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魔狼の咆哮

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第三章その九


第三章その九

「貴様、何故動ける」
 アンリは呻きつつ言った。話す度に口から血が滴り落ちる。痛みが全身を襲う。
“賢者の石は知っているな”
 役はアンリの精神に直接語りかけてきた。
“賢者の石・・・!?”
 その言葉を聞いてアンリの顔色が一変した。
“知っているな”
 役は表情を変えることはない。
 かって欧州には錬金術というものがあった。ギリシア神話の知恵と商業、そして泥棒の神ヘルメスの名を冠したエジプト人ヘルメス=トリストメギトスが祖と言われるものでエジプトの古代の技術や中国の錬丹術等に影響を受けたものである。
 他の金属を金に変えることがその主な目的であったが他にも不老長寿等様々なことを研究していた。
 その他の金属を金に変えることが出来たと言われるのが『賢者の石』であった。パラケルススが所有していたと言われており人や動物の傷をたちどころに癒すこともできたという。錬金術師達の憧れの石であった。
 だがそれを持つ錬金術者は僅かである。伝え聞くところによればそのパラケルスス本人とその他にはごく限られた者達。そのうちの一人は。
“貴様、やはり・・・”
 フランスの歴史に一人の奇怪な人物がいる。ありとあらゆる物事に精通しており全く歳を取らず様々な時代のあらゆる場所に姿を現わした人物。全てが謎に包まれ今も何処かで歴史を見ている人物。人の世、否宇宙の定義を知る者。
“だとしたらどうする”
 役は否定しなかった。それは肯定と同じであった。
“何故今甦った・・・・・・”
“甦った?戯言を”
 その言葉に対し役は心の中で笑った。
“私は何時の時代にでもいる。魔を滅ぼす為に。だから今貴様の前にいる”
 アンリの顔が蒼ざめた。
“覚悟はいいな”
 拳銃の引き金にかけた指に力を入れる。
“滅びよ”
 拳銃がアンリの脳天を撃ち抜いた。鮮血が飛び散りアンリの身体が沈み落ちる。床の血溜まりの中に魔狼は沈んだ。
“サ、サンジェルマ・・・・・・”
 アンリの残留思念だけが漂っていた。しかしそれも地の底へ沈んでいった。
「終わったな」
 拳銃をしまい役は本郷へ言った。
「ええ、これで事件は解決しました」
 本郷はにこりと笑った。
「しかし」
 本郷の笑いが苦笑へと変わった。
「華麗な宮殿をえらく汚しちゃいましたね」
 見れば鏡は割れ床にはヒビが走っている。他の部屋にも闘いの傷跡が残っている。
「それは御心配無く」
 カレーが進み出た。
「私がルーンの魔術で直しておきますので」
「え、そんなことも出来るんですか?」
 中尉が不思議そうに尋ねた。
「出来ますよ、そういった時の為の魔術ですよ」
「そうだったんですか」
 中尉はまだ意外そうだった。
「まあ何はともあれ早く後始末を済ませましょう。もうすぐ夜が明けますよ」
 二人に対し警部が言った。
「おっと、もうそんな時間か」
 カレーが指を鳴らす。その指から不思議な光が生じ宮殿を覆い始めた。
 鏡がなおっていく。床のヒビが消えていく。
 アンリの亡骸が消えていく。それを見て本郷と役は全てが終わったことをかみしめていた。
「これでお別れですね」
 シャルル=ド=ゴール空港にて本郷と役は署長達の見送りを受けていた。警部と巡査長、カレーと中尉も一緒である。
「事件も終わりましたし。もうちょっといたかったですけどね」
 本郷はにこりと笑って言った。
「名残惜しいですがこれで。縁があったらまたお会い出来るでしょう」
 役が挨拶した。
「そうですね、一度そちらにお伺い致しますか」
 警部が悪戯っぽく言った。
「その時は僕も連れてって下さいよ」
「何言ってるんだ、自分で行き給え」
「そんなあ」
 二人のやりとりに一同爆笑した。
「休みが取れたら私も行きたいですね。日本の食事には興味があります」
 中尉がにこりと笑って言った。ふぉうやら結構健啖家らしい。
「私ももう一度。また日本のお酒をいただきましょう」
 カレーが笑った。
「え、日本に来られたことあるんですか?」
「仕事で。今度は旅行で行きたいです」
「その時は京都へ。良かったら案内しますよ」
「喜んで」
 二人の言葉に一同頷いた。しばしの別れの挨拶を終えるとフランスの友人達に手を振りつつ二人は母国へ飛び立つ空の船へ乗った。


魔狼の咆哮   完


                    2003・4・16

                                        

 
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