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深き者

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第十章


第十章

「そうですね。無理ですよね」
「はい、無理です」
 牧師は気付かなかったがそれはいいとして話を続ける役であった。
「間違いなく」
「では一体何をしているのでしょうか」
 牧師にはどうしてもわからないことであった。首を捻るばかりであった。
「この村の人達は」
「『人達』ですね」
 今度は本郷が強調するのであった。
「そうですね。『人達』ならいいんですが」
 彼もまた英語で人達、という部分を強調してみせたのであった。
「本当に」
「ですね。確かに」
 やはりこの言葉の意味に気付かない牧師であった。普通の世界に住んでいる彼にはどうしても気付かないことなのであった。
「どうやって生活しておられるのか」
「謎ですね。じゃあ食べ物もワインもなくなりましたし」
「はい」
 気付けば今晩の分のパンもチーズもワインもなくなっていた。それで夕食は終わりであった。
「それでは」
「ではまた明日の朝に」
「朝はミルクとザワークラフトがあります」
 牧師はメニューについて語ったのだった。
「それとやはりパンです」
「朝はミルクですか」
「それとザワークラフトを欠かさないようにしています」
 それもだというのである。
「身体にいいですから」
「そうですね。ザワークラフトはいいものです」
 役も牧師のその言葉に賛成して頷くのであった。
「それで野菜は足りますし」
「それと昼はジャガイモと林檎があります」
 ついでに昼のことも話す牧師であった。
「ジャガイモは茹でてそして林檎はです」
「肉はないんですか?」
 本郷はふとこのことが気になって牧師に尋ねたのであった。今まで話したところでは肉類は影も形も出ていないからだ。そのことから彼はこの牧師についてあることを思ったのであった。
「そうした宗派なのですか?」
「いえ、ただ肉や魚は好きではないので」
 だからだという牧師であった。
「それでなのです」
「ああ、嗜好からですね」
 これで事情がわかった本郷であった。
「それでですか」
「はい。水は井戸があります」
 それだというのである。
「お風呂はそれとサウナがあります」
「サウナがですか」
 役はそのサウナという言葉に反応したのだった。
「サウナもあるのですか」
「以前からこの教会にあったものでして」
 こう説明する牧師であった。
「ただ。普段は殆ど使いません」
「どうしてですか?」
「お風呂は毎日入るようにして洗濯も欠かしませんが」
 どうも中々清潔な牧師のようである。本郷の問いに答えるのであった。
「一人でいますのでサウナはそうは使わないようにしているのです」
「だからですか」
「はい。薪はふんだんにありますし」
 この辺りは実にカナダらしい言葉であった。カナダといえば森の国である。この村にしろ少し歩けばもうそこには薪の材料となる木が嫌になる程あるのが村に入る時に見えていたのである。
「それを使いまして」
「お湯を沸かしてですね」
「この村にはガスも水道もありませんし」
 これは二人もおおよそ察しがつくことだった。地図にも載っていない、そして殆どの者が知らないようなこんな村にそうしたものが通っていると思う方が不自然であった。カナダは実に広くそうした村も存在するのである。この時代でも。
「ですから薪を」
「大変ですね」
 本郷は牧師の話を聞いて素直に自分の言葉を出した。
「薪っていうのは」
「いえ、カナダでは普通ですよ」
 しかし牧師は笑ってこう返すのだった。
「カナダでは至って普通です」
「今でも薪が普通ですか」
「人里離れている家も多いですし」
 だからだというのである。
「それでそうした家も多いのです」
「そうなのですか」
「はい。だからです」
 また話す牧師だった。
「それで私も慣れていますからどうとも思っていません」
「日本でもまだそうした薪を使う家はありますが」
 役が言うのだった。
 
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