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深き者

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第五章


第五章

「この村には」
「必要ないって」
「それは何故」
「言う必要も無い」
 ここで二人から顔を背ける老人であった。
「それだけだ」
「えっ、ちょっと」
「待って下さい」
 しかし老人は二人の呼び止めには従わなかった。そのまま何か足全体をべたりとつけるような歩き方で前に進み二人の前から去った。そうして老人は姿を消してしまったのだった。
「何ていいますかね」
 老人が姿を消してからたまりかねたようにして言葉を出す本郷であった。
「あまりにもぶしつけですよね」
「妙だな」
 役は首を捻ってこう述べたのだった。
「あまりにもな」
「おかしな爺さんでしたよね」
「そうだな。態度といい」
「顔立ちもおかしかったですよね」
 本郷は老人のその顔のことも語るのだった。
「何か」
「声の出し方もな。何か無理をして話しているような感じがしたな」
「それに歩き方も」
 二人は老人の実に細かい場所まで見ていた。何処までも見ていたのである。
「何か普通の人間と違って異様に重心が低くて手の振り方も殆ど無くて」
「足を全て地に着けてな」
「それでやけに首を前に出していません?」
「背筋も曲がっていた。ああした歩き方は見たことがない」
「ええ。何なんですかね」
 あらためて言う本郷であった。
「あれは」
「わからない。ただ」
「ただ?」
「あの老人からはこの村に関する情報は得られなかった」
 このことを言うのだった。
「今のところはな」
「今のところはですか」
「後はわからない」
 こうも言った。
「だが今はだ。他の人を探すとしますか」
「そうですね。それにしても」
 本郷はここでまた周囲を見回した。だが見回したその視界には誰もいなかった。見事なまでに寂れた建物の他は何も見えなかった。
「本当に何もない村ですよね」
「全くだ。これでは情報を得ようにもな」
「図書館ありますかね」
 本郷がここで言ったのは図書館だった。
「それがあったら郷土史とか調べられますけれど」
「どうかな。あればいいがな」
「今度はそれを探してみますか」
 こう言うのであった。
「そうしますか?」
「そうするか。聞く人もいなければ」
「折角聞いた人もあんなんだったら」
「本で調べるしかない」
 結論は実に簡単に導き出された。電卓を使ったよりも簡単にであった。
「だからだな」
「ええ。それじゃあまた車に乗りますか」
「そうするか」
「今度は俺が運転しますよ」
 さりげなくこう言う本郷だった。
「役さんもずっと運転していましたしね」
「いいのか?それで」
「いいですよ。たまには休まないと」
 彼のささやかな優しさだった。それを今ここで出したのである。
「ですから」
「わかった。それではな」
「はい」
 こうして二人は今度は本郷の運転で村の周りを見て回った。今度は人は誰も見なかった。人どころか犬も猫も鳥さえもいない。見事なまでに何もおらず寂れきった建物と乾いた潮風、それにその風に吹かれて舞うゴミと埃だけがある。他には何もない村を見て回った。
 
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