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真・恋姫†無双~現代若人の歩み、佇み~

作者:Duegion
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第三章:蒼天は黄巾を平らげること その3

 大地を無数の足が駆け地面を穿ち震わす。猛る戦意を咆哮に変えて戦士達が人中に吶喊する。馬を駆るその者たちは手に持った鉄の武器で、敵目掛けて斬り付ける。苦痛の叫びと断末魔をあげさせられる者達は、黄色の頭巾をはためかせて戦慄し、逃げ出す始末であった。
 自らの持つ得物で反撃する暇を与えられずに殺される者、暇をもって武器を振り回す者、それでもなお殺される者。無数の人馬がひしめく戦場にて、仁ノ助もまた目を戦意に滾らせて獲物の頸に刃を振りぬく。妖刀でプリンを斬るが如く、男の頸が濃厚な鉄の臭いを放ちながら刎ねられた。返す刀で進行方向に居る敵、そして振りぬいた先に居る敵を同時に裂く。頸を斬られた男は喉奥深くから赤黒い肉を露出させて勢い良く噴出す血を抑えようとするも、次いで腹を吉野にしたたかに蹴られて後ろのめりに倒れた。障害物を一つ轢いたところで馬の足は緩むことは無い。主の手綱に導かれて走る姿は颯爽としたものだ。ばたばたと靡いている彼の外套は返り血で紅く染まっていた。

(本当に呆気ないな。さすがは荀文若だ)

 官軍によって、否、我が猫耳軍師が考案した機動力を生かした撹乱を基にした戦術により、黄巾賊は散々に蹴散らされていた。小が大を駆逐する戦果が十分に見せ付けている。
 曹操の寵愛を受けんがために奮闘する軍師のためにも、自分はさらに力を振るうとしよう、そう決めた仁ノ助は、自ら率いる騎馬隊により敵中を縦横に駆け巡っている。戦線が敗れ続けになっている賊軍は、唐突に迫りくる騎馬の群れを避けようとするもそうする前に背中を斬り付けられていた。
 仁ノ助のほかにも、官軍に籍を置いている孫堅が同じく騎馬で敵中奥深くまで侵攻している。既に両翼より破られていた賊軍は戦意を既に放棄しているようで、中には仲間を見捨てて投降する者が、早くも出てきていた。

(不甲斐なさすぎる。これで天下をどうこうできると本気で思っていたのかよ?無害な人達に暴力を振るってまで?なんとも、御粗末な奴等だなぁ・・・)

 呆気ない程に簡単に事が運んでしまって気が緩みかけるも、刃を閃かすために余力は惜しまない。クレイモアを振るう度に敵中から血飛沫が飛び、刃にやつれた脂肪や筋肉の繊維が付着していく。仁ノ助はそれを振り払いながら次の獲物に向かっていき、刃を振るった。思わず濃厚な死臭にくらくらとしてしまう。恐怖に駆られている民草を斬る事に喜びは感じずともばったばったとそれらをなぎ倒す、えもいわれぬ爽快感が得られるのが一入であった。
 その快感によって脳が犯される前に、副官の曹洪が蛮刀を振るいながら馬を寄せて告げてきた。

「厄介な事になりました。孫堅殿が敵中にて孤立した模様です!」
「はぁ!?おいおい、何やってんだよあの人は・・・!」

 思わず舌打ちが漏れる。猪突猛進は孫家代々に伝わる血の習性なのだろうか。いや、余りある戦意が彼女を無謀にさせただけであろう。馬は走り続けている限りにおいては戦場で無敵となる存在であるが、その絶対的な前提が崩されれば騎手は唯の大きな的と化す。
 助けになるといいながら助けになられる立場になる彼女にほとほと呆れ帰るが、しかし彼女を助ける決断をする。ここで助けなければ戦況が悪化する恐れがあったからだ。

「場所を教えろ!!救援に向かうぞ!!」
「了解です!私が先導いたします!!!」

 勇敢な彼を尊重して騎馬隊の先頭を執らせた。血に滾った曹洪は「やぁっ」と声を上げて馬に鞭打つ。敵を最小限のみ相手にして邁進する姿は、騎馬隊の先達である夏候惇が教授した通りの姿であった。
 頼もしくなる戦友に笑みを零して、仁ノ助は戦場に卑しい血を注ごうと凶刃を振るっていく。彼に続く騎馬隊の兵達も同様であり、戦いは更に凄惨さを増していった。



ーーー孫堅の視点にてーーー



 金属をすり合わせたような声のような悲鳴を出して男が倒れる。腹から左胸を深い裂傷が走っており、肉片がべちゃりと撒き散らされていた。何とも悲しい光景であるが、しかしこの男が先ほどまで立っていた空間では、斬る斃す、そして血を流すなどは何ら不思議な事では無かった。たとえその果てに命を失くしたとしても。
 それを象徴するかのような殺戮が、三人の女性により延々と繰り返されていた。少し長めの両刃剣をあたかも棒切れでも扱うように軽々と振るうのは、孫伯符。見事な徒手格闘で相手をいなしながら構えていた両刃剣、南海覇王を恐ろしい速さで振るうのは孫文台。その二人を支援するため長弓に二本の矢を番えては放ち、番えては放ちを繰り返す黄公覆。朱儁将軍の配下として参軍していた孫堅を支えるため、彼女の忠実な配下は死地へと飛び込み、一方で顔に余裕の色を浮かべてこの難局を切り抜けようとしていた。

「母様もこんな雑魚共相手に無理をするわよね。普通にいなしていれば、こんな奥地にまで突撃する事も無かったでしょうに」
「ふむ、雪蓮の言うことにも理があるな。今回の攻撃はどこか急いたものを感じた。何かあったのか、嵩蓮?」

 目敏くも射手を狙ってくる賊をひらりとかわし、その頸に矢を突き刺すと素早く抜き、鏃(やじり)が血脂で鈍らないうちに最小限の動きでこれを放つ。この一連の動作を澱み無くやりながら黄蓋は問う。これに対して真名を呼ばれた孫堅は、彼女にしては珍しく自らに恥じ入るような笑みを浮かべていた。

「どうもうこうも、思い出しただけさ。若い日の、夫の顔をな」
「へぇ?亡き父上の顔を思い出しただけでこんなに突っ込むの?さぞかし衝撃的な思い出し方だったんでしょうね?でなければ納得がいかないわよ」
「確かにその通りだ。訳を話してくれ、嵩蓮。今日のぬしは些か精彩を欠いておるぞ」

 黄蓋の言葉は、この状況に至るまでの経緯を咎めるようなものであった。
 朱儁軍の騎兵の一部を率いていた孫堅は真っ直ぐに賊軍に駆け入ると、これを縦横無尽に荒らして、正に鬼神の如き活躍をしていた。しかしその攻撃の性急さのあまり退き時を誤ったのだろう。官軍本体との連絡線を雲霞のような物量で絶たれた後、馬上で手綱を扱っていたところをを矢で射掛けられて落馬してしまい、彼女を守るように付き従っていた二人が共に下馬してしまった。かくして周囲に、骸の山が築かれる現在に至っていた。
 賊を斬って血飛沫をかわしながら、孫堅は戦場には似つかわしくない、情欲的な女の顔で答えた。

「長社の戦いの後に知り合った男が居てな。そいつが夫の若い頃にとても似ておったのだ。私を獰猛な猛獣から一人の女へと変えた、あの人に似ていた。思わず胸が高鳴って、『いつか助けになる』と約定を交わしてな・・・」

 後ろから迫る髭面の男を振り向きもせずに頸を斬り飛ばす姿はさながら修羅のようである。しかし顔に浮かべるのは戦士の顔ではなく、やはり男を想う女性のそれであった。

「雪蓮、祭。今回は全面的に私が悪い。私はあの男にそそられてしまったのだ。あいつを想うあまり、こんなふざけた状況を招いてしまった。侘びと言っては何だが、敵を一人でも多く倒す故、許してほしい」

 彼女はそう言い放ち、自らの無謀が男への思慕がためと称して笑い飛ばした。孫策は久方ぶりにみた母親の女性の顔を見て、驚きを隠せずにいた。
 彼女の父、孫堅の夫は末娘である孫尚香が生まれてすぐに、流行り病に罹って亡くなっていた。思い出に微かに残る彼は、優しく、そして一族のために懸命になる父親でもあり、孫堅もそれを愛おしげに見つめていたのが印象的であった。彼が消えて以来、孫堅が女の顔を封じ込めていたようだが、今をそれを浮かべている。どのような男に遭ったのだろうか。それ程までに父親とそっくりな男なのだろうか。思わず興味がわいてくる。
 腹から溢れそうになる腸を押さえんとしていた賊に、丁寧に止めの一刀を振るうと、孫策はぽつりと零した。ただしぽつりと言っても、母親や黄蓋が聞こえるくらいの大きさであったが。

「母様だけが独占するなんてズルいわ。ねぇ、今度でいいから私にも紹介してよ。どんな男なのか知りたくなってきたから」
「おい馬鹿娘。あれは私が目をつけたのだ。決して手を決して出すんじゃないぞ?お前はまだまだ生娘でいいのだ」
「何よそれ。私だって立派に一軍の指揮官となれるわ。ただ母様がまだ上に立っているから従っているだけ。いずれは蓮華もここに上がってくる。母様こそさっさと引退しなさいよ。これからは私の時代よ。中原もその男も、いずれ私が奪うから」
「何を言うか。生意気な口ぶりが直らぬ内は私の兵は任せられん。だいたい男の一人や二人、お前くらいなら簡単に手に入るだろう?お前はそれで我慢せよ」
「絶対にありえないわ。江東の虎は決して狙った獲物を逃さないの」
「はっ!私に比べたらお前など赤子もいい所だ!」

 修羅場なのに母娘で男を取り合うのか。相変わらずに自らのペースを崩さない二人に、黄蓋はやれやれと頭を振る。口喧嘩をしながらも互いに出来た小さな隙を埋めるように剣を振るう姿は、母のそれは一瞬の油断もない老虎であり、娘のそれは獲物を全て喰らい尽くす若き虎のものであった。
 やはり、と黄蓋は思う。母親も若き頃からその才覚を政戦双方に渡って磨いてきた。彼女が辿ってきた道を、孫策は着実になぞってきている。このまま順当に成長すれば、孫家の誇りと未来を預けても憂いはないだろう。黄蓋を疲弊を全く見せずにただ弓を射掛けて、百発百中の腕を披露する。彼女の武人としての才能も、これからの孫家の成長の一助となる事は間違いが無かった。
 
「兎も角、口喧嘩はほどほどにしていただきたい!まずは目の前の飢えた獣を躾けねばならぬ!」
「ふむ、祭の言葉はもっともだ。馬鹿娘、まさかとは思わんがこんな所で死んではならんぞ?まだまだ教え足らぬ事もあるからな!」
「喧しいわね!そんなに怒鳴らくても聞こえるわよ!帰ったら六韜(りくとう)の読み合せでも何でも付き合ってあげるから!」

 女達はますますと奮起して、賊たちの体がさらに積み上がっていく。しかして賊らは自分達の兵数だけは自信があるのか攻めの手を緩めようともしなかった。やがて晒される死体によって平地がどんどんと埋まっていき、足場に難儀しかけていた、まさにその時であった。
 状況を打ち払うかのように馬の駆け足が聞こえてきた。その方向からは悲鳴と剣戟、僅かに聞こえるのは肉を切り裂く音であろう、が耳に入ってくる。十中八九、孤立した自分達を救援しにきた官軍であろう。
 また一人の心の臓を射掛けると、黄蓋はそちらを見遣った。彼女の鷹のような視力が、二人の青年の姿を捉えた。



ーーー仁ノ助の視点にてーーー



「なぁ、救援にこなくても大丈夫だったんじゃないか!?」
「何を言っているんです!これも兵勝の術を確たるものにするためです!我慢してください!」
「とはいってもな・・・」

 仁ノ助は呆れるような、恐れるような面持ちでたった三人の味方を見詰めていた。遠くからでも幾重にも積まれた死体が見えてしまう。あの恐ろしき戦況を作り出した彼女らは全員が全員、戦修羅となるに足りる武技を持っている。ともすれば、夏候惇将軍でさえも本気で苦戦する相手なのかもしれない。
 その想像に末恐ろしくなりながらも、仁ノ助らは遂に彼女らをはっきりと視界に捉えた。周りには幾重にも渡って賊の死体が地に伏せており、それらに囲まれた場所で、彼女らが迫りくる賊達をいとも容易く捌いていた。恐れ戦く賊共であるが、数に任せて攻め続ける姿は馬鹿の一つ覚えといったところだろう。剣や槍で立ち向かう者は孫堅と彼女の娘であろう女性によって地獄に送り返され、弓矢を射掛けようとする者はすぐさま妖艶な射手の反撃にあい、逆に仕留められている。
 やっぱり手を貸さなくても大丈夫じゃないのか、と一瞬思ったが、考え直した仁ノ助は吉野にさらに足を速めるよう鞭を入れる。曹洪の馬をあっさりと追い抜かした。

「ちょ、ちょっと!案内は私がすると言った筈です!聞いているんですか、仁ノ助さん!あんた馬鹿じゃないのか!!」

 曹洪の抗議は後で聴くこととしよう。
 クレイモアを握る力を入れ直すと、曹洪が狩る筈であった賊の頭を横殴りで両断する。排泄物のような色をした血の雨を潜り抜けと、進行方向横から、槍が顔目掛けて差し込まれてきた。

「ちっ!邪魔だなっ・・・」

 上半身を屈して避けるとお返しとばかりに剣をそちら目掛けて返す。間一髪でそれを避けた賊であったが、頭ではなく胸を深く斬られてしまっていた。戦場では良くある運の無さを自らの体で覚えることになったその者は、悲鳴を漏らす前に曹洪の蛮刀により今度こそ頭を割られてしまう。
 吉野は仁ノ助を乗せて賊の間を、まるで矢のように駆けていく。時折、凶刃によって倒された相手を湧き出した蛆諸共ふみ潰して、ぶちぶちと音を立てているのが分かる。さすがに少し気分が悪くなる音であった。人間の肉体を裂くことは慣れても、その後に自然発生する蛆達の饗宴は見るに耐えない。地獄を生きるには卓越した武技以上に地獄をなんとも思わぬ精神が必要である。あるいはその悲惨な光景を茶化すかのような余裕も必要であると感じた。
 顔を横一文字になで斬りにされて絶叫を上げる賊を無視すると、ようやく彼は件の騒がせ者共の下へと駆けつけた。

「猪突猛進にも程があるぞ!孫堅殿!もう少し自重してくれないとこっちが困る!」

 三国志を代表する豪傑相手に『自重しろ』と言えるのは、ある意味貴重な体験ともいえた。だが仕方がない。江東の猛虎は本当に猪武者であったのだから。
 軽く業物を振るって滴る血脂を払うと、孫堅はにこやかに答える。

「お前が楽をできるよう敵の注意を惹きつけていたのだ。やつら、女の臭いには敏感だからな。蟻のように群がってきおった。その分多くを倒す事もできたが、少々私達は魅力的すぎたらしい。
 すまないな、逆に迷惑をかけてしまった。これも一つの愛という奴だ。私からお前に対してのな」
「こんな形で返されるほど愛をもらっても、どう返したらいいか分からないんだよ!」

 仁ノ助は救出を邪魔しようとする無粋な輩に剣を突き刺して、すかすかの骨を巻き込まんと一気に振り抜いた。続いてその後ろから迫ってくる新たな敵を狙わんとした時、相手の鬼気迫った顔が突如として二つに割れた。どこからか飛んできた一振りの剣が寸分違わずに当たったのだ。中々に壮絶な光景に思わずぞっとしてしまう。
 絶句する彼に向かって一人の美女が近付いてきた。スリットの艶やかな赤い衣装に身を包み、孫堅を若くしたような凛然とした顔立ちであった。

「あら。彼が母様のいう男?」 
「その通りだ。分かるだろう?」
「・・・ええ。確かにそっくりだわ。特にあんな風に、酷い光景を見て絶句するところとか。あの人、あれで結構臆病な性質だったからね」
「・・・いろいろ言いたい事があるんだが、まず何よりも聞きたいのは・・・あなたがアレをやったのか?」
「ええ。お気に召さなかった?」「するか。ちょっと顔を掠めたんだぞ」

 「あら、失礼」とばかりに、孫策は可愛らしく舌を出して続ける。

「丁寧に自己紹介したいところだけど、そうも言ってられないわ。今は名前と顔だけ憶えて我慢してね。私の名は孫策、字は拍符。いずれは江東より自らの軍旗を掲げる者よ」
「・・・ここまで予想通りだと、もう驚く気すらわかないよ。母親に似て美人だな、孫策殿」
「くくっ。聞いた、母様?初対面の人間に口説かれたわよ?しかも母様がいたく気に入っていた男性から」
「へ!?」「全く、この馬鹿娘め。無粋な真似をしてくれる・・・」
『あんた達!何やっているんですか!』

 遅れて戦場に飛び込んできた曹洪が、刀の血脂を払って近付いてくる。後ろには二頭の馬が随行していた。

「馬を用意しています!!こちらへ!!!」

 それは孫策と黄蓋に対しての言葉であった。黄蓋は弓を放ちながら用意された馬に近付いて、慣れたように手綱を捌いた。孫策はまだ興味深そうに仁ノ助を見詰めていたが、それを許すほど状況は優しいものではないと思い直して黄蓋とは別の馬に乗る。
 まだ残っていた孫堅は、馬上でクレイモアを振っていた仁ノ助に駆け寄ると、そのの後ろへとひょいと乗った。

「おい、孫堅殿!?」
「頼むぞ青年。戦場を突き抜けてくれ。・・・それと、私の事は嵩蓮と呼べ。これは命令だ」

 傲岸不遜に述べた彼女に溜息が漏れそうになる。
 仁ノ助は真っ直ぐに繰り出された賊の槍の穂先を切り落とすと、刃を反転させて首筋へ滑らせんとする。ひぅと悲鳴をあげる賊はこれを見事にかわしたが、次に打ち込まれる南海覇王によって頭蓋を両断され、夥しい血流を流していった。
 狩りにも飽きた様子の孫堅は、仁ノ助の胸に手を回して体を固定する。これから再度敵中を駆け回るために馬は足を速めるだろうから、それに備えて体を振り落とされないようにする対策なのだろう。だが背中に圧しつけられる女性のふくよかな象徴にどうしても意識が向いてしまいそうになる。彼女の豪胆さを示すかのような大きな果実が、外套越しに柔らかさを伝えてくるのだ。
 今度こそ溜息を、それももどかしいものを漏らした仁ノ助は、煩悩を振り払うように吉野に鞭を入れた。

「目標確保ォ!!騎兵隊、退けぇ!!」

 あらん限りの声をあげて剣戟が響く戦場に命を出す。彼の声は確かに伝わったようで、騎兵隊各位が馬を返していった。彼らが走り去った後には一筋の退却路が出来ていた。

「お二方、私の後ろにお続きください!!」

 蛮刀を横に構えて曹洪が馬に鞭を入れた。後ろ足をあげて甲高く嘶いた後に馬は走り去っていき、それに孫策と黄蓋が続いていった。
 残された仁ノ助は後ろから抱きつく孫堅に言う。

「飛ばしていくぞ、嵩蓮。援護を宜しく」
「あぁ。お前の手綱さばきにも期待しているぞ」

 孫堅はさらに強く抱きついてきた。最早狙っているとしか思えないほどの抱擁であり、もしかしたら意味深に微笑を漏らしているのかもしれない。期待に応えない訳にはいかなかった。
 吉野の腹を強く蹴ると、彼はその意をはっきりと汲んで疾駆していく。横切っていく風によって体に付着した赤い体液が飛んでいく。まるで洗われていくようだ。目を細めながら彼は吉野の手綱をさらに強く握りしめていると、孫堅が背後から叫んできた。

「おい、仁ノ助!!!」
「なんだ!?」

 剣戟と雄叫び、さらに断末魔が響くこの場では大声で叫ばないと相手への意思疎通もままならない。また、一騎で駆け抜ける自分達に目を付けた賊共が先ほどまでのお返しとばかりに、または地獄への道連れといわんばかりに一斉に武器を向けてくる事もあって集中せねばならない状況である。出来るなら反撃のために武器を振るったままでいた方が安全に思えるのだが、しかし言葉を返さない訳にはいかない気がしたため、仁ノ助は律儀にそれを返した。

「こんな死中をよくぞ掻い潜って、私達を助けてくれた!お前が来なければどうなっていた事やら分からぬ!そこで言いたい事がある!」 
「簡潔に言ってくれ!今は結構いそがしい!」
「一度しか言わんから聞け!この礼は弾むぞ!!」
「・・・そいつには期待してもいいんだよな!?」

 彼の疑問に、孫堅は刃をさらに振るうことで応えた。顔に返り血がついたままの彼女は敵方の剣戟が向かってこない一瞬を縫うと、仁ノ助に甘く艶やかに囁いた。

「ああ、愉しみにしておけ」

 腹にしがみついている片手がしなやかに仁ノ助の下腹部まで下ろされて、長旅の御蔭で鍛えられた腹筋を抱くと、背中から女性の象徴をさらに押し付けてくる。孫堅は何かするには難しい恰好であるのに、器用にも賊を斬捨てる作業に戻っていった。
 仁ノ助は本能的に大きな期待を抱いてしまった。先程のはもしかしたら、夜の営みへの誘いなのだろうか。仕方がないかもしれないが、その手のものに対して無意識に大いなる興味を抱いてしまう。普段は抑えている分こうやって刺激されると、理性の鎖が外れてしまうのである。多種多様で耽美なる光景に、期待はで胸がわくわくとしてしまった。
 而して彼の想像は、それを遮るような誰かの悲鳴によって中断されてしまった。目前に投げかけられた槍の穂先を無意識に掴むと、彼はそれを賊中へ投げ返し、惹起される人の死を見返ることなく前方の活路へと進んでいった。今、彼の脳裏を占めているのはこの戦場からの生還と新たな武勇、そして孫堅との耽美な情事であった。
 彼は疾風の如き速さを吉野に要求する。心のどこかで錘琳に対して心苦しいものを抱いていたが、それに忠実になるためには後方から与えられる雌の臭いはあまりにも強烈で、たとえ拒否しても向こうから迫ってくるだろうと予感めいたものすら感じてしまう。どうしようもない事に、若い雄のダメダメで不誠実な本能は自分勝手に妄想をしてしまう性質があった。特にそれは童貞をこじらせるとそのような傾向にあり、仁ノ助はまさにそのストレートゾーンのど真ん中を行っていた。
 
 戦場の混乱は徐々に治まっていき、黄巾賊が蜂の巣を突いたように逃げ出すのには、それほど時間が掛からなかった。



ーーーその後、日暮れにてーーー


 
 塵芥のごとく矮小な存在でありながら、しかし積み重なれば泰山をも慣らしてしまうであろう、漢室の雑兵らが大地を忙しなく駆けていた。夕陽の赤に照らされるもはや息もできなくなった夥しい賊兵を見れば、彼らがしている事に説明を求める必要はない。まだ自分達に逆らう者がいないか、雑兵らは隊長の言葉に耳を傾けて、重くなる足を必死に動かしていき、獲物をみつけては刃を向けていった。
 所変わって官軍の本陣では、俄かに安堵の空気が生まれていた。激しい一線を乗り越えて満身創痍となった兵等の出す、弛んだ雰囲気のためであった。本来なら怠慢であるとして追及を受けるべきであるが、それを(ただ)す将軍らは別の場所にいた。戦場の香しい鉄の臭いがじっとりと沁みこんだ身体のまま、仁ノ助と、曹操配下の歴戦の諸将らは堂々たる態度で主に面していた。本陣の入口近くに『曹』の牙門旗が高々と、そして泰然と靡くのを見遣りながら、曹操は鋭い眼差しを皆に向けた。常の凛とした声色に、大労をねぎらうかの如き優しきものが混じっていたのに気付いて、仁ノ助は報われる思いを抱いた。

「皆、よくぞ戻った。あなたたちが知りたいであろう、戦の戦果を伝えるわ。この戦いは我等の完全な勝利となった。賊たちは次々に降伏の意を示してきている。明日にはその正確な数が上がってくるでしょう。おそらく数千、あるいは一万を越える敗者によって大地が埋め尽くされるでしょうね。
 この勝利の切欠となったのは、二つの大きな動きがあったからよ。一つは、戦場を蹂躙した猛者がいたこと。春蘭、そして仁ノ助こそがその勇壮なる猛者よ。彼らの猛攻によって敵の先陣を瓦解せしめ、戦線ーーーあってないようなものだけどーーーそれを蹂躙した。前から逃げてくる者と、後詰として前進する者がぶつかり合い、敵は混沌の極みに達した。
 そしてそこで二つ目の動きが起こった。そう、我等が誇る中原一の射手、夏候妙才が敵将を見事に射抜いたのよ。秋蘭、あなたのような人を味方とできる事を、改めて嬉しく思うわ」
「いえいえ。あまりに図体ばかりがデカい的でしたので。あれ程にとろいと知っていれば、戦端が開いた同時に()る事ができたでしょう。そうすれば華琳様のお褒めの言葉を、もっと早くに聞けたかもしれませんが」
「欲張りはいかんぞ、秋蘭。私もこの前、欲を張って肉まんを余計に食べたが、喉が詰まった死にかけた。うん、人間ほどほどに謙虚になるのが一番なんだ」
「肉まんと戦場を一緒に考えるなんて、これだから馬鹿猪は・・・」

 戦後とは思えぬほどの緊張感の無い会話と、それを黙認する曹操。しかし錘琳はこの上なく安心したように感じていた。この軍に参陣して月日は浅いが、これが自分達のやり方なのだと理解していたからだ。どこの軍でもやっているかもしれないが、殺伐とした空気になるよりかは遥かにましである。
 曹操が口上を続けんとすると、諸将はそれを察して口を閉ざした。

「他の者達もよくやってくれた。曹洪はよく仁ノ助を補佐し、曹仁と詩花もそれぞれの大将を守り抜いた。桂花もよくやったわ。あなたが効果的に策を提示してくれた御蔭で、多くの兵達が無碍に命を散らす事無く、合戦を生き延びた。
 皆、大変御苦労であった」
『はっ』

 拳を重ねて礼を返す。曹操は仁ノ助に目を遣った。

「それで仁ノ助。戦場で孫堅を救出したというのは本当なのかしら?」
「ああ。敵中の奥にまで進出して、そこで退路を阻まれたんだろうな、孤立無援の状態に陥っていた。よく戦っていたよ」
「・・・曹洪、発言を赦します。彼の発言に嘘偽りはないわね?」
「はっ。孫堅殿は配下の兵らしき者達、二名と共に戦場に孤立。騎馬で突撃を敢行した後、馬をやられて身動きが取れなくなったものと見えたため、私が仁ノ助殿に判断を仰ぎました所、救出するとの仰せを受けて馬を用意した次第です」
「成程。虎にしては迂闊な真似をしたようね。雑兵をたらふく食らおうとして、逆に彼らの巣に突っ込んでしまったのかしら」
「ふんっ!出過ぎた真似をするからそうなるのだ!私ほどに卓越した戦術眼を持ってさえいれば、そのような愚行をせずとも敵を容易く討ち果たす事ができると悟れただろうに」
「猪武者が何言っているのよ?あなただってかなりの勢いで進んだじゃない。此方との連絡線が寸断されるあと一歩のところまでね。どっちもどっちよ。単純思考な馬鹿ね」「なんだと!?」
「止めなさい、まだ私が喋っているのよ?・・・兎も角、彼らを救出して、そして戦線に復帰したと。副将共々、一時的に兵の指揮を放置したのには、そういう理由が絡んでいたから。そういう事なのね?」
「はっ。その通りであります」

 ふむ、と曹操は腕を組んで顎を一撫でする。そして氷を彷彿とさせる表情で呟く。

「これは大きな貸よ、孫堅。ええ。いつか必ず精算してもらうから・・・」

 傍に立っていた荀イクがぞくりとしたように肩を震わせ、恍惚とした瞳を主に向けた。相も変わらぬ忠誠ぶりに仁ノ助は呆れかけてしまうが、自分とてあの声色にぞくりとしたものを感じてしまっており、人の事はいえないなと自省するに留まった。
 曹操は肩にかかっていた螺旋状の髪を払うと、仁ノ助に怜悧な眼光を注いだ。今度こそ仁ノ助は背筋を硬直させてしまう。

「将軍としての地位を自覚しなさい、仁ノ助。あなたの自己犠牲心は何にも代えられぬ貴いものだけど、あなたに付き従う兵達を放置してまでそれを優先するような真似はあってはならない。己のなすべき事を弁えぬ者は将足り得ない。今後は状況をよく判断してから行動なさい」
「・・・畏まりました」
「ふん、いい気味だ。華琳様に『あんな言葉』を言うから厳しく咎められるんだ」「うぐっ・・・それは、深く反省しております」

 夏候惇の指摘は、会戦前に仁ノ助が口走ってしまった迂闊すぎる言葉の事を指しているのだろう。内面に何が込められたかはどうであれ、あれは客観視すればただの愛の告白と同じ文面であった。結局その日の彼はうら若き女性陣らの嫉妬の対象となってしまい、鮮烈なしごきの嵐に晒されたのが皆の記憶に新しい所であり、荀イクがいたく満足する所であった。
 しかし当時を振り返るに、やはりやり過ぎたという面を感じていたのか、毒舌軍師は珍しく罰の悪そうに口をへの字にしていた。主に、行った制裁について反省しているようだ。そして意を決して口を開かんとした瞬間、夏候惇に先を越されてしまい、また閉口する。

「まぁ、流石に私達もいささか状に走り過ぎた面が否めない。お前と同じように、将としての自覚を失っていたやもしれん。仁ノ助、この前は済まなかった」
「姉者だけを謝らせるわけにはいかない。如何にしごきに直向きになる姉者が可愛かったとはいえ、泥を食ってまでそれに付き合わされるお前を静観していたのは間違いだった。あの時は済まなかった」
「い、いえ。御蔭でまた強くなれたわけですし、それにいくらなんでもアレは過ぎた言葉でした。もう大丈夫ですから、本当に」
「そうか・・・見た目の優顔に似合わず、中々男前だな。気に入った。今更といってはなんだが、私の真名を預けよう。春蘭と呼ぶがいい。そして、妹の真名は秋蘭だ」
「あ、あの、勝手に真名を預けられちゃったんですけど」
「まぁ、いいのではないか?私と姉者は一心同体。姉者の意思を私は尊重するよ。それに、お前に真名を預けたいというのは、私とて同じ思いだ。これから宜しく頼むぞ」

 そういって笑みを向けてくる姉妹に、仁ノ助は苦笑でもって返礼とした。彼女等の素直な態度に怒る気を失くしたのである。男性陣については騒動の前後に隔てなく、平等に接してきたため特に思う所は無く、詩花についてはただヘソを曲げただけだと解釈したため、これまでの親密さからいって特別に謝罪を求めなかった。
 但しあの軍師については例外である。じろりと目を向けると、軍師は気まずげにびくりと肩を震わせた。そしてしおらしさを演出するようにもじもじとしながら、言わんとする。

「・・・ねぇ、変態精液魔人・・・あのーーー」
「お前だけはちゃんと謝れよ!?本気で命の危険を感じるくらいの行動をやったのはお前だけなんだからなッッ!!」
「な、何よ・・・落とし穴とか、最近見つかったばかりの薬の実験に付き合わせただけじゃない!」
「へぇっ!?竹槍を針山のように並べた落とし穴とか!変な薬を飲まされて、風景が七色に変化して変な動物が跋扈しているように見えたりとか!恐ろしすぎて涙が出たわ!年甲斐もなく泣きかけたのって数年ぶりだよ!」
「あんた、前は何で泣いたのよ?」「目覚めたら口元にゴキブリがいた時」「ぷっ!・・・いや、泣くわよね、それ」
「桂花・・・あなた一体何をやっているのよ?」「ち、違うんです!ただ、あいつに反省の意を抱かせるために・・・」
「何が反省だ。お前がやったのは明らかに故意の殺人未遂でしょうが!正当防衛で御仕置されなかっただけ幸運に思えよ?・・・ほら、さっさと謝れよ。一言でいいからさ」

 荀イクは悔しげにぎちりと歯を鳴らす。そして周囲に目を向けて、自分に注がれる『早くしろ』という催促の瞳に気付くと、遂に観念して素直に頭を垂れた。フードについた猫耳が表裏の無いか弱さを示すようにしゅんとしている。

「・・・ご、ごめんなさい。全面的に私が悪かったわ・・・」
「・・・・・・ダメだ。まだ許さない」
「な、なんでよ!?ちゃんと謝ったじゃーーー」
「御仕置としてこうしてやる」「ひっ!?」

 仁ノ助は戦場の幽鬼のように素早く荀イクに詰め寄る。それは並み居る歴戦の勇士の目を一瞬惑わす程のもので、普段は最前線に立っていない軍師が反応できるものではなかった。いきなり眼前に迫った手に荀イクは怯え、身体を引き寄せられるとぎゅっと目を瞑った。しかし予想していた痛烈の一撃は全く訪れず、代わりに襲ってきたのは男性らしい厚い胸板の温かみと、頭頂部をなでなでとする手の感触であった。荀イクは彼に抱き寄せられ、抱擁された後、猫のように撫でられているのである。
 彼女等の主を含め、皆が事の顛末に瞠目する。荀イクは何が起きたかを理解すると、どうする事もできずに目を開き、顔を羞恥の赤に染め上げた。また、その手の感情が男性に対する免疫の無さを優越する事に、彼女自身戸惑いを隠せない様子でもあった。

「一回やってみたかったんだよな。他人から借りた猫がどこまで大人しいのか、それを確かめるっていう」
「・・・・・・へ・・・え・・・?」
「おいおい。本当に猫みたいな反応をしてるじゃないか、桂花。案外可愛いもんだな。それに、なんかいい香りがする。香水とか使っているのか?」
「え・・・?ま、まぁ・・・薬草を擦ったのを少し・・・」
「綺麗になるための努力を怠らず、さりとて軍師としての務めも怠らない、か。立派な心構えだ。尊敬するよ」

 まるで開き直ったかのように仁ノ助は毒舌軍師を胸中に抱き、渾身の思いで愛でていく。香水云々は根拠のない出鱈目なものであったが、それに類するものを使っているという問いには内心驚かされていた。古来より女性の美に対する追及意思は研磨されていたのだと、彼は心から実感し、それを間近で堪能する。一輪の花の甘い蜜のような香りで、あたかも風呂上がりの石鹸のようでもある不思議なものだ。眼つきだけが鋭い童顔の彼女はそれによって清楚な色気を帯びているようにも感じて、ただ赤面してして反応に窮する態度が、中々に愛おしさを誘う。
 時間が許す限りそれを愉しんでいたい所であったが、仁ノ助は殺意染みたものが周囲から向けられるのに苦笑を漏らし、名残惜しげに荀イクを離す。顔を林檎のようにした彼女は潤んだ瞳をしながら後退りして、恐怖から遠ざかる子供の如く曹操の背後に隠れた。彼女を庇う恰好で曹操は冷笑を浮かべ、仁ノ助を睨む。男の顔に出ている無駄に堂々とした苦笑に、彼女はいたく気分を害したようであった。

「・・・・・・皆の者」
『はっ』
「この不埒者を思いっっきり懲らしめてやりなさい!」
『はっっ!!』
「まぁ、そうなるよね。大体結果は分かってたんだけど」
「分かってたんならやるな!鈍感野郎!」

 乙女の複雑模様な心をぶつけるように、錘琳が沈黙の壁を突き破り、仁ノ助に全力の拳骨を叩き付けた。最近の鍛錬で一層力を付けたのか、ごきりという音を彼の頭頂部に鳴らしてそれ相応の痛みを与えてくる。が、仁ノ助にとってはあまり気になる程のものではなく、反撃とばかりに顔をにたりとさせて彼女の美顔を悔しげなものとさせた。
 だが、次に聞こえたポキポキという骨の音には流石に彼も顔を引き攣らせた。膂力にものを言わせる代表、夏候惇将軍が立腹した顔つきで詰め寄り、物を言わせぬ圧倒的な迫力により肥大化したように見える豪腕をぽきぽきと鳴らしているのだ。真名を預けたゆえに更に遠慮が無くなったのか、あれはどう見ても鍛錬に巻き込む顔というより、処刑を下す尋問官の如き顔であった。謝罪の言葉がそのまま彼女の本心を表しているだけではないという事だ。
 その他にも、彼に仕置きするために諸将が準備をし始める。曹仁の申し訳なさそうな微苦笑が心に響くのを感じながら、仁ノ助は観念したように頭を垂れた。

 
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