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ネギまとガンツと俺

作者:をもち
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第15話「京都―決戦①」



 修学旅行は3日目の朝を迎えた。

 今日は各班行動完全自由日。なので、どの生徒もテンションが高い。ロビーで大声を出している生徒もいれば、今にも走り出そうとウズウズしている生徒もいる。

 そして実はタケルも。

「……ぶらりと歩き回るか」

 いつもの制服の格好で、だがいつもより若干高めのテンションで裏口に回る。

 正門から出ないのは、生徒達についてこられると困るからだ。

 別に何かあるわけではないが、やはり生徒と行動を一緒にするというのは、先生という立場からして公私混同のように思えて気が引ける。

 決して多人数で行動するのが面倒だからではない……多分。

 ちなみに、本当は正面玄関から出ようとしていたのだが、3-A生徒達の中には

「誰と行く?」
「やっぱり、ネギ君とタケルさんどっちも?」
「あ、それいいね!」

 などと嘯いている班もあったので、急遽正面突破はやめたのだった。

 スニーカーに見えなくもないガンツスーツのブーツを履き、立ち上がる。ただの散歩でスーツを着込むのは単に習慣だからというわけでもない。

「――迷っても、少しは大丈夫だな」

 というわけだ。

 さすがに迷子常習犯なだけあって、わきまえている。

「あれ?」

 不意に後ろから声が聞こえた。

「……ネギ」

 なぜ、ここに? とは言わなかった。一人で裏口に回っているということは彼もまた生徒との行動を避けたということになる。

 それはタケルのように教師という立場として、というわけではないだろう。昨日は5班の生徒達と共に行動していたからだ。

 ――となると。

 ネギの珍しい私服姿に目を配る。全体的に動きやすい服装、背中には杖、肩にかけたポシェット。

 ――……親書か。

 学園長から『東西の協会の仲直りのための親書をネギに持たせたので宜しく頼む』と言われていたことを今更になって思い出した。

 ――……散歩が。い、いやだが学園長じきじきの命令に背くのはさすがに……いや、だが折角の修学旅行に……しかしやはり学園長の……――

「た……タケルさん?」

 バカみたいに悶々と考え込んでいると、ネギが心配そうな顔をしていることに気付いた。その顔に、タケルな深々とため息をつき、尋ねる。

「……親書を届けるのか?」
「……え」
「なんでそれを旦那が?」

 驚くネギとネギの肩に乗っているカモに、タケルは「俺も行く」と諦めたように呟いたのだった。




「あれ……? 朝方このへんでアスナさんと待ち合わせの約束したんだけどなぁ……」
「少し遅れているだけだろう、気にすることでもない」

 周囲をきょろきょろと見渡して落ち着きのない上になぜか楽しそうなネギに、タケルが言い聞かせる。その姿に小動物を連想して、軽く気持ちが落ち着く。

 ――こういうのも、いいかもしれないな。

 小規模なピクニック、と思えばいいのだろうか。

 多人数ならともかく、こういう少人数での行動ならば彼も嫌いではなかった。

「……まだかなぁ」

 辺りを行き交う人々は落ち着きのないネギとその横で立っているタケルの姿を見てクスクスと笑いながら通り過ぎていく。

 ――兄弟とでも思われているのか?

 むしろ、そうとしか思えなかった。

 道行く人々の目が明らかに微笑ましい。タケルの短い人生経験の中でも、これほどに暖かな笑みを向けられたことなど滅多にない。

 温かい視線で悪い気はしないが、衆人の目に晒されるのはやはり恥ずかしい。顔を伏せ「神楽坂さん、はやく来てくれ」と小さく呟く。

 ――と。

「タケル先輩!?」

 待ち人はやって来た。

 ――俺の願いが通じた!? ……い、いやこれはきっと今日の俺の善行が功を奏したに違いない。……うん、そうだ、そうとしか考えられん!

 などと少し調子にのってみたり。

 たしかに、待ち人はやって来た。

 ただし。

「わ~、皆さん可愛いお洋服ですね~~」

 ――皆さん?

 ネギの言葉に、嫌な予感。

 恐る恐る振り向いた視線の先には――。

「……」

 ――神楽坂アスナ、綾瀬ユエ、近衛木乃香、早乙女ハルナ、桜咲刹那、宮崎のどか。

 5班の面子が見事に並んでいた。

(ななな何でアスナさん以外の人がいるんですか~~!)
(ごめん、パルに見つかっちゃって……っていうかアンタこそ、何でタケル先生と?)
(え、へへへ。実はタケルさんが――)

 コソコソと話している2人をよそ目にタケルは空を見上げていた。

 ――ですよね~~……善行を積んだからとかちょっとでも思った俺がバカだった。
目からこぼれかけているのは決して、涙ではない。ちょっとショッパイ青春の汗なのだ。タケルがそう自分に言い聞かせているのだから、きっとそうなんです。

「あ~、ネギ先生だけじゃなくてタケル先生も。ラッキー! どっか連れてってくださいよ~、丁度ネギ先生、地図持ってるし」
「えー、5班は自由行動の予定ないんですか?」

 ネギが少しでも断る口実を見つけようとするが、「ないです」と綾瀬ユエに簡単に返されて終わってしまった。

「……た、タケルさん」

 困ったような、申し訳なさそうな声を出すネギに、タケルは「これは仕方ない」と頷くことしか出来なかった。

「よ~し、レッツゴー!!」

 綾瀬ハルナ――通称パルの元気な声が響き、一行は歩き出した。




「それで先生、目的地はどこなの?」
「案内するですよ」
「え……いやーー」

 歩き出して約10分、騒がしくも会話を交わす彼女達を尻目に、タケルは奇妙な感覚を覚えていた。

 ――おかしい。

 誰かに見られているような、そんな気配。どこかで感じたことのあるような気配に、頭を捻ること数秒。すぐに思い当たった。

 ――フェイトか?

 だが、それにしては妙だった。

 昨日に別れたばかりで、もう再勧誘に来たのだろうか。いや、それはありえない。それほどに気短な少年には見えなかったし、何よりも感じる視線は複数ある。

 戦いたくてウズウズしているような気配が2つ、さらにバケモノの気配が一つ。明らかにタケルにのみ隠すつもりのない、フェイトの気配が一つ。そして、もう一つ。あるようなないような、他の気配があったおかげでタケルでも気付くことができたソレ、微弱にそして巧妙に隠してある気配が一つ。

 彼等の目的として考えられる最も大きな可能性。それは近衛木乃香とネギが持つ親書の奪取。

「……4人と一匹」

 一瞬だけ、戦うかどうかを考え、直接自分に向けてのものではないのでやめておこう、と判断。どうせ今日はネギと一緒に過ごすことになるのだから相手がかかってきてから戦っても問題ないだろう。

「ん?」

 他人事のように考えているタケルだったが、急にぐいと腕を引っ張られて少しだけバランスを崩しそうになった。

「先輩もウチらと一緒に撮ろー」

 どうやらみんなでプリクラを撮るようで、「早く早く~」と急かされていた。

「……え、いえ、私は別に」

 同じように木乃香に腕を引っ張られている刹那が恥ずかしそうに遠慮している。

 そんな彼女たちの姿を見ているとタケルも穏やかな気持ちになるらしい。彼にしては珍しく即座に
「ああ」
「ほら、先輩も頷いてるえ~」
「……いや、それとこれとは」

 なかなか頷こうとしない刹那に、タケルも「ほら、桜咲さんも」と刹那の背中を押す。結局強引に三人で撮ることになったのだった。

 真ん中に木乃香。写真左に、照れている刹那の少しだけ焦った顔。右にはタケルがその情けないような地味な顔を無表情に。

「……」

 それでも、それは確かに、彼にとっての写真だった。

「ほらこっちこっち~、みんなここにいるえ」

 なぜかゲームセンターゾーンで集まっている彼女達。そんな屈託なく笑顔を振りまいている姿にホッと息をついたときだった。

 それは突然に、だがいつものようにやって来た。

 ゾクリ。

 背筋を襲う強烈な悪寒。

「っ!」

 ――アレだ。

「アニキ、姉さん、それに旦那。チャンスですぜ、今のうちにゲームでもやって――」
「――スマン、少し用事が出来た」

 カモが言葉を言い切る前にタケルが口を開いていた。

「「「え?」」」

 驚くネギたちに「スマン」とだけ告げて、今度は刹那の元に。すぐさま体の向きを変えた彼は、そのせいでネギがいつもなら人前では決して見せようとしない弱い顔を見せていることに気付かなかった。

 とはいっても、それは一瞬。

 次の瞬間にはいつものネギに。全員の意識がタケルに向かっていたこともあり、誰かがそれに気付くことはない。

「……タケル先生?」

 どうかされましたか? といつの間にか普段どおりのクールな姿に戻っている彼女の耳元にぼそりと告げる。

「誰かがこちらを見ている」
「!?」

 穏やかな顔が、真剣なものへと一転。さすがに、仕事慣れしている。焦った様子も大きな反応もせずに、淡々と受け止めている。

「おそらく、一昨日の連中」
「……狙いは木乃香お嬢様と親書ですね」


 彼女の言葉に頷き、申し訳なさそうに言う。

「俺は今から用事がある、後は君達の仕事だ」
「用事?」

 首を傾げる刹那に背を向けて歩き出す。

「……それは先生の傷と関係が?」

 心配そうに投げかけられた言葉に、顔だけ振り返り、どこか悪戯をするような目つきで首をかしげた。

「さあ、な?」
「……え」

 相変わらず表情だけは変わっていないそれだが、まるで笑っているかのような彼のその声色に彼女は一瞬だけ言葉を失ってしまった。そのままネギの頭を撫でて「頼んだ」と呟き、彼は去っていった。

 しばし、ポカンとした顔の刹那が取り残されていた。

 最早、見えなくなったタケルの背をそれでも視線で追いかけていた彼女は「桜咲さん?」というアスナの遠慮がちな声に「はい!?」と、慌てて我を取り戻した。

「……どうしたの、さっきからぼっとして?」

何かへんなものでも食べた? 心配そうな顔をしてみせるアスナに、カモが小さな声でネギにささやく。

「そんな、姐さんじゃないんっすから」
「ぷっ、駄目だよカモ君……ククク」
「笑うってコトは兄貴も思ってるんじゃないっすか」

 思わず噴き出したネギとカモに、だが、次の瞬間にはアスナの拳骨が。

「いててて」
「……なんで僕までー?」

 あくまでも緊張感のないネギたちに苦笑して、刹那はタケルの言葉を彼等に聞かせるのだった。




 どうにか5班の面子から抜け出したネギとアスナは既に電車に揺られていた。ホッとしたカモとアスナ。だが、ネギの顔は一人、暗い。

 それに気付いたアスナとカモが同時に首をかしげた。

「「……?」」
「――どうしてでしょうか?」

 唐突に、ネギの口から本音が漏れる。

「何がっすか、アニキ」
「タケルさん、今日は最後まで手伝ってくれるって言ったのに」

 その言葉にハッとしたのはアスナ。カモはいまだに良くわかっていないのか、やはり首をかしげている。

 電車に揺られ、線路を走る振動と音が体に心地よく響く。通り過ぎる景色は彼等には見慣れない京都のものだが、自然と街が見事に融和しているその古来からの日本文化は、まるでここが故郷だと錯覚させるほどに見る者達の心を落ち着かせる。

 わざわざ修学旅行で来るには確かに一見の価値があるといえるのかもしれない。

 僅かな沈黙の後、ネギは言葉を続けた。

「僕はやっぱりタケルさんに嫌われているんでしょうか。昨日の奈良見学だって用事なんかあるはずないのに『用事がある』って、一緒に回ってくれなかったですし」

 その言葉に、カモもやっと理解した。

 要するに、タケルが途中でいなくなってしまったことがショックだったのだ。普段はほとんど見守っているような人が、しかも自分から手伝うと言ってくれた。彼を慕い、尊敬しているネギには飛び上がれるほどに嬉しかったのかもしれない。

 普段から、寝るときになればタケルの話を興奮気味に聞かされているアスナにはそんなネギの気持ちが痛いほどに伝わってくる。

 ――……しょうがないなぁ。

 車両内に人がほとんどいないことを確認したアスナが微かに頬を染め、一人で頷く。

 腕を広げ、そっと優しくネギを包み込む。

「……アスナさん?」
「先輩はね、アンタのことを嫌いになったりしないわよ」
「……でも――」
「多分ね、先輩は本当に用事があるんだと思う」

 だが、そんな言葉をいくらお人よしなネギでも信じられるはずもない。悲しそうに顔を伏せた10歳の先生に、アスナはため息をついて、言う。

「タケル先輩ってね、誰にも心配かけたくないのよ」

 彼女が思い出しているのは偶然にも風呂場で見た、おびただしいほどの傷。ソレが用事のせいで出来たものなのだろうことは先程のタケルの動きや刹那に見せた顔で、なんとなく理解していた。恐らくは刹那も気付いただろう。

 普段からネギを見守って手を貸そうとしないのは、タケルがいつでもいるとは限らないから。それこそが彼の優しさだろうから。

 用事だといって誤魔化すのは、危険なことにネギを巻き込むわけにはいかないから。それこそが彼の本当の思いだろうから。

 少なくともアスナにとってはそう思えた。そんな彼女だからこそ、伝える。

「アンタはタケル先輩のそんな優しさ、わかってるんじゃないの? そんな下らない嘘をつくような人じゃないって本当はわかってるんでしょ?」

 どこかぶっきらぼうだが、温かい声がネギの耳に響く。

「……」

 アスナの胸の中、ネギはそれでも無言だった。だが、やがてコクンと頷き、目に溜まっていた涙を拭いて彼女の顔を見上げた。

「そう、ですよね! タケルさんは本当に用事があるんですよね!」
「うん、どうしても信じられないなら――」

 続きを言おうとして、だが、後半の言葉はネギによって遮られて紡がれることはなかった。

「――いえ、信じます!」
「……え?」
「僕はタケルさんに色々親切にしてもらっていることを忘れてました。でも、アスナさんのおかげで全部思い出しました」

 アスナの顔を見上げる。確かに、そこに暗さの影は一切残っていなかった。

「だからもう大丈夫です!」
「……そっ」

 ――それならいいわ。

 ホッとお互いに笑みを浮かべあう。二人に流れる、どことなく良い雰囲気。そして、空気を読んで黙っていた一匹が呟いた。

「アニキ、姐さん。もう駅についてるぜ」
「ええ!?」
「ちょ、それ先に言ってよ!」

 騒がしくも電車を降りる2人と1匹。

 ネギの顔は、まるで何かが吹っ切れたように明るかった。




 光すらうっすらとしか差し込まない深奥の森。

 ただ、コントローラーの赤い点がさす位置だけを目指して走っていた。

 今回の星人は赤点が1つ。それはコントローラーに他の敵が指し示されていないだけかもしれないが、おそらく違う。

 ――この感じは相当強敵かもしれ……いや、弱い? ……何だ、この感覚は?

 かつて、強敵と対峙した時のような。それでいてまるで1点しかない星人のような。そんなわけの分からない感覚。

 ――いや。

 この奇妙な感覚は捨てる。

 大事なのは目の前の敵という事実だ。

 既に戦闘態勢。

 色の抜け落ちた表情に、油断なく周囲を観察しながら突き進む。

 そして

 ――いた。

 距離にして、まだ数百Mはあるはずだが、森を抜け、光差す平野に座し、揺らぐことのない視線でタケルを射抜いていた。

 ――……見つかったか。

 本来ならある程度近づいた後、ばれないように潜伏、接敵、奇襲。それがタケルの常だが、隠れる前に見つけられてしまってはどうしようもない。

 素直に星人の目の前に到着する。

 タケルの到着を待っていたかのように、彼はすっくと立ち上がる。

 一つの頭に一つの胴体。2本腕で2足歩行。容姿は歳の頃50~60歳程。ひげに蓄えられて立派な白いひげが特徴的な、完全に人間の姿。

「……」

 昇った太陽を背に大きな剣を地面に刺し、剣士たる堂々としたその姿に、不覚にも目を奪われてしまった。

 細く伸ばした鋼線で輪を作り、それらを互いに連結して服の形に仕立てた、いわゆるチェーンメイル―日本でいう鎖帷子に近い―で全身を包み込み、さらにその上にはブリガンダイン、とでも言えば正しいのだろう。

 キャンバス地の布や革などをベスト状に仕立て、その裏地に長方形の金属片をリベットで打ちつけることで強度を高めた補助的な鎧だ。

 2昔くらいまえの軽戦闘スタイルだが、確かに防刃性に関しては優れたものがあるといえる。

 だが、大事なのは格好ではなかった。

 禍々しくもどこか清い。そんな雰囲気が星人からは感じられる。
「お主、大和猛……?」
「……ああ」

 なぜ、名前を? とは尋ねない。ガンツソードを取り出し、刃を伸ばして構える。

「我輩、メルビン、いざ……尋常に」

 メルビンは剣を地面から抜き放ち、両手で構える。

 その剣はやはり、昔に使われていた西洋の剣。斬ることよりも叩き潰すことを主体とした両刃のそれに対し、タケルのソードはどちらといえば日本刀のように斬る事そのものを目的とされたソレ。

 お互いの距離は約10M。

 正眼に構えるメルビン、居合抜きの要領で構えるタケル。

 お互いがお互いの目を見据えて、そして獣のようににらみ合う。

「「勝負!!」」

 そして、2匹の獣は放たれた。

 
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