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渦巻く滄海 紅き空 【上】

作者:日月
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六十 鬼人VS怪人

静かだった。

波打つのに飽きたのか水面は静寂を湛え、風は靡くのを止めた。
その反面、水上では沸々と茹だるほどの熱気が漂っている。
その原因は燃え盛る闘志を瞳に宿し、共に獰猛な笑みを浮かべる両者。

「……この時を待っていたぜ…!」

口許に手を伸ばす。水面に浮かび、やがて沈みゆく包帯。
包帯を投げ捨てた再不斬がクッと口角を吊り上げた。

「せっかちなところは変わりませんねぇ」
「人の事言えねえだろ」

余裕染みた風情で鬼鮫はやれやれと頭を振る。だが一言言い返すだけであまり挑発に乗らない再不斬に、おや、と目を瞬かせた。包帯無き素顔を物珍しげに眺める。

「…少しは成長したようですねぇ」
再不斬の平然たる態度に、鬼鮫は目を細めた。太刀を握る手に力を込める。

愉快げに笑み、鬼鮫は愛刀を覆っていた包帯を放り投げた。露になった『鮫肌』を高く持ち上げる。
鬼鮫に倣い、再不斬もまた、己の愛刀『首切り包丁』を眼前に掲げた。

「それでは、どれだけ成長したのか見せていただきましょうか?」
「言われなくても」


交差する刀。搗ち合う視線。
刹那、水飛沫が飛び散った。



「【水遁・水龍弾の術】!!」
「【水遁・水鮫弾の術】!!」


同時に炸裂する術。
龍を象った水と鮫を象った水が激突する。龍が鮫を喰い殺さんと口を開け、鮫がその喉に喰らいつかんと牙を伸ばす。
龍と鮫の空中戦を尻目に、術者が駆け出す。上空から降り注ぐ水飛沫を物ともせず、共に刀を振り被った。
ガキンッ、と搗ち合う。刀から紫色の火花が迸った。

拮抗する両者。刃が甲高い悲鳴を唸らす。
互いに打ち込みつつ、激しく競り合う。足下で波が砕け散った。

突如、上空からさながら滝の如き豪雨が降り注ぐ。空中戦が終わりを告げるや否や、双方は再び距離を取った。



突然始まった鍔迫り合いは終わるのも突然だった。

戦闘前と同じ立ち位置で、呼吸ひとつ乱れていない二人が笑い合う。相変わらず濃い霧の中で、鬼鮫が術の名残である雨を仰いだ。

「互角、ですかね」
再不斬の全身から溢れる闘気に触発されたのか、闘争心を露にした鬼鮫。自らをようやく好敵手と認めた相手に、再不斬は不敵な笑みを浮かべた。吼える。

「まだまだこれからだろーがァ!!」


『霧隠れの鬼人』と『霧隠れの怪人』―――共に人ならざる者としての異名を轟かせる両者。咽返りそうな緊迫感が満ちる水面下、二つの影の口許が同時に弧を描く。

濃厚な殺気が熱をもって、濃霧をも圧倒していた。















再不斬と鬼鮫の白熱した戦闘の傍ら、こちらは不気味なほどの静寂が続いていた。
三竦みの膠着状態で、まず口火を切ったのはイタチだった。
「なぜ俺が来ると知っていた?」

訝しげな声音を耳にして、ナルトがふっと目を細める。
「事前に鴉を里へ放っていただろう?」


中忍本試験前。ヒナタに落とし物を届けたあの夕刻、ナルトは木上から見下ろす鴉の視線に気づいていた。イタチの口寄せ動物だとすぐ察したが、わざと気づかぬふりをしたのである。何れ出会うだろうから、と。
そして今、彼は予測通り、鴉の主人と数年ぶりの再会を果たしたのだった。


前以て里内部を把握する為に鴉を派遣していたイタチ。三代目火影の死を聞きつけ、すぐさま里に赴いた彼は目を瞬かせた。やがて口端を微かに上げる。

「流石だな…君にはいつも驚かされる」

イタチの賞賛に、ナルトは微笑みで応えた。白と再不斬を目の端に捉えつつ、欄干から降りる。途端、彼は怒声を浴びせられた。


「邪魔、するんじゃねえぇッ!!」
割り込んできたナルトにサスケが怒鳴る。再び手にチャクラを込め始めた弟の腹を、イタチはいきなり蹴った。
吹き飛ばされたサスケをすぐさまナルトが抱き止める。


「容赦無いな。もっと丁重に扱え……弟、なんだろ」
「…………」
「…いや、逆か。甘すぎるんだ」

無言で佇むイタチ。無表情だがその奥に微かな動揺を感じ取り、ナルトは次の言葉を紡いだ。


「弟想いなところは相変わらずだな――イタチ」




















白刃が煌めいた。

激しい戦闘で巻き上がった水飛沫を一閃する。波間から垣間見えた二人の表情はよく似ていた。
ギラギラと輝く、獰猛な獣の如き瞳。まるでお互いにお互いがとっておきの獲物を見つけたかのように。

刀と刀の応酬。無数に繰り出された術の数々。
それでもなぜかさほど酷い惨状にならないこの場も、騒ぎを聞きつけて来る者すらいないという不可解さも、戦闘に夢中であった彼らには疑問一つ生まれなかった。


あるのは目の前の相手を倒す、ただそれだけ。


「それにしても木ノ葉の忍びの方々は何をしているんですかねぇ」
今思い出したとばかりに周囲を見渡す。鍔迫り合いをしつつの鬼鮫の言葉に、再不斬がへっと鼻でせせら笑った。

「余所見たぁ、余裕じゃねーか」
「暗部など呼ばれたら厄介でしょう?お互いに」

下からかち上げるように太刀が迫る。それを辛うじて避けた鬼鮫が再不斬の足を狙う。
それを宙に跳んでかわした再不斬が空中で回転しながら印を結んだ。途端、鬼鮫の背後から再不斬の水分身がぬっと現れ、彼を羽交締めにする。

その脳天目掛けて振り落とされる首切り包丁。

鬼鮫の顔が割れる。かと思えば、二つに別れた口がにやりと笑った。
そのままバシャッと水に化した鬼鮫には目もくれず、後ろへ振り被る。
再不斬と同じく水分身を作っていた鬼鮫の本体。背後に佇む彼に首切り包丁の切っ先を向ける。

「安心しな。さっきの奴らなら足止め食らってるぜ。木ノ葉の増援は来ねえよ」
「ほう?」

切っ先を喉元に向けられていながら、鬼鮫の顔は別段変わらない。むしろ興味深そうな目で再不斬を見遣る。


つまり自分達以外の者がアスマと紅の相手をしているのだろう。再不斬の口振りからして彼の部下…いや道具と言うべきか。彼は己に役に立つかどうかで考える節があったから、と鬼鮫はかつての再不斬に思いを馳せる。


「あんたの鮫肌と違って、俺の愛刀には特殊な能力がないからな。他のモノで代用するしかねえんだよ」
「なるほどねえ…別の道具か何かで補っているとかですかね?」

霧が深い。どれだけ目を凝らしてもアスマと紅、ましてや橋でさえ見えない。イタチさんはどうしてますかね、と考えていた鬼鮫の思考は再不斬の短い否定で遮られた。

「いいや」
「では部下?一匹狼だった貴方が?」

首切り包丁が喉元を掻っ切らんと迫る。それを仰け反る事で回避した鬼鮫が己の愛刀を空へ投げた。意思を持つ鮫肌が口をグバリと開ける。


再不斬目掛けて落下。衝撃で激しく巻き上がる水飛沫。



その荒波は鬼鮫にも多大に押し寄せてくる。直後、波を突っ切って眼前に鮫肌が勢いよく突っ込んで来た。顔に突き刺さる寸前に素早く柄を引き戻す。
戻ってきた鮫肌を手に、鬼鮫は波の発生地へ目を向けた。



襲い掛かってきた鮫肌を逆に鬼鮫へ放り投げた張本人。鬼鮫の無事な姿を見て取って、チッと舌打ちした再不斬が首切り包丁を肩に担ぐ。


平和な会話の反面、壮絶な戦闘を繰り広げた二人の背には、場に相応しくない美しい虹が出来ていた。



「ちげえよ」
全身から水を滴らせながら再不斬が首切り包丁を軽く払った。キラキラと飛び散る水滴。

先ほどの鬼鮫の問いを律儀にも否定してから、再不斬はニヤリと口角を吊り上げた。そして顔に似合わぬ答えを告げる。

「道具でも部下でもねえ…―――仲間だ」




















「イタチ、俺は貴方が嫌いだ」
「そうかな?…俺は似ていると思うが」
「……だから嫌いなんだよ」

似た者同士だからこそ、ナルトはかつての仲間を苦々しげに見つめた。視線が絡み合う。


「……手ぇ出すな…!」
蚊帳の外になっていたサスケが声を張り上げた。ナルトの手を振り払う。覚束ない様子でふらつく彼の身をナルトはさりげなく助けた。囁く。


「復讐するな、とは言わない。だがその野望が叶ったと同時に、君は絶望を味わうことになる。復讐して後悔するのなら、止めておいたほうがいい。他の復讐者に迷惑だ」
「てめえに何がわかるっ!?」
「わからないさ。でもね、」
憤るサスケに、ナルトは一度穏やかな眼差しを注いだ。直後、自虐的な笑みを浮かべる。


「俺もある意味、復讐者だから」

儚くも決然たる言葉。それにサスケ同様イタチもまた、一瞬息を呑んだ。ナルトはサスケから目を逸らして、鋭い視線をイタチに向ける。
「サスケに自分の理想を押し付けるな。人間、そう易々と割り切れるものじゃない」
「…………」
ナルトの言いたい事を推し量り、イタチの眉間の皺が深くなる。怪訝な顔をするサスケの隣で、ナルトは言葉を続けた。

「才能に恵まれた者はそれだけ目をつけられやすい。現に今、大蛇丸が狙っている」
「……その証拠は?」
「首筋を見てみろ。大蛇丸の置き土産がある」
ようやく口を開いたイタチの目がサスケの首筋に留まる。「【呪印】か…」と苦々しげに零したイタチの一言に、驚いたサスケが目を見開いた。ナルトとイタチの会話に耳を傾ける。

「大蛇丸の次に可能性があるのは、貴方の真の目的である男だ」
「…確かにその可能性はある。だがその前に俺が決着をつける」
「そんな簡単にいくわけがないと、貴方が一番理解しているだろうに」
その発言に、イタチは一瞬ぐっと詰まった。ややあってナルトに目を向ける。
その瞳に宿るのは、懇願。


「俺が無理でも、君がいる」
「面白いことを言うね」

肩を竦める。イタチの言葉に苦笑を洩らし、それからすぐに、真摯な眼差しでナルトはイタチを見据えた。

「大体、他人任せとはイタチ…貴方らしくない。忍びである限り死は隣り合わせだ。貴方も、そして俺も…」
「…そう。そうだったな。その通りだ」
何を今更、とイタチは嘆息を零した。あの青い双眸に見据えられるといつも調子が狂う。昔から頭が上がらないな、とイタチは内心自嘲した。

「だからこそ後悔しない生き方をしたほうがいい。忍びとして貴方は立派だ。だけどあまりにも…」
「あまりにも?」
「…いいや。とにかく今話さないと後悔する。彼はもう子どもでも、貴方の大事な弟でもない」
そこでナルトは言葉を切った。頭を冷やしたサスケがようやく自分の事を話しているのだと理解した時、彼は改めて口を開いた。


「イタチ…貴方と同じ、忍びだ」


イタチの目が大きく見開かれる。見た目こそ変わらぬものの、心中では逡巡していると、ナルトは敏感に察していた。

「もしそれでも頑なに自身をサスケに憎ませるというのなら、俺にも考えがあるぞ」
すっと冷めた表情を浮かべる。穏やかな顔から一転したナルトに、サスケが無意識に一歩退いた。
「聴覚視覚といった五感の遮断に幻術の二重結界。この結界内なら本音を言い合える」

実は己の姿が見えぬよう最初から橋の上のみに結界を張り巡らせておいたのだ。外からは無人の橋に見えるし、また、誰も橋付近に近寄れないよう人払いを頼んでおいた。仮に乱入者がいたとしても香燐の目は誤魔化せない。
神楽(かぐら)心眼(しんがん)】により現在周囲を警戒している彼女からの報告が無い限り、暫くは大丈夫だろう。


「それにこの結界内ではチャクラを使えない」

ナルトの言葉に耳を傾けていたイタチが目を瞬かせる。試すよう無言の訴えを受け、似た顔が似た表情で渋々チャクラを練った。当初は訝しげに顰められた眉が徐々に驚愕で吊り上がる。サスケの【千鳥】はすぐさま飛散し、イタチでさえも術を発動出来ない。

チャクラが使えない理由がナルトだとわかる。わかっていても問い質す事が二人はなぜか出来なかった。
どうしてだか何か得体の知れないモノが彼の周りで蟠っているように見えたのだ。同時に自分達がまるで、とぐろを巻いた蛇の中にいるかのような錯覚に陥る。


当惑する兄弟を尻目に、ナルトが静かに口を開いた。
「忍びは忍び同士、同じ立場で同じ目線で、向き合い、語り合うべきだ」


イタチは押し黙っている。だが彼の瞳にはナルトではなく、サスケが映っていた。弟の困惑顔に視線を走らせる。
それから観念したようにイタチは瞳を閉ざした。裏で色々と手を回してくれたナルトの姿が目蓋にすら浮かび上がる。
やがて目を開けた彼の視界で、その当人が最後の宣告を下した。


「サスケは真実を知る必要がある」


鋭く眇められた青の双眸が兄と弟を真っ直ぐに見据えていた。有無を言わさぬその眼光に射竦められ、イタチの口許から自然と苦笑が零れる。昔と変わらぬ兄の笑みをサスケが驚いて見つめる中、彼はとうとう語り出した。


「許せ、サスケ…」
唯一無二の、弟へ。


「今度とは言わず、今、話そう」
真実を。
 
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