| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

深き者

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第十九章


第十九章

「一度式神を使ってな」
「そうしますか、ここは」
「そうだな。それがいい」
 思い立てばであった。彼はその考えをすぐに行動に移したのであった。
 今度は青い紙の札を数枚出す。それを出しながら本郷に対して述べる。
「この札はまた特別な札だ」
「水の中でも使える札ですか」
「そうだ。水の中でこそ力を出す札だ」
 言いながら前に投げるとだった。それは数匹のトビウオになって飛んでいった。そうして壁をすり抜けそのまま消えていったのであった。
「これでいい」
「海まで届いたんですね」
「後はあの魚達が見てくれる」
「成程」
 本郷はここまで見て微笑んで述べたのであった。
「海には魚ってことですね」
「それだけではない。青だ」
 今度は色についても言及してみせた。
「青だからだ」
「青っていうと木ですね」
 五行思想においてである。青は東であり木を司る。季節でいえば春だ。それぞれの方角によって色も司っているものも違うのが五行思想なのである。
「それですね」
「木は水に強い」
 ここで役は言った。
「あのトビウオ達は青、即ち木の属性を持つ魚達だ」
「といいますと海の中を普通の魚よりも速く泳げてそのうえで色々なものを見られるってわけですね」
「そういうことだ。さて」
 ここで早速言ってみせた本郷であった。
「見えてきたぞ。君も見てみたいか」
「そうですね。半漁人を見るよりは海の中を見る方がいいですね」
 軽く微笑んで返した言葉であった。
「珊瑚とか様々な魚は見られないと思いますけれど」
「それは期待しない方がいい」
 役はそこにもう海のそこを見ながら述べるのだった。
「珊瑚はな。ない」
「まああれは熱帯のですしね」
 それはわかっている本郷であった。実際のところわかって言っているのである。つまり軽口を叩いているというわけだ。
「こんな場所にはいませんね」
「そういうことだ。それでだ」
 役は右手の親指と人差し指を打ち合わせた。するとここで複数の画面が宙に浮かび上がってきた。どれも色彩のある海中と海底、それに下から見た海面の映像であった。
 どれも青くそして澄んでいる。ごつごつとした岩山もそこから姿を見せる様々な動物も海中の魚達もその色は青がかっている。ただ海面は銀色に輝いている。
 そうしたものを見ながら。本郷は言うのであった。
「奇麗ですけれど見たいものはまだ見つかりませんね」
「そうだな。それにだ」
「それに?」
「まずいことに鮫もいる」
 ここで彼は声を少し不機嫌なものにもさせた。
「鮫がいるな。式神を食われてしまいかねない」
「ああ、鮫はそうですね」
 本郷も鮫については知っていた。鮫というものは目に入るものが自分より小さいもの、傷付いたものであれば何でも襲い掛かって食べる。そうした魚である。
「鮫だったらそれこそ平気で食べますね」
「使い捨ての式神だが鮫の餌にするつもりはない」
 それは毛頭ないということであった。
「さて。かわしていくか」
「そうですね。わざわざ目を減らしていくことはありませんし」
「そういうことだ。しかし」
 鮫をかわしながら式神を操っていく。その中で役はふと言うのだった。
「思ったより何の変哲もない海だな」
「ええ。魚は豊富にいますけれど」
 見ればそうであった。割かし多くの種類の魚達が集まっている海であった。本郷も役もそこからあることを見たのであった。
「これはつまり」
「あの魚人達の食料だな」
「そうですね」
 このことを察したのであった。本来海にいる者達の糧となるのは何なのか、考えてみればそれはひとつしかないことであった。そういうことである。
「だからこれだけの魚が一杯いるんですか」
「大抵は丸呑みしている」 
 役はあの家の中で見た光景をここで思い出した。そのうえで言うのであった。
「しかし。大きな魚になるとだ」
「その鮫みたいなのですか」
「鮫は食わないのか」
「どうでしょうかね。食われるのかも知れないですし」
 鮫程大きな魚なら人間程度の大きさのものを食うのも訳はない、実際に人食い鮫という種類の鮫も結構多く存在しているのである。海を行くと必ず鮫に気をつけろと言われる国もある程だ。
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧