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アブソリュート・ブレース――絶対双剣

作者:九曜
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episodeⅠ 始まりの日⑵


 最初に感じたのは奇妙な浮遊感だった。
 ナーブギアはユーザーの脳とダイレクトに接続し五感全てを仮想世界のアバターへと繋げると聞いていたので、これは別の体へ移る一瞬のタイムラグだろうか。
 ノイズが消え去り、視界が暗闇に染まる。
 そして、すぐさま眼前に広がる虹色のリング。光の粒子に包まれる奇妙な感覚に思わず感嘆の声が零れる。

「おお……」

 言語選択のウインドウが出てきたので、当然日本語を選ぶ。残念ながら英会話はそれほど達者ではない。その後今度はログイン画面が視界に映し出される。咄嗟に学校のパソコン授業で使用しているIDとパスワードを入力する。そうして手順通りに事を進めた俺は今度はアバターネームとアバターの容貌製作に移行するようにと伝えられるのだが……

「……名前はともかくアバターくらい用意してくれりゃあいいのに……」

 名前の欄に《ハヤト》と打ち込みながらぼやくが、それも当たり前か、とすぐにかぶりを振った。このゲームは俺が初体験となるオンラインゲーム。そして初回購入者総数は一万人。ということは最大一万人の人間が同時刻に同じ世界へと集うのだ。さすがに昔やっていた旧ハードのオフラインゲームのように数種類の容貌から選択する設定だと見た目被りが数千人に昇る。さすがにそれは気色が悪い。

「てか、アバターの見た目なんざどうでもいいんだが……」

 しかし、だからといって自分で容貌をいじるのが面倒だと思わなくなるはずもなく。
 俺は仕方なく現実世界の自分の顔を適当に補強するだけで終えた。見た目のイケメン具合が戦闘力に比例するなら力を入れるが、むしろ微妙にキャラの立っていない微妙なイケメンなど死亡フラグが立ちそうで不安だ。
 無難が一番だという判断に間違いはないと自信を持って言えるが、オンラインゲームをするのは初めてなのでこの程度で大丈夫かと不安にもなってしまう。
 ――しかし、

「問題ないな……」

 自分の……いや仮想世界のアバター、ハヤトの漆黒の髪に触れて俺は満足げに呟いた。
 このゲームを購入した最大の要因の一つを達成した俺は歓喜に染まる感情に突き動かされるようにYESを押し込んだ。再度の浮遊感に包まれ視界が純白に染まる。
 そして――

「おおっ……!」

 次に目を見開いたそこは完全なる仮想世界、つまり別世界だった。

 ソード・アート・オンライン、第一層主街区――《はじまりの街》。
 数多くのプレイヤーが行きかい、喧騒に包まれている。それらのプレイヤーが鎧や剣、槍に盾を構えながら西洋然とした趣ある街並みを闊歩する様は如何にもファンタジーだ。
 本当にゲームの世界へとやって来たような錯覚。
 目の前の広大な石畳とレンガ造りの建築物、緑色に映えた街路樹が彩りを添え、正面の建物を乗り越えた先に漆黒の宮殿が鎮座している。あれは確か《黒鉄宮》だっただろうか。いや、そんなことはどうでもいい。

「す、すすっ……!」

 次々と新たなプレイヤーが淡い光を放ち登場する中、俺は思わず力の限り叫んだ。

「スゲーな、これ!」

「すっごーい!」

 そして、何故か隣から異口同音でこそないが……ハモるように大きな声が。

「ん……?」

 訝しんで隣を見れば、同じくこちらを向く少女の姿。
 小柄で華奢な女性だ。俺の身長が百七十と少しで、目算二十は低いから百五十程度か。
 女性アバター用初期装備に身を包み、白い肌と対照的にストレートで伸ばした髪は濡れ羽色とでも言うべき艶やかなパープルブラック。そして子供っぽく、くりくりと忙しなく動く大きなルビーの瞳。
 その目が俺の視線と交錯して、彼女の眼がキラリと輝いた気がした。

「もしかして……ナーブギア初体験……かな?」

「ああ。奇遇だな」

 ニヤリとした笑みにニヤケ顔で返す。隠そうと思ったが、過剰なフェイスエフェクトは忠実に俺の内心を表情へと映し出していた。

「うん、奇遇だね。……凄くない、これ?」

「ああ、凄い。てかヤバい! ニュースやらで散々凄いとは聞いてたけど、これだと本当に別世界へと生まれ変わったみたいだ!」

 というより、俺はそもそも生まれ変われる――つまり、自分の容貌を作り変えられる世界だからこそ興味を示したのだが。

「だよね!」

 仮想世界初体験者同士、なぜか意気投合。ログインしたての状態も相まってか凄まじくハイテンションだ。……周りの眼も気にせずに。

「いやー、この嬉しさを共感できるのはいいな! …………ところで、居心地悪いのは俺だけか?」

「…………奇遇だね、お兄さん。ボクもだよ」

 どうやらバカやって反省しているのは俺だけではないらしい。そりゃそうだ。一万人が連続して出現する場所で叫んでたら迷惑にもなる。

「……一旦離れないか、ここ?」

「……そうだね」

 俺と少女は周りからの視線から逃れるように歩を進めた。色とりどりな装備や髪、眉目秀麗なアバターが行きかう大通りを並びながら闊歩し、俺は口を開いた。

「一人か?」

「うん、そうだよ!」

「これからどうする予定だ? 実を言うと俺、説明書を全然読んでこなかったせいで誰かに道先案内人を頼みたいんだけど」

「お兄さん、つくづく奇遇だよ! ボクもそう計画していたんだ!」

 無邪気な笑顔が眩しい奴だ。こちらも自然と笑みを浮かべてしまう。

「マジか! つくづく気が合うみたいだな! ――って、説明書読んでない人同士組んでも意味ないだろ! ちっ……使えねぇ……!」
 
「いきなり会った人に舌打ちされた!?」

 戦く少女を尻目に俺は顎に手をやり思案に耽る。

「確かこのゲーム千人のβテスト経験者がいるはずだから、その人間とっ捕まえて吐かせればいいんじゃね?」

「ちょっと野蛮な気がするけど……うん、賛成!」

 天真爛漫とはこんな奴の事を言うのだろう。愛嬌のある笑みを浮かべ、隣でピョンピョン跳ね回る様は見ていて飽きない。だからだろうか、俺もつい悪ノリしたくなってしまう。

「では少女よ、手始めに手頃なβテスターを吊し上げてきてくれ」

「アイアイサー!」

「……はい?」

 屈託ない笑顔で即答され、頓狂な声が上がる。
 そもそも、初対面でうっかり初心者同士出くわしたせいでこんな状態に陥っているのだ。人相だけでβテスターだとわかるなら苦労するはずがない……

「んー……あっ、あの人凄い勢いで路地裏に入った! お兄さん、怪しい人を発見しました!」

 そんな俺の胸中の疑問は彼女の能天気は発言で消滅した。なるほど、適当に辺りを付けて突撃する魂胆らしい。どうにも行き当たりばったりな作戦だが、どうせこちらに良案がある訳でもない。

「しゃーねぇ、乗ってやるか……。よし少女よ、そいつをひっ捕らえるぞ!」

「サー!」

 またしても目立ちまくっている気がするが、一度恥をかいたのだ。二度目は慣れたから大丈夫だろう精神論だ。号令共に二人で駆け出す。
 人を縫うように走り、少女に追随する。どうでもいいが、男の俺が全力でおいかけて距離を詰められないとは、無駄にハイスペックな少女だ。無論、初期アバターのステータスは男女平等であるだろうから、最高速度自体は大差ないはずではある。しかし、ゲームの手腕はともかく運動神経にはそれなりに自信のある俺からすれば地味に驚きだ。何かリアルでスポーツでもしているのだろうか。
 そんなことを考えているうちに、裏道へと突入。少女が見つけたのであろう男性プレイヤーが二人向かい合って話しており――

「やれ、少女よ!」

「らじゃー! つっかまえたぁー!」

「なあ、ちょっとでいいからオレっちにレクチャーを――――へぶしっ!?」

「ちょっ!?」

 俺の号令で躊躇なく近い場所にいたプレイヤーにラグービー選手もほれぼれなタックルをぶちかます少女。全力ダッシュからの運動エネルギーを余すところなくその身に受けた男性は石畳へと鼻から突撃して奇声を上げ、いきなり喋っていた相手が吹き飛び驚く少年。
 男性がぴくぴく痙攣してしまっている。

「……命令した俺が言うのも間違ってる気がするけど、やり過ぎだろ」

「うわっ!? 大丈夫ですか、おじさん!?」

「お、おじさんって……おりゃあ、まだピチピチモテモテの二十代だぜ、嬢ちゃん」

 街中ではダメージは発生しないが、あれほどの勢いで衝撃を受ければしばらく頭がふらつくようで、男は鼻を押さえながらふらふらと立ち上がる。

「連れが失礼したな」

「いや、オレの記憶が正しけりゃお前ぇさんがその子に指示出してたんだが……」

「伝達情報に齟齬があってな。俺は色仕掛けで骨抜きにして情報を引きずり出せと言ったつもりだったんだが、彼女はあんたを殺すつもりだったようだ。血気盛んな奴だ」

「全然違うよ!? というか、お兄さんの『やれ』って指示はそんな意味だったの!?」

「ああ……でも悪い。頼んでおいて失礼だが……色仕掛けをする人間と一番縁遠いな、お前。無理難題を申し出てすまなかった。人間、できることとできないことがあるよな、うん」

「本当に失礼だ!?」

 顔を赤くしていきり立つ少女。反応が一々可愛らしくて楽しいな。言ったら怒られるだろうが。

「なぁ……状況説明を頼みたいんだけど……」

 と、そこで存在を隅に追いやられていた少年から声を掛けられる。驚きや戸惑いの中に呆れ成分が混じっているように見えるが気のせいだと思いたい。

「えーとだな……指導を願い出るためβテスター捜索中だったんだが……あのおじさんは当たりか?」

「いや、残念ながらあのおじさんは外れだ。俺がβテスターで、あいつはアンタらと同じくレクチャーを頼んできた奴だ」

「なるほど、あのおじさんも俺達と同じ魂胆だったわけか」

「おじさんじゃねぇっての! オレはクラインだ! てか、お前ぇさんも名乗ってくれよ」

 男性が怒鳴りながら割り込んできた。俺もそしてこの少年もわざとだったのだが、意外とこの男性はノリがいいようだ。

「悪かった。そういや自己紹介がまだだったな。俺はハヤトだ。宜しく、クライン。……そっちは?」

「俺はキリトだ」

 手を差し出し、クラインとキリト続けて握手を交わす。そんな男同士の友情を深める三人を仏頂面で眺めるお方が一人。

「お兄さん! ボクの手柄だよ!」

「よしよし、褒めて遣わそう」

 詰め寄って来た少女の頭を撫でてやると、不機嫌顔はどこえやら、満足そうに頬を緩める。

「えへへ、どういたしまして…………はっ!? 子ども扱いされてる!? 違うよ、ボクも自己紹介!」

「あれで誤魔化されそうになるってどうなんだ……。仕方ない。えー、こいつはさっきログインしてすぐ知り合った少女…………少女だ。キリトもクラインもよろしく頼む」

「んなの見りゃわかるんだけどよぉ……」

「斬新な自己紹介だな……」

「お兄さん!」

「いやー、実に今更だが、俺もお前の名前聞いてなかったな、と……」
 
 自分のことながら驚きだ。確かに先ほどまで彼女の事は少女、としか読んでいなかった。それで不便なく意志疎通で着ていたとは逆に凄いと思う。

「あっ、そう言えばそうだね。ボクも忘れてたよ! えっとね――」

 てへへ、と決まり悪そうに視線を逸らして、彼女はトン、と一歩距離を開ける。そして、再度持ち上げたその愛らしい顔に愛嬌ある満面の笑みを浮かべて、言った。

「ボクは――《ユウキ》! よろしくね!」


 
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