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レンズ越しのセイレーン

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Mission
Last Mission アルケスティス
  (3) マクスバード/リーゼ港 ②

 
前書き
 これが 観たかったのよ 

 
「兄、さん? 何で……」

 何故ここにいる。何故そんなに苦しそうにしている。何故ジュードたちと敵対している――尋ねたいことは山ほど浮かんで、どれも声にならなかった。

「ユリウスから持ちかけて来たんだよ」

 説明を買って出たのはアルヴィンだった。

「もしおたくが決断できない時は、おたくに知らせず、俺たちのために『魂の橋』になる――ってな」
「……黙ってて、ごめん」

 ゴメンですむ話ではない。ルドガーはジュードをきつく睨み据えた。

「浅はかね。そも『審判』に挑む資格はワタシやルドガー、ユリウスみたいなクルスニクの血族にしか、ない。アナタたちの中にはそれに該当する人間は、いない。ユリウスを殺してどうしようもなくした(●●●●●●●●●●)後で、ワタシたちを呼びつけて、強制一択、『カナンの地』に行かせようとした。でしょう?」

 誰もが気まずげに目を逸らす様子を見て、ユティが溜息をついた。

「言われた時刻より早めに連れてきといて、よかった。知らないとこで兄さんが死んでたかも、しれなかったね、ルドガー」

 仲間だと、友達だと信じていた。だがそれ以前に、彼らは「断界殻(シェル)を開いた救世主たち」でもある。いわば世界に対する責任者だ。責任があるんです――初対面のジュードの台詞が代表的だ。今や「オリジンの審判」は、エレンピオスとリーゼ・マクシア両方の問題。問題を新たに持ち込んだ彼らに、失敗は許されない。許されないと、彼らは心に課している。

 そんな人間たちが、仲間の家族の命で世界を救えると知ったら、実行しないと言い切れるか。
 兄の死を悲壮に飾り立てて自分を囃し立てないと言えるか。
 答えは、この状況だ。

「――ミラ、お前もか?」

 思ったより怒ったような声になった。
 輪の最後尾にいたミラはびくんと跳ね上がり、みるみるバラ色の瞳を潤ませた。

「だ、だって、あなたがいなくなったら…あなたが『橋』にされて、死んじゃったら…! 私、どこにも居場所なんてないのに! ルドガーだけが私の居場所なのに! 私、どこにも行けなくなっちゃう…!」

 ミュゼが痛ましげにミラの後ろに漂い、そっと肩を撫でた。

 ミラが居場所がないと感じないように努力した。ミラの世界を壊したのは他ならぬルドガーだから。ミラが喜ぶことは何だってしてきた。
 それらの努力は全て、ミラのルドガーへの依存を無責任に加速させただけだった。

(俺たちの関係って全部ハリボテだったんだな)

 ジュードたちは敵ではない。だが、たった今、ルドガーの味方でもなくなった。彼らはあくまで「世界の味方」なのだ。たまたまルドガーの仕事が世界を守ることに繋がったから合一していられただけで、それが剥げれば、彼らとの間には本当の絆などなかった。

「……兄さん。本当にこれ以外の方法はないのか」
「ない」

 ユリウスの即答は呵責がなかった。

「『カナンの地』に入るには、ハーフ以上の能力者――この場では俺かお前、どちらかの命が要る。それがクルスニク一族の宿命なんだ」

 ビズリーが宿命を「呪い」と表現した意味を、ルドガーはようやく理解した。こんなのあんまりだ。理不尽すぎる。哀しすぎる。分史世界の命をさんざん取捨選択させられて、今度は正史でさえ命の選別をしろというのか。

「そんなに悩むことはないさ」

 ユリウスは左手の手袋を外して捨てた。手袋の下にあったのは、手袋の革よりなお黒い――呪いの刻印。クロノスが言っていた「成れの果て」。これが。

「どうせもうじき俺は死ぬ。俺には時間が残されてない。どうせならこの命を意味のあることに使いたい。俺の命で、『魂の橋』をかけさせてくれ」

 死にたくない、と昨夜叫んだ。今とてありったけの想いで、偽らざる本心だ。
 だが、ルドガーが生き残るためにユリウスを殺さなければならない? そんな選択肢は端から頭になかった。見通しが甘いと責められればそれまでだが、ルドガーはユリウスが死ぬ未来をこれっぽっちも想定していなかった。

「! ぐ…っ!」
「兄さん!」

 倒れた兄に慌てて駆け寄り、上体を支える。左手の黒が面積を増している。ユリウスの体が無機物へと変えられていく。ルドガーは思わずユリウスに縋った。

「……うちに帰れ、ルドガー。やっぱりお前には無理だったんだ」

 優しいはずの兄の言葉は、一瞬でルドガーの心を黒く塗り潰した。さながら「カナンの地」出現の時の白金の歯車が、月を泥で冒したように。

「――ない」
「ルドガー?」
「できない…! 俺にはできない! 俺は兄さんを殺せないッ!」

 世界の存亡と言われてもピンと来ない。壊した分史の命を背負うといっても実感が持てない。だから世界救済のお手本であるジュードらの気に添う(●●●●)であろう行為をしてきた。だから皆に、会社に流されるまま、唯一の肉親を殺すという最悪に辿り着いた。

 ジュードたちはユリウスを殺す。心優しい少女たちは別の方法を、と訴えているが、2000年でそれが模索されていないはずもない。現に、ルドガーたちが探しても有効策は見つからなかった。世界のために個人を惜しんでいられる状況ではないのだと、そう諦めて彼らはユリウスに剣を向ける。

「いくつもの世界を破壊してここに立っているお前が、ここで世界を放棄するというのか!」
「世界世界うるさいんだよ! そんな現実味のないもんで人の人生に踏み込んでくるな!」

 ルドガーは立って吼え返した。初めて、明確に、己の意思で、彼らに反抗した。

「エルの言う通りだよ。あんたたちで何とかしろよ。一度やったことあるなら今度もできるだろ? そう思うから今駆けずり回ってんだろ? 何の権利があって俺のたった一人の兄貴を奪ってくんだ。死んだり殺したり……もう、ウンザリだよ。俺にだってなあ、踏み躙られたら痛いココロはあるし、失くしたくない人だっているんだよ!」

 肺の空気を使えるだけ使って叫んだ。酸欠に喘ぐ余裕はない。ルドガーは頭を高速で回転させる。

 彼ら全員を退けてユリウスを守ることは可能か――
 可能ではある。誇張でなく、今日までの任務やクエストでルドガーの実力は彼らを上回っている。8人全員を同時に相手しても殺せる。

 だが、敵方にはリーゼ・マクシアの王と宰相、気鋭の源霊匣(オリジン)研究者がいる。この3人を殺せば、世界が生き永らえても両国は戦争になりかねない。だが、一人でも生かせば確実に彼らは実行する。

 ユリウスを連れて逃げるか。ダメだ。ユリウスにはすでに走れるだけの体力が残っていない。

 何も浮かばない。ルドガーもまたジュードたちのように心を諦めに支配されていく。どうしようもないから諦めろ、諦めて殺せ。でなければ生き延びられないぞ、と。

(あきらめて、ころす)

 次の瞬間のひらめきは、まさに天啓だった。

(あきらめるのは、どっちを?)


 ――“殺すの。ルドガーとか、ユリウスとか、強い骸殻能力者を”――


 なんだ、とルドガーは口の端を歪めた。とっくに解答は示されていたのだ。

 ルドガーはユリウスから離れ、ユリウスとも仲間たちとも距離を取った。両サイドから中間に当たる位置に立つ。

「俺が最初の頃の、言いなり人形のままだと思うなよ」

 ホルスターの片方から銃を抜いた。戦う気か、とジュードたちも身構える。
 どんなに格好つけても、これがルドガー・ウィル・クルスニクの限界。勝手に挑んで勝手に挫けたピエロの末路。来るべくして訪れた、似合いのピリオド。

 死ぬのが怖かった。死なないためなら他人を殺してやるとついさっきまで本気で思っていた。なのに今はただ、彼らに思い知らせたい。世界のためを謳ってルドガーをいいように操ろうとしたカレラに。ルドガーが何か失敗するたびに「やっぱり」と上から嘆き続けた兄に。

 ルドガー・ウィル・クルスニクの命を使って思い知らせてやりたい。

 銃を自らのこめかみに押しつけた。息を呑むジュードたち。青ざめるユリウス。何てすかっとした気分。

「みんなが、悪いんだからな」

 ただ一人の家族を知らない所で殺される辛さ。友だと信じた人たちが隠れて実行する悲しさ。家族である人に欠片も頼られない寂しさ。誰ひとり本当の味方でも理解者でもなかったと思い知らされた、絶望感。ここにいる誰も、分からなかった。想像もしてくれなかった。ただ裏切るよりたちが悪いではないか。

 だから、この結末を招いたのは、最後までルドガーを「情で都合よく操れる人形」としか認識しなかったこの場の全員だ。

 指をトリガーにかける。1秒もあれば確実に死ねる。誰にも止められない――はずだった。


「やっぱりこうなった」


 抑揚のない声を合図に、広範囲大威力の精霊術が発動し、ルドガーたちを押し潰した。 
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