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港町の闇

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第二十五章


第二十五章

「これでどうだ」
「小癪な」
 床から赤黒い煙が湧き出てきた。まるで血の様に赤い煙であった。
 それと共に床に何かが浮き出てきた。それは巨大な魔法陣であった。
「これは」
「これこそが今までの彼の秘密です」
 驚く警官達に神父がそう答える。
「秘密」
「はい。銀貨が効果がなかった理由がこれです。彼はこれにより銀貨の力を抑えていたのです」
「魔法陣で」
「その通り。魔法陣には多くの使い方がありましてね」
 そして説明した。
「召還や移動以外にも魔力を高める効果もあるのです」
「それで今彼はそれを使ったのですか」
「どうやらね。それも自身の血を使い。彼の血にはかなりの魔力があります」
「吸血鬼だからでしょうか」
 大森巡査が尋ねた。
「関係ないことはないでしょう。しかし元々の魔力が凄かった」
「血に備わっている魔力が」
「そう。ですが今それが消された。それにより今の彼は力がかなり弱まっている筈です」
「そういう見解だがどうだ」
 本郷もそれを聞いていた。そしてアルノルトに問うた。
「どうやら事実らしいな、その顔を見ると」
「おのれ」 
 それまで自信と余裕に満ちていた顔が憤怒と苦渋が入り混じったものとなっていた。彼のその顔が全てを物語っていた。
「どうやら決着をつける時が来たな」
「ああ」
 役もそれに応えた。
「本郷君、君がやれ」
「いいんですか」
「今回はな。君とこの男は何かと相性が悪いようだしな」
「否定はしませんよ。俺はキザな奴は嫌いでね」
「私もか」
「訂正します」
 ニヤリと笑ってそう答える。
「キザな魔物が。これでいいですね」
「ああ」
 役はそれに頷いた。そして二人はアルノルトの前後に回った。役が後ろ、本郷が前であった。
「手前とは色々あったがな。これで終わりだ」
「地獄へ落ちるのだな」
「地獄は我等が世界」
 しかしそれでもアルノルトは怯んではいなかった。顔を自信に満ちたものに戻しドス黒い瘴気で全身を覆う。
「落ちるのではなく自ら行くものよ」
「生憎だがそうはいかねえな」
 本郷は手に銀貨を持ち構えをとりながらそう言う。
「手前は今俺に倒されるんだからな」
「やってみよ」
 アルノルトは言った。
「魔法陣がなくとも貴様等人間なぞ。ものの数ではないわ」
「その態度だけは認めてやる」
 その背に対して役が声を浴びせる。
「態度だけはな」
 攻撃を仕掛けた。今度は青い燕であった。
「行け、燕よ」
 彼は燕を放ちながら言った。
「その退路を塞げ」
 燕はアルノルトのすぐ後ろで弾けた。そしてそこで木となった。それはアルノルトの背を覆った。
「木!?」
「只の木ではない」
 役が言う。
「式神からなる霊力を持った木々だ。その意味がわかるな」
「クッ」
 これで動きが封じられた。少なくとも後ろには退けない。そして横にも。神父が既に結界を張っていたのだ。
「今の貴様にならこの結界も効果がある。違うか」
「おのれ」
 呪詛の言葉が答えになった。その通りであったのだ。
 前しかなかった。そこには本郷がいる。既に構えに入っている。
「行くぜ」
「望むところ」
 左手を一閃させた。そしてそこに赤い刀身の剣を出す。
「これで始末してやる。貴様からな」
「やれるもんなら」
 本郷は腕を振り上げた。
「やってみやがれ!」
 そして銀貨を投げた。複数のそれがアルノルトに襲い掛かって来た。
「何の!」
 赤い剣でそれを打ち落とそうとする。だがそれは適わなかった。
 銀貨が剣を砕いた。そしてそのまま勢いを殺すことなく彼を貫いた。
「グフッ!」
 そのうちの一つが喉を貫いた。そして胸も。かなりのダメージであることは魔物であっても同じであった。
 本郷は銀貨を投げた後で突進していた。その手には刀がある。
「止めだあっ!」
 最後に体重を込めて突き刺した。腹を貫いた。
 木に刺しつける形となった。さしものアルノルトもそれを受けて動きを止めた。
「グオオ・・・・・・」
 背中から煙が沸き起こる。霊木に当たったことによるダメージであった。これからも彼がかなりのダメージを受けていることがわかった。
 本郷は刀をゆっくりと抜いた。最早アルノルトがかなりのダメージを受けていることはあきらかであった。だから刀を引き抜いたのであった。
「勝負あったな」
 本郷は言った。そしてアルノルトを見据えた。
「違うか。貴様はもうこれで最後だ」
「まだだ」
 だが彼はまだ立っていた。本郷を睨みつけている。
「この程度で私は倒れはしない」
 しかしそれまでであった。ガクリ、と倒れ込んだ。
「ぬっ」
 両膝をつく。そして右手も。本郷の前に跪いた形となった。
「それでもか。王者は跪かないものだな」
「・・・・・・・・・」
「それが何よりの証拠だ。手前はもう終わりだ。魔王の最後だ」
 もう答えることができなかった。ただ虚ろな目で床を見ていた。だがその目に床は入ってはいなかった。何も見てはいなかった。
「さて、どうする。止めがいるか」
「止め」
 アルノルトは空虚な声で本郷の言葉を繰り返した。
「そうだ。日本じゃ介錯っていってな。死にそうな奴を楽にするのよ」
 そう言いながら刀を構える。
「首を切ったりしてな。さて、どうするんだ」
「愚かな」
 それを聞いてアルノルトの目に邪な光が戻った。
「私は偉大なるユダの血を引く者だ。人間如きの世話にはならぬ」
「じゃあどうするんだい」
「決まっている」
 そう言いながら立ち上がった。
「自分で始末をつける。こうしてな」
 剣を再び出した。それを前に出す。
「私をここまで追い詰めたこと、褒めてやる」
 本後を見据えて言った。
「だがな、私は人には倒されはせぬ。私は他の魔物達とは違うのだ」
 そして剣を胸に当てた。
「さらばだ」
 突き刺した。赤黒い血が滴り落ちる。
 そのまま崩れ落ち倒れ込んだ。亡骸は黒い煙となり消え失せてしまった。これで全てが終わった。
「終わったな」
「はい」
 役が本郷の側に歩み寄ってきた。そして声をかけ本郷もまたそれに応えた。
「嫌な奴だったが見事な最後だな」
「そうですね、それは認めますよ」
 本郷は煙となり消えたアルノルトがそれまでいた場所を見ながら言った。
「多くの人間を糧にしてきた魔物だったが。誇りは見事なものでしたね」
「ですね。だからこそ手強かった」
 神父にもそう答える。
「けれどこれで全てが終わりです。ようやくね」
「これでですか」
「ええ」
 署長にもそう答えた。
「ようやくね。お疲れ様でした」
「我々は何もしていませんよ」
 だが署長は苦笑いしてそれに応えた。
「貴方達のおかげです。全ては」
「有り難うございます」
「ところでやっと終わったことですし」 
 大森巡査が出て来た。
「どっか飲みに行きませんか。明日にでも」
「おいおい」
 七尾刑事がそれを嗜めた。
 
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