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京に舞う鬼

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第十九章


第十九章

「ならば」
 役は今度は銃を構えた。それで鬼の額を狙う。
 銃口が火を噴いた。そこから銀の弾丸が放たれる。しかしそれも身を分けてかわすのであった。
「無駄だと言っておろう」
「くっ」
「銀は確かにわらわの様な者を滅ぼす力はある。じゃがそれは射抜けばこそ」
「当たるつもりはないということか」
「そうじゃ。残念じゃったな」
「・・・・・・・・・」
 貴子はそんな鬼を黙って見ていた。鬼の言葉に何かを感じているようであった。
「この程度の軽い攻撃なぞ。当たってやるわけにはいかぬ」
「じゃあ俺のこれはどうなんだよ」
 上から手裏剣の雨が降りる。どうやら本郷は木々の上を飛び回りながら鬼に対して攻撃を仕掛けているようなのである。
「子供騙しって言うのかよ」
「そうじゃな」
 鬼は手裏剣を見ることなく平然と左右に動いてかわしている。見れば身体は全く動いていない。地の上を滑ってかわしていたのであった。
「童の遊戯じゃな」
「クッ」
「所詮主等は人よ」
 鬼は二人を侮蔑した声で言い捨てた。
「わらわの様に鬼ではない」
「だけどな」
 本郷は攻撃を止めた。上から鬼に対して言う。
「鬼はな、人間に倒される宿命なんだよ」
「ほう」
「こうやってな」
「面白い。来るか」
 鬼は上を見上げて構えた。上から本郷が刀を振り下ろしながら襲い掛かってきていた。
「死になっ!」
 役も援護に式神を放つ。二人の連携攻撃だ。だがそれを見ても鬼は冷静なままであった。
「所詮無駄よ」
 消えた。それで二人の同時攻撃もあえなくかわしてしまった。
「チッ!」
「クッ!」
 二人はそれを見て同時に舌打ちした。攻撃は失敗し、本郷の刀は空を斬り、役の式神は空しく飛ぶだけであった。
「甘いのう、まことに」
 鬼は姿を現わした。少女の首を咥え、遠くで笑っていた。
「この程度では。腹ごなしの舞踊にもならぬわ」
「何処までも。余裕だな」
「わらわを倒したければ源頼光か八幡太郎でも連れて参れ」
 どちらも平安期にその武勇を知られた剛の者達である。その武勇は言うまでもない。
「さすれば少しは楽しめるであろうに」
「俺達の手にはかからねえってのかよ」
「無理じゃな」
 鬼の言葉は相変わらず余裕に満ちたものであった。
「主等ではな。その証拠にわらわは息一つ乱れてはおらぬ」
「じゃあ今度こそ」
「無駄だ、本郷君」
 役は鬼に向かおうとする本郷を制止した。
「役さん、けどよ」
「一人では。あの鬼には勝てない」
 彼は首を横に振ってこう述べた。
「それはわかっていると思うが」
「・・・・・・・・・」
 その言葉にさしもの本郷も沈黙してしまった。
「いいな」
「わかりましたよ」
 憮然としてだがそれに頷いた。
「じゃあここは止まりますよ」
「うん」
 役はその言葉に頷いた。
「ほほほ、よい心掛けじゃな」
 鬼はそんな二人を見て嘲笑してきた。
「よいぞよいぞ」
「うるせえ」
 本郷はそんな鬼に対して言い返す。
「これで諦めると思うなよ」
「何度来ても同じじゃ」
 しかし鬼の態度は変わりはしない。
「主等では無理じゃ」
「へっ、大した余裕だぜ」
「それではな」
 鬼は姿を消した。
「わらわを倒すつもりなら何時でも来るがいい」ここの屋敷で待っておる」
「屋敷!?」
「私の別邸です」
 貴子が言った。
「ここ嵐山には私の別邸があるのです」
「そういうことか」
「そこに参れ。何時でも相手をしてやる」
 気配まで消えた。後には闇の中苦々しい顔をしている本郷と役、そして無念の顔で俯く貴子だけがいた。
 貴子の無念は何の為の無念であろうか。それは誰にもわからない。しかし彼女は同時にそこに決意も宿らせていた。それは強い決意であった。
 翌朝嵐山の大堰川の船の上に生け造りの様に並べられた少女の遺体が見つかった。その遺体は黄色と白の菊の花で飾られていた。今度は秋であったのだ。
「これもあいつには芸術なんでしょうね」
「おそらくな」
 二人はその船を川辺から忌々しげに眺めていた。その横には警部がいる。
「犯人、いや鬼と遭ったそうだな」
「はい」
 役がそれに答える。
「直接、刃を交えました」
「そうか」
 警部はそれを聞いて表情を変えずに頷く。
「だが。仕留められなかったか」
「申し訳ありません」
「言葉もありませんよ」
 役は謝り本郷はふてくされた言葉であった。
「私達二人がいながら」
「君達二人でも倒せなかったのか」 
 だが警部は二人を咎めたりはしなかった。それどころかその話を聞いて顔を強張らせてきた。
「そこまで手強いとはな」
 二人の実力はよくわかっていた。だからこそこう言ったのだ。
「恐るべき相手と言うべきか」
「言葉もありません」
「俺の小柄も手裏剣も刀も。あいつには効きませんでしたよ」
「ううむ」
「忌々しいことにね。それは本当のことです」
「だが君達しかいない」
 それでも警部は二人にこう言った。
「それは。わかっているな」
「はい」
「よおくね」
「では。引き続き頼む」
「わかりました」
 役は沈痛な顔でその言葉を受けた。
「取り逃してこんなことを言うのは何ですが」
 そして述べた。
「今度こそは」
「頼むぞ」
 本当に二人しかいないのだ。魔物の相手を出来る人間は僅かしかいない。その中でもこの二人はとびきりの腕利きである。相手がどれだけの魔物であろうとも今はこの二人に任せるしかなかったのだ。
 
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