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魔狼の咆哮

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第二章その八


第二章その八

「・・・わかりました。貴方の言葉信じましょう」
 執事の目を見て役は言った。嘘をついているとは思えなかったからだ。
「・・・有り難うございます。ただ」
 執事の言葉が曇った。
「ただ・・・!?」
 本郷がその言葉尻を捕らえた。
「いえ、何でもありません。ではこれで」
 一礼して執事は部屋を後にした。
「・・・一族の誇り、か。大げさなものを出してきたな」
 本郷が閉じられた扉を見つつ言った。
「役さん、どう思われます?」
 視線はそのままに役に言葉を振った。
「おそらく彼の言ったことはおおむね真実だろう。彼の知る限り、話した限りでは」
 役の目も扉に向けられていた。
「ただだからといってカレー氏の嫌疑が完全に晴れたわけではない。暗殺を生業としているのは事実だしね」
「それに最後の言葉がやけに気になるんですけどね」
 ちらりと役のほうへ視線を移した。
「やはり事件の真相について何か知っているようだね」
「間違いないでしょう。嘘は言っていないにしろ何か重要んばことを隠しているんじゃないですか」 
「多分ね。少しカレー氏からマークを外してみるか。彼とあの執事さんから感づかれない程度に」
「ですね。よしんばカレー氏が人狼と関係があるにしろ俺達がここにいある以上下手に動けないでしょうし。じっくり待ちますか」
「うん」
 二人は肯き合った。
 翌日の朝早くカレー家の屋敷に向かう一つの陰があった。黒い外套に身を包んでいる。
 長い外套から外套と同じ色のブーツが見える。ポケットに両手を入れ背に何やら背負っている。
 金髪をショートにしている。サングラスをした顔からは何も表情は読めない。だがサングラスをしていても白い端正な顔立ちがわかる。しかしこの者が男性か女性かまではわからない。
 外套の者が門の前に立つと自然に開いた。それに目をくれず黙って歩いて中に入っていく。
 屋敷の門の前に執事が立っていた。彼に無言で会釈する。彼に案内され屋敷へと入っていく。
 本郷と役は警部の部屋で巡査長と四人で今後の捜査の打ち合わせを行っていた。そこへ署長が入ってきた。その後ろに例の黒外套の者がついてきている。
「署長、そちらの方は」
「紹介するよ、前に言っていた軍から来た」
「ナンネッタ=マニョンです。陸軍から来ました」
 サングラスを取り外しながら言った。女の声だった。やや低めのメゾ=ソプラノの声だった。緑の澄んだそれでいて強い光を発する目であった。
「階級は中尉です。今後共宜しくお願いします」
「はい、こちらこそ」
 敬礼したマニョン中尉に対し警部と巡査長が敬礼を返す。本郷と役はお辞儀で返す。 
「お話は聞いています。一連の『野獣』の事件の捜査へ派遣されたとか」
「はい。大統領直々の命令で」
「大統領の、ですか。話はそこまで」
 署長をはじめ警官達の顔が暗くなった。
「本来ならば特殊部隊を一個小隊派遣する予定だったのですがこちらの署との関係を考え私一人を派遣することになりました。以後貴方達の指揮下に入ります」
「私達のですか?」
 思わず署長が声を上ずらせた。とかく軍人というのは指揮について五月蝿いものであり特に警察と一緒になった場合はその指揮を巡って話がこじれるものである。軍は自分達の中に警官達が入るのを好まない。非常時において軍の将校達は警官を指揮する権限を与えられているケースもある。そういったことから軍と警察の関係というのはどうしてもギクシャクし易いのだ。
 今回もそれが危惧された。派遣されるのは一人といっても捜査のやり方や指揮を巡って問題となることが署長の心配の種だったのだ。それがあっさりと片付いた。しかもそれは当の軍人の方から折れてくれたのだ。
「意外ですか?」
「い、いやそういう訳ではないですが・・・」
 そう弁明しつつも声がぎこちなかった。
「この事件に関してはそちらの方が捜査も進んでおり知識も豊富」です。ましてこの様な惨たらしい事件は一刻も早く終わらせねばなりません。いつもの様に指揮がどうとか管轄がどうとか言っている場合ではないのです」
 中尉は毅然とした態度で答えた。
「カレー氏には既に挨拶を済ませました。私の部屋はこの階の右の一番奥の部屋です。今から荷物を置きにいきます。何かあればすぐにご連絡して下さい」
 そう言うと中尉は敬礼し部屋を後にした。
「えらく話のわかる中尉ですね」
 役が署長に話しかけた。
「フランス軍のエリート将校というからどんな高慢なのが来るかと思っていたのですが」
 少し悪戯っぽく笑った。
「そちらにも我が国の軍人の高慢さは知れ渡っていますか」
 署長もそれにつられて笑った。ただこちらの顔はやや引きつっていた。
「まあ数少ない軍事関係の雑誌やそれよりは少しは多い軍事関係の書で」
「こういった話はすぐに広まりますな。その通りです。我が国の将校は高慢でプライドの高い者が多いのです」
「それで強ければ文句っはありませんけどね」
 巡査長が両手をぽんと投げ出す格好でおどけて言った。
「徴兵制と外人部隊で数はあるし装備も他の国にやけに自慢してますがその実負けてばっかりで。口程にもない奴等だとドイツ人やイギリス人達に馬鹿にされているのです」
「おやおや」
「噂ではそちらの軍人さん達はえらく腰の低い方達ばかりとか。それ位とは言わないまでもその十分の一程検謙虚であってくれれば」
「まあ軍人というか自衛官というかあいまいな存在ではありますけどね」
 巡査長の言葉に本郷は苦笑して答えた。
「それは知っていますよ。日本のアニメでも出てますし」
「色々御覧になっているんですね」
 思わず目が点になった。
  荷物をまとめ終えた中尉が部屋に来た。中尉にこれまでの一連の事件の流れと捜査の状況について説明された。
「話は聞いていましたが本当だったのですね。人狼が出るとは」
「それだけではありません。その人狼は普段は人の姿で我々の中に潜んでいるのです」
「ということは今我々がこうして話しているのを何処かで盗み聞きしている可能性のある、と」
中尉の緑の目が光った。その言葉に五人はぴくっ、と眉を動かした。
「・・・確かに。その可能性はなきにしもあらず、ですな」
「ましてやこの屋敷でも事件が起こったのです。今もこの広い屋敷の片隅に息を潜めているかも知れません」
「だからこそこの屋敷を捜査しているのですが・・・」
 署長、警部、巡査長の三人が言った。
「どうやらカレー氏が怪しい、と思われていたようですね」
 中尉が本郷と役の方へ視線を移した。
「はい。何かと噂のある家ですしね」
 カレー家の裏の仕事は中尉も知っていた。フランス陸軍も彼に仕事の依頼をしたことがある。中尉自身カレー家の者と共同作戦をとったことがある。
 
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