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第一章

                        カムバック
 新島康作は間もなく六十になろうとしている、定年も間近だ。
 だがどういう縁なのか再婚した、前妻に先立たれて僅か一年で職場の若いしかも綺麗な女の子と再婚にこぎつけたのだ。
 このことにだ、部下達も驚いてこう言った。
「まさか新島部長が南野さんをゲットするなんて」
「部長もう五十八でしょ」
「それで南野さんはまだ二十四だから」
「三十四歳差か」
「これはまた凄いな」
 見事な歳の差婚だ、ちょっとやそっとではない。 
 しかも新島は髪の毛は濃いが白髪が目立ち尚且つ風采も冴えない。脂肪が少しついてきていて目尻にも口元にも皺がある。
 背も普通位で姿勢も背中が少し曲がっている、現役時代晩年の野村克也、南海で監督をしていた頃の彼に似ているだろうか。
 その彼が社内でも評判の美人と結婚したのだ、驚かない筈がなかった。尚且つ。
「確か部長お子さんおられるよな」
「男の人が二人な」
「けれどお二人共三十超えてるよな」
「就職もして家庭も持っておられるぞ」
 新島の息子二人もいい歳でしかも結婚して子供までいる、つまり新島はもう立派なお祖父ちゃんでもあるのだ。
 だがそれでもなのだ。
「息子さん達より若い奥さんか」
「何をどうやったら貰えるんだ」
「ちょっとわからないな」
「怪奇現象か?」
「部長は女性に縁がなさそうだし」
 趣味は読書に麻雀、日課は健康の為に朝のランニングだ。酒は焼酎であり甘いものは適度に食べている。
 セクハラはしないし部下を怒鳴らず嫌味も言わない、締めるところは締めるが何処にでもいる所謂人のいいおじさんだ。
 だから余計にだ、皆不思議に思うのだ。
「どういう縁か」
「というか南野さんどうして部長と結婚したんだ?」
「それもわからないよな」
「どうにも」
 それで誰かがその相手、南野喜久子に尋ねた。おっとりとした顔で特に優しい垂れ目が印象的だ。睫毛は長めで背は一六四程だ、胸がかなり目立ち膝までの会社の制服のスカートからも見事な脚線美がわかる。
 黒髪をロングヘアにしている、その楚々とした美人に尋ねると。
「あの人ならと思いまして」
「総務部長ならですか」
 新島の社内での役職だ、そつない総務部長と呼ばれている。
「だからと思われて」
「はい、一度総務部に仕事で行ったのですが」
 そこでだというのだ。
「経理で何もわからない私に色々と教えて下さって」
「部長は優しいですからね」
 何でも教えてくれるのだ、しかもその相手が理解するまで何度も懇切丁寧に。
「それでなんですか」
「人は性格だとよく親に言われていました」
「歳の差は」
「それも気にすることはないと」
 親に言われたというのだ。
「それでなのです」
「部長と結婚されますか」
「はい」
 そのことを決めたというのだ。
「私の方からプロポーズをしました」
「えっ、南野さんから」
「はい、しました」
 女でありしかもずっと歳下の彼女からというのだ。
「そうしました」
「何と、そうだったのですか」
「お一人にもなられていましたし」
 妻がいるのならプロポーズはしなかったというのだ、だがその時の彼が独り身になっていたからこそだというのだ。 
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