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31部分:第三十一章


第三十一章

「ちょっと言いたいことがあるんですけれど」
「何だ?」
「あのですね」
 暗がりの中で役の顔を見つつ述べる。
「リンデンバウムさんのことは置いておきましてね」
「うむ」
「一泊すべきじゃなかったんですかね」
 こう言う本郷だった。
「やっぱり。ここは」
「一泊すべきか」
「だってそうでしょう?」
 咎める様な顔が暗闇の中に見える。
「この中を一晩歩くんですか?」
「この森の中をか」
「そうですよ。幾ら何でも無茶ですよ」
 こう言う本郷だった。
「ここは。どうするんですか」
「どうすると言うとな」
「ええ」
「野宿か」
 当然というふうに述べた役だった。
「今日は」
「野宿するんですか、本当に」
「別に一晩歩く必要はない」
 やはり冷静に述べる。
「休める時は休めばいい」
「それはそうですけれどね」
 一理あるというよりはその通りだった。
「けれど。それでも」
「寝袋はあったな」
「ありますよ、ちゃんと二つ」
「なら。それに入って寝よう」
「随分簡単に言われますね」
 役があまりにもあっさりと言うのでこう言い返してみたくなったのだ。実際にそれを行動に移した本郷だった。
「寝袋でなんて」
「慣れていると思うが」
「慣れてはいますけれどね」
 今度はかなり嫌そうな顔であった。
「それでも。寒いですよ」
「ドイツだからな」
「いえ、そうじゃなくてですね」 
 本郷の抗議が続く。
「寒くてとても野宿なんかできませんけれど」
「大丈夫だろう」
 役は至って平気な様子だった。
「それはな」
「本気ですか?」
「ロシアはもっと寒かった」
 今度はこう言うのだった。
「ドイツに比べても遥かにな」
「そりゃあそこは特別ですけれど」
「だからだ。安心していい」
「安心していいって」
 ここで彼は役の言葉からあることに気付いたのだった。
「役さんひょっとしてロシアで野宿したこともあるんですか」
「少しな」
 やはり何でもないといった様子での返事だった。
「あることにはある」
「よく生きていましたね」
「確かに寒かったがどうとでもなる」
 平気な顔での返事が続く。
「私にとってはな」
「役さんにとってはって」
「火がある」
 こう述べてきた。
「火がな。だから平気だ」
「そうなんですか」
「そうだ。だからだ」
「野宿できるんですか」
「あそこがいい」  
 自分から野宿の先を知らしてきた。そこはとりわけ大きなモミの木の下だった。見ればそこはかなり開けていて休むには絶好の場所だった。
「あそこがな」
「あそこですか」
「さて」
 そしてここで手に火を灯してみせる役だった。
「これを使う」
「それが火ですか」
「そうだ。決して消えることのない火」
 静かに本郷に対して述べる。
「これを使えばここでも野宿はできる」
「それは陰陽道ですか?」
「五行の火だ」
 また語る役だった。
「その術の中の一つだ。火鬼だ」
「火鬼?」
「そうだ、火の化身である鬼」
 言葉を続ける。
「この火は消えることがない」
「ではそれを使って野宿しますか」
「後は薪を手に入れるぞ」
「はい。薪は幾らでもありますね」
「そうだな。では早速」
「やれやれですよ」
 野宿することが決まってからも溜息を出す本郷だった。役はそんな彼に対してまた問う。
「何が不満だ?火もあるのに」
「これが普通に何もない状況なら別によかったんですけれど」
「周りには何もないが」
「さっきはあったじゃないですか」
 彼が言うのはこのことだった。
「さっきは。それなのに」
「それは言わないことにした方がいいと思うが」
「リンデンバウムさんのお城は」
「やはり言うのだな」
「聞きたくなければそれでいいですよ」
 一応こうは言う。
「愚痴りたいだけですから」
「飲むか?それなら」
「何があります?」
「ブランデーがある」
 懐から出したのは一本の瓶だった。そこにはそのブランデーが満たされている。
 
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