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港町の闇

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第十三章


第十三章

「童話ではよくある話です」
「はい」
 役はまた頷いた。
「人もね。魔物になったしまうのですよ。それが怖いのです」
 彼は沈痛な声でそう語った。
「だからといって罪が許されるわけではありませんが」
「はい」
「これは覚えて頂いて欲しいです。人も魔物になってしまうということも」
「ええ、勿論ですよ」
 巡査がそれに頷いた。
「今までそうしたことは聞いていますから」
「私もそれを見たことがありますし」
 刑事はそう言った。
「そうなのですか」
「はい。前の捜査で」
 彼は語りはじめた。
「死霊がね、出まして」
「死霊ですか」
 言うまでもなく死んだ者の魂のことである。恨みや憎しみを残して死んだ場合は怨霊になる場合があるのだ。
「それも似たようなものですよね」
「そうですね」
 本郷がそれに頷いた。
「中国じゃ霊のことを鬼といいますから」
「はい。それでした」
 刑事は言った。
「恋人に捨てられた女の霊でして。恋人の家族を次々と殺していったんです」
「家族を!?」
「家族が別れるように薦めたらしくて。それでそれを恨んで首を吊ったのです」
「それはまた困ったことになったでしょう」
「どうしてわかったんですか?」
「首を吊ったからですよ」
 役は答えた。
「首を吊った者はね。とりわけ強力な悪霊になり易いのですよ。これも中国からですが」
「そうだったんですか」
 だが刑事はそれを聞いて納得したようであった。
「道理で。いや、あの時はかなり苦労しました。最後は恋人にまで襲い掛かってきて」
「それでどうなりました」
「何とか倒しましたよ。その時頼んでいた陰陽師の人が何とかしてくれまして」
「そうですか。それはよかった」
「けれど後味の悪い事件でしたね」
 しかし刑事の顔は晴れなかった。
「こうした話はね。どうしても」
「それはわかります」
 役も本郷もそれに頷いた。
「我々も何度も味わってきましたから」
「そうでしょうね」
 それはよくわかった。刑事もそれに頷いた。
「それでですが」
「はい・・・・・・ん!?」
 だがここで本郷が何かを感じた。
「どうしました!?」
「来ますよ」
 そしてこう言った。言いながら刀を構える。
「来たか」
「はい」
 役も銃を構えた。そして辺りを探りはじめた。
「一体何があったんですか」
「すぐにわかりますよ」
 本郷は刑事にそう答えた。
「皆さんも構えて下さい。彼です」
「彼・・・・・・まさか」
「ええ」 
 二人はその問いに頷いた。
「来ます。・・・・・・いや」
 本郷は辺りを探りながら言う。
「来ました」
「何っ!?」
 すると目の前に霧が姿を現わした。そしてそれは急激に人の姿になりだした。
「ふふふ、察しがいいな」
 それはあの男の声であった。アルノルトは霧から人の姿になったのであった。
「どうやらよく眠ったようだな。血の気がいい」
 彼は本郷と役を見てそう言った。
「それでこそ狩りがいがあるというものだ」
「言ってくれるな」
 本郷は刀を構えながら言葉を返した。
「わざわざそちらから出向いてくれるとは思わなかったがな」
「挨拶に来たのだ」
 アルノルトはそれに対して素っ気なくそう答えた。
「挨拶!?」
「そうだ。今度会う場所を決めておきたくてな。それを伝えに来たのだ」
「勝手なことを言ってくれる」
 役が言った。
「貴様等にそれを決める権利があるというのか」
「それがあるのだよ」
 アルノルトは血の香りがする笑みを浮かべてそう答えた。
「何!?」
「私はまた食事をとる。それでわかるな」
「クッ」
 二人はそれを聞いて思わず呻いた。
「わかったようだな。では言おう」
 彼はその赤い目を二人に向けながら言う。その目の色はまさに血の色そのものであった。
「城だ。これだけ言えばわかるか」
「城!?」
「そうだ。詳しいことはそこの者達にでも聞くのだな」
 そう言いながら周りの警官達を指差して言った。
「その者達の方がよく知っているだろうからな。それではだ」
 彼は一呼吸置いた。
「去ろう。これで用件は済んだ」
「待て」
 本郷は去ろうとするアルノルトを呼び止めた。
「このまま帰るつもりか」
「如何にも」
 彼は答えた。
「それがどうかしたのか」
「無事に帰れると思っているのか」
 アルノルトを見据えて言う。
「俺達の前にノコノコと姿を現わしてきて」
「無論だ」
 彼は言った。
「何なら私を斬ってみるがいい。その細い刀でな」
 そして本郷を見て笑いながらそう言った。
「どうだ。できるか」
「死にたいらしいな」
「生憎だが私は決して死ぬことはない」
 彼はまた笑った。
「我等はな。この世がある限り生き続けるのだ。それが我等闇の世界の者達が偉大である何よりの証」
「言ってくれるな。ならば」
 本郷は刀を居合いで構えた。
「死ねっ!」
 刀を横に一閃させた。白い光が横切る。それでアルノルトの首を断ち切った。筈であった。
 だが彼の首は落ちてはいなかった。そのかわりに首のあった場所が一筋消えていた。それだけであった。
「なっ!?」
「ふふふ」
 驚く本郷達を見て笑っていた。
「どうやら私を甘く見ているようだな、まだ」
 そして余裕に満ちた声でそう言った。
「どういうことだ」
「夜のことを忘れたのか。私は身体を分けることができる」
「クッ」
「それだ。だが今は少しあの時とは違うのだ」
「どういうことだ」
「今の私は幻影なのだよ。これもまた我が魔術の一つ」
 彼は幻術を使い自らの姿をこの部屋の中に映し出していたのだ。これもまた彼の術の一つであった。
「それを使っているのだよ。どうやら気付かなかったようだな」
「それでは質問しよう」
 そこにいる全ての者が驚きを隠せなかった。だがその中で役はただ一人冷静であった。そして冷静な声でアルノルトに問うた。
「貴様は今何処にいるのだ。その城か」
「まだだ」
 彼はそう答えた。
「だがすぐに向かう。すぐにな」
「そうか」
 血の香りのする笑みを浮かべるアルノルトの言葉を聞き頷いた。
「それではな。楽しみに待っているぞ。ククククク」
 そして姿を消した。後には怒りに満ちた目でアルノルトの消えた場所を見据える本郷と警官達だけが残っていた。
「城か」
 役はその中で一人呟いた。
「それは一体何処なのでしょうか」
 そして警官達に問うた。だが殆どの者はそれに首を傾げていた。
「さあ」
「城といいましても」
「姫路城じゃないですよね」
「そんなわけないだろう」
 大森巡査は同僚の一人にそう言った。
「あれは姫路だろうが。ここは神戸だ」
「あ、そうだったな」
「しっかりしろよ、全く」
 そう言って口を尖らす。神戸っ子である彼にとってはこうした間違いはあまり気持ちのよいものではないらしい。
「城といえばあそこだろ」
「言われてもわからないぞ」
「フラワーパークだ」
 彼はそう言い切った。
「あそこしかないだろうが」
「あ・・・・・・」
 それを聞いて警官達は思わず声をあげた。
 
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