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ソードアート・オンライン 穹色の風

作者:Cor Leonis
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アインクラッド 後編
  Half Point

 
前書き
 更新が遅れてしまいましたことへのお詫びはつぶやきの方でさせていただいておりますので、お手数ですがそちらをご参照ください。 

 
「――では、攻略会議を始める」

 アインクラッド第五十層主街区《アルゲード》の片隅、迷宮区を思い起こさせるような曲がりくねった路地裏の一角。表通りの猥雑(わいざつ)さから逃げるようにひっそりと佇む会館の大会議室に、珍しい声が響いた。痩せ気味の体躯を真紅のローブに包んだ学者風の男――ヒースクリフは、会議開始を宣言した後、最前列にこちらと向かい合って座った。

 フロアボス攻略以外には殆ど興味を示さず、攻略会議にさえ滅多に出席しないことで有名な彼が何故今回ばかりは出張ってきたのかと言えば、それはこの第五十層が二度目の“クォーター・ポイント”であるからに他ならない。

 “クォーター・ポイント”とは、その名の通りこの浮遊城の四分の一地点、即ち第二十五層、第五十層、第七十五層を指し、他の層と比べ格段に強化されたボスが待ち構えている、とされている。と言うのも、第二十五層を守っていたフロアボスが、それまでとは一線を画す戦闘力を以って攻略隊の前に立ちはだかり、当時攻略組の主力だった《軍》の精鋭部隊を壊滅に追い込んだのだ。そしてそれは、当時隆盛を極めていた《軍》の衰退を招き、攻略組における勢力図を一挙に塗り替えるという大事件を引き起こした。
 そんなことがあったため、当時から攻略組の間では「アインクラッドの四分の一地点のボスは、他層のそれよりも格段に強化されている」という噂が“クォーター・ポイント”という通称と共に、まことしやかに囁かれていたのだが、今回第五十層フロアボスの情報を集めていくにつれ、その噂が真実であることが確かめられた。同時に、“クォーター・ポイント”の名前も正式名称として攻略組の間に定着した、というわけだ。

「まず、今までに判明したボスの情報を伝達します。名称は《The soul ruiner(魂の摘み取り手)》。攻撃力と防御力に重きを置いた重戦車タイプの能力構成で――」

 ヒースクリフから交代したアスナが、手に持った資料を凛とした声で読み上げ始めた。その場の全員が読み上げられる情報に耳を傾ける中、彼女は流暢さと緊張感を併せ持って紙を読み進めていく。
 その後、アスナは一分の隙もない音読でボス情報、基本戦術、また今回の戦闘では多数の戦線離脱者が予想されるため、主力の他に援護部隊を編成すること等を伝えきると、相変わらずのきびきびとした所作で着席した。入れ替わりにヒースクリフが再び立ち上がり、平坦な真鍮(しんちゅう)色の双眸(そうぼう)が部屋全体を俯瞰(ふかん)した。恐らく、聖騎士様が直々にご高説をのたまわれるのだろう。

 聞く意味が無いと判断したマサキは、一足先に会場を抜け出そうとして――。
 そして、その場に倒れこんだ。
 突如、世界が暗転した。



 不自然な浮遊感を感じたマサキが目を覚ますと、濃密な()()に迎えられた。
 全てが濃霧に沈み、その存在さえ疑問に思えてしまうほどあやふやな空間。今まで何度も来た、否、()()()()()()()夢の世界。……尤も、そんなロマンとファンタジーが溢れる光景だとは、お世辞にも思えはしないが。

「……今回は、随分と手荒なご招待だな」
「……申し訳ありません」
「ハァ……。で、今日は一体、何の用なんだ?」

 嫌味の一つでもぶつけてやろうかと考えていたマサキだったが、霧の向こう側から聞こえてくる声が本当にすまなさそうにしていたため、首を振りながら溜息を一つ吐くだけにとどめた。そのような辺り、やはり自分は少し変わったのだと実感する。

「はい。……マサキさん自身が思うように、マサキさんは確かに変わりました」

 そして、彼女はいつものように心を読んだ。マサキの視線が険しくなるが、気に留める素振りを見せないままに少女は続ける。

「けれど、一つだけ変わっていない――いいえ、変わりきれていない部分があります。……そして、マサキさんはもう、そのことに気付いている」
「……さあ、どうかな」

 一瞬の間をおいて、マサキはおどけた口調で一段と真剣みを増した少女の言葉をいなした。
 嘘はついていない。ついたところで、どの道見破られるのだから。

「……迷って、いるのですね」
「…………」

 静かな語り口に続いて、沈黙がその場を支配した。お互いの探るような視線が、霧を挟んで交錯する。
 少女はマサキの本心を紐解くようにゆったりと時間を使ってから、同じようにゆっくりと口を開いた。

「今、マサキさんの中でせめぎ合っている二つの感情は、実は同じものです。……ですから、信じてあげてください。……マサキさん自身の、繋がりを求める心を」

 ――ザ、ザザッ。

「なっ……!?」

 次の瞬間、幾筋ものノイズが、空間を満たす濃霧を切り裂くようにして発生した。思いもよらなかった事態に反応できなかったマサキは、彼女の言葉を飲み下すことすら忘れ、驚愕の声を漏らしてしまう。

「……どうやら、お時間のようですね」

 しかし、彼女の声には悲しみや寂しさこそあれ、驚きは微塵も感じられなかった。この事態を予め予測していたとでも言うのだろうか。マサキの脳内にいくつもの考えがよぎるが、そうこうしている間にもノイズは勢いを増し、視界を覆っていく。

「時間って……どういう意味だ!? おい!!」

 気がつくと、マサキは声を張り上げていた。彼女が消えてしまうことを無意識に悟り、胸の中にかつてと同じ苦しさが湧き上がる。

「……やはり、マサキさんは変わりましたね……。私のことなら、心配はいりません。……私は瞳。マサキさんを視界に捉える、ただそれだけのために生み出された存在です。……ですから、もうお会いすることはできないかもしれませんが、それでも、ずっとあなたを見ています。……カーディナルの目を盗むのも、もう限界です。ですが、ご安心ください。マサキさんを危険な目には遭わせません」

 次の瞬間、僅かにノイズが弱まったかと思うと、マサキの背後に巨大な穴が出現した。それは瞬く間に肥大化し、大きく開けた口でマサキを周囲の霧ごと一飲みにした。
 まるで電源を消したときのテレビ画面のように、プツリと光が途絶えた。

「……どうか、ご無事で……」

 最後の一筋の光が消える直前に響いた声が、マサキの中で何度もこだましていた。



「――っ!?」
「きゃあっ!?」

 目覚めを認識するよりも早く、マサキは跳ね起きた。焦点の定まらない視界はぼやけ、急に揺り動かされた頭が鈍痛を訴える。

 ――また、なのか……。
 マサキはいつまで経っても色あせようとしない苦い記憶を、口に溜まった同じ味の唾液と共に飲み下した。無意識に力が込められた奥歯が、ギリッと摩擦音を立てる。

「マサキ君……?」

 不意に、脇から声をかけられた。マサキがそちらに視線を投げると、そこには少々の困惑と驚きを滲ませながらこちらを覗くエミの顔。純白の肌と濡れ羽色の髪の素晴らしいコントラストを見せる愛らしい造形が、息遣いを感じられそうな距離に存在していた。
 彼女は数秒かけてくりくりとした瞳でこちらを覗き込むと、やがて安心したような笑みを浮かべて遠ざかった。

「よかった……。もう、大丈夫そうだね。マサキ君、いきなり倒れたからびっくりしちゃった。ここまで運んでくるの、結構大変だったんだよ? というか、実際にわたし一人じゃ出来なかったし」

 言われて、マサキは辺りを見回した。今自分が座っているのは、硬めのマットレスが敷かれた簡素なベッドの上。周囲に同じようなベッドがいくつか設置されている辺り、ここは会館の医務室か仮眠室だろうか。メニューウインドウからデジタル時計を呼び出すと、薄青いホログラフィックボードに16:30と映し出された。そこから推察するに、夢の世界へと旅立っていたのは約30分間のようだ。

 一通り状況を把握して視線をエミに戻すと、彼女は心配そうな顔色でこちらを覗っていた。

「見た感じは何ともなさそうだけど……、でもやっぱり何かあったら大変だし、今回の攻略は休んだほうがいいんじゃないかな? あ、報告とかはわたしが――」
「いいや、問題ない」
「……そう……。でも、無理はしないでね? ……あ、そうだ」

 マサキが提案を遮って言うと、エミは不安そうに眉を寄せたまま、渋々引き下がった。と思いきや、今度は何かを思い出したように胸の前で手を合わせると、「ちょっと待ってて」とだけ言い残して廊下に消えた。

「……はぁ……」

 エミの姿がなくなった隙を突いて、口から大きな溜息が飛び出した。夢の世界で告げられた言葉が、彩度を保ったままで頭の中を巡り続ける。

(『もう、気付いている』か……)

 穏やかに、しかしきっぱりと断言されたその言葉を、マサキは鉛のような胸の中で反芻(はんすう)した。
 その言葉が本当かどうかは、今のマサキには分からない。
 だが、今まで彼女が言ったことの中で的を外していたものは一つもなく、またその言葉を聞いたとき、ぐったりと沈む意識のどこかが僅かに腑に落ちたような素振りを見せたのも事実だった。

「……マサキ」

 少しためらうような響きが、思考の奥底に潜り込んでいたマサキの意識を引っ張り出した。呼ばれたことに気付いたマサキは、声のした方向に顔を向ける。

「久しぶり……だな」

 同年代の少年と比較してやや線の細い体を漆黒の上下で包んだ、つい二週間前に本気で殺し合った少年――キリトは、喉に引っかかったような声で言うと、まだ幼さの残る顔で不器用に笑って見せた。まるで油が切れたロボットのような歩き方でベッドに近寄り、先ほどまでエミが座っていた椅子に腰を下ろした。

「……で、一体何の用なんだ」
「つれないな。会議の最中にいきなり気絶したどっかの誰かさんを、ここまで運んできてやったって言うのに」
「そうか。……世話を掛けたな」

 持ち前の記憶力で『わたし一人じゃ出来なかった』とエミが言っていたのを思い出したマサキは、ぎこちない苦笑を浮かべたキリトに、素直に感謝の意を伝えた。相変わらずどこか落ち着かないキリトは、「いや……」と歯切れ悪く答える。

「…………」
「…………」

 そして訪れる沈黙。薬品の匂いが染み付いたシーツの上で、ワインレッドに色づいた夕日がゆらゆらと揺れる。
 キリトが様子を見に来た理由が、ただ単にマサキの体調を心配してというだけなのであるならば、もう帰っても構わないはず。なのにそうしない辺り、彼にはまだ、マサキに対して何らかの用事があるのだろうが……。

「……あの、さ」

 数分ほどの長きにわたった沈黙の末、ようやくキリトが口を開いた。

「……俺、ギルドを一つ、潰したんだ」



 キリトの独白は、その後数十分にも及んだ。彼は今にも消え入りそうな弱々しい声で、クリスマスの夜に蘇生させようとした“サチ”と言う名の少女のこと、そして、彼女が所属していた、今はなきギルドについて話した。
 やがて話の時間軸は12月24日を通り越し、キリトもそこで一度口を閉じたためにもう一通りの話は終わりかと思いきや、彼の口は再び言葉を発した。

「……帰った後、アイテムタブに時限式の録音結晶が新しく入ってて……サチの声が録音されてた。……何と言うか、少しだけ、心が軽くなったような気がしたんだ。……マサキが一層のボス戦前、俺のことを許してくれたときみたいに」

 徐々に空を覆い始めた夜の蚊帳に浮かぶキリトの表情が、仄かに柔らかみを帯びる。

「……それで、俺、まだあの時のお礼とか、そういうの何もしてこなかったから……。だからその、マサキには感謝してるって言うか、次はこっちの番って言うか……あぁと、その、だから……!」

 感情の抑えが効かなくなったのか、それまで俯き加減だったキリトの顔が一気に上げられ、マサキの両目を真正面に捉えた。
 一度、大きく深呼吸。

「――だから、俺はマサキに立ち直ってほしい。最初にマサキを見捨てた、ビーターの俺が言うことじゃないのは分かってるし、今の俺だって似た様なもんだけど……。それでも、本気でそう願ってる」
「…………」

 不器用な、しかしひたむきな視線に晒されて、マサキは言葉を返すことが出来なかった。数秒が経って、キリトが何とも複雑な表情で部屋を出た。

「……繋がりを求める……心……」

 夢の中で飲み込めなかった言葉が口から飛び出して、マサキは同時に(うず)きだした胸の辺りを押さえるように掴んだ。疼きはまるで今の言葉と共鳴するように強さを増して、そしてそれを、同じ場所で生まれた痛みが更に強烈に否定する。

「俺は――」

 ――どうしたいんだ。
 そう続けようとして、途中で止めた。
 辺りに舞い降りた夜の蚊帳も、窓をカタカタと揺らす冬の夜風も、その問いには答えなかった。

 様々な想いが渦巻く中、アインクラッド第五十層フロアボス攻略戦が、今、その幕を開けようとしていた。
 
 

 
後書き
 さて、いかがでしたでしょうか。ようやくマサキ君が少しずつの変化を見せ始めましたし、このまま高速更新でSAO編を突っ走って参ります……と、言いたいところなのですが、次回の更新も遅れる可能性が高いです。……痛い! ちょ、石を投げないで!

 アイタタタ……コホン。もちろんこれには深い理由がありまして、この11月、リアルがとても忙しくなりそうなのです。ざっとカレンダーを見ただけでも、11月7日にはBF4、14日にはGE2が発売となり、更に7日~14日にはエスコンのβテストまで重なるという超過密日程で……痛い痛い!! ちょっ、節子それもう石やない! 岩や!! だから止めて!! 頑張るから! 執筆も頑張るから!!

 ……というわけで(どんなわけだ)、次回もお楽しみ頂ければ幸いです(満身創痍)。

 ご意見、ご感想、OSSなど、随時募集しております。是非お送りいただければと思います。 
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