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2部分:第二章


第二章

「じゃあタンホイザーもこの森にいたんでしょうか」
「タンホイザーというのは本名ではないしな」
 役はそれに応えて述べる。歩いているうちに周りにある木々は変わっていた。今二人の周りにあるのはモミの木であった。モミ林である。
「ハインリヒ=フォン=オフターディンゲンという」
「諸説なかったでしたっけ」
「一番有力な説はこれだった」
 そう本郷に述べる。述べながら周りのモミの木々を見る。モミの木はダークグリーンの細く堅い葉を二人に見せている。木は見事な三角形であり一本ずつそびえ立っていた。
「そしてタンホイザーという名前は」
「モミの木と関係あるんですか?」
 役はふとした感じで言ってきた。
「どうしてわかった?」
「いえ、役さんの目が」
 役の目の動きについて言及した。
「モミの木をやけに見ていたんで」
「その通りだ」
 そして役も微笑んでその言葉を認めるのだった。
「タンホイザーというのはモミ林に住む人という意味だ」
「そうだったんですか」
「ドイツや北欧にはモミの木が多い」
「そうですね」
 役の言葉に頷く。
「他にはあれですね。トネリコとか針葉樹が多いですよね」
「この辺りの特色だ。針葉樹の森がドイツ人の心を形成しているのだ」
「森ですか」
「タンホイザーという名前もそうだ」
 彼は言う。
「ワーグナーの作品にしても重要な部分は森にある」
「森にですか」
「そしてもう一つは城だ」
「お城もですね」
「ワーグナーは人の無意識、とりわけドイツ人のそれに囁きかける音楽だと言われている」
 だからこそ昔から多くの熱狂的な信者を生み出していると言われているのだ。ヒトラーもその一人である。彼は死ぬ間際までワーグナーの音楽を聴いていたと言われている。彼によってワーグナーは当時のドイツでは神格化さえされていたのである。
 その彼の音楽を話に出す。役はそれと共にまた周りのモミの木達を見回す。
「森と城がドイツ人の深層心理を形作っているということだろうな」
「日本人とはそこが違いますね」
「日本人だと田んぼか」
「そうですね」
 本郷は答える。
「山もそうですし。他にも色々ありますけれどね」
「まあそういうところだな。そこには森もあるか」
「山と一緒ですよ」
 ここが日本とドイツの違いであった。日本は山が多くそこに木々があるのだ。これが大きな違いであった。ドイツでは山が少ないのである。日本よりも。
「そこの辺りは。何かドイツとは少し違いますね」
「ドイツの山といえばあれか」
 役はまた考える顔になった。
「ブロッケン山か」
「妖怪のあれですよね」
「ブロッケン現象のことだな」
 これはかなり有名であった。ブロッケン山の頂上に登るとあまりにも巨大な人影が見えるのでこれを妖怪だと昔の人々は言っていたのである。実際のところは自然現象に過ぎないのであるがそう言われてきたのである。これがブロッケン山を有名にもしたのである。
「それは」
「そうですね。残念ですけれど妖怪じゃないです」
 本郷は楽しそうに笑って言う。
「妖怪だったら俺達の仕事になっていたんですけれどね」
「今は仕事の話はいい」
 しかし役はそれはいいとした。
「ただでさえ今回の仕事は大変だったんだからな」
「そうですね。濡れ女でしたから」
「ああ」
 上半身は美しい女であるが下半身は何百メートルもある妖怪である。その長い尻尾で人を絡め取りその血を吸って殺すのである。水辺や海に出る妖怪である。
「巨大っていうか。俺も危うく血を吸われるところでしたし」
「君は迂闊に出過ぎだ」
 役は本郷に顔を向けて注意する。
「迂闊に出れば死ぬ。何度も言っているが」
「いや、俺は前に出るのが仕事ですし」
 しかし本郷は笑って言葉を返すのだった。何度も言われているといっても反省している様子は全くない。それが実に似合っているのも困ったものであった。
「果敢に出ないとね」
「それでもタイミングがある」
 役はまた彼に言う。
「それを誤るからああなったのだ」
「そうですかね」
「まあそれがいい方向に出たが」
 叱ったうえで今度は褒めてみせた。
「そうですよね。首をばっさりでしたし」
「それが上手くいったからいいもののな。いつもああなるとは限らないぞ」
「いつもそうするのが俺ですよ」
 やはり反省はなかった。それがはっきりとわかる言葉であった。
 
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