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亡命編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第九十八話  汚染


宇宙暦 795年 10月 1日    ハイネセン  統合作戦本部  ジョアン・レベロ



朝八時に統合作戦本部の本部長室に四人が集まった。トリューニヒト、ホアン、私、シトレ。
「どうしたのだ、シトレ、こんな早くに呼び出して」
「ヴァレンシュタインが話したい事が有るそうだ。君達を呼んでくれと言われた」
まあ、そんな事だとは思った。ホアンに視線を向けると彼が肩を竦めた、そして“嫌な予感がする”と言った。同感だ。

シトレが通信を始めた、直ぐに繋がってスクリーンにヴァレンシュタインの顔が映った。
『お早うございます、朝早くに済みません』
「いや、急ぎの用事なのだろう、何かね?」
『アドリアン・ルビンスキーですが、彼の身柄はどうなりますか?』
ヴァレンシュタインのシトレの遣り取りに皆が顔を見合わせた。どうなる? トリューニヒトが答えた。

「どういう意味かな、彼の処罰という意味か?」
『いや、そうでは有りません。彼の身柄を何処が預かるかですが……』
また四人で顔を見合わせた、考えた事も無かったな。
「この場合、軍で良いのかな?」
「いや、相手は自治領主だったんだ、政府の方が良いんじゃないか?」
トリューニヒトとホアンが話しているとヴァレンシュタインが“未だ決まっていないのですね”と言った。

「決まってはいない、それがどうかしたかね?」
私が問い掛けると
『ルビンスキーの身柄は地球教対策の一環として軍が預かるとして下さい』
と答えた。強い口調だ、何か有るらしい。

「何か有るのかね? 政府預かりでは不都合が」
問い掛けるとヴァレンシュタインが頷いた。
『有ります。ルビンスキーは政府預かりになれば命が危ういと怯えています』
物騒な話だ、また皆で顔を見合わせた。

『彼の話では最高評議会にはフェザーンの金が流れているそうです。それを知られることを恐れる人間がルビンスキーを殺そうとするでしょう』
「馬鹿な! 冗談だろう!」
ホアンが叫んだ。だがヴァレンシュタインは首を横に振った。
『冗談ではありません、ルビンスキーは政府に引き渡さないでくれと言っているんです。今彼が一番信じているのは他でもない、私ですよ』

また皆で顔を見合わせた。今日何度目だろう?
「一体誰だ、金を受け取っているのは?」
トリューニヒトが問い掛けるとヴァレンシュタインは“驚きますよ”と笑った。嫌な予感がした、こいつが笑うと碌な事が無い。
『窓口は情報交通委員長シャルル・バラース、受取人は最高評議会議長ロイヤル・サンフォード』
「!」

声が出なかった、皆凍り付いたように固まっている。
『ルビンスキーが押さえていたのはそこまでです。サンフォード議長が誰に金を送ったかは分かりません。しかしサンフォード政権の誕生から今まで、政権を安定させてきた一つの要因がフェザーンからの資金援助なのでしょう。彼はそれを使って味方を増やしたんです』

「馬鹿な! 冗談だろう! 最高評議会議長がフェザーンの飼犬だというのか、高等弁務官じゃないんだぞ、最高評議会議長だ!」
ホアンが吐き捨てた。事実なら同盟政府はフェザーンのコントロール下に有ったという事になる。ホアンの身体が震えている、怒りか、それとも恐怖か。

「可能性は有るな……」
シトレが低い声で呟いた。そして驚く皆を見ながら言葉を続けた。
「地球教の事を知った時の評議会の事を覚えているか? サンフォード議長はルビンスキーをフェザーンに戻せと言っただろう」
「なるほど、あれか、……皆呆れていたな」
トリューニヒトが頷いた。確かにあれが有った……。

「こう言ってはなんだが議長の政治家としての能力に対する評価は決して高くない。最高評議会議長に選ばれたのもなり手がいなかったからから消去法で選ばれた、いやむしろ偶然と言われていたくらいだ。もしかすると代議員に金を送って票を買い取ったのかもしれん。その方が納得がいく……」
シトレの言葉に皆が顔を見合わせるとホアンが“世も末だな”とぼやいた。

「ヴァレンシュタイン中将の言うようにサンフォード議長から金が流れていた、それが政権安定の一因だとすると厄介だな、フェザーンの毒が何処まで回っているか……」
「いや、レベロ、貰った方はフェザーンからとは思っていないだろう、議長からだと思ったはずだ」
「なるほど、多少は気休めになるな」
私の答えにトリューニヒトが苦笑を浮かべた。

『フェザーンからの資金提供はフェザーン自治領主府が所有するダミー会社、複数を使って行われているようです』
「ダミー会社? 会社名は分かるかね」
私が問い掛けるとヴァレンシュタインが首を横に振った。
『実務は補佐官がやっていたようで全ては把握していないそうです。ただフレディロジスティクス、アランコーポレーションは間違いないと言っています。使っている銀行はクレイトン銀行だとか』

ヴァレンシュタインの言葉に皆が顔を見合わせた。
「どうやら本当の様だな」
「確認をする必要は有るだろう、レベロ、出来るか?」
「財政委員会を甘く見ないで欲しいな、ホアン。企業名と使用銀行が分かっているなら難しくは無い、やってみよう」
私が答えると皆が頷いた。

「ルビンスキーの身柄は軍で預かろう。シトレ元帥、そちらでお願いできるかな」
「国防委員会では無く?」
「こっちには金を受け取った人間が居るかもしれない、信用出来んよ。こうなると誰が味方なのかさっぱりだ」
トリューニヒトとシトレの遣り取りにヴァレンシュタインが“世も末ですね”と笑った。ホアンは嘆いたがこの根性悪は笑っている、とんでもない奴だ。溜息が出た。

「いっそ君の船で身柄を預かるというのはどうかね、その方が安全なような気がするが……」
『ハトホルでですか? まあ私は構いませんが他が納得するでしょうか? ルビンスキーを調べたがる人間は多いと思うんですが』
シトレが顔を顰めた。
「まあ君が戻るまで時間は有る。その間に考えよう」

「それよりこれはサンフォードを引き摺り下ろして政権を取るチャンスだと思うが……」
私が提示すると皆が無言で互いの顔を見合った。
「確かにそうだが受取人はバラースだ。サンフォードまで辿り付けるかな」
「ルビンスキーの証言だけではな、難しいかもしれん。バラースが吐けばいいが……、他にも証拠がいるだろう」
なるほど、トリューニヒト、ホアンの言う通りかもしれん。今一つ何かが要る。

「もう一つ問題が有るぞ、レベロ。サンフォードを引き摺り下ろしたとしてその後どうやって政権を取るかだ」
シトレの指摘に皆が顔を見合わせた。
「……暫定政権だな、取り敢えずは。評議会内での支持を取り付け最終的には同盟議会で承認を得る」

「君の考えだと多数派工作が要るな、トリューニヒト」
『そういう事になりますね。評議会は十一人、二人外れますから九人です。過半数を取るには最低でもあと二人の支持は要る。誰を取り込むか……』
私とヴァレンシュタインの指摘に皆が沈黙した。

副議長兼国務委員長ジョージ・ターレル、書記トーマス・リウ、地域社会開発委員長ダスティ・ラウド、天然資源委員長ガイ・マクワイヤー、法秩序委員長ライアン・ボローン、経済開発委員長エドワード・トレル、この六人の内二人を取り込まなくてはならない。

「ターレルとボローンは難しいだろう。トリューニヒトに強い敵対心を持っている。選ぶのなら他の四人だな」
「四人の内二人か、厳しいな。しかも頼りになるとも思えん連中だ。やる気が失せるよ」
ホアンと私の会話に皆が失笑した。シトレが“口の悪い奴だ”と言うから“悪い連中とばかり付き合ったせいだ”と言い返した。ヴァレンシュタイン、心当たりが有るだろう。

『いっそ面倒な二人を取り込んでは如何です?』
「正気か、ヴァレンシュタイン」
『正気ですよ、レベロ委員長。厄介な二人を取り込めば後の四人は済し崩しに味方に付く、そうじゃありませんか。後々の政権運営も楽です』
皆で顔を見合わせた。なるほど、流石に悪い奴だ、碌でもない事ばかり考え付く。トリューニヒトが笑い出した。

「面白い考えだ、やってみる価値は有るな」
「勝算が有るのか、トリューニヒト」
私が問い掛けるとトリューニヒトが頷いた。
「ターレルはともかくボローンは可能性が有る。フェザーンから金が流れていた事が事実ならこいつは警察が動くのが筋だ。それを利用して取引できるかもしれない」

なるほど、奴の面子を立ててやろうというわけだ。元々は面子を潰された事がトリューニヒトへの反発の一因になっている。そこを解消するか……。可能性は有るな、ならばこちらも早急に調べなければ……。一気に事態が動くかもしれない……。



帝国暦 486年 10月 10日    オーディン 新無憂宮  オットー・フォン・ブラウンシュバイク



「伯父上、何故あのような改革案など発表したのです! 改革など必要ありません!」
「……」
「伯父上!」
「……」
フレーゲルが顔を真っ赤にしている。無視される事に慣れていないせいだろう、貴族として我儘一杯に育ってしまった。本来ならこれから忍耐を、時に退く事を教えなければならないのだが……。

「伯父上! 税の徴収は我ら貴族に与えられた特権、ルドルフ大帝が下された権利なのです。それに制限を加えるなど……」
口惜しそうに顔を歪めている。その通りだ、フレーゲル。税の徴収はルドルフ大帝が下された特権だ。

だが帝国はそのルドルフ大帝の作った制度を捨てなければ生き残れぬのだ。お前は貴族の権利は知っている様だが帝国の現状は分からぬらしい。お前に世の中を見る目を与えなかったわしの所為だな。或いはお前自身がそれを持とうとしなかったのか……、哀れな奴……。

「改革を行う事は既に勅令として発表した事だ。取り消しは無い」
「伯父上!」
「取り消しは無いのだ! フレーゲル」
反駁しようとするフレーゲルの口を封じた。悔しいか、フレーゲル。怒れ、もっと怒るのだ、フレーゲル、まだまだ足りぬ。

「帝国軍はここ近年の敗戦で大きな損害を受けた。おまけに例のカストロプの一件で士気の低下が酷い、到底使い物にならん。帝国の武威は衰えたのだ。そして平民達は政府に大きな不満を持っている。軍が使い物にならん以上、国内を安定させる事も同盟に対しても攻勢に出る事も出来ん」
「ですが……」
言葉を続けようとするフレーゲルに手を振って黙らせた。

「おまけに地球教などと言う訳の分からぬ物まで飛び出してきた。現状では自由惑星同盟と協力する事で安全保障を確立し改革によって国内を安定させる。それによって帝国を再建するしかないのだ」
分かったか、そう言うようにフレーゲルを見据えた。フレーゲルが顔を悔しそうに歪めた。

「そんな必要は有りません! 我ら貴族がいます! 反乱軍と協力など、阿る事など有りません!」
「何が出来るのだ、貴族に」
嘲笑した。フレーゲルが一歩近付いた。身振り手振りで訴えてくるつもりだろう。昔から芝居がかった事が好きな奴だった。
「我らが反乱軍を打ち破ります。帝国の武威は我ら貴族が輝かせて見せましょう。さすれば改革など必要ない! 伯父上!」

「本気か? お前達がクロプシュトック侯の反乱鎮圧にどれだけの時間をかけたのだ。あの無様さで同盟と戦うとだと? 向こうにはヴァレンシュタインが居るのだぞ、一千万の兵を殺した男が居るのだ、分かっているのか? お前などあっという間に捻り潰してしまうだろう、話にならんな」
想定内の答えだったが敢えて呆れた様な声を出した。フレーゲルの顔が屈辱に歪んだ。

「あれは本気では無かったのです。本気ならもっと早く片付けられました!」
「だから戦わせろというのか? 今度は本気を出すと?」
「そうです!」
「当てになるとは思えんな、相手は戦争の専門家でさえ恐れる男だ。素人のお前達に勝てるものか、命を落とすだけだ、止めておけ」

「勝てます! 我らが本気になれば、勝てます!」
「……」
「勝てるのです! 伯父上!」
またフレーゲルが一歩近付いた。
「……勝てるのか? 本当に?」
「勝てます!」
希望が見えたか、眼が輝いている。甘いぞ、フレーゲル、だからお前は駄目なのだ。

「同盟は十万以上の兵力を動かす、お前にそれだけの仲間を集められるのか?」
「……それは……」
「なら無理だな、軍は一兵たりとも動かせん」
「伯父上!」
口惜しそうな表情だ。

「……目覚ましい武勲を上げ、ヴァレンシュタインを殺したならエリザベートの婿に考えても良い」
「おお、伯父上!」
「但し、失敗は許さん。それだけは覚えておけ!」
「必ずや、ヴァレンシュタインを!」
「うむ、期待している」
昂揚したフレーゲルの顔を見ると少しだけ胸が痛んだ……。

弾むような足取りでフレーゲルがわしの執務室を出て行くと入れ替わる様にリッテンハイム侯が入って来た。沈痛な表情をしている。
「今フレーゲル男爵に会った」
「そうか」
「エリザベートの事、聞いた」
「そうか」

少しの間沈黙が有った。
「公に力添えしてもらったと大分喜んでいたのでな、武勲第二位の男はサビーネの婿にすると励ましてやった」
「……そうか」
「……公だけに背負わせはせんよ」
「……済まぬな、リッテンハイム侯」
リッテンハイム侯が気にするなというように首を横に振った。

「今夜、久しぶりにどうかな? これは」
リッテンハイム侯がグラスを干す仕草をした。
「そうだな、久しぶりに飲むか」
「では決まりだ、酒は私が用意する」
「楽しみだな、つまみはわしが用意しよう」
楽しい会話だ、久しぶりに酒が飲める。それなのにリッテンハイム侯は哀しそうな顔をしていた……。



 
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