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鋼殻のレギオス IFの物語

作者:七織
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第二話

 
前書き
前書きネタ後書きネタぶっこもうと思った。そしたら千二百字までしか書けないと判明。
既に書いていた四千字と五千字のネタがお蔵入りになってショック。

p.s
二点、内容を修正しました。以下に記します。

一点は練武館の一室のスペースの部分の表現を変えました。
「一室」を大学の講義室基準で書いてましたすみません。高校の教室を思い浮かべたら武芸者が動くにしては小さかったので差し替えました。

もう一点はフェリが言っていた念威操者が五番隊になっていたので七番隊に変えました。
五番隊ってゴルネオの所ですのでそりゃ違うだろって事で。単純に忘れてたので直しました。 

 
 知らなかったというのはただの言い訳だろう。
 ニーナから……ハーレイも含めたニーナ達からの手紙はグレンダンにいるレイフォンの元へと確かに届いていた。だが、それを読まないことを選んだのはレイフォン自身だ。敢えて遠ざけた。

 シュナイバルでの日々は楽しかったと言える思い出だ。金の事しか考えず先を見ずに飛び込んだ先で彼らに出会えたことは幸運だと言えるだろう。
 ニーナ・アントークは裕福な少女だった。世間一般で言うところの不自由などというものから縁遠い環境に置かれていた。武芸者として持つべき律を胸に有したお堅い所もあったが猪突猛進で意外に我が儘な、どこか抜けたところもある強い意志を持つ少女だった。

 そして何よりも年相応――と言うべきなのだろう――に自分の思いに迷いを持ち、外への憧れを持っていた。打算なく、曇りなく、真っ直ぐな憧れを語るその姿にレイフォンは羨望の思いを抱きさえした。そんな少女の歩みに自分が関われ、そして少女からの再会を願われた約束が嬉しく、自分もそうなれたらとさえ思った。
だから、なのだろう。

 彼女が賞賛してくれた武を汚し、罪を弾劾された自分にはその手紙を見る資格がないとレイフォンが思ったのは。守りたかった兄弟(かぞく)からさえも侮蔑の目を向けられた自分と、家族を振り切ってまで意志を貫いたニーナとの現実から目を背けた。
 何にせよレイフォンはニーナ達からの手紙を一度として開けなかった。開けていれば彼女たちが此処に居ることも知っていただろう。逃げるようにツェルニではない方の学園都市を選んでいただろう。

 だが現実は逃げるものを追って来た。逃げ道を封じ、あの日別れた続きを要求する。
 
 今日再び、レイフォンはニーナと出会った。
 出会ってしまえば逃げられない。現状を受け入れるしかなければ意外に受け入れられるものだ。レイフォンはそこまで心を揺らすことなく久方ぶりのニーナの姿を瞳に移す。
 大凡二年ぶりのニーナはレイフォンの記憶の中の姿よりも大人びていた。声こそろくに変わっていないものの背は高くなり手足はスラリと伸び、相貌もどこか丸みのある少女からアカが抜け凛としたモノになっている。

 一体どんな変化を覚えたのかレイフォンは不思議だった。美人なのは変わらないのだが可愛らしさや可憐さというよりかっこよさの方に明らかにポテンシャルが伸びていた。レイフォンの記憶の大部分を占めるニーナは長髪なのでそのイメージとのギャップなのかもしれない。
 取り敢えず久方ぶりに会った知人へ定番として「かっこよくなりましたね」と言うべきか否かレイフォンは悩む。
 
 そんなレイフォンのどことなく失礼な思いを知らず、フェリを背負ったままのニーナは嬉しげな笑顔を浮かべる。
「本当に久しぶりだな。二年ぶりといったところか。また会えるとは思っていなかったが、来るのなら教えてくれても良かったものを」

 手紙のことを言っているのだと知りレイフォンは言葉に詰まる。やはり手紙にはその旨が載っていたのだ。此処にいることを知ってすらいなかったが、ニーナの笑顔を前にそれを言う勇気はない。
 そんなレイフォンの様子にニーナは勝手に何か納得したのかしょうがなさげに呟く。

「バスのルート次第では間に合わないこともある。放浪バス自体安全なわけじゃない。仕方ないこともあるさ」

 レギオス間の位置関係や距離はその時々で大幅に変わる。場合によっては一月で届く場合もあるし何ヶ月も掛かる場合も珍しくはない。運ばれる途中で汚染獣にバスが襲われることもある。
 これらの事はこの世界ではしょうがない事でありニーナはその類だと思ったのだ。
 
「会えたのだから気にすることもあるまい。それはそうとこの後少し時間を取れないか? 話したいことがある。ハーレイもいるぞ」

 気まずさは確かにあるが再び会えたという嬉しさもレイフォンの中にはある。まだ昼を過ぎて少しの時間帯で特に目立った用もない。
 了承の言葉がでかかったレイフォンの背中に激痛が走る。見えぬようレイフォンの背中をクラリーベルが抓ったのだ。
ニーナに聞こえぬよう抑えられた声がレイフォンに向けられる。

「久しぶりの再会を喜ぶのはいいですが、忘れてもらっては困りますよ」

 レイフォンとしては忘れたつもりはないのだがそう取られたのだろう。ニーナに気づかれぬよう痛みを堪えるレイフォンの横でクラリーベルは下から上へとニーナを見る。

「この人が……」

 クラリーベルが呟く。レイフォン経由で多少はニーナのことを知っているのだ。
 ニーナが視線の主を見返す。

「こんな姿で済まないが、三年のニーナ・アントークだ。好きな方で呼んでくれ。上にいるのが……こっちは知っているか。レイフォンとは面識があってな。君達も新入生か?」
「一年のクラリーベルです。それと知ってますよ。家出したニーナさんですよね」

 いきなり言われたそれにニーナは面食らう。どういうことだというニーナの視線がレイフォンに向けられる。ニーナとしてはこの場でそれを知っているのはレイフォンだけのはずなのだからそれは当然だろう。
 抓っていた手を離し、クラリーベルは前に出てニーナの手を勝手に握る。
 その顔には面白げで嬉しそうな笑顔を浮かべている。

「レイフォンと同郷なんですよ。もう一人がアイシャです。色々ありまして話は聞いてて前から仲良くなりたいと思ってました。クララって呼んで貰って結構です」
「あ、ああそうなのか。こちらこそ宜しく頼む」

 ズイ、と近寄ったクラリーベルに圧されニーナは握られた手を為されるがままにされる。
 思う存分握られて離された手を見つめ、信じられないものを見るようにニーナの視線が己の手とクラリーベルの間を行き交う。
 そんなニーナの様子を不思議に思いながらレイフォンは先ほどの質問に返す。

「ニーナさん、さっきの答えですが特に用はないので大丈夫です。今すぐですか?」
「問題がなければそっちの方が助かる。っと、おいやめろフェリ」
「嫌です」

 暇だったのだろう。肩車されたままのフェリが目の前にあるニーナの髪を結んだりして遊んでいた。止めようとするニーナをよそにドンドン変な髪型になっていく。
 それを眺めながらレイフォンはクラリーベルとアイシャを振り返す。

「今すぐの用って確かなかったよね。僕は行くけど二人はこのまま帰る?」

 二人はニーナとは初対面だ。久しぶりの対面の場で、更にハーレイの名前も出されている。レイフォンとしては別にいいが二人が来たがりはしないだろう。
 そんなレイフォンの予想通りアイシャはニーナの方を見て少し考え、断りを言う。

「私は先に帰る。少し見たい場所があるから、そこに寄ってからだけど」
「おや珍しいですね。レイフォンに着いていかなくていいんですか?」
「煩い、ニヤニヤしないで。何時もいるわけじゃない……それに相手を思うのは大切で、気をつけるべき。私は知らない人だから」
「ああ、少しは私の言葉を受け入れてくれたんですね。嬉しいですよ。何か方向が変な気もしますけれど」

 面倒臭さを隠そうともしない目をクラリーベルからズラし、アイシャはその背後へと瞳を向ける。
 そこには弄られた髪型を直そうとしているニーナの姿がある。

「久しぶりに会うんでしょ。仲のいい知り合いなら……気にする必要が無い」
「必要、ですか。理由ではなく」
「何か違う? ニーナさんと仲良くなるのも後でいい」
「ああ、いえ別に。違いませんね気にしないで下さい」

 レイフォンにはよく分からない会話だが、取り敢えずアイシャは先に帰るらしい。

「クラリーベルは……」
「あ、私はレイフォンに付いて行きます」

 レイフォンの予想に反した答えをクラリーベルは当然の様に言い、未だ格闘を続けるニーナに聞く。

「ニーナさん、私も付いていって良いですよね」
「別にいいが、余り面白くはないと思うぞ」
「私は歓迎しますよ」

 フェリからの言葉も貰いクラリーベルがレイフォンに向き直る。どうやら本当に付いてくるつもりらしい。
 
「暇なんですか?」
「暇といえば暇ですが……ただ、行く必要と少しばかりの理由が私にはあったもので。多分、ですけど」

 理由だの必要だのとレイフォンには分からないが、特に困るわけでもない。互いに全く知らないわけでもなくクラリーベルはニーナを知っている。気になることでもあるのだろう。先ほど仲良くなりたいと言っていた事もある。
 シュナイバルでの知り合いだけで話したいという思いもレイフォンの中に無いことはないが、ニーナが良いと言った以上そこまで拒否するつもりはない。クラリーベルには理由もあるというのだ。
 
 帰ると言ったアイシャをレイフォンは見送る。どこかに寄ると言っていたが今更ながらにどこなのか気になってくる。本が好きだから本屋でも探すのだろうか。
 ニーナは髪を直すのを諦めたらしかった。寝癖のようにぼさぼさになった髪の毛に左右に作られた短く雑なツインテール。前髪は上げられて髪留めで抑えられオールバック。やったフェリは変わりない無表情だがどこか満足気だ。

「うわぁ」

 つい言葉が漏れてしまったレイフォンは悪くないだろう。それが聞こえたらしくニーナは渋い顔でさっさとツインテールを解く。
 一回やって満足したのかフェリも再度結ぼうとはしない。だが髪留めを取ろうとしたニーナの手は抑える。

「そっちは駄目です。それと飽きたので降ろしてください。自分で歩きます」
「……はぁ」

 どこか疲れた溜息を吐きニーナはフェリを地に降ろす。言い方は悪いがそのため息には酷く貫禄があるようにレイフォンは感じた。
 律儀なのか諦めたのかは分からないがニーナは髪留めを取らず、乱れた髪を軽く手で直しながらレイフォンたちの方を向く。
 
「では行くか。少し歩くぞ」

 歩き出したその背を見てあの日の、夢を語られ別れたあの日がレイフォンの脳裏に思い浮かんだ。走って遠くに行ったと思った背中が目の前に会った。
 二年.一生から見れば短く、けれど子供からすればきっと長い時間。踏み違えた自分とは違い真っ直ぐに進んできたのだろうとレイフォンは思う。
 湧き上がった懐かしさを振り切り、詮無きことだと心から捨て去る。気にしすぎてもしょうがない。
三歩先にあるのは今のニーナの背中。そして思うのは先ほどのニーナの、今の姿。

「あ、そうだ」

 呟きにニーナがレイフォンを振り返る。今の姿である、オールバックのその髪型が目に映る。
 ひどく様になっていて先ほど思い出したそれを、そして今再びまじまじと見てレイフォンは思った。

「ニーナさん、かっこよくなりましたね」
 
 掛け値なしの本音。
 返ってきたのは何かを諦めた瞳と沈黙だった。








 向かった先は講義棟などが並ぶ学内だった。レイフォンたちの教室がある棟よりももっと奥に向かった先、建築年数を感じさせるやや古ぼけた大きな建物。
 小隊毎に中は区切られていて一室が広い。本格的に戦わなければ武芸者が十分に動けるだけの広さはあるようだ。

 余り物も無い殺風景な空間。天井の高さや壁の作りから武芸者が動く事を想定されているだろう事がわかる。転がってきた硬球がレイフォンの足にぶつかる。場に染み込んだ空気から普通科の制服が酷く浮いていると感じた。

 片隅に置かれた休憩用のベンチに二人の男がいた。片方は帽子を被りツナギを着ている。もう一人は武芸科の制服を着た金髪の青年だ。二人は真面目な顔でボードゲームをしていた。
 
「おいお前たち、何を遊んでいる」
「そう怒るなって。ニーナ達は出ててあいつも何時も通りだ。やる気起きねえって。どれだけサボって新入生の可愛い子見つけに行こうと思ったか」
「シャーニッド……先輩がそれでは困る」
「そう言われてもねぇ……というかそれイメチェンかニーナ。似合ってるぞ」

 爆笑しているシャーニッドと呼ばれた青年の横、ツナギを着た青年がレイフォンを見て驚いた顔をしつつ軽く手を上げる。

「レイフォン久しぶり」
「お久しぶりですハーレイさん」

 ひどくあっさりとした挨拶だがそれで十分だ。喜んでくれているのは分かるし感極まる場でもない。
 ハーレイは前と全然変わっていなかった。二年の歳月分の成長はしていたが纏う雰囲気は前のまま。縒れたツナギを着ている姿が記憶にあるままだった。
 フェリはベンチの隅に座り荷物から本を出して読み始める。我関せずの様子でこちらに関わる気が全くないようだ。
 シャーニッドがレイフォンをまじまじと見る。

「お前があのレイフォンか? いや、あの、って言われても分からないか」
「あー、大体予想は付きます」

 ハーレイとニーナの知り合いならば知られていても仕方ないだろう。一体どんないわれ方をしているのかは気になるが、シャーニッドの反応を見るに変な扱われ方はされていないらしい。
 それにしても、とレイフォンは考える。最初はニーナに会えた嬉しさ等で感じなかったがここに来て嫌な予感が湧いてきている。

「そっちの可愛い子はレイフォンの彼女か?」

 シャーニッドに指されたクラリーベルは軽く首を横に振る。

「違います。この場では保護者ってところでしょうか」

 ハーレイの横でボードゲームの盤上を眺めているレイフォンを呆れた目で見つつクラリーベルは近くのニーナに視線を移す。

「ニーナさん。先に言っておきますがレイフォンは小隊に入りませんよ」
「……気づいていたか」
「襟元のバッチを見た時から大凡は。色々怪しかったので」

 フェリは明らかにレイフォンを探しに来ていた。それも様子からして誰かに頼まれて。その後にフェリを連れてニーナが現れたのだからニーナが頼んだと考えるべきだろう。ただ顔馴染みとして合うだけならばフェリを使う必要もない。ならば別の理由があったはずで、フェリとニーナには共通したバッチが付いていた。それはクラリーベルの知識が正しければ小隊の所属を表すものだった。
 単なる勧誘ならばレイフォン一人で放っておいても良かったが、相手が顔見知りとなると違う。万が一を潰すために、仕事のためにクラリーベルはついてきた。

「身内に甘いですからね。強気に言い寄られれば間違って折れるかもしれませんので」
「そうか。私としてはクララ、お前でもいいのだが」
「ご冗談を。魅力的なお誘いですがあれは挨拶ですよ」

 最初の握手を挨拶だとクラリーベルは言う。ニーナからしたら気づかぬうちに手を握られていたそれを。

「生憎だが本人に聞かずに諦める気はないぞ」
「そうですか。どうぞご自由に」

 自分がいる以上認めるはずがない。クラリーベルは暗にそう言い放つ。
 ニーナはレイフォンに近づきその肩を叩く。振り返ったレイフォンの肩を両手で力強く掴み笑顔を浮かべる。

「レイフォン、小隊に入らないか」
「小隊、ですか」
「都市対抗戦で中核を担う部隊のことだ。ここはその訓練用の部屋だ。私が隊長を務める第十七小隊は最少人数の四人だから空きはまだある」

 小隊の下限はメカニックを除き四人で上限は七人だ。現状ニーナの隊はまだ三人分空きがある。
 都市対抗戦では他の武芸者たちの指揮権を預かる立場であり、そこにいるといないとで影響が大いに違う。何かしら実力を認められたエリートだけが選ばれる。そんな事を手短にニーナは説明する。
 
「それってつまり、僕に武芸科に入れってことですか」
「本人が望むなら認めると会長には言われている。問題はない。実を言うとお前のことも会長から教えてもらったんだ」

 会長室でのあれから舌の根も乾かぬうちのこれ。レイフォンには問題しかない気がした。
 
「小隊はいいぞ。皆の憧れの立場だ。入ろうレイフォン。共に切磋琢磨し青春の汗を流そうじゃないか」
「いえ、別に僕は」
「いいじゃないか。細かい事は気にするな」

 肩を掴み顔を間近にニーナは胡散臭さえ感じるイイ笑顔で言い放つ。もはや交渉も何もない力技の類だ。知り合いの間だけで使える強引さもそこにはある。
 
「あの日の約束を果たしてくれレイフォン」

 言い放たれたその言葉に一瞬レイフォンの目が泳ぐ。その瞳がニーナの背後にいるクラリーベルを捉える。
小さく一度クラリーベルが頷く。

「すみません、無理ですニーナさん。武芸科に入るわけにはいかないので」
「そうか、残念だ」

 あっさりとニーナはレイフォンから手を離す。ニーナの性格からしてもう少しあきらめが悪いと思ったレイフォンはやや不思議に思うがこれ以上の追求が来ずに済んでホッとする。
 そんなニーナをクラリーベルは見る。レイフォンは一瞬迷いを見せた。やはり身内からの強い押しには弱い。
 前もってクラリーベルが釘を刺さなければニーナも力技をしなかった。わざわざこんな場所に連れ込んでから話をしたのだ。ハーレイとニーナで話をしてシャーニッドとも巻き込んで時間をおいてからそっちへ持っていっただろう。
 今回の誘いを蹴ったことで踏ん切りがついてくれればクラリーベルとしては有難い。

「理由を聞いていいか。クララも無理のような事を言っていたが」
「女王陛下からの命令です。その、色々ありまして武芸科に入るなと」
「一般常識を学ぶため、武芸から離れ一般人として様々な経験を積むためです」

 誤魔化しすぎるのもあれだろうとクラリーベルが付け足しをする。これくらいなら問題ないだろうとの判断だ。

「話に聞いた女王か。ならばまあ、仕方ないのだろうな」

 ある程度のグレンダン事情を知っているニーナは納得する。

「それとこの隊の人たちはいいですが、僕の事を余り他に言わないで貰えますか」
「それはその“色々”に関わっているのか。それとも命令か」
「ええまあ。武芸者が普通科って何か言われそうですし、変にバレると別の学園都市に行かないといけないので」

 そんな人間ではないとわかっているが一応言っておく必要はある。既に何人かに知られている可能性はあるがそれは仕方ないと見るしかない。そこからバレるのならばしょうがないと割り切るしかないだろう。そのことについてまで誰かに責任を求めるつもりはない。
 特に愛着はなかったがニーナたちがいると分かった以上移らなくていいのならそれに越したことはない。たとえどんな形であれツェルニという都市の現状を知った今、見知らぬ他人ならいいが知人を見捨てる行為は余りしたくはない。

「分かった。お前の事情を話すことはしない。お前たちも気をつけろ」

 シャーニッド達にニーナは釘を刺す。ハーレイは大丈夫だろう。問題はあったばかりで信頼出来るか不明な他の面子だが、そこはニーナの隊の人員と信ずるよりほかない。
 
「話は終わった? そうだレイフォン後で研究室来てよ。錬金鋼色々研究していてさ、試してもらいたい物があるんだ」
「ハーレイ」

 呆れたようにニーナは言う。
 レイフォンは相変わらずだと苦笑しつつ助け舟を出す。

「そのくらいなら平気ですよ。良いですよねクラリーベル」
「既に事情を知っている人なら基本構いませんよ。私もその錬金鋼みたいです」
「一緒に来てくれて全然構わないよ。興味を持って貰えるのは嬉しいからね」

 簡単にハーレイがいるラボの場所を教えてもらう。予想はしていたがハーレイは錬金科だ。
 ツェルニは一部の科を除き三年までは一般教養科に所属し、そこから専門性の高い科に分かれていく構成になっている。楽しげに語るハーレイを見てレイフォンは自分はどんな道に進むのだろうかと思案する。罰として送られ知識を得るためだけの場。ハーレイのように楽しめる何かを見つけられたらいいと思った。
 レイフォンはニーナやハーレイといくつか適当な話をする。話し込むにしてもこの場所ですることではない。当たり障りのない身辺報告だ。

「呼んでおいて悪いが、そろそろ訓練を始める。お前たちはどうする? 見ていくか」
「そうですね。折角なので見ていきます」

 一時期稽古をつけていたからだろう。どの程度なのかレイフォンは見てみたかった。

「私も少し見ていきます。興味ありますので」

 クラリーベルと二人でベンチに座る。
 用意を終え錬金鋼を構えたシャーニッドが軽く体を解していく。

「シャーニッドさん狙撃手だったんですね」

 シャーニッドが手にしていたのは銃だった。恐らく白金錬金鋼性であるそれを二丁抱えている。

「おう。隠れて陰から敵を穿つぜ。背中は俺に任せろってな。隊長様には要らぬお世話かもだがな」
「ニーナさんって強いんですか」
「強いぞ。三年で小隊の隊長張るんだ、強い。他と比べても一つ頭抜けてるんじゃねーか。そういえばお前さんが教えてたんだっけか」
「一時期ですけどね」
「そうか。やり手だな」

 軽く伸びをしてシャーニッドはカッコつけるように銃を手の内でクルリと回す。

「遅れたが四年のシャーニッド・エリプトンだ。好きな方で呼んでくれ。今後があるかは知らんが、まあ宜しく頼むぜ二人共」
「レイフォン・アルセイフです。多分ですが、ニーナさん関係で今後も」
「クラリーベル・ロンスマイアです。同じくですがどうぞ宜しく」
「そうか。じゃあ今度会う時は可愛い子でも紹介してくれよ。特にクラリーベルちゃん、期待してるぜ」

 シャーニッドとニーナは転がっていた硬球の上に乗って球を撃ち合い始める。昔レイフォンが教えた鍛錬法だ。ニーナは慣れたものでシャーニッドもどこか堅いがそこそこに動けている。

「フェリ! お前も参加しろ」

 呼ばれフェリは本から顔を上げる。ベンチに座ったまま錬金鋼を出して復元。念威術者の重晶錬金鋼だ。本人はベンチに座ったまま念威端子を飛ばし球の打ち合いに参加する。
 懐かしさを思いながらそれを見つめ、ふとレイフォンは気づいてフェリに聞く。

「もう一人はどうしたんですか?」

 説明によれば小隊は四人からのはずだ。フェリとシャーニッドとニーナ。一人足りない。

「出ています。何時ものことですが、暫くしたら戻ってきます」
「バイトとかですか」
「いえ、殴り込みです」

 ああ殴り込みか。
 ふとそう流しかけ、おかしさに気づく。

「えっと、殴り込みですか?」
「はい。三年なのですが、何でも同郷の幼馴染と因縁があるらしく。相手がいる小隊に良く喧嘩を売りに行っています」
「それっていいんですかほっといて」
「前からの事らしく向こうも諦めて受け入れているようです。それにいつも負けていますし」

 体面というものもあるだろうが本人同士が気にしていないのならいいのだろう。きっと。
 ふとレイフォンは道場破りを思い出した。グレンダンには武芸の門派が数多く存在する。数が多ければ流行り廃りもあり後継や門下生などの問題を抱えているところも数多くあった。そんな場所が手っ取り早くそれを解決する方法の一つが他の門派を下し名を挙げ優位性を誇ることだ。レイフォンが収めたサイハーデン流刀術は小規模ながら歴史も古く、複数の大会優勝者であるレイフォンやサリンバン傭兵教団というお墨付きもあった。何度か来たその類を養父やレイフォンが叩きのめしたこともある。

「その御蔭、というのも嫌ですが向こうの隊とはそこそこ仲がいいです。結果的に隊長としてはありがたいんじゃないですかね」
「気苦労が耐えなさそうですね」

 そう呟いたレイフォンをフェリの眼がジッと見つめる。
 何かを探るように。
 感情が見えない、容姿も相まり人形のようなフェリの瞳にレイフォンは心の奥まで見透かされるような錯覚を感じる。

「そう言えば新入生でしたねあなたは」

 レイフォンに向けてではなく自身へ確認するようにフェリは言う。
 それは一体どんな意味が込められた言葉なのか。
 レイフォンが口を開くよりも早くフェリは立ち上がり、ニーナたちの元へ行く。訓練に参加するために。先程までこの場からの参加で問題がなかったのに。まるで自分の言葉へのレイフォンの追求を逃れるように。
 その背中から拒絶に似た感情を感じたレイフォンはそれ以上聞こうとはしなかった。
 レイフォンたちは終了時間まで、ただ漫然とニーナたちの訓練風景を眺め続けた。







 一通りの訓練風景を眺め、レイフォンたちはフェリに送られて帰ることになった。
 というよりもレイフォンが怪我をしたため医務室に行くことになり、そのまま帰ることになったのだ。

「すみませんレイフォン」
「完全に不意打ちでしたね」

 空中を飛び交う硬球のうちの一つ。それがクラリーベルの方に飛んできた。意識することさえなくほぼ反射の域で硬球を弾いたその拳が、隣にいたレイフォンを殴り飛ばしていた。活剄を使えばすぐ治るが絆創膏くらいは貰っておいたほうがいい。

「ロス先輩も、別に送って貰わなくても」
「いえ、そろそろ帰りたかったので」

 抜け出す口実ついでということだろう。ニーナが聞いたら怒るだろうなとレイフォンは思う。

「いつものことなので平気です」

 レイフォンの思考を読んだようにフェリが言った。

 フェリとクラリーベルを外で待たせ、レイフォンは医務室に入った。練武館の使用用途の為かそこそこ大きくベッドの数も多いようだ。
 一つだけベッドにカーテンが掛かっていたが他に客はいなかった。椅子に座った一人の男子生徒が扉の開く音に反応してこちらを向く。

「ん? ああ怪我人か」

 レイフォンの姿に気づいた青年は少し考えるような素振りを見せ、消毒液などを用意しレイフォンを手招きする。 
 その様子からして恐らく看護員、なのだろう。恐らく、とついたのは包帯が見え隠れする青年の風体が満身創痍のものであり、寧ろ明らかに彼の方が怪我人であったからだ。

「どうしたんですかその怪我」
「獣の相手をしていた。まあいつものことだ」

 新薬の実験や血清など、医療方面で動物を使うことは普通だが、ここまで怪我をする様な相手を扱う事もあるとはレイフォンは知らなかった。医療の裏側は随分と体当たりな現場なのだなと感心しながらレイフォンは用意された椅子に座る。

「頬に裂傷で僅かだが血が滲んでいるな。その程度なら消毒して絆創膏を貼れば十分だ」

 椅子に座ったレイフォンはグリグリと液が染み付いたガーゼで傷口を拭われ、絆創膏を貼られる。上から指でなぞるとそれ特有のゴム質の様な感触が指に伝わってくる。
 それがお節介だとはわかるが、レイフォンは突っ込まざるを得なかった。

「あの、その傷大丈夫ですか? 少しベッドで寝ていたほうがいいんじゃ」
「さっきまで寝ていたから気にするな。いつものことで慣れている」

 道具を仕舞い終わった青年は立ち上がると壁に掛けたあった服と机の上にあった荷物を取る。武芸科制服の上着と錬金鋼だ。それも錬金鋼は四つ。それだけ多いのは珍しい。

「武芸者、だったんですか」
「俺は怪我人だよ。この部屋の本当の主はそこのベッドで寝てる。……ああ、だからといって知識がないわけじゃない。常連だからな。俺よりも軽い怪我の対処なら代わりは務まる」
「って事はその傷は……でもさっき獣って。てっきり医療科だと」
「似たようなものだ。野獣みたいなもんだよあいつは。それに医療科がこんな怪我するような獣を普通扱うわけ無いだろ」
「……そうですね」

 青年はベッドの脇に行き、かかっていたカーテンを開く。そこには部屋の主である白衣を着た小柄な女生徒が気持ちよさそうに寝ていた。青年は濡らした雑巾をその顔あたりに放り投げる。

「いいんですかそれ」
「患者に対処を任せる横着だ、気にするな。五分くらいで起きるだろ」

 何か呻き始めたが本当にいいのだろうか。
 雑巾を取るべきか考えていると医務室の扉が開き、クラリーベルとフェリが入ってくる。

「終わりましたか?」
「さっさと帰り……」

 青年の存在に気づいたフェリの言葉が止まる。
 暫しの沈黙のあと青年の視線がフェリを見つめ、そしてレイフォンたちに視線を移る。

「何だ、こいつは新入隊員か」
「制服を見てわからないのですか」
「教養科だな。コスプレだろう」

 軽い口の利き合いと様子からして青年はフェリと知り合いのようだ。
 コスプレだと言い切った青年は錬金鋼の収まったホルダーを腰の位置に付け、上着を肩にかける。
 ふと、青年のその襟元に有る物に気付きレイフォンは相手が誰なのか見当が付く。気づき、改めてレイフォンは青年を見る。ザックラバンに切られた髪に、何を考えているのか分からない瞳。武芸者らしく体は鍛えこまれている。

 呆れたようにフェリはため息を付く。これ以上の会話は無駄だと悟ったのだ。

「どうせ気絶して寝ていたのでしょう。負けるためだけにご苦労なことです」
「昔からのことだ。止めるわけにはいかんし、そう簡単にいってもツマらん」
「そうですか。負け犬ですね。私は帰りますのでこれで」
「随分なお言葉だ。ではな。あまりサボるなよ」

 横を通り抜ける際、青年はレイフォンとクラリーベルに視線を向ける。無遠慮にジロジロと眺めたかと思うと一転して楽しそうに口元を歪めレイフォンの肩を叩く。

「部屋に入った時から思ったが、良い体幹をしている。指にもタコが見えた。やっぱり俺の考えはあっているな」

 目の前に立たれて分かったが青年はレイフォンよりも少し背が高い。肩に置かれた手の圧力から鍛えられた肉体が伝わってくる。
 いつの間にか復元していた錬金鋼で殴りかかるフェリの攻撃を青年は避け距離が空く。

「一年生諸君、気が向いたらいつでも隊舎に来い」

 軽く手を挙げ去っていくその背を見てレイフォンは小さな違和感を覚える。何かしっくりこないものを覚えながらフェリに急かされて三人は部屋を出る。
 帰る傍ら先ほどの青年を思い出し、フェリとの会話からやはりそうなのかとレイフォンが思う横でクラリーベルがフェリに問いかける。

「さっきの人って十七小隊の人ですよね。殴り込み行ってたっていう」
「……違い」
「襟元のバッチに十七ってありましたよ」

 それはレイフォンも気づいたことだ。ニーナたちにもあった十七の刻印が押された小さな銀縁のバッチが確かに襟元についていた。あのバッチが小隊員であることを示している事くらいは分かる。
 否定仕掛けたところを遮られたフェリは暫く無言のままに歩き続ける。小さく舌打ちが聞こえた気がした。

「嫌いなんですか」
「……嫌いというより苦手ですね。めんどくさいです」
「傷というか、いつもあんな感じなんですか」
「ええ、まあ大体は。負けてばかりで、よく向こう……十二小隊の人たちも文句を言わないと思います」

 あの傷具合を見る限りある程度の力量差があるのだろう。負けても構わず何度も何度もよく挑むものだとレイフォンは思う。幼馴染との因縁というのはそれだけの熱を持つ理由なのだろうか。

「ニーナさんは文句言わないんですか。フェリもそうですが、サボリ的に」
「言っていますよ。隊長は真面目ですから。向こうはどうだか知りませんが、私は聞き流してます」

 フェリはクラリーベルに当然の様に言う。ニーナの性格を知っている身としてレイフォンはニーナが眉間にしわを寄せている光景がありありと浮かんでしまう。今の言葉を聞けばきっとフェリに説教でもするだろう。ニーナの苦労が忍ばれる事だ。
 



 空は雲に覆われ外は少し薄暗かった。太陽は天頂をとうに過ぎている。ドンドン暗さは増していくだろう。山陰の関係からしてもう一二時間で陽が落ちる。
 とうに終業時間を過ぎている学外の前の通りに人通りは無い。今日という日も関係しているのだろう。

 レイフォンの思考は既に今日の夕食に飛んでいた。めんどくさい、分量的に用意が楽、などの理由で同じアパートに住む三人は基本的に食事を共にしている。
 孤児院育ちのレイフォンは言うに及ばずアイシャも人並みには料理ができる。だが何でも周りが用意してくれる王家の人間であるクラリーベルの家事スキルは期待値を下回る有様なので数に入れられていない。

 当初クラリーベルが頑張ったこともあったが、失敗するくらいならレイフォンの美味しい料理に丸投げしようと諦めた経緯もある。その為大抵においてレイフォンが主に調理を担当している。
 冷蔵庫の中身を思い出しながらレイフォンは何を作れるのかに脳をフル回転させる。

「クラリーベルは今日何が食べたいですか」
「何でもいいですよ。お任せします」

 料理をする立場として一番対処に困る返答である。孤児院時代は聞けば要求を体ごとぶつけてくる兄弟ばかりであったレイフォンとしては悩むところだ。何を作っても平気だとは分かっているが、それでも面倒なのだ。
 時間からしてアイシャは既に帰っているはずだ。夕食の用意をしているかもしれない。下準備に及ばずメニューまで決めてくれていれば楽だな。そんな風に思考を放り投げる。いざとなれば冷蔵庫を見て作れるものを適当にでいいだろう。

 バス停に着きレイフォンとクラリーベルはベンチに座る。時刻表を見たところ路面バスが来るまでもう少しかかるようだ。

「レイフォン、明日からは部活でも見て回りましょう」
「そう言えば紹介のパンフ貰いましたっけ。面白そうなのがあれが良いですね」
「私、結構胡散臭いのとか好きなんですよ」
「非公認とかのもありましたっけそういえば。露骨に怪しいのとかありましたね」

 一年のうちは授業が終わればやることなどない。バイトや部活なででも無い限り終業後は暇な時間だ。一応宿題や予習復習なども選択肢としてあるにはあるがそんなもの端から二人の頭にはない。ポツリポツリと話をする。
 ふと、レイフォンは視線を感じた。立ったままのフェリの瞳がこちらを向いていた。遠いものを見るような、その目にはどこか憧憬が宿っているように感じられた。

「羨ましいですね」
「僕たちがですか」
「ええ。……きっと、あなたたちはそんな、何でもない日々を過ごしていくのでしょう。だから、その会話が私には羨ましい」

 落ちた日が伸ばす影が、フェリのその小さな体と酷く不釣り合いに地面に映る。ずっと、訓練中でさえもやる気を見せなかったその瞳が、初めて感情に揺れていた。
 フェリのその言葉がレイフォンたちとフェリとの間の距離を表していた。互の間のほんの二歩ほどの距離。それがひどく遠いモノのようだった。

「私は元はあなたたちと同じ教養科でした。けれど兄にその居場所を奪われました」
「ロス……生徒会長ですね。私たちと似た状況ですね」

 クラリーベルのその言葉にフェリは小さく、どこか自虐的に口元を笑わせ錬金鋼を復元する。

「似てるのではなく同じです」

 蒼い光が舞った。念威を放つフェリの髪、その全てが淡く発光していた。
 髪は捻威繰者にとって念威を通す良質の導体だ。優れた念威操者はその念威によって導体が、つまりは髪が発光することがある。本来は末端が光る程度が精々だが髪全てというのはレイフォンは見た事がない。現実から薄く浮かび上がるような幽幻たるその光景にクラリーベルでさえ珍しいものを見たと僅かに目を見開いている。それだけの才能、素質をフェリは持っているということだ。

「正確には同じだった、ですがね。あなたたちは望みを果たし、私は曲げられた」

 立ったままの体を休ませるようにフェリは体を小さく揺らし、足の位置を変える。
 クラリーベルはレイフォンの方に体を寄せ、ベンチに十分な隙間を作る。

「よけれどどうぞ」
「ご親切にどうも。ですが結構です」

 フェリはその場から動こうとしない。クラリーベルが詰めた分だけフェリとの距離が大きくなる。

「一般人として経験を……生活を送るためにこの都市に来た。そう言っていましたよね」
「ええ。ある程度知っているでしょうから言いますが、レイフォンは武芸者として有能です。有能であるが故の環境が許さなかったのもあるでしょうが、武芸者以外の道や世界を知りません。無知であるが故の障害というものもありますので」
「よく許されましたね。有能な武芸者は貴重でしょうに」

 この世界において武芸者は汚染獣に対抗する最大の力。汚染獣に対する敗北は死に直結する以上、有能な力は外に出されず囲われる傾向がある。個で群に比し優る。レイフォンほどの力ならばそれは一段と偏重したものになってしかるべきはずだ。

「有能ですが、グレンダンにはそれ以上の使い手が多数いますので」

 ともすればレイフォンのみならず自らへの侮蔑にも通ずる言葉。けれどそこに隠れているのは自らの都市への自信にも似た矜持だ。
 どこか得意げにも聞こえるようにクラリーベルは言う。

「使えるなら使う、使えぬなら使わぬ。悪い言い方ですが、私もレイフォンも、グレンダンではいざとなれば換えが効く程度なんですよ」

 それがグレンダンの異常な点。天剣という超常者を、他都市ならば頂点に君臨できる武芸者を多数有している。
 だからこそ、他都市ならば喉から手が出るほど欲されるレイフォンの武もその程度に収まってしまう。

「……本当に同じで、違うんですね」

 光が消える。その声は何か感情を押し殺したもののようにレイフォンには聞こえた。
 期待していたものが期待通りの形を得ていた事への落胆。どうか裏切って欲しいのだと、そんな期待を抱いていたかのような声。

 同類と、非同類。
 きっと、その分かれ目だったのだろう。
 ――ああ、彼らは仲間ではないのだ。
 そう告げるように。

 私は、と。誰に向けたわけでもなく独りごちる様にフェリの口から言葉が紡がれていく。

「サントブルクの家で膨大な才を持って生まれました。物心着くより早く傍らには錬金鋼が置かれ、それが当然だと生きてきました。それ以外の選択肢など有り得ないとされ、私自身何の疑問もなく念威操者になるのだと思っていました」
「けれどその考えに疑問が生じたと」
「ええ。ある時、その当然を当然だと思え無くなりました。生まれた時からただ一つの道しか与えられず、疑問を抱くことすら許されない。それなのに自分の周りは皆将来への希望を抱き夢を語る。酷く不公平に思えてその思いを親に告げました」
「で、当然認められるわけがなかったと」

 つまらなそうにクラリーベルが呟く。返答がない事がその結果を示していた。
 だが、フェリに与えられたそれは当たり前の結論だ。
 汚染物質によって電波障害があるこの世界において念威はレギオス外の情報収集において重要な位置を占める。情報は戦いの要だ。いかに早く、多くの情報を得られるかで戦局が変わる事もある。
 都市線ならば一方的戦果を得られる可能性もある。特に汚染獣の発見に関して言うならば存亡に関わる事案だ。早期に発見できていれば入念な準備が出来るし別方向に誘導する、という戦いを避ける選択肢も選べる。

 例を挙げるなら天剣の一人であるデルボネだろう。彼女は汚染獣の襲来を数時間ではなく数日単位で前に発見できる。髪の全体発光をレイフォンが見たことなかった以上フェリの才能はグレンダンでもトップクラス、天剣に比する可能性もある。一般都市ならば外になど出さず囲い込まれるのが普通だ。
 レイフォンにはフェリの言わんとすることが何となくはわかる。だが、それを許さない現実も当然のものとして分かる。それは仕方のないことだ。

「よくここに来ることを許されましたね」
「反対されましたよ。ですが兄のいるここなら、と特別に許されました。私の家がサントブルクにおいて裕福だった事も理由の一つでしょうね」

 そんな薄い保証でも力があるから許される。もし力がなければ逃げると懸念した権力者の誰かに潰されて終わりだ。
 家族だからこそ、帰ってきてくれるという信頼に許されたつかの間の自由。

「私にも何か夢が、これ以外にも出来ることやしたい事を見つけたかった。ですがツェルニの苦境が兄に生徒会長として判断をさせ抗えない私を武芸科に送りました」
「ですから手を抜いていると」
「はい。念威操者としては七番隊の方が一番だと言われております。比べ私は並程度。ですが事実は先ほど見せたとおりです」

 確かな自信を持ってフェリが言う。確かにあれだけの才能があればそうだろう。

「逆に力をいれ、実力を見せつけることでここでの地位を確立しないのですか? ある程度の自由や融通は効かせられますよ」
「自分で塞いだ逃げ道を探す、何て本末転倒ですよ。それでも一時期はそれを考えていましたが……とある身近な人を見て諦めました。自分がそうなるとは限らないのに。きっと私は臆病なのでしょうね」

 バスの姿が道の先に見えた。クラリーベルは立ち上がり、腕を捕まれレイフォンもつられて立ち上がる。
 
「何故この話を私たちに? バラされるとは思わなかったのですか」
「同類だと思いましたので。ならクララは口外なんてしないでいてくれるでしょう」
「同じだから、バラされればこっちもバラすと。そうすれば私たちがどうするか何て知っているでしょうに。……いえ、そうなってもいいと思っている、のでしょうか。理由が出来るから」

 一体何の理由なのだろうか。クラリーベルの呟きに一瞬、フェリの顔に感情が浮かんだように見えた。だがそのどちらもレイフォンにはそれが何なのかわからなかった。

「苛立ちですか。でしたらご安心を。今日以降練武館に行くことは殆どないでしょう。私達は武芸科ではなく、会うだけならあそこである必要性も薄い。武芸が絡んだ場で、どっちつかずのぬるま湯を見せることはもう無いと思いますので」
 
 訓練をする小隊のメンバーの後ろ、何もせず座っている教養科の武芸者二人。そんな光景は恐らくもうない。
 線引きは必要だ。なあなあの内に崩れていくことは避けなくてはならない。今後あの場所に行くことがあったとして、それは簡単な呼び出し等だろう。今日のような見学など恐らく二度とない。会うだけなら学生として授業を受けている校舎まで向かうだけで十分でもあるのだから。
 ニーナやハーレイは別にして、今後フェリと会う時、武芸科と教養科の線引きをあやふやにした会話はしない。そうクラリーベルは告げる。

 タラップを踏みバスに二人は乗り込む。時間か場所が原因か、乗っている人はいなかった。
 乗車場所を記録させるためのカードを機械に翳すその背にフェリの言葉が届く。

「あなたたちはこの街で私が焦がれた日常を過ごしていくのでしょう。それが仕方ないこととは分かっています。私の我侭だとは、傲慢なただの嫉妬だとは分かっています。けれど何が違うのだと、そんな思いが浮かんでしまうのです。私は――」

 ドアの閉まることを告げる電子音が響く。ランプが付き互の間が閉ざされていく。それが閉まりきるよりも早く、フェリの言葉が二人に届く。

「――あなたたちが、嫌いです」

 バスが動き出す。
 透明なガラス一枚向こう。誰もいないバス停に一人で立ちすくむフェリの姿は小さく消えていった。
 
 バスの中、二座席の窓際に座ったクラリーベル、隣にレイフォン。アパートへは若干遠回りするように進む経路に未だ見たことがない景色が窓の外を流れていく。
 窓縁に頬杖を付き、風景を眺めていたクラリーベルがふぁと眠そうに口を可愛くあけた。

「眠ければ少し寝たらどうですか? 着いたら起こしますよ」

 クラリーベルの視線がレイフォンを向き、何かを考えているように少し、時間が空く。

「二人になると偶に戻りますね。もっと砕けた言い方でいいですよ。ここでは同級生ですから」
「そうだね、ごめん」
「分かればいいんです」

 クラリーベルの目がジロリとレイフォンを一度見て、外へとその視線が戻る。

「お言葉に甘えさせて貰います。……それとレイフォン、さっきのこと気にする必要はありませんよ」

 一体どんなつもりの言葉なのだろう。聞こうにも既にクラリーベルの瞳は閉ざされていた。
 窓に寄りかかって瞼を下ろしたクラリーベルにレイフォンは聞きたいことがたくさんあった。フェリとの話の時、何故つまらなそうだったのか。理由ができるとは何なのか。それに先ほどの気にしなくていいという言葉も。

 だがきっと、それを今無理に知る必要はないのだとレイフォンは分かる。気にしなくていいと、そうクラリーベルが言った。何故だか不思議とその言葉を疑う気にはなれなかった。
 それに何より、本当にうたた寝を始めたクラリーベルを起こす気などレイフォンは持てなかった。

 小さな機械音だけが響き、細かな振動が車内に響く。することもなくレイフォンはクラリーベルを見る。
 アパート近くのバス停までそう長くはかからない。話を聞くためだけに起こすよりも、つかの間のこの時間の方を壊したくなかった。
 クラリーベルから移った様に不意にアクビが出る。無言の車内にこの小さく揺られる振動は確かに眠気が誘われる。眠るわけにも行かずレイフォンは視線をクラリーベルから戻し外へと向ける。


 未だ知らぬ道をバスは通っていく。
 レイフォンはこの時間の終わりが来るのが少し寂しく感じた。
 
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