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木ノ葉の里の大食い少女

作者:わたあめ
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第一部
第二章 呪印という花を君に捧ぐ。
  イビキ

「グフッ」

 試験管とキンのすさまじい拳とビンタを同時に受け、咄嗟にしゃがんだ下忍勢の上をフライングしていたマナは、仰け反るような姿勢でなんとか着地し、そしてそのまま頭部をゴン! と黒板に勢いよくぶつけるなりばったんと前向きに崩れ落ちた。試験官は気にした風もなく音忍達に警告をし、そしてマナを踏み台に教壇の上に上がった。

「俺の名は森乃イビキ。第一試験の、試験官だ」
「……えッちょッアタシスルー!?」

 ガバっと床から体を起こしたマナには埃ほどの感心も払わずに、イビキは早くも第一試験の試験内容を説明し始めていた。

「一回カンニングにつき二点減点とし……」
「い、いい加減にしてくださいよ!! いくらなんでもひでえっス!」
「何か言ったか? 受験生」

 首根っこを監視員の一人――はがねコテツにつかまれて、マナは黙りこんだ。

「これ以上騒ぐと追い出すぞ」

 そう言ってからコテツは教室内を見回し、空いている席を見つけてマナを放り投げた――つもりだった。しかしそれは幸か不幸か、シノの左隣だったのである。

「ひっふぁああ!?」
「――!!」

 シノの奇壊蟲たちが一斉に警報を上げ始め、思わず右へと後退したシノだが、そこにははじめがいた。だらだらとシノの顔を冷や汗が伝う。

「……!」
「よ、はじめにシノ。二人の近くとかアタシ運がいいなぁ! おっ、苺大福!」

 走ってきた紅丸を受け止めてやると、ぺろっと舐められた。その間にもイビキの説明は進んでいる。

「……ち、チームの合計点……だと……?」

 ろくに説明を聞いていなかったマナの耳に、はじめの呟きが耳に入り込んだ。そちらへ視線を向けると、顔を青くした彼が目を見開いてこちらを見つめている。更に一つの視線を感じて振り返れば、やはり顔を真っ青にしたユヅルが視線をこっちに向けていた。

「……え? どゆこと?」
「……第一試験の合否は、チームの合計点で判定するそうだ」

 更に言えばこの筆記試験は減点式であり、受験生には最初から十点ずつ持ち点が与えられている。筆記試験は全部で十問、各一点ずつという十点満点で、一問間違える事に一点減点される、ということだ。その上チームの合計点で判定とか、男女のドベを持つ七班と九班には正に精神的拷問である。
 それからずらーっと並んだ監視員達は、受験生のカンニングを見張るということで、カンニングやそれに準ずる行為を行った場合は一回につき二点減点となるという。

「じゃー五回も出来んじゃん」
「……む、そう言えばそうだな」
「……」

 左右で納得している同期二人に、シノは黙って配られたテスト用紙を翻す。ペンを持ち上げて端整な文字で「油女シノ」と書き、そして試験官を見上げた。

「では――始めっ!」

 しかしそうなると、シノの右隣に座っている誰かさんの名前を呼ぶことにもなってしまうわけで。

「――はいっ!」

 反射的に答えてからはじめは何故呼ばれたのかに疑問を持ったらしく、数秒間の間じっとイビキを見つめた。因みに他生徒は既に執筆を開始しており、はじめのことなぞただの頭が悪い馬鹿男くらいにしか思っていなかったらしい。

「どうした、何か質問でも?」
「……先ほど、私の名前を呼ばれたような……」
「……お前を呼んだ覚えはないが……」

 その一言で教室内の者達ははじめが自分の名前を呼ばれたのだと勘違いしたのだ、ということを知り、一部で笑い声が起こる。自分の失態に気付いたはじめは顔を赤くして、失礼しました、と呟いた。

 +

 とりあえずシノにとってそれは災難だったとしか言いようがない。
 つまるところこの試験とは如何に気付かれずカンニングするかということで、シノは奇壊蟲を応用して第十問以外全ての問題の答えのところを埋め終えており、第十問の出題を待つだけだった。
 しかし左右の二人はそうでもないいらしい。

「報告、はじめ、そっちはどうだ? こっちは限りなくヤバスな状況だ」
「報告、こちらは一問もできていない。ところでヤバス、とはなんだ?」
「ヤバス、とは起爆札を爆発させる際に用いる掛け声だ。覚えておけよ」
「しょ、承知した」 

 はじめに早速おかしな知識を注入したマナに、シノは思わず一ミリくらい首を傾げた。起爆札の掛け声は通常“爆”だということくらいわからないのだろうか、というかそれでもアカデミー次席かこいつ。
 と、目の前に消しゴムが転がってきた。見れば消しゴムのカバーには、「準備はいいか?」とある。それをはじめが受け止め、そして数秒して弾き返されてきた。簡略化された人間が頷いている可愛らしいイラストがある。見れば自分の足元で、一枚の紙を紅丸が弄んでいた。何かの計画を実行する為らしい。というか紅丸を通じて情報交換が出来るなら自分を挟んで消しゴムを弾いたりしないでほしいのだが。

「ぐ、ぐああああああ!」

 突然はじめが椅子の上に立ちあがって首元を掻き毟った。どうしたはじめ! と叫んでマナが机の上に立ち上がる。ふと視線を馳せると、彼等とは同じ班に属しているユヅルが呆気にとられていた。

「はっ! ヤバイ、不治の病の発作がおきたんだな! 試験官、彼に薬を飲ませる許可を!」

 ユヅルの顔が更に「はぁああ?」という顔つきになった。そして思い切りドン引きしている。シノは二人を見比べて、マナの演技の安っぽさには顔を覆いたくなったが、しかしはじめの演技は迫真だった。顔色は蒼ざめ口の端から泡を吹き、喉を狂おしく掻き毟り体はがくがくと痙攣している。思わず本当に不治の病の発作でもあるんではないかと疑ってしまうくらいだ。

「きょ、許可しよう」
「さあはじめ、これは薬だ!!」

 という言葉と共に、シノの頭は机の上に思いっきり押し付けられた。シノのサングラス越しに自分の試験用紙がドアップで映る。更に頭上でのやり取りは継続される。

「げほっ、げほ……! すまないな、マナ、いつも世話になって……」
「何言ってんだよ、はじめ! アタシら仲間だろ!? これくらい当然じゃないか……!」
「マナ!」
「はじめ!!」

 なんだこれ。シノは深いため息を吐いた。いい話だってばよ、というナルトの泣き声が聞える。「うおおお! これぞ青春! 仲間との友情です!!」という声も聞えたし、更にはチームメイトのキバが「いい話だなあ、赤丸ぅ……」とわんわん泣く声すら聞えてきたものだから、シノは大きく溜息を吐くより他にない。しかも今度は試験官の涙声まで聞えてくる。どこがよかったんだこの演技は。そしてこれをする必要が一体どこにあったんだろうか。そこかしこで聞える「くだらん」「何やってんだこいつら」という呟きには断然同意である。

「用が済んだならさっさと座れ」

 というイビキの言葉に、ご迷惑をおかけしてすいませんでしたというはじめの声がする。二人が席に戻るのと同時、シノはやっと机から頭をあげることが出来た。サングラスをくいっと調整するのと同時に、異変に気付く。

「……?」

 見るとテスト用紙が二枚増えている。名前記入欄を見れば、そこには「狐者異マナ」と「一文字はじめ」の名前がある。テスト用紙には、それぞれ「シノくんよろしく」とハートマークつきのメッセージと、「かたじけない」という、簡略化された人間が膝をついて頭を下げるイラスト付きメッセージがあった。ちらっとマナに視線をやれば、その手にした瓶の中にいつのまにかシノの虫が収まっている。半ば涙目になりながら、シノは二枚のテスト用紙に答えを写しだした。

 +

「これは絶望的なルールだ」

 イビキの言葉に、生徒達は固唾をのんだ。
 そして彼が提示した道は二つ。

 一つは、受けない、という道。
「“受けない”を選べば、その時点で持ち点は零となる、つまり失格だ。そして他の二人も道連れ不合格」
 もう一つは、受ける、という道。
「但し、“受ける”を選んで正解しなかった場合、今後の中忍試験の受験資格を永久に剥奪する」

「ンな馬鹿な!」
「ここには何回もここを受験している人だっているはずです!」

 キバが机を叩き、ユヅルが眉根に皺を寄せて叫んだ。彼等に同調した受験生達が野次を飛ばし、しかしイビキは気にした風もなく、クククと不気味な笑い声を零す。

「運が悪いんだよ、お前等は。今年はこの俺がルールだ! その代わり引き返す道も与えているじゃねえか? 自信のない奴は大人しく“受けない”を選んで来年でも再来年でも受験したらいい」
「大丈夫だ、はじめ。第十問だってきっとシノくんが手伝ってくれる」

 低い声で言い渡すイビキに些か動揺したらしいはじめに、ぐっと拳を握り締めてマナが目をきらきら輝かせる。シノは頭を打ち付けたくなってきた。

「受けない奴は手をあげろ」

 そんなイビキの声が静かに教室内に轟く。そして暫くは沈黙の支配していた教室だが、しかし数分後、誰か一人が手をあげた。搾り出されるようなその声に伴って、その少年と仲間二人が連れ出されていく。それを皮切りに、次々と手が上がった。
 受験生が次々と去っていく中、ルーキー達は一向に手を上げる気配を見せない。とりあえず某男子ドベと、自力で問題を解いてしまうサクラやシカマルを除けば全員がカンニングをしており、勘のいい者は既にこの教室内に中忍がもぐりこんでいることに気付いている。そのことに気付かない者も、例えばいのはサクラに心転身し、シカマルは影真似でチョウジを操ったり、マナとはじめは各々のテスト用紙をシノに押し付けたりと、カンニングの方法は見つけている。
 だから十問目もカンニングをすれば正解すると思っているのもあるし、更に言えばそれはこの年特有の危なっかしさであり自信だった。これくらいの年の子供には、何でも出来てしまいそうなそんな自信を持っているのだ。それに根拠なんてものはないけれど、それが彼等の爆発力ではあった。
 不意に、ナルトが手を上げる。ルーキー達が目を瞠った。
 しかしその口から出てきたのは弱気な言葉ではない。その目に宿っていたのは暗く沈んだ色ではない、寧ろ。――寧ろ力強く燃え盛る光だった。

「っなめんじゃ、ねえ――ッ!」

 ばん、と振り上げた手をそのまま机に叩き落す。教室内に響き渡る大音量。入ってきたばかりの時は全てを敵に回した声が、逆に全てを鼓舞する声へと変わる。

「俺は逃げねえぞ、受けてやる! もし一生下忍でも、意地でも火影になってやるってばよ!」

 青い瞳は空よりも青く海よりも明るく煌き、そしてその自信に満ちた光はゆっくりと、今にも手を上げようとしていた受験生達へと伝播していく。皆我知らず唇が緩むのを感じた。
 その指先が、イビキを指差す。

「っ怖くなんか、ねぇぞ!」

 そして受験生達の心は定まった。逃げはしない。十問目を受けてたとう、例え中忍になれずとも、何もそれが終わりを意味するわけではない。イビキがもう一度問いを投げかける。しかしその問いに挙げられる腕はない、かわりにあるのは――

「真っ直ぐ自分の言葉は曲げねえ、それが俺の忍道だ!」

 金髪の少年の、問いに答える明るい声のみだ。その問いがもう意味をなさないと察したイビキは口元に笑みを漂わせる。

「ではここに残った全員に……第一の試験――合格を申し渡す!」

 そしてイビキはこの試験の趣旨を話し、戦場に於いて情報が如何に大切であるかを語った。そして彼が被っていたニット帽を脱ぎ捨てると、火傷や銃創など、痛々しい傷痕の残った頭が目に入る。CかDランクしかやったことのない下忍達はその拷問の痕を見て唾を呑み込んだ。これから自分たちが中忍となって赴くかもしれない戦場で待ち受けている危険を、イビキの言葉よりも何よりもその傷痕が雄弁に語っていた。
 はじめもまたその傷痕に息を呑む。彼も実の姉に傷をつけられてはいるし、それは精神的にも肉体的にもかなりの拷問だが、少なくとも姉は自分を殺す気はないし敵意も抱いてはいない。彼女が抱くのは愛情にしてはあまりに歪んだものだが、少なくとも彼女は殺す気ではないし、一定の時間が経てば解放してもらえる。
 けれどイビキは違う。彼は敵に捕まえられて拷問されたのだろう。一時の休みも許されず、水も食べ物も与えられずに。そして彼はいつ殺されてもおかしくない状況下、情報を吐き出さないように必死で。その恐怖ははじめの想像の及ぶものではない。

「……?」

 イビキの視線がマナに向く。そして彼は微笑を浮かべた。
 生暖かいその微笑に、マナは首を傾げた。

 +

 森乃イビキは、覚えている。
 狐者異一族のたった一人の生き残り、そういわれている子だ。燃え上がる家の中でしきりに泣き声がしていた。当時十六歳だった任務帰りのイビキは、正義感にも似た何かに導かれるままにその屋敷の中へと飛び込んで、そして火が燃え移りはじめた揺り籠の中のその娘を見つけた。その子はイビキを見るなり微笑してみせた。ぱちぱちと爆ぜる火の粉の中、イビキはまるで竹取翁が切り取った竹の中から女童を見つけたのと同じような驚きで彼女を連れて屋敷を飛び出した。走ってそこを離れる途中、家の崩れる音がした。
 ――回想から現実に帰る。先ほど第二試験試験官・みたらしアンコが突入に使った窓は砕け、窓ガラスが地面に散っている。それをせっせと監視員達が片付けていた。イビキはテスト用紙を回収しつつ、既に傾きかけた空を眺める。
 きっと彼等は既に同意書にその名を記して、死の森の中に入ったことだろう。
 
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