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エリクサー

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25部分:第二十五章


第二十五章

「完全には。作れなかったのだ」
「完全には、ですか」
「所詮完全なエリクサーなぞない」
 役は言い捨てるようにして述べた。
「死者を、死ぬべき運命の者を生き返らせることなぞできはしないのだからな」
「だからこそ完全なエリクサーなぞないのですか」
「本来エリクサーの役割は死ぬ運命でない筈なのに死んでしまった者を生き返らせるものだ」
 こう決められているというのだ。つまりエリクサーは死ぬ運命にある者に対しては効果がないということだ。しかしハインリヒのエリクサーは効果があった。ここが矛盾していると言えば矛盾していると言えた。
「だからだ。彼のエリクサーは」
「矛盾していますね」
「死ぬ運命にある者を生き返らせようと造られたエリクサーだ」
 言葉が逆説的になっていた。
「つまりそれは」
「エリクサーであってエリクサーでない」
「そう、あってはならないエリクサーなのだ」
 これが役の言葉であった。
「決してな」
「けれど生き返ってますよ」
 しかし本郷はこう役に問い返す。
「あの人は。これは」
「言った筈だ。完全ではなくあってはならないエリクサー」
 役はこのことを繰り返す。
「その効果は限られているのだ」
「限られていますか」
「そうだ。本来なら最後の運命まで生きていくことができる」
 役はまた言った。
「しかし。それがないからこそ」
「何時死ぬかわからないってことですか?」
「いや、そうではない」
 何時死ぬかわからないということは否定するのだった。
「そういうものではないのだ」
「!?じゃあ一体」
「五年だ」
 役は本郷に顔を向けて告げた。
「五年だ。そのエリクサーの効果は」
「五年ですか」
「五年経てば効果が消えてしまうのだ。そうなれば」
「死ぬんですね」
「そう、何もかもが終わる」
 あえてこうした表現を使ってみせたのであった。冷徹に。
「このノートの日付は四年前だが」
「じゃああと一年ですか」
「その一年で全てが終わる」
 またしてもあえて冷徹に言葉を出すのであった。
「全てな」
「そうですか。あの人が」
「後はもう何をしても駄目だ」
 語る役の表情は消えていた。
「何をしてもな。生き返ることはない」
「五年ですか」
 本郷はその年月について考えるのだった。考えながら顔を上げる。
「長いか短いかわかりませんね」
「それは人それぞれだな」
「何であの博士はそれでも完全ではない、あってはならないエリクサーを造ったんでしょうか」
「さてな」
 その問いには首を横に振る役であった。
「それはわからない」
「わかりませんか」
「博士がどう考えているかまではな」
「しかし。あと一年ですか」
 本郷はまたこのことを口に出しながら上を見上げた。上には黒く暗い天井が広がっている。木造のその天井はあちこちが古くなっており蜘蛛の巣も見える。随分な古さだった。
「博士も辛いですかね」
「どうだろうな」
 本郷のこの言葉にはまた首を横に振る役だった。
「そこはわからない。しかし我々は何もしない」
「それじゃあ」
「帰るとしよう」
 ノートを閉じてそのうえで踵を返すのだった。
「全てはわかった。後はもう何もない」
「ですね。俺達が何をしなくても」
「話は終わる。だからだ」
「ええ、それじゃあ」
 こうして話は終わった。少なくとも謎は解けた。謎がわかった二人は何事もなかったようにハインリヒの城に戻った。そこにはやはりメイドや執事達がいた。二人は彼等に今の自分達の部屋に案内され部屋に入ってから言葉を出すのであった。
「あの執事やメイドさん達は」
「完全に人形だな」
 こう答える役であった。
「アンドロイドというやつか」
「そうですね。あれはね」
 本郷もまた役の言葉に頷くのであった。しっかりとした顔で。
「そうですね」
「何故造っていると思う?」
 役はそれについて本郷に問うのだった。
「あの人形達は」
「ひょっとしたらですけれど」
 本郷はあらためて考える顔になった。そしてその顔で役に答えるのであった。
「妹さんはあと一年ですよね」
「そうだ」
「五年ありました」
 今度は五年という年月についてあらためて考えるのだった。
「五年あればその間に」
「より精巧な人形を造ることができるな」
「例えばですよ」
 考える目が険しくなる。その険しさは不気味なものを感じていたからだ。
「若し妹さんの人形を造ろうと思えば」
「できるな」
「エリクサーを造れるような人です」
 このことが非常に大きかった。エリクサーは錬金術の極意の一つである。これを造られるとなればありとあらゆることに対するかなりの素養がなければ無理な話である。
「やろうと思えば。違いますかね」
「そうだな」
 役は暫く考える目になってから本郷の言葉に応えた。
「そう考えることもできるな」
「そうですよね。それでは」
「うむ。有り得る」
 役もまたその可能性を認めたのだった。
「このことはな」
「だとしたら最初から完全でないエリクサーを造ったのは」
「そうだな」
 また言う役であった。
「最初からそれを考えてか」
「深いですね、どうにも話が」
 本郷は一旦服を脱いでいた。そのうえでズボンだけになりそこからガウンを羽織っていた。白い大きな、彼に実によく似合うガウンであった。
 
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