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失われし記憶、追憶の日々【精霊使いの剣舞編】

作者:月下美人
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第十七話「編入生」

 
前書き
大変お待たせしました。 

 


 シン、と静寂に包まれるサロン・カフェ。


 クレアとリンスレットは突然の発言に固まり、ラッカとレイシアは手を取り合ってはしゃいでいた。


 俺はどう言葉を返したらいいか分からず、喉まで出かかった言葉を飲み込み、契約精霊は膝の上で夢の中へ旅立っている。


 そして、当の本人であるエリスは、自分の発言に目を見開き絶句していた。


 止まった時が再び流れ始める。最初に口を割ったのはクレアだった。


「な、ななな、な……!」


 酸欠のように口をぱくぱくと開閉し顔を真っ赤にしている。その隣ではリンスレットの意識が天の彼方へと飛んでいた。


「……ハッ!」


 ようやく我を取り戻したエリスは慌てて先の発言を訂正するように、首を振った。


「ち、ちがうぞ! いまのはそういう意味ではない!」


「そそ、そういう意味ってどういう意味よ!」


「だから、それは、その――」


「まさかあんた、リシャルトのこと……」


「そ、そそそ、そんなわけないだろうっ! なにを言い出すんだ君は! バカか、バカなのか!?」


「バカってなによ!」


「落ち着け、二人とも。……それでエリス、今一つ要領を得ないんだが」


 俺をそっちのけてヒートアップする二人の間を割り、無理矢理話を進める。というか、なぜクレアはいつも喧嘩腰なのだろうか。


 いい加減天の彼方へと旅立っていたリンスレットも我に返り、真剣な面持ちで話を聞く。エストは人間形態を解き、俺のなかへと還っていった。


 大きく深呼吸を繰り返しているエリス。ようやく落ち着いたのか幾分冷静さを取り戻した様子だ。


「私が言いたいのは……リシャルト・ファルファー、お前を勧誘しに来たんだ」


「勧誘?」


 それは風王騎士団にだろうか?


 疑問が顔に出たのかレイシアが捕捉する。


「団長はですね、私たちのチームに入らないかと言っているんですよ」


「なんですって……?」


 目を丸くするクレアとリンスレットを尻目にしばし黙考していた俺は顔を上げた。


「……それは、言葉通りの意味か?」


「そ、そうだっ。リシャルト・ファルファー、き、君を私たちのチームに迎え入れたい。君の実力は私たちも評価している。なにより、あの魔精霊を一蹴するほどの力を持つ君の実力は即戦力としても期待できるからな。そ、それだけだぞっ!」


「団長ってば素直じゃないんだから」


 くすくすと笑う団員二人に顔を赤らめた団長はぷいっとそっぽを向いた。


 どうやら本当に俺をスカウトするつもりらしい。


 エリスがそこまで評価してくれるとは思ってもみなかった俺としては、正直くすぐったい思いだ。


 評価してくれるというのはとても嬉しく思う。が、しかし――。


「すまないが、その申し出は受けられない」


 心細そうな、不安気な瞳で俺を見つめるパートナーを裏切ることは出来ない。


 本人は意識していないのだろうが、その捨てられた小猫のような眼差しはどうも弱いのだ。


 意地っ張りでいて、妙なプライドも持ち合わせていながら真っ直ぐな目をしている彼女を裏切るのは、俺にはハードルが高すぎる。


 クレアの頭をぽんぽんっと優しく叩いた。


「すでに俺はクレアとチームを組んでいる。そこまで俺を評価してくれる君には申し訳ないが、断らせてもらうよ」


「リシャルト……」


 驚いた顔で俺を見上げるクレアに微笑み返す。


「……そうか。残念だ」


 一瞬、きゅっと唇を噛んだエリスだったが、すぐに普段の凛とした彼女に戻った。


「すまなかった、突然無理を言って」


「いや、とても嬉しい申し出だった。こちらこそすまないな」


「い、いいのだ。君がそういう男だからこそ、私は……」


「うん?」


 ボンっと唐突に顔を赤く染めたエリスはなんでもないと頭を振った。


 不意に袖を引っ張られる。振り返ると、頬をうっすらと朱に染めたクレアがもごもごと唇を動かした。


「その……ありがと、ね」


「――どういたしまして」


 その様子がまた愛らしく思えた俺はわしゃわしゃと彼女の髪をかき回した。


「わぷっ! な、なにすんのよー!」


「むぅ……わたくしも混ぜてください!」


「な、なに不埒なまねをしている、リシャルト・ファルファー!」


 ――なに、このカオス……。





   †                    †                    †





 学院長が呼んでいます。


 わざわざ告げにきてくれた女生徒に礼を言い、クレアたちと別れて婆さんのところに向かった。


 重厚な扉をノックして開け放つ。


「なんの用だ、婆さん」


 執務机に座った学院長のグレイワース・シュルマーズ――婆さんは冷たい視線を向けてきた。


「返事をする間もなく入室する。礼儀を知らんのかお前は」


「俺たちの間に礼儀なんて不要だ」


「ふん……違いないな。そもそもお前に礼儀なんてないも同然か」


「それは婆さんだろう。それで? 俺になんの用だ、黄昏の魔女さん」


「用が無ければ呼び出さんよ、謎の精霊使い」


 開口そこそこ鋭利な言葉が飛び交う。この程度、俺たちのなかでは挨拶のようなものだ。


 革張りのソファーにどかっと腰を掛ける。


「それで、用件は?」


 婆さんは革張りの椅子に寄りかかると来賓室の方へ顔を向けた。


「お前に紹介したい娘がいる。――いいぞ、入りたまえ」


「はい、失礼します」


 扉の奥から鈴を転がしたような綺麗な声が聞こえてきた。


 ドアを開けて入室してきたのは、アレイシア精霊学院指定の制服とは異なる黒いドレスのような制服を着た少女だった。


 艶のある漆黒の黒髪がサラサラとカーテンのように流れ、涼しげな黒い瞳は真っ直ぐ前を向いている。


 綺麗な娘。それが、俺が感じた第一印象だった。


「……ふふっ」


 目が合った途端、微笑まれた。今まで受けたことのない反応だ。


「――? 俺の顔になにか?」


「いいえ、なにも」


 そういうが、少女は俺の顔を見つめたまま視線を外さない。顔に穴が開いてしまうのではないかと思うくらいジッと見つめてきた。


 少々居心地を悪くしていると、少女が桜色の唇を動かした。


「貴方が、リシャルト・ファルファーくんね?」


「そうだが、なぜ俺の名を?」


 口にしてから愚問だと気が付いた。男の精霊使いの情報はすでに世に流れているのだ。女しかいない精霊学院に男がいれば十中八九、男の精霊使いこと『リシャルト・ファルファー』にたどり着くだろう。


 しかし、少女が見せた反応は思い描いていたのとは違っていた。


「あら、もしかして気付いてない?」


「うん?」


「いえ、そうね……もう三年経つものね。気が付かなくても仕方ないのかしら。でも、それはそれで癪ね……」


 むぅと何故かこちらをジト目で睨むお嬢さん。


 正直何が何だかわからん。誰か説明を求む。


「人前でイチャラブとは、私への当てつけか?」


「どこをどう見ればイチャとラブに見えるんだ。見えていたら眼科と神経内科に行け」


「ふん、人を差し置いて二人の世界を作る不埒な奴に言われたくないな」


「作っているのは一人だけだがな。それで、この娘は?」


「ああ、彼女は――」


「学院長、そこからは私が話します」


 コホンと気を取り直した少女は優雅に片手でドレスの端を掴み、もう片手を胸に当てると小さくお辞儀をした。


 その見事な礼に思わず目を丸くする。


「今日からこちらの学院に編入することになったフィアナ・レイ・オルデシアよ。リシャルトくんと同じレイブン教室なの。よろしくね」


「編入?」


 編入という言葉を聞いて思い浮かべたのは昼間のティータイム。


 そういえばリンスレッドが編入生云々言っていたなぁと、今更ながら思い出した。


 ――なるほど、この娘がそうだったか。


 改めて少女――フィアナを見やる。


 色白に分類される肌はきめ細かく染み一つない。艶やかなストレートの黒髪はお尻の高さまであり、一見するだけでサラサラしていると想像するのは難くない。


 この学院に集まる生徒たちはなぜか美形が多い。フィアナも例に漏れず美形の類いだ――否、飛び抜けて美形の類いだ。


 世界を旅してきた中で様々な人を見てきた俺でも彼女ほどの美を持った少女は滅多にいなかった。


 そして、この年でモデルもかくやというメリハリのあるプロポーション。


 早熟……なのだろう。女性の象徴を制服越しに自己主張している様は男子としてまさに目に毒だ。武道の一環で明鏡止水の境地に立ち、悟りを開いた俺だからこそ意志の力でソレから目を逸らすことが出来るが、普通の男子生徒なら一たまりもないだろう。


 ――しかし、何か引っかかる……見覚えのあるようなないような…………ん? オルデシア?


 はて? 内心首を傾げていると婆さんが補足説明をした。


「ちなみにオルデシア帝国第二王女姫殿下でもある」


「……そんな情報をさもついでのように言うな」


「私にとってはついでのようなものだ」


 どこ吹く風の調子で涼しげな態度を取る婆さん。


 思わず頭を抱えて座り込んでしまった。


「あーあーあー。なるほど、そういうことか……」


『オルデシア帝国第二王女』、『気が付いていない?』、『三年』。


 数々のワードが俺の中で音を立てて合わさり形作っていく。


 通りで見覚えがあるはずだ、通りで聞き覚えがあるはずだ。俺の考えが正しければ彼女の訳の分からん言動も納得できる。


 彼女が彼女ならば。


 ――まあ、いい……。いや、よくないけど今は後回しだ。


「……姫殿下を前に無礼を働きました」


 その場で膝をつき頭を垂れる。相手は王族。王家や国に忠誠を誓ったわけではないから本来なら膝をつく必要はないのだが、相応の態度というものがある。


 ――それに、知らない仲でもないしな。


「そういうのはいいわ。ここは学院で私は一生徒に過ぎないし同じ学院生だもの。それに、第二王女と言っても私は『喪失の精霊姫』。すでにいなかったことにされている身分だしね」


 自嘲の笑みを浮かべるフィアナ。俺は押し黙った。


『喪失の精霊姫』。四年前、災禍の精霊姫ことルビア・エルステインが火の精霊王を裏切り失踪した。


 怒り狂う精霊王を鎮めるため二人目の精霊姫を擁立することになり、ルビアの後釜として推挙されたのが、オルデシア帝国第二王女。


 つまりは彼女だ。


 しかし、彼女が精霊姫になることはなかった。精霊姫候補を降りると自己申告した彼女は王家にその存在を『いなかった者』として末梢されたのだ。


 なぜ、精霊姫になることを拒んだのか、今も公表されていない。


 以来、第二王女は表舞台から姿を消したのだが……まさか、こんなところで目にするとは思ってもみなかった。


「彼女の言う通りだ。この学院の門を潜った以上、どのような身分の姫巫女だろうと特別扱いはしない。王女であろうと、男の精霊使いであろうと、災禍の精霊姫の妹であろうとな」


「そういうこと。元王女だけどよろしくね。リシャルトくん」


「ああ、こちらこそ」





   †                    †                    †






 編入生との対面が終わり執務室には俺と婆さんの二人だけになる。フィアナは職員室へ向かった。編入手続きがまだ残っているらしい。


「それで、編入生の紹介だけが用じゃないだろう?」


 もしそれだけだったらさっさと帰るぞ、と言外に告げる。


 婆さんは不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「当然だろう、私もそんなに暇じゃない。実はお前にはある特別任務を受けてもらいたい」


「ほぅ?」


 予期せぬ単語に眉が跳ね上がる。


 学院のランキングシステムを支える制度に任務制度というものがある。文字通り与えられる任務を遂行させることでランキングを上げることが可能となる制度だ。


 当然任務内容によって難易度が異なる。剣舞による神楽の奉納もあれば封印精霊の発掘調査。はぐれ精霊使いの討伐など様々だ。


「今回、彼女にはある任務を任せたいのでな。その護衛にお前のチームを同行させたい」


「ふむ。ランクは?」


「難易度Sだ」


「なに?」


 Sランクは学院で提示される任務の中で最高難易度に相当する。当然ぽんぽんと転がり込むものではないし、簡単に受けれるものでもない。


 報酬のランキングポイントは破格だが、場合によっては死を覚悟する必要だってある。ハイリスクハイリターン、それがSランクだ。


 その危険性が故に任務を受けるには一定ランキングを超えている必要がある。現在の俺たちのランキングでは受けることが出来ないはずだ。


「……なにを考えている?」


「とくには。この任務をこなす上で最も適切なのがフィアナとリシャルトだと判断した結果だ。嫌だというなら他に回すがね」


「……ふん」


 高級ソファーに背中を預けた俺は異空間にある【倉庫】からワインを取り出した。


 手刀で飲み口をスパンッと切り飛ばし豪快にラッパ飲みする。


「おいおい、仮にも学生が学園長の前で堂々と飲酒するかね」


「このくらい目を潰れ、年長者なんだから。飲まずにはいられないってやつだ」


 ぷはぁとワインを一気飲みした俺は手の甲で口元を拭うと、空瓶から手を離した。


 重力に従い落下した瓶は床へと向かい、俺の影の中へ消えていった。


「話を聞こうか?」


 今の俺は相当悪い顔をしているに違いない。

 
 

 
後書き
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