| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

港町の闇

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第六章


第六章

 本郷はその頃下で色々と歩き回っていた。彼は歩きながら敵を探していたのだ。
「ちょ、ちょっと本郷さん」
 その後ろを派手なみなりの男がついてくる。一見すると何処の不良かと思うような格好である。
「そんなに急がないで」
 見れば大森巡査である。この不良のような服もどうやら彼の自前であるようだ。
「別に急いじゃいませんよ」
 本郷はそう言葉を返した。
「いつも俺はこんなのですよ」
「いつもですか」
「ええ」
 彼はやはり素っ気無い態度でそう答えた。
「歩くのは早い方でしてね」
「そうなのですか」
「ええ。それに敵は待ってはくれませんよ」
「そうですね」
 巡査はその言葉にハッとした。彼も警官である。相手が待ちはしないのはよくわかっていた。
「では行きますか」
 彼は顔を引き締めさせてそう本郷に対して入った。
「はい」
 本郷もそれに頷いた。そして二人は歩きはじめた。異形の者を探して。
 彼等だけでなく多くの者がそれを探していた。だがそれは見つからなかった。何人かはそれに対していささか苛立ちを覚えはじめていた。
「ふむ」
 七尾刑事は自身の携帯に送られてくるメールを見て唸った。
「少し困ったことになってきましたよ」
「焦っている人が出て来ているのですね」
「ええ」
 役の言葉に頷いた。
「こうなるとね。何かと厄介です」
「そうですね。けれど大丈夫ですよ」
「何故ですか?」
「出たからです」
 役は表情を変えずそう答えた。
「まさか」
「はい。今本郷君からメールを受け取りました」
 静かな、だが真摯な声でそう答えた。
「出ました。場所は関帝廟の前です」
「そこですか。なら」
 刑事はそれを受けてメールを送った。今中華街にいる全ての警官に対してだ。
 そして警官達がそこに急行する。役も動きはじめた。
「では私達も行きますか」
「はい」
 刑事も動いた。こうして遂に第一幕が開いたのであった。
 三国志演義に出て来ることで有名な関羽は中国においてはとりわけ人気のある武人の一人である。智勇兼備の人物として知られその武勇は最早伝説となっている。それと共に教養と軍略を併せ持っており春秋左氏伝という書を愛読していたことで知られている。当代屈指の将である武勇伝には事欠かない。
 だがそれだけでこれだけ長い間信仰を受けているわけではない。彼は忠誠心溢れる男であり主君である劉備に対して絶対の忠誠を誓っていた。彼等はもう一人の豪傑張飛と共に桃園にて誓いを結び義兄弟となった。その誓いを終生忘れることなく何時までも忠誠と信義を重んじたのであった。
 そのうえ彼は部下や領民をこよなく愛し無欲であった。その為民衆から愛されたのであった。そして神になった。一説には天帝になったとすら言われている。中国における彼の信仰はそこまで深いのである。
 それは華僑の間でも同じである。世界各地にいる彼等もまた関羽を深く信仰していた。そして彼を祭る廟が置かれている。それはこの神戸においても同じであった。
「ここです」
 本郷はその正門を前にして巡査に対してそう言った。
「ここですか」
「はい」
 答えるその顔が険しくなっている。
「感じますね、これはかなり強い」
 正門の向こうを見据えながらそう言う。
「ここまで強い妖気は・・・・・・。間違いないです」
「ここにいるのですか」
「はい」
 答えながら正門に足を踏み入れる。赤い柱に青い瓦が闇の中に映える。中華風の立派な門であった。
「では行きますか。用意はいいですか」
「はい・・・・・・む」
 ここで携帯を見る。見ればメールが届いていた。刑事からのものであった。
「ちょっと待って下さい。ここに他のメンバーも来ているそうです」
「早いですね」
「メールで連絡をとっていますから。これだと何かとやり易いんですよ」
「そうですね。俺も役さんとメールでやりとりをしていますし」
「そうなのですか」
「はい。わからなかったですか?」
「ええ。残念ながら」
 小さな声でそう答える。やはり廟の中を警戒していた。
「本郷さん動きが速いですから。追いつくのだけで必死でしたよ」
「これは失敬。ですが話はこれ位にして」
「はい」
 二人の周りに他の警官達も集まってきた。見れば皆私服である。
 だが目の光が違っていた。鋭い。そして身のこなしも普通の市民とは違っていた。それで彼等が警官であるとわかった。少なくとも本郷にとってはそうであった。
「行きましょう。準備はいいですか」
「勿論」
 警官達はそれに答えた。そして身構えた。
「では」
 そして彼等は中に踏み込んだ。廟の中は静まり返り物音一つしなかった。だが本郷はその中で警戒を緩めなかった。
 暗闇の中で廟の赤い柱が所々に見える。そして木々も見える。だがその他には何も見えず、何も感じられない。少なくとも警官達はそうであった。
 だが本郷は違っていた。そこに何かを感じていた。彼は険しい顔のまま進んでいく。
「あの」
 そんな彼に巡査が小声で囁きかけてきた。
「どうしました?」
「本当にここにいるんですか?」
「はい」
 彼は小さな声で答えた。
「すぐ側にいます。注意して下さい」
「はあ」
 それを聞いても彼はまだ半信半疑だった。
「そうなのですか」
「すぐに会えますよ。用心して下さい」
「わかりました」
 そう答えながらもピンとこなかった。彼にはそれが本当のことかよくわからなかった。
 そのまま尚も進んでいく。そのまま礼堂の方へ入る。そこで本郷の足が止まった。
「むっ」
「まさか」
 警官達は彼の動きを見て注意を払った。
「出たのですか」
「出てはいません」
 本郷はそう答えた。
「ですが・・・・・・ここですね」
「ここに」
 彼等はそれを受けて懐に手を入れた。そこに銃がある。本郷も背中からあるものを引き抜いた。それは刀であった。
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧