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港町の闇

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第二章


第二章

「まさか」
「いや、あれが中々。自分で作ると意外と美味しいものなんだ、イギリスの料理は」
「そんなもんですかね。俺は料理ができないからよくわかりませんけれど」
「君はまた武骨過ぎるよ。あんな荒っぽいのは料理じゃない」
「俺はワイルドが好きなんですよ」
「そうした問題ではないと思うが、あれは」
「気のせい、気のせい」
 若者はそう言ってそれを遮った。二人は食べ物の話をしながら駅を歩いていく。そしてタクシー乗り場に出た。黒いタクシーが十台程止まっていた。向こうにはバスも見える。神戸には市営バスの他に阪急や阪神といった私鉄会社のバスもあるのである。
「やっぱり阪急もありますね」
「そうだな。京都でも見るけれど」
 阪急は大阪を中心に京都と神戸、二つの方面に線路を拡げている。阪神は大阪と神戸だけである。関西の私鉄はかっては京阪以外の四つの企業、近鉄も南海も球団を持っていた。残念なことに今球団を持っているのは阪神だけであるが。そしてそれぞれ百貨店や他にも多くの関連会社を持っている。関西では私鉄の力がかなり強い。それは神戸でもよくわかることであった。
「あれだけ見ていると何か神戸に来たって気にはなりませんね」
「不満かい?」
「まさか」
 彼は笑ってそれを否定した。
「それだけじゃ京都や神戸はわかりませんから」
「そういうことだな。じゃあ行くか」
「はい」
 こうして彼等はタクシーに乗り込んだ。行く先は普通の場所ではなかった。
 二人を乗せたタクシーは警察署に着いた。兵庫県警の管轄下にあるとある署だ。神戸市にそれはあった。
「ようこそ」
 それを一人の警官が出迎えた。あの若い警官である。
「お待ちしておりました。本郷忠さんと役清明さんですか」
「はい」
「そうです」
 二人はそれに答えた。そしてその若い警官に案内され署に入った。
「神戸ははじめてですか?」
 警官は案内しながら二人に尋ねた。
「いえ、前に何回か来たことがあります」
 役がそれに答えた。
「最もその時はどれも仕事ではありませんでしたが」
「観光で。遊びで来たことはあります」
「そうですか」
 彼は二人の言葉を受けて頷いた。
「京都から来られたのでしたね」
「ええ」
「ここは京都と比べてどうでしょうか」
「そうですね」
 役がそれに答えた。
「海があるせいでしょうか」
「はい」
「風があってそれがいいですね。京都はね。盆地にありますから」
「夏は暑くて冬は寒い」
「はい、その通りです」
 警官の言葉に頷いた。
「それがね。大変なんですよ」
「俺はそれは平気だけれどなあ」
 本郷はそれを聞きながらそう呟いた。
「あれ位どうってことないでしょ?京都の暑い寒いは知れたものですよ」
「私にはそうじゃないけれどな」
 役は苦笑してそう言った。
「歳をとるとね。辛くなってくる」
「まさか」
 警官はそれを聞いて笑った。
「役さんでしたね」
「はい」
「見ればまだお若いじゃないですか。とてもそんなことを仰るお歳には」
「外見はね」
「外見は!?」
 彼はそれを聞いて眉を顰めさせた。
「まさか本当はかなりのお歳だとか」
「俺と数歳しか変わりませんよ」
 ここで本郷がこう言った。
「そうなのですか」
「ええ、まあ」
 役は言葉を誤魔化すようにして言った。
「それでもね。何かと京都は夏と冬が過ごしにくくて」
「でしょうね。私は生まれも育ちも神戸なのでそこはよくわからないですが」
「はい」
「修学旅行に行った位ですかね。それ以外で行ったことはありません」
「そうですか」
「何かね。縁がなくて」
 実際にはそれだけではない。実は京都と神戸はあまり仲がよくないのである。地域的な感情のせいである。これは京都と大阪も同じである。京都と奈良もだ。京都は周辺の都道府県とはどれもあまり仲がよくないので有名なのである。これは京都の人間が周りの都道府県を田舎と馬鹿にしているのとその都道府県の者が京都人を底意地が悪いと思っているからである。一面においては真実である。
「大阪には結構行きますが」
「大阪には行かれるのですか」
「あそこはね。何か行き易いんですよ」
「そうそう」
 それに本郷が入って来た。
「お巡さんもそう思うでしょ?俺もそうなんですよ」
「貴方もですか」
「はい。やっぱり大阪が一番ですよね」
 本郷は嬉しそうな顔でそう言う。
「俺もね。早く大阪に事務所を構えたいですよ、本当に」
「本郷君」
 役はそれを聞いてムッとした。
「そんなに京都が嫌か」
「嫌というより合わないんですよ、俺には」
「何年も住んでいてか」
「それはそうですけれどそれでも食い物が口には合わないですし」
「またそれか」
 流石にそれを聞いて呆れてしまった。
「君は食べ物が全ての基準か」
「役さんは違いますけれどね」
「そうだ。他にもあるだろう。景色や歴史、文化と」
「それは食べられませんから」
「ふう」
 それを聞いて溜息を吐かずにはいられなかった。
「まあそれも一つの考え方だけれどな」
「どうせ俺は食うことしか考えていませんよ」
「食べ物なら神戸もいいですよ」
 警官も入ってきた。
「ここは何と言ってもステーキですね」
「おお」
 それを聞いた本郷の顔が明るくなった。
「いいですね。それじゃあ仕事の後で」
「まずは仕事だな」
 役がポツリと言った。
「それはわかってるだろうね、本郷君」
「勿論ですよ」
 本郷はそう答えてニヤリと笑った。
「思いきり暴れてやりますよ、今度も」
「ならよし」
 それを聞いて役も笑った。だが彼の笑みは涼しい微笑みであった。
「さて、今回は鬼か蛇か」
「まあ詳しいお話はこれからです。あ、そうそう」
 ここで警官は気付いた。
「私の名前も申し上げておきますね」
「はい」
「私は大森竜彦と申します。階級は巡査です」
「大森さんですね」
「はい」
 彼は答えた。
 
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