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ソードアート・オンライン ―亜流の剣士―

作者:チトヒ
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Episode3 いつも






気が付けばアカリは駆け出していた。剣を抜いた今でも、なぜ自分がこんな行動に出たのかは分かっていない。それでも、クエストボスと後ろの男性の間に立っている。

実はそれはいつもアカリ自身がよく見ている光景なのだ。場所こそいつもは前にカイト、後ろにアカリだ。が、今日はアカリが守る位置に立っている、それだけのことである。だから、アカリの行動はごく自然だったのかも知れない。いつもそばで見ている人の行動を真似しただけなのだから。

…ただ、困ったことにこの先は全くのノープランだった。「イジワルしちゃダメですっ!」と言ってはみたものの人じゃない相手に言葉が通じないことくらいアカリにだって分かる。

(あれっ?でも、コロはあたしの言うことをちゃんと聞いてくれたような…)

すぐ眼前にヘイトをアカリに向けている相手がいるというのにアカリが思い出したのは飼い犬のコロのことだった。コロはアカリが『待て!』と言えばしっかり待つし、お手だって伏せだって出来た。

(そういえば、ちょっとコロに似てるかもっ!耳とか鼻とか)

カイトよりまだ数十センチほど背が高い相手の顔を見上げながらそんなことを思っていた。また、どこかでその顔を見たような気がした。あれは確か、アカリの母が読んでくれた絵本で…。

「ガルルァッ!」
「へうっ!?」

突然吠えたクエストボスに怯えつつもアカリは気付いた。このモンスターは童話に出て来た悪者のオオカミに似ている。

「…じゃ、倒さなきゃだね……」

誰に言うでもなく囁いたが、構えた両手剣で攻撃する気にはなれなかった。一瞬、飼っていた子犬に似ていると思ってしまったことも関係があるのだが、それより何より優し過ぎるアカリの性格が一歩踏み出すのを邪魔する。

昔は、カイトと出会うより前はかなり剣を振るっていたが、その頃だっていい気持ちはしなかった。ほとんどの戦闘をカイトがこなしてくれることに馴れてしまった今ではなおさらである。

「お嬢…さん…。何をして…いるんです…。早く…お逃げなさい…!」


戦闘に踏み切ることが出来ず、二の足を踏んでいたアカリの背後で掠れきった声がした。それは今現在進行形でアカリが庇っているコックめいた男性からだった。

「あっ、元気だったんですねっ!」
「私のことなどいいから…君は逃げなさい…」

ひたすら逃げることを勧めてくるその男にアカリは少し振り返ると笑みを向けた。当然、不思議な顔をされるがそれでよかった。

(こんな時、カイトさんだったら、きっと…!)

「大丈夫ですっ!任せてくださいっ!」

カイトなら助けようとするに決まっている。そんなふうにアカリが思ってしまうほどカイトはいつもアカリの前にいた。…実際のところは、カイトがかなり過保護になってしまっているだけなのだが、アカリから見ればそれはカイトがアカリを優しく守っていることに他ならない。

と、ここまで来てもアカリから動き出そうとは思えない。やはり、積極的に斬ろうとすることは出来ない。なんとか上手く仲良くなれないだろうかと考えてしまう。

目の前のモンスターの名は《Riverside Wolf》。親に英語教室に行かせてもらっていたからアカリにもなんとなくは読める。

「えっと、リバーサイド…うぉるふ、かなぁ?」


たどたどしく発音した名前に《川辺の狼》の名をしたクエストボスが反応した。ここまでアカリが剣を油断なく構え続けていたために攻撃されることはなかったが、もうそろそろAIに制御されているモンスターの我慢は限界に来そうだ。

(仲良くなるには……ニックネームだっ!)

「うぉる!おすわりっ!」

先に動いたのはアカリだった。《うぉる》なる謎のあだ名を叫び剣から片手を離してジェスチャーも交えながらコロにしていたように指示を出した。

しかし、逆にそれが合図であったかのようにリバーサイドウルフも動き出した。脇を閉め短剣から突きをすぐ繰り出せるようにしながらアカリに向かってダッシュする。

この時、目をつむりそうになったアカリを不思議な感覚が襲った。視界の中で妙にそこだけはっきりと見える短剣を凝視した。

次の瞬間、キンッという金属同士のぶつかる音が聞こえた。クエストボスのダッシュの勢いも乗せた突きをアカリの両手剣が跳ね上げたのだ。

「ググゥ?」

自分の剣が弾かれたことに不満げな声を漏らしたリバーサイドウルフは下がることもなく、アカリを自分の攻撃のリーチに捉えたまま連続で突きを繰り出した。だが、

キンッ…キンッ…キンッ…

と続くのは《小さな》短剣に《大きな》両手剣がぶつかり、弾く音ばかりだ。

まるで両手剣は上下に振り回しているだけのように見えるが、自分の剣が下にある時は上へ短剣を弾けるように、上にある時は短剣を下へ払えるようにアカリも意識しないまま剣を操っている。しかもこれは相手の動きで技の軌道が読めていないと成り立たない。


単純で地味ではあるが、アカリのセンスを感じさせる動きだ。

そのまま四度、五度…と短剣を弾いたところでアカリは振り下ろしの力を強くした。ステータスを筋力により振っているアカリのその攻撃は相手の体勢を崩させるのに十分だった。そのままの流れで右腰の辺りに構えた両手剣が淡い黄色に発光する。

両手剣切り払い《クレセント》

やや斜めに、剣先で三日月を描くように振り抜かれたアカリの剣がリバーサイドウルフの腹から右脇にかけてを切り裂いた。そして、HPバーがガクンと減少したところで、

「…あっ、あれ?あたし……」

アカリのいわゆる《集中状態》のようなものが終了した。自分の剣が相手を斬ったことを認識したアカリはすぐに頭を下げた。

「あのっ!ごめんな――」

ギュオッ!という狂暴な音とともにお辞儀したアカリのすぐ頭上を短剣が通り過ぎた。その場所には、ほんの少し前までアカリの頭があったはずだ。

「――さいっ!えうぅ…」

顔を上げたアカリの視界に飛び込んできたのは歯を限界まで剥き出したケモノの顔だった。怯えたアカリは後退り、その時に足場である河原の石に躓いてしまった。尻餅をついたアカリを血走った目が捉える。そして、先程までとほとんど同じように構えられた短剣が深緑に光った。

今度こそ目をつむり体を強張らせた。が、その体がフワリと浮き上がった。

「ったく、何やってんだ俺は。…悪いアカリ、待たせたな」

お姫様抱っこのような状態からそっと下ろされたのを感じ、きつく閉じていた目を開けるとそこにあったのは《いつも》の背中と《いつも》の光景だった。

 
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