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皇太子殿下はご機嫌ななめ

作者:maple
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第29話 「舞踏会という名の物産展」

 
前書き
台風がー。 

 
 第29話 「ああ無常」

 ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウムです。
 
 給料はなく。
 休みもなく。
 毎日毎日、来る日も来る日も、朝から晩まで働きづめ。
 朝は朝駆け。
 夜は夜駆け。
 帝国宰相と言えば、聞こえは良かろうが……。
 帝国宰相府という名の、ブラック企業に勤めているんだが、俺はもう限界かもしれない。
 つ~うか、心が軋みを上げてるのに、まだ限界じゃない。
 まだいける。
 いけるのだ。
 感覚が麻痺してきたのか、それとも壊れていたのか……。
 まだ限界って訳じゃない。
 それが問題だ。

 給料ねえ。休みもねえ。庭先に時々鳥が来る。予定もねえ。遊びに行くような友達もねえ。
 寵姫は部屋をぐ~るぐる。
 たまに来るのは陳情書。
 おら、こんな生活いやだ。

「殿下? なに歌っているんですか?」
「うう~。もう書類の山を築く生活はいやだ」

 賽の河原の石積みか……。
 一つ積んでは、父のため。
 二つ積んでは、母のため。
 寵姫という名の、鬼がやってきて、書類を崩していく。
 ひどい、ひどいわ、あんまりよ……。
 泣くぞ。

「ええい、泣いてないで働け。馬車馬のように働くのだ」

 ラインハルトが書類で、ばしばし叩いてくる。
 ひどい奴だ。

 ■ミッターマイヤー邸 ウォルフガング・ミッターマイヤー■

 先日開催された、宰相閣下主催の舞踏会の放送を、エヴァと一緒に見ている。
 帝室の舞踏会というと、以前なら苦々しく思ったものだったが、宰相閣下主催ともなると、俄然興味が湧いてくる。
 あのお方がただ単に、贅沢のための舞踏会など、開催されるはずがない。
 しかも帝国全土に放送されるのだ。
 いかなる政治的思惑があっての事か、宇宙艦隊内でも、噂になっていた。

「まあ~あのケーキ、最近話題になっているものです」

 エヴァがはしゃいだ声で話してくる。
 他にも寵姫の着ている衣服や、並んでいるワインなど、俺には分からないが、エヴァには分かるらしい。いちいち驚いたりしているようだ。

「帝国には2千以上の惑星があるのですから、毎年どこかしらの惑星で、ワインの当たり年があってもおかしくないですよね」
「あ、ああ確かに」

 当たり年だというワインがずらりと並ぶ様は、壮観であったが、内心過大評価だと思っていた。
 しかしエヴァの言う事に、確かにその通りだと理解できた。
 二〇〇〇以上の惑星。
 しかもその中でも、ワインの産地は一つではない。
 毎年どこかしら当たり年がある。確かにそうだ。
 だが今までそんな事、考えた事も無かった。
 当たり年というと四百十年物。そういう思い込みがあったらしい。
 そして各惑星の特産物が並べられる。聞いた事もないようなものも多かったが、エヴァはうんうんと頷いていた。
 こういう事は男よりも、女性のほうが反応するものらしい。

「えっ?」

 そんな事を考えていると、エヴァが驚いた声を上げたので、画面を見るとコマーシャルだった。
 しかも女性の下着だ。
 まさか帝国でこの様なコマーシャルが流されるとは……。
 自主規制があったのでは?
 規制緩和をすると開催の挨拶の際、宰相閣下が仰っていたが、なるほどこういう所でも、規制の緩和が為されるらしい。

「はぁ~寄せてあげるのですか?」

 ぼそりとエヴァが呟いた。
 興味津々らしい。だが俺は視線を逸らしてしまう。エヴァの手前もあるし、興味があると思われるのもまずい。
 その後は最近始まったというドラマの宣伝だった。
 伯爵家令嬢とその幼馴染の平民。そして令嬢の婚約者である子爵の三人を絡ませた、恋愛ものだそうだ。毎日昼過ぎに放送されていて、エヴァも見ていると言っていた。
 今日の放送では、辺境で財を築いた幼馴染が、オーディンに帰って来るという、話の流れだったらしいが、その途中で令嬢の父の手によって、兵役に取られてしまうというものだったそうだ。
 エヴァがぷりぷり怒っていた。
 子爵も宰相府! に入って活躍する予定だそうだが、令嬢の周囲は寂しいものになってしまう。
 そこに現れる第三の男。
 女性が好きそうな話だ。
 しかしドラマの中の宰相閣下は、もの凄く上品でかつ鋭利な方だった。
 本物を知っている身ともなれば、首を傾げるような場面も多々ある。ただ、ドラマの俳優よりも本物の方が、意志は強そうだった。
 線の細い優男ではないのだ。宰相閣下というお方は。

「最近よく見かけるのですが、あのお方は?」
「うん?」

 エヴァの問いかけに、画面をよく見ると映っているのは、ヨハン・フォン・クロプシュトックだ。クロプシュトック侯爵家の子息で、宰相閣下の下に召還されてきたそうだ。。父親のクロプシュトック侯爵と皇帝陛下の間には、諍いがあったそうだが、宰相閣下はそんなものは関係ないとばかりに、呼ばれたそうだ。
 俺がそう言うと、エヴァは……。

「宰相閣下は豪胆な方ですね」

 と感心したように頷いた。

「なりふり構っていられないほど、帝国の現状とは厳しいものなのだろう」
「宰相閣下のお体が心配です」
「大丈夫だ。あのお方は鍛えておられる」

 俺も鍛えていた方だが、宰相閣下もかなり鍛えておられるのが分かる。
 筋肉質だしな。書類の詰まった箱を軽々と持ち上げて運ばれるのだ。あれを見たら、いったいどこの誰が、宰相閣下は軟弱だと思えようか?

『巨大な汎用人型機動兵器ザ○』

 ナレーションの声にハッと顔を上げると、ザ○の巨体とザ○ファイトという文字が、画面一杯に映し出されていた。

「これが見たかったんだ」
『巨人が戦う。それだけで壮観だ。現在準備が進められている、ザ○ファイト。
 本日はそれに先立ち、デモンストレーションとして、二機のMSが戦います』

 ザ○のモノアイが赤く光った。
 そして映し出されたのは、どこかの惑星の荒野。
 土埃の舞う中を、三機のMSが近づいてくる。
 一機は、四枚の羽を持った機体。

「あれは宰相閣下の専用機。確か……クシ○トリアと言ったか?」

 まさか宰相閣下が戦うのか?
 いや、宰相閣下は舞踏会の会場におられる。
 審判役か……。
 宰相閣下の専用機を、審判に持ってくるとは中々やるものだ。
 審判の判定は宰相閣下というよりも、皇室の権威を背負っているという、無言の了解を得られる。

「見てください。あれはギ○ンではありませんか?」
「そしてこっちはア○ガイか」

 古の甲冑を思わせるシルエットを持つギ○ンと、きのこのような形をしたア○ガイが、クシ○トリアの左右に姿を現した。

『我こそは帝国の騎士』
『俺の拳がぁ~』

 うん? はて、どこかで聞いたことのあるような?
 誰だ?
 ギ○ンが剣を高々とあげ、ア○ガイは両手の爪を開いたり閉じたりしている。

「もしかしてビッテンフェルトさん?」
「アーッ、あの猪かっ」

 あいつ……なんでア○ガイに乗ってるんだ?
 そしてもう片方は誰かと思えば、ケンプじゃないか? そういえばあいつ元、撃墜王だったな。
 その関係か?

『ザ○ファイト』

 呆けているうちに、試合が始まった。
 ギ○ンの剣をすり抜け、ア○ガイが懐に飛び込む。

「うまいっ」

 左手の爪を開いてギ○ンの顔を覆った。
 そして右手で、腹を突こうとする。

「蹴られちゃいました」

 ギ○ンに蹴られたア○ガイが地面に転がる。
 そのどこかユーモラスな動きに、笑みがこぼれた。隣のエヴァも口元を手で覆っている。
 金属同士の軋む音が、耳に響く。地響きと揺れる大地。そしてその足跡。
 まるでスタンプのように、くっきりと残されるへこんだ跡に、画面で見ていてもMSの重量を感じさせる。
 横殴りに振るわれた爪が、ギ○ンの足を狙う。
 ぎこちなく剣を振るうギ○ン。
 めちゃくちゃに殴りかかるア○ガイ。
 これではまるで……。

 ■舞踏会会場 ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウム■

「……ガキのケンカだ。だが、それがいい」

 そうだ。これでいい。
 あの二人を模擬戦のパイロットに選んだのは、こうなるだろうと想像できたからだ。
 キルシュバオム少佐とヴルツェル大尉ではダメだ。
 あいつらは強すぎる。
 奴らほどの操縦技能を持つ者は少ない。卓越した技能の織り成す戦いを魅せようかとも思ったが、素人に毛の生えた連中同士を戦わせることに決めた。
 見ている貴族や平民の中に、あれぐらいなら俺でも、私でもできる。
 そう思わせることが先決だ。
 あまり上手すぎても、気後れするし。参加する連中も増えないだろう。
 それでは困る。
 卓越した技術だけなら、四、五回もやれば、現れて来るものだ。

「それに……」
「それに?」

 隣にいたアンネローゼが、聞いてくる。

「ザ○ファイトは戦争ではない。試合だ」

 楽しくMS同士の試合を眺めていると、ぺしぺしと誰かが俺の背中を叩いていた。
 うん、誰だ?
 ふりかえるとベーネミュンデ侯爵夫人に、抱きかかえられていたマクシミリアンが、小さな手で俺を叩いていた。

「こ、こらマクシミリアン。お兄様を叩いたりしてはダメでしょう」

 侯爵夫人が慌てて、マクシミリアンを抑えようとしていた。
 こいつも大きくなったな。もう一歳だもんなー。
 くりくりっとしたつぶらな瞳が、俺の事をジッと見つめている。人差し指を突き出すとしっかりと握ってくる。まるまるっとした小さな手。
 だが力強い。一生懸命になって握り締めてくる。
 こいつもまた、必死に生きようとしているのだな~。

「元気だな」
「申し訳ありません」

 ベーネミュンデ侯爵夫人が詫びてきた。
 こどもを思う母の姿だ。マクシミリアンが、俺に睨まれるのを恐れているのだろう。
 まあひとつやふたつの赤子の粗相に、目くじら立てるほど、俺の心も狭くない。
 頭をひとつ撫でて、再び前を向いた。
 画面の向こうで、ア○ガイの爪が剣を弾く。
 まさかっ!!

『シャ○ニング――』

 あれをやる気か、そしてそんな機能まで、つけやがったのかぁ~。
 液体金属なんぞ、どっから持ってきやがったっ!!
 あれか、イゼルローンかっ?

『――フィンガー』
「避けろ」

 思わず声が出た。
 ギ○ンが剣を盾に、かろうじて避ける。
 うぉっ、剣が砕かれた。
 うわぁ~威力が強すぎる。調整させねばならんな。
 このバランスブレイカーが。
 SGの世界ではないのだよ。SGの世界では。

「あ、ギ○ンが、ア○ガイを殴りました」
「きっと、中の人が怒ったんだろうな」

 今頃、中で毒づいている事だろう。
 宇宙艦隊内で、殴り合いのケンカでも起きなきゃいいが……。
 頭を抱えたくなった。

 ■ザ○ファイト試合場 アーダルベルト・フォン・ファーレンハイト■

「卿ら二人とも、抑えろ」
「やかましい。この猪を退治してくれる」
「なにを言うか、俺は真面目に戦っているだけだ」

 三機のみで繋がる通信では、口汚く罵りあう声が、響きあっていた。
 近くで待機していたMS開発局の人間が、放送が終了した事を伝える。
 それと同時に、

「下りて来い」
「おう、やってやろうではないか」

 と言い合う声も聞こえてくる。

「お疲れ様でしたー」

 お気楽な開発局員の声。
 局員の差し出すコーヒーを受け取りつつ、宰相閣下は人選を誤ったのではないか、と問う。

「いや~案外、面白がっているかもしれませんよ」
「そういう物か?」
「綺麗な試合をさせるだけならば、最初からMS部隊の人間にやらせるでしょう。人選は宰相閣下が、ご自身で選ばれましたからね」
「こうなる事も織り込み済みか」
「でしょうね」

 罵りあう二人を見ながら、この話に乗ったのは失敗だったかと少し後悔した。
 頭を抱えたい気分だ。

 
 

 
後書き
イタリアンを食べに行って、スペアリブを注文したら、
ぶりの照り焼きを食べてる気分になった。
味付けそっくり。 
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