先ほどバンダナの青年を相手にした時に初めて知ったはず。
 しかし、彼女は何故か、ハクの剣が『後の先』で有る事を知って居て、現在の戦いの推移が彼女のペースで有る事も何故か知って居る。
 そして、自らのその考えをまったく疑問に感じる事もない。

 円を描くように回避を続けるハク。その動きは正に舞うが如し。

 死に神の鎌が振り下ろされる瞬間には、身体を低く大地に手を添え、
 下段から薙ぎ払われる際は、半歩足を引くような形で鎌に空を斬らせ、
 そして、刃の攻撃の合間合間に放って来る石突きに因る攻撃も軽くいなして仕舞う。

 現在の状況。一か所に留まる事なく戦い続けるハクと黒き死に神の攻防は、美月の弓ではハクの方に誤ってダメージを与えて仕舞う可能性が有る以上、弓を構えたまま、手出しをせずに状況の推移を見守るしか方法はない状況。

 しかし……。

 しかし、その彼女の瞳に映る今のハクの動きに対して、微かな違和感を発見する。
 元々弓を引く以上、美月の視力は良い。そして、今は鋭敏に成った感覚が、僅かな霊気の流れすらも漏らす事もなく感じるように成って居たのだ。
 射に備えていた状態から、ハクの動きの観察に重点を移す美月。ハクの意図を完全に理解出来なければ、次の動きに対処出来なく成る可能性すら存在して居ると考えたから。

 最初から変わらない――。死の穢れに晒されていても、流れるような、舞うような彼女の動きは変わらず。
 それはまるで、祭壇に立つ巫女の如き動き。この戦い(悪しき神)に捧げる巫女の舞い。

 しかし……。
 しかし、その中に、先ほどまでの動きとは違う微かな違和感。
 それは……。

「身体が円周上を動き、その頂点の部分に呪を刻んでいる」

 何気ない足運び。払われた刃を、打ち込まれる石突きを躱す際に動く身体が、しなやかに振るわれる腕が、すべて何らかの術を刻む動きと成って居る。
 間違いない、ハクは何らかの術を行使しようとしている。
 そう。ハクの動きは間違いなく円環を刻んでいる。そして、常にその円周の内側に黒き死に神の動きを誘導している。

 但し、例え何らかの術式で黒き死に神を結界内に封じ込められたとしても、其処から先。仮にも神を完全に無力化して仕舞うには、相手の能力があまりにも高すぎる。
 この状態……。黒き死に神が支配する世界では、流石のハクで有ったとしても少しの間だけ足止めを行うのが限界。其処から先。最低でも年単位の封印を施すには、どう考えても準備が不足し過ぎているように美月には思われた。
 まして、常に円の内側に死に神を存在させると言う事は、常に自らの方が大きな動きを行う事となり、必然的に動きに無駄な部分が出て来る可能性も存在して居ると言う事。

 相手の能力が自らよりも劣っている場合なら未だしも、相手は仮にも世界を創造したと言われる元創造神。その身が纏う神力は並の……小神レベルの物ではない。

 その瞬間、今までとは違う微かな違和感。
 それまで感じていた威圧感。この黒き死に神が支配する異世界と化した空間に閉じ込められてから、自らの後方から感じ続けていた破壊神の少女シノブが発する物とは明らかに違う気配。
 そして、それと同時に後方から淡い……虹の如き七色の光が発生し、美月の足元前方に新しい影を作り出す。

 そう言えばこんな伝承も存在して居ましたか。虹の向こうには逢いたい()の人が待っている、と言う伝承が……。

「あんたは……」

 その光を美月が感じた瞬間、破壊神の少女シノブが少し驚いたような声を発した。確かに、普段から落ち着き払っていると言うタイプではない相手だけに、その驚いたような声に関しても違和感が有る訳ではない。しかし、それでも何らかの異常事態が発生した事だけは間違いない声、及び雰囲気。

 その誰何の声に急かされるように振り向いた美月の瞳に映ったのは……。

 一目見た印象は、作り物のように整った顔立ちをした少女。
 紫色の……、女性の髪の毛としてはかなり短い目の髪の毛。髪型はやや毛先の整っていないショート・ボブ。淡いブラウンの瞳と銀のフレームを持つメガネ。肌は東洋系と思しき少女に相応しい肌理の細かい象牙色の肌。
 身長に関しては、美月とそう変わらない雰囲気。
 全体的な印象として、その少女から美月が感じたのは氷の彫像めいた完成された美。但し、同時に氷で有るが故の儚さのような物。

 そして、何処かで出会った事が有るような気がする相手。

 但し、それよりも何よりも異様なのは、その新たに現われた彼女の服装。
 蒼い襟の大きなセーラー服姿。そして、膝上十センチ程のミニスカート姿で有るのも同じ。濃紺と黒の差は有りますが、それでも同じようなハイソックス。更に、革製のローファーと言う部分もまったく同じ。
 そう。最初に彼女に声を掛けた破壊神の少女シノブとまったく同じ規格で作られた服装を、その新たに現われた少女は纏って居たのだ。

「成るほど。あんたが、今のアイツの巫女。龍の巫女をやって居ると言う訳ね」

 普段から、やや不機嫌そうな口調で有るのは事実なのですが、今回は更に不機嫌そうな口調で、そう新たに現われた少女に対して問い掛ける破壊神の少女シノブ。
 但し、何処となくその言葉の中に、既知の人物に対する問い掛けのような物を感じる。
 そのシノブの問い掛けに対して、彼女の顔を真っ直ぐに見つめてから、動かしたかどうか判らない微かな動きのみで首を上下させる少女。これは多分、破壊神の少女シノブの問いを肯定したと言う事。

 ……と言う事は、この新たに現われたセーラー服姿の紫の髪の毛の少女は、ハクの関係者。おそらく、突如、異世界に召喚されて仕舞った彼女を出迎えに来た人物だと言う事なのでしょう。
 確かに、普通の人間に異世界を行き来する能力が有るとは思えませんが、召喚されてから以降のハクが示して来た能力は破格の能力。その人間の関係者が、異世界への行き来を可能にする能力がないとは断言出来ませんから。

 この世界に居るハクと黒き死に神以外、すべての存在の視線を受けながら、しかし、その新たに現われた少女の瞳はただハクの存在を映すのみ。その他の人物に意識を向ける事はない。
 そんな微かな行為。そして、その少女が発する雰囲気にも僅かな既視感。いや、美月はこの少女とも何処かで出会った事が有る、……と言う事を強く感じ始めていた。
 そして、

 何故かその瞬間、紫の髪の毛の少女を顧み僅かに首肯くハク。その様子はまるで以心伝心。いや、もしかすると、ハクと彼女の間で実際に声に出さない会話を交わしたのかも知れない。

 ハクが首肯く様子を最後まで確認した紫の髪の少女が、突然、その場に崩れ落ちる。その少女の華奢な身体を後ろからしっかりと抱き留める破壊神の少女シノブ。
 その瞬間、ハクから感じる雰囲気が変わった。

 それまでは、この場……。この世界を完全に支配していたのは黒き死に神。生命の息吹を感じる事のない死と静寂が支配する滅びの世界で有ったこの地が、ハクの支配する精気に支配された世界へと徐々に塗り替えられて行くかのようであったのだ。
 それはつまり、今のハクの霊気は黒き死に神と互角以上と言う事。

 一瞬の停滞。僅かに後方を顧みた瞬間、間隙を埋めるかのように放たれる白い風と冷気の刃。
 これは当然、タマと白娘子に因る援護攻撃。この攻撃を回避する為、黒き死に神は踏み込み掛けた右脚を、回避の方向へとずらす。

 その僅かな隙間に口訣の高速詠唱を行い、導引を結ぶハク。そして振るわれる右腕。

 ハクの繊手から放たれた式神符から現れる彼女の分身たち。ここまでが、破壊神の少女シノブの腕の中に、紫の髪の毛の少女が保護されるまでの間に起きた出来事。

 その新たに現われ出でたハクの分身……剪紙鬼兵(せんしきへい)の内の二体が、ハクが刻んで居た円の上に。残りの八体が円の内側へと進む。

 包囲陣を敷きながら死に神へと接近しつつ有った剪紙鬼兵の内の二体が、一瞬の内に紙切れへと戻される。
 それと同時にハクの額から流れ落ちる紅き液体。
 これは返りの風(かやりのかぜ)。現われ、黒き死に神を押し止めるべく動いて居る剪紙鬼兵と、それを操るハクとの間に霊的な繋がりが有る以上、剪紙鬼兵が受けた被害はハクが受けなければならない、……と言う魔法のルールに則った現象。

 但し、その犠牲は、それに相応しい貴重な時間を作り出して居るのは間違いない。

 後方に残った二体が祝詞を唱和し始めた。
 これは大祓の祝詞(おおはらいのことば)。一切の穢れを浄化し、この円――――
 いや、ハクが刻んだのは只の円ではなかった。円周上に打たれた五ヵ所の点を繋ぐ直線。晴明桔梗とも、ドーマンセーマンとも言われる印形。

 それに、そもそも、剪紙鬼兵が術を行使出来るはずはない。本来の剪紙鬼兵とは簡単な命令を熟すだけの紙人形。術者の能力にも因りますが、かなりの高位の術者でなければ、その剪紙鬼兵に複雑な術の起動など行えるはずは有りません。
 だとすると、あの後方。円周上に配置されたハクそっくりの存在は剪紙鬼兵以外の術。おそらく、剪紙鬼兵よりももっと高度な術を使用した存在。

 もしかすると、ハク本人の能力を完全にコピーした分身の可能性も存在する。
 但し、本人と同じ能力を行使出来る分身の場合、その分身が受けた傷はそのまま使役者の元に返るのが、この手の魔法を使用する上での決まり。
 つまり、もし分身の首が跳べば、本体の首も跳ぶ事と成るリスクを負って居る事と成る。

 すべての魂を刈り取る鎌が振るわれ、更に三体の剪紙鬼兵が紙くずへと還って行く。
 しかし、その時には既に晴明桔梗は完成。ハクのより高度な分身たちは結界の維持へとその役割を移行させている。

 そして……。
 必滅の霊気を籠めた右腕を巫女服姿の少女は掲げた。その彼女の周囲を蒼白き光球が乱舞する。
 そう、それは死に支配された世界を上書きして行く霊力(ちから)。死とは正反対の位置に支配されたハクの霊気が徐々に凌駕して行くのだ。

 荒れ狂う光がこの狂った世界を引き裂き、何もない空間に有り得ない亀裂が走る。
 その向こう側からも更に溢れ出して来る光。

 それは、龍神の領域にまで押し上げられたハクの能力。急に意識を失った少女の存在……破壊神の少女シノブが口にした単語、龍の巫女が何を意味するのか、今の美月には判らなかった。しかし、彼女が何らかの役割を果たして、ハクの能力が増大した事は想像に難くない。
 それに……。
 それに、今の彼女を見つめて言える事はただひとつ。

 美しいモノには神が宿る。この言葉の持つ力は正しかった。ただそれだけ。
 例えその姿が、自ら流した紅き色に染め上げられ、黒き死に神に因って穢されて居たとしても。

 その刹那。怖気を誘う声なき声が響いた。千の魔物が雄叫びを上げ、万の邪神が降臨するかのような咆哮を。
 びりびりと大気が震え、黒き死に神の周囲に渦巻くように黒き霧が集まる。しかし、今回は晴明桔梗印結界に因り、その範囲外からの精気の吸収を行う事は出来ず。

 再び、有りとあらゆる悲鳴が具現化した黒き刃が残った三体の剪紙鬼兵を呑み込み、その存在を包み込む結界へと刃を届かせる。
 その黒き刃の一閃に因り、ハクの分身……飛霊の一人が大地に膝を付く。

 瞬間、ハクの元に再び上がる血風。
 しかし!

「勝利をもたらせ」

 強い光の向こう側から聞こえるハクの声。
 しかし、彼女の影に重なるように見える懐かしい広い背中。
 そして、その彼の直ぐ傍らに見える一人の少女……七人姉妹の末の妹の影。

 そうか。あの()が羽衣を渡した相手は……。

隔てられぬ光輝(クラウ・ソラス)!」

 紡がれる聖句。居合いの形ではなく、初めから上段に構えられた光輝が振り抜かれた瞬間、大地に巨大な爪痕を残しながら真っ直ぐに進むその先。
 こちらも同時に振り抜かれる黒き刃。

 すべてを断ち斬る光輝の濁流。
 片や、生あるモノの全否定を行うかのような死の象徴。

 有りとあらゆるモノを呑み込む闇と、有りとあらゆるモノを呑み込む光の激突!
 一瞬の膠着。いや、この間を『時間』と言う概念で語る事が出来る訳がない。
 大地が胎動し、空気が震え、そして、世界が色を失う。

 そして――――
 そして、その一瞬の膠着の後、完全に闇を呑み込む光輝!

 それは、脆くも崩れ去る大地を呑み込み。
 有りとあらゆる色彩に染まった狂気の蒼穹を呑み込み。
 大量の熱を孕んだ大気を呑み込み。
 風を支配する白い少女を呑み込み。
 峨眉山(がびざん)清風洞(せいふうどう)の主を呑み込み。
 アラビア半島のハラグ=コーラスの主を呑み込み。
 月の宮殿の主人を呑み込んだ。

 そして、最後に世界そのものを呑み込んで行く。
 死と静寂。瘴気と狂気に満ちたこの世界すべてを……。


☆★☆★☆


 ……ゆっくりと意識が覚醒して行く。
 何故か、とても長い夢を見て居たような、少し身体が疲れているような、そんな奇妙な朝。
 但し、気分が優れない訳では有りません。心地良い疲れ。何かをやり遂げた後に包まれる達成感にも似た状態。

 その時、起き抜けではっきりしない俺の鼻腔が微かな甘い香りを。そして、とても柔らかな感触を右手が感じた。

 ……ん、柔らかな感触?
 カーテン越しの柔らかな陽の光を目蓋の裏で感じながら、覚醒と同時に感じ続けて居る甘い香りを胸いっぱいに吸い込み、そして、右手を少し強く握り締めて見る。
 すると、矢張り感じる柔らかい、そして小さな弾力のある物体。

 ちょうど人肌程度の温かさを持つソレは、俺が軽く握り締めると、同じように軽く握り返して来る。
 これは、おそらく……。

 ゆっくりと重い、未だ微睡んで居たがっている目蓋を無理に開いて行く俺。
 先ず瞳に映ったのは見慣れた天井。そう、今年の四月(フェオの月)。タバサに因ってこのハルケギニア世界に召喚されてから暮らすようになった、トリステイン魔法学院女子寮の彼女の部屋の天井。
 身体に掛けられて居るのは、ハルファスに調達して貰った上質の羽根布団と毛布。
 頭の下には、柔らか過ぎない枕。

 ここまでは普段通りの朝の目覚めの一コマ。
 しかし……。

 タバサのベッドから少し離した位置。部屋の隅に敷かれた三枚の畳。その畳の上に更に敷かれて居るのが俺の眠る布団なのですが、今朝はその布団の傍らに俺以外の人物が存在して居た。

「おはよう」

 俺が目を開けたのを確認した彼女が、普段通りの抑揚の少ない、彼女ら独特の口調で朝の挨拶を掛けて来る。
 これも何時も通りの朝の一場面。彼女と契約を交わした、七月(アンスールの月)最終週エオーの曜日から続く日常。
 しかし、何故かかなり長い間、彼女の声を聞いて居なかったような気もするのですが……。

「おはようさん」

 上半身のみを起こしながら、その畳の隅の方にまるで定規を引いたような精確な姿勢で正座をした少女に朝の挨拶を返す俺。
 何故、彼女……湖の乙女が眠って居る俺の手を握って居たのか意味不明ですが、それでも、彼女が何の意味もなくそんな事を行う訳はないと思うので、今朝この手を繋いだ状態で俺が目覚めると言う事が必要だった、と言う事なのでしょう。

 いや、そう言えば、昨夜の眠りに就く前に妙な紙切れが舞い込んで来て居ましたか。
 何処かに行って来てくれ、……とか言う妙な依頼文が書き込まれた紙切れが。

 俺は、俺の事を真っ直ぐに見つめる少女の姿形をした神霊を見つめる。
 彼女は普段通り。殆んど感情を表す事のない瞳に俺を映すのみ。その頬を動かす事もなければ、無垢な新雪の肌を朱に染める事もない。

 ただ、彼女から僅かに漂う雰囲気は安堵。これは俺が眠って居る間に、何か厄介事が起きたと言う事なのでしょう。
 そして、その結果、俺は彼女の手を握った状態で目覚めた。

 まして、今の彼女は、ハルファスの用意したパジャマではなく彼女の正装。襟の大きな蒼色のセーラー服姿。この姿で眠る事はないので、この姿で解決しなければならない何事かが起きたと言う事は、想像に難く有りません。
 そもそも、彼女が眠るのはタバサと同じ寝台の上。俺の傍らでは有りませんから。

 それならば、

「湖の乙女、ありがとうな」

 正直に言うと何が起きたのか判りませんが、それでも、俺が目覚める事で安堵するような事が起きたのは確実。ならば、最初に感謝の言葉を口にするべきでしょう。
 そして、もし必要ならば、俺が眠って居る間に何が起きたのか彼女に聞けば良いだけ。

 起き抜け。更に、普通に考えたのならば意味不明の言葉に対しても動じる事もなく、静かに首肯いてくれる湖の乙女。
 何もかもが普段通り。普段通りでないのはただひとつ。

「そうしたら、そろそろ起きて、朝飯の準備に取り掛かろうかなタバサ」

 本当は既に目覚めて居て、しかし、少し自己主張をし難い状況で有ったが為に、寝た振りをし続けて居る少女に対してそう声を掛ける俺。
 どうにも鋭敏な感覚と言う物は、こう言う時には余計な気を遣わせて仕舞う。俺と湖の乙女は別にイチャついて居た訳でもなければ、後ろ暗い事を行って居た訳でもない。ただ、普通に話していただけなのですから。

 それにしても……。

 ゆっくりと上半身だけを起こし、ナイトキャップを被った蒼い少女を見つめながらこう思ったのだった。

 すべて世は事もなし、と……。

 
 

 
後書き
 書き上げたのは九月の末か十月の頭。
 更新は十一月の末でしたが。

 尚、最後のネタバレ。
 最初のメッセージに書かれていた『妖怪食っちゃ寝』とは、当然、『太上老君』の事です。
 もっとも、その辺りは、『ヴァレンタインから一週間』の第28話の方に書いて有る情報なので大きなネタバレと言う訳ではないのですけどね。

 さて、普段ならばここで次回予告ですが……。
 どうなんでしょうかねぇ。最終話ですから、次回予告など有り得ないのですが。

 タマと白娘子。このふたりと再び出会うのは近い内です。
 ついでに、美月と破壊神の少女シノブとの出会いの部分は……。

 これが一番、問題が有るんだよなぁ。
 本来なら、相馬さつき。弓月桜。朝倉涼子。長門有希。それに、涼宮ハルヒが関係した長い事件と成るのですが。
 伝奇アクションの色が濃い。

 それではまた何処かでお会い致しましょう。
 
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