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銀河親爺伝説

作者:azuraiiru
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第四話 真相


■  帝国暦485年 12月 10日  イゼルローン要塞 ラインハルト・フォン・ミューゼル



ミュッケンベルガーが俺の作戦案を受け入れてくれた。但し、反乱軍の後方を遮断する役を俺自らが行うならという条件付きだった。爺さんが俺も手伝うか、と言ってくれたがこの役目は小部隊の方が良い、爺さんも加わっては兵力が大きすぎるだろう、その事を説明して遠慮して貰った。そして出撃前の一時、俺とキルヒアイスと爺さんはイゼルローン要塞に有る談話室で話しをしている……。

「爺さん、リューネブルクの事なんだが、オーディンでも色々と有ったようだ。ここで死んだのは奴にとって救いだったのかもしれない」
俺は爺さんにケスラーから聞いた話、リューネブルクの妻が実兄ハルテンブルク伯爵を殺した事、理由はハルテンベルク伯爵が婚約者のカール・マチアスを謀殺した事が原因だと話した、死に瀕したグリンメルスハウゼン子爵がリューネブルクの妻に真相を教えてケリを付けさせた事も。爺さんは黙って俺の話しを聞いていたが話しが終わると大きく息を吐いた。

「喰えないジジイだな、とんだ食わせ者だぜ、あのクソジジイ」
「?」
「グリンメルスハウゼン子爵の事さ、あのクソジジイ、虫も殺さねえ顔で全部仕組みやがった!」
爺さんが吐き捨てた。顔が歪んでいる、口調から察すれば嫌悪だろう。
「仕組んだ?」
俺が問い掛けると爺さんが頷いた。

「考えてもみろ、おかしな話じゃねえか。なんでわざわざグリンメルスハウゼン子爵はリューネブルクの女房にそんな事を教えるんだ? その女が事実を知ればトラブルになるのは目に見えてるだろう。何だってそんな事をする、親切だとでも思うのか?」
「……いや、それは、彼女にケリを付けさせたとケスラーが……」
爺さんが首を横に振った。

「騙されるんじゃねえ。貴族が一番不名誉に思うのはな、面目を失う事じゃねえ、家を潰される事だ。サイオキシン麻薬に殺人、それに隠蔽工作、こんなのが表に出て見ろ、ハルテンベルク伯爵家もフォルゲン伯爵家も家を潰しかねねえぞ。あのジジイも貴族だ、それが分からなかったはずがねえ、野郎、何を企んだ?」
思わずキルヒアイスと顔を見合わせた。爺さんは腕を組んで宙を睨んでいる。

「奴の狙いは何だ? ハルテンベルク伯爵の命か? 伯爵は死んでいる、だが死なねえ可能性も有った、結果として死んだだけだ。となると違うな、女が騒ぐ事でハルテンベルク、フォルゲンを潰す事が狙いか。しかし何故潰す? あのジジイに何の利益が有る? いや待て、ジジイは死にかけている、となると自分の利益のためじゃねえな」
爺さんが首を捻った。

「報復か? 死ぬ前に恨みを晴らした? しかしな、あのジジイとハルテンベルク、フォルゲンとの間に揉め事が有ったとは聞いた事がねえ。となると……、私利私欲、私怨じゃねえのか、これは」
爺さんが唸り声を上げた。俺もキルヒアイスも爺さんの思考を追って行くだけだ。確かに、爺さんの言う通りかもしれない……。

「誰があのジジイを動かした? 誰のためにあのジジイは動いた? 考えられるのは……、一人だな、あれか、あいつが動かしたのか……、なるほどな、あいつなら潰すだろう、何の遠慮も無くな」
爺さんがウンウンと頷いた。
「誰だ? 爺さん」
俺の問い掛けに爺さんは腕組みを解いて俺を見た。眼が据わっている。余程の相手だろう、俺は爺さんのこんな目は見た事が無い。

「銀河帝国皇帝フリードリヒ四世陛下だ」
「!」
あの皇帝が命令した? まさか……。
「あのクソジジイがそこまで忠誠を尽くす相手はこの帝国に陛下しかいねえだろうが。その事件の内容も陛下がクソジジイに教えたんだろうぜ、そう考えれば納得がいく」
「まさか……」
俺が呟くと爺さんが首を横に振った。

「多分、皇帝の闇の左手が動いたな」
「闇の左手? 爺さん、本当に有るのか、それ?」
名前だけは聞くが何処にも実体が無い幻の組織だ。何か事が起きると噂だけに現れる皇帝直属の秘密組織……。俺は妄想の産物じゃないかと思っていたが違うのだろうか……。

「俺も半信半疑だが有るんだろうな。ハルテンベルク伯爵は内務省の実力者だ、内務省に伯爵を調べさせる事は出来ねえだろう、調べさせればどっかで伯爵に漏れたはずだ。となれば闇の左手が動いたんじゃねえかと思う。案外、クソジジイもその一人かもしれねえな」
「グリンメルスハウゼン子爵が?」
思わず、叫んでいた。キルヒアイスも呆然としている。

「ボケ老人のフリをして犬みてえに周囲の秘密を嗅ぎ回っていたんだろうぜ、あのクソジジイを警戒する様な奴はいねえだろうからな。一体どれだけの秘密を探り出した事か……。今回も善人面してリューネブルクの女房を利用しやがった、クズが!」
「……」
爺さんが俺とキルヒアイスを見た。そしてフッと笑った。

「信じられねえか? だがな、これであの女は兄を殺した大罪人、家を潰した馬鹿女、サイオキシン麻薬の密売人を愛したクズ女と蔑まれる事になる。これが無ければハルテンベルク伯は内務尚書、場合によっちゃ国務尚書にもなれたかもしれねえんだぞ。これでもあのクソジジイが親切心からケリを付けさせたと言えるか?」
「……」
答えられなかった。

「嫌な野郎だよ、使い捨ての紙コップみてえにあの女を利用してクシャクシャにして捨てたんだ、善人面してな。反吐が出るぜ!」
爺さんが顔を歪めて吐き捨てた。俺は未だ信じられずにいる、しかし否定は出来ない。なによりケスラーが持ってきたあの文書、あれは一老人に出来る事だろうか……。

「だが分からねえ、何故潰す必要が有るんだ? ハルテンベルク、フォルゲンは何をやった? ……分からねえ、さっぱりだ。小僧、お前の言う通りだ、リューネブルクは良い時に死んだ。奴が生きていてもこの先は地獄だろう、女房は兄殺しだ、誰からも相手にされねえ、奴は全てを失った。……待てよ、リューネブルク? ……リューネブルクか! 狙いは奴か!」
爺さんが叫ぶと勢いよく立ち上がった、また宙を睨んでいる。“そうか、そうだったのか”と爺さんが呟いた。そして大きく息を吐くとドスンと音を立てて椅子に座った。

「どういう事なのでしょうか、リュッケルト少将」
キルヒアイスが問い掛けると爺さんが左手で頬の傷跡を強く撫でた。
「俺達は間違っていたのかもしれねえよ。リューネブルクには後ろ盾が有ったんだ。いや、俺達だけじゃねえ、リューネブルクもそれに気付いていなかった。だから今回の様な事になったのか……」
疲れた様な声だ、爺さんの傷跡を撫でる仕草は終わらない。予想外の事が有った時の癖なのだろうか? 話の内容にも興味が有ったがそっちの方にも興味が湧いた。

「後ろ盾ってハルテンベルク伯爵の事か?」
「ああ、伯爵は内務省の実力者だ。警察の……、えーっと、何だった?」
爺さんが俺とキルヒアイスを交互に見た。
「警察総局次長です、次期警視総監の最有力候補、いずれは内務尚書になるだろうと言われていました。ハルテンベルク伯爵はまだ若いですから長く務めるのではと……」
爺さんがキルヒアイスの答えに“それだ、それ”と頷いた。

「しかし将来はともかく今は内務省の一官僚でしかない、それが後ろ盾になるのかな?」
「……リューネブルクが大将に昇進するまで何年かかると思う?」
ボソッとした口調だった。また妙な事を言う、キルヒアイスと俺は顔を見合わせた。
「分からないな、戦争は毎年二回有るが地上戦は……」
俺が口籠るとキルヒアイスも頷いた。

「よし、じゃあ仮に六年かかったとしよう。その時、ハルテンベルク伯爵はどうなっている?」
爺さんが俺達の顔を覗き込んだ。
「警視総監にはなっているだろうな。もしかすると内務尚書になっているかもしれない……、そうか、そういう事か、爺さん……」
愕然とした、俺だけじゃない、キルヒアイスも愕然としている。爺さんは傷跡を撫でるのを止めていた。

「俺はリューネブルクはこれから下り坂に入ると思っていた、三十五歳だからな。リューネブルクも大分焦っていたからそう思っていたんだと思う。お前もそう思ったんじゃないか?」
「ああ、そう思っていた」

「見誤ったぜ、ハルテンベルク伯爵はこれからが登り坂なんだ。内務尚書だぞ、内務尚書。省の中の省、内務省の親玉だ。あそこは警察、地方行政を握っている。治安維持局もだ。そんな奴を簡単に敵に回せるか?」
「……いや、それは難しいと思う」
俺が答えると爺さんが頷いた。

「オフレッサーは気付いていたな。奴はリューネブルクを嫌ったんじゃない、リューネブルクを恐れていたんだ。いずれは自分にとって代わろうとするってな」
「……」
「六年後には帝国軍大将と内務尚書だ。そしてオフレッサーも老い始めている。ハルテンベルク伯が軍務尚書に義弟を装甲擲弾兵総監にと申し入れたらどうなる? 断ると思うか?」

爺さんの質問に俺は首を横に振った。オフレッサーは必ずしも周囲から好まれてはいない、指揮官としては二流以下、ただ人を殴り殺す事で出世してきたのだ、その血生臭さを好きになる奴等居ないだろう。軍務尚書がそんな奴を庇って内務尚書を敵に回すとは思えない。俺がその事を爺さんに言うと爺さんも“俺もそう思う”と言って頷いた。

「リューネブルクを好んでいた奴が居るとは思えねえ。だが奴を潰す事は出来なかった。妙な真似をすればいずれは内務尚書になったハルテンベルク伯から報復を受ける恐れが有った。不愉快でも見守るしかなかったんだ。精々出来る事は武勲を上げる場を与えない事、そのくらいだろう。奴がグリンメルスハウゼン艦隊に配属された訳さ」
「……」

「小細工をする必要は無かったんだ。それをあの馬鹿、自分は御落胤だなどと詰らねえ噂を流しちまった……」
「それが陛下を怒らせたと?」
爺さんが頷いた。そして俺達に顔を寄せ小声で囁いた。

「陛下も俺達と同じ事を考えたんじゃねえのか、六年後をな。いやもしかすると自分の死後の事を考えたかもしれねえ。その時、御落胤の噂が生きていたらどうなるかってな」
爺さんが俺を見詰めていた。暗い眼だ、爺さんの目に映る六年後、フリードリヒ四世の死後が俺にも想像出来た。

「爺さんはリューネブルクが皇位継承に絡んでくるというのか……、しかし、ブラウンシュバイク公、リッテンハイム侯がそれを許すとは……」
「ハルテンベルク伯は内務尚書だぞ、連中の弱みの一つや二つ探りだせないと思うのか?」
「……確かにそうですが、……リューネブルク少将が皇位継承なんて本当に陛下は御考えになったのでしょうか?」
キルヒアイスが爺さんに問い掛けた、俺も同感だ。気が付けば俺達も小声で囁いていた。

「奴が皇位に就く事が可能かどうかは俺にも分からねえ。だがな、皇帝陛下は帝国がそれで混乱するんじゃねえかと怖れたんじゃねえかと思う。後継者が決まっていない時にそんな噂を流した事を怒ったのかもしれねえ。どちらにしろリューネブルクの奴を危険だと判断した。だからリューネブルクの後ろ盾、ハルテンベルク伯を潰す事に決めたんだ。浮上出来ねえようにな」
「……」

「リューネブルク少将を潰すのではなく、ですか?」
「下手にリューネブルクを潰すと御落胤の噂に真実味が出かねない、奴本人よりもハルテンベルク伯を潰す方が変な疑いを抱かせない、そう思ったんじゃないのか?」
キルヒアイスと爺さんの遣り取りになるほどと思った。

「御落胤の噂が流れたのが六月頃だ。その頃から闇の左手はハルテンベルク伯の弱みを探し続けたのだろう。そしてどの時期かは分からないが秘密を探り当てた。この時期に仕掛けたのはリューネブルクがオーディンに居ない方が、奴が戦場に居た方が都合が良いと思ったからだろうぜ」
「……」

「狙い通りさ、後ろ盾を失ったリューネブルクはあっという間に戦場で切り捨てられた。見事過ぎて溜息しか出ねえよ」
「確かに……」
リューネブルクは使っちゃいけない手を使った、その報いを受けた。爺さんはどれだけ大きくなるかで報いが変わると言っていたが大きくなる前に潰された、いや皇帝は大きくなる事を許さなかった……。少しの間、沈黙が部屋を支配した。

爺さんが太い息を吐いた。
「ミューゼル少将、そろそろ時間だ、行った方が良い」
「ああ」
席を立った俺とキルヒアイスに爺さんが“待て”と声をかけた。

「余計な事は考えるな、先ずは勝つ事、でかくなる事を考えるんだ。他の事はでかくなってから考えればいい。詰らねえ小細工はするんじゃねえぞ。お前らも敵は多いんだ、お前らが潰される時は伯爵夫人も潰されると思え」
爺さんの言う通りだ、しっかりと頷いた。

「分かった、気を付けるよ、爺さん。いやリュッケルト少将」
「上手くやれよ、期待してるぜ」
「ああ」
爺さんが立ち上がった。姿勢を正す、俺とキルヒアイスも正した。

「幸運を祈る、ミューゼル少将」
「感謝する、リュッケルト少将」
お互いに礼を交わした。爺さんが何処まで俺達の想いに気付いているのかは知らない。全部知っているような気もするし何も知らないような気もする。

だが爺さんの言う通りだ、先ずは大きくなる。そのためにもこの作戦、失敗は出来ない。
「行こう、キルヒアイス」
「はい、ラインハルト様」
俺達は必ず勝つ!

 
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