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機動6課副部隊長の憂鬱な日々

作者:hyuki
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外伝
外伝1:フェイト編
  第10話:ハラオウン家の兄妹


次元航行艦シャングリラが任務に復帰してから2週間。
それは、フェイトのもとに届いた一通のメールで始まった。
メールの差出人はクロノ・ハラオウン。
中身を読んだフェイトは慌てて自分の部屋を飛び出した。

艦内の通路を全力疾走し、艦長室の前にたどり着いたフェイトは
肩を大きく上下させて荒い息をつく。
息が整ったところでフェイトは艦長室のドアの脇にあるパネルを操作した。

『誰か?』

「ハラオウンです。 お話ししたいことがあります」

『入れ』

パネルの中にあるスピーカーから聞こえるグライフの声との短いやりとりののち、
扉が開かれフェイトは艦長室へと足を踏み入れた。
フェイトは正面奥に置かれた机に向かう。
そこには腕組みをしたグライフが座っていた。

「話とはなんだ?」

「今、兄からメールが届きまして、以前頼んだ調査に関して有力な情報を
 得たとのことです。それで、直接会って話がしたいのでこの艦に来たいと」

フェイトの言葉をグライフは腕組みをしたまま聞いていた。
そして、一瞬考え込むように目を閉じ、目を開くと同時に話し始めた。

「判った。だが、この艦に来ると言ってもふらっとやってくるというわけにも
 いかんだろう。 本局の転送装置でも使うのか?」

厳しい表情で尋ねるグライフに対し、フェイトは首を縦に振った。
グライフは呆れたような目をフェイトに向ける。

「待て待て、前にミュンツァーとお前がクロノ・ハラオウン執務官と
 面会したときには、首謀者に察知される可能性があるからとわざわざ
 本局に帰港するタイミングを待ったんだろうが」

フェイトは困ったような顔で肩をすくめた。

「兄によればそれについては問題ないようです」

「それをただ信じろと?」

「はい」

フェイトは大きく頷いた。
その目はどこまでも真っ直ぐで、心からクロノの言葉を信じているように、
グライフには見えた。
グライフは椅子の背に体重を預けて、部屋の天井を仰ぎ見る。
しばらくそうしてわずかに身体を揺らしながら考え込んでいたグライフだったが、
やがて大きくため息をついてフェイトの方に目を戻した。

「そうまで言うならお前を信じる。 クロノ・ハラオウン執務官には
 当艦へお越し願うとするか。
 話をするときには俺とミュンツァーも同席するから、日程の調整を頼む」

「判りました。ありがとうございます」

フェイトは笑みを浮かべてそう言うと、ぺこりと勢いよく頭を下げてから
艦長室を後にした。
一人部屋に残されたグライフはもう一度大きくため息をつき、通常業務へと戻った。





1週間後。
シャングリラの会議室に4人の男女が座っていた。
シャングリラの艦長、グライフ提督。
シャングリラの魔導師隊隊長、ミュンツァー1尉。
シャングリラ付きの新任執務官、フェイト。
そして、本局運用部所属の執務官、クロノ。

4人は全員が硬い表情で黙りこくっていた。
会議室の中は静まり返り、つばを飲み込む音が響くほどだった。
数分間その状態が続いたのち、クロノが静かに話し始めた。

「先日、ミュンツァー1尉とフェイトから相談を受けた件について、
 知人の協力も得て調査してきました。
 その結果、あの研究所で違法なクローン製造を手掛けていた人間と
 現在の居場所について有力な情報を入手しました」

クロノの言葉にほかの3人は緊張した表情を浮かべる。
そんな3人の顔をひとりひとり順番に眺めていくと、
クロノは会議室のスクリーンにある男の顔写真を映し出した。
男の顔は青白く血色の悪い色で、こけた頬は骸骨のような印象を与える。

「この男の名前は、ウェルナー・エメロードといいます。
 ミッドチルダの出身でクラナガン中央総合大学で生物学の博士号を取得し、
 ある企業でクローン技術による家畜の生産に関する研究を行っていた研究者です。
 ところが、禁じられた人間のクローン製造を行ったことが判明し
 管理局が拘束しようとしましたが行方をくらませています」

クロノは一旦話を止めると、手元の水をひと口飲んでさらに続ける。

「研究所で発見された実験データの中に、当時のエメロードが使用していた施設で
 発見されたものと全く同じデータを発見しました。
 これをきっかけに彼に行きついたわけですが、計数百時間に及ぶ研究所の
 監視カメラの映像の中に、エメロードが映っていることを確認。
 また、あなたがたが救出した女性事務員から彼があの研究所で
 研究に従事していたという証言も得ています。
 以上の事実から、あの研究所で行われていることに彼が関わっているものと
 判断しました」

クロノがそこで話を終えると、グライフとミュンツァーは小さく唸り声を上げる。
フェイトは目を見開いて画面に映るエメロードの写真を見つめていた。
1分ほど無言の時間が流れ、クロノが先を続けようとしたときにミュンツァーが
口を開いた。

「2つほど質問があります。
 1つは、現状固められている証拠だけで身柄の確保が可能か。
 もう1つは、なぜ既に犯罪者として手配されているエメロードが、
 管理局の研究施設に出入りできたのかです」

ミュンツァーの質問を黙って聞いていたクロノは、一拍置いて答え始める。

「まず、1つ目の質問についてですが、現状の証拠では今回の研究所における
 殺人・公務執行妨害などの容疑で拘束するのは難しいですね。
 ですが、過去のクローン製造については可能です。
 この件について起訴すれば実刑となるのは確実ですから、その間に
 今回の件についてじっくり調査や聴取を行うことは可能です。
 これで答えになっていますか?」

「ええ。 私が気にしていたのは法に拠らない執行権の行使にならないか
 ということですから」

「そういうことなら、心配はありませんよ。
 で、2つ目の質問についてですが・・・」

クロノはそう言うと、一旦言葉を止める。
どう言うべきか言葉を探してクロノの視線が宙をさまよう。

「この研究所は管理局の外郭機関が所有するものです。
 ですが、この機関は実体がありませんでした。
 ダミー団体と見るべきでしょうね」
 
「団体の設立者は?」

グライフは落ちついた口調でクロノに向かって尋ねる。
クロノは3人の顔を順番に見た。

「地上本部の作戦部で兵器開発計画を担当しているポー1佐です。
 彼は以前から生物兵器の研究を推進していたようですね」
 
「地上本部の1佐が!? そんなバカな!?」

ミュンツァーが机を拳で叩きながら叫ぶように言う。

「少し落ちつけ、ミュンツァー」

グライフがそう言って隣に座るミュンツァーの肩を叩くと、
ミュンツァーは我に返りクロノに向かって頭を下げた。

「取り乱して申し訳ない」

「いえ。 僕も初めて知った時は取り乱しましたしね」

クロノはそう言って笑顔を見せた。

「ところで、エメロードはどこに?」

グライフが落ちついた口調で尋ねると、クロノは笑顔を消してグライフの方を向く。

「それですが、大雑把には把握できているのですが、正確な場所については
 推測しかできていません。
 それを承知いただいたうえで聞いていただきたいのですが・・・」

クロノはそこで画面に一枚の画像を映し出した。
それには列に並ぶ20人ほどの男女が写っていた。

「この写真は第27管理世界の次元港にある監視カメラで撮影されたものです。
 ここにエメロードが写っています」
 
クロノが指し示したところに全員が注目する。
そこにはカジュアルな服装に身を包んだエメロードが立っていた。

「この写真が撮られたのが1カ月前。それ以降の記録を見る限り、
 彼が第27管理世界から移動した形跡はありません」
 
「つまり、奴は今もそこにいるというわけですか」

腕組みをしたミュンツァーが尋ねると、クロノは神妙な顔で頷いた。

「そうです。 ですが、この世界のどこにいるかを正確に把握できてはいません」

「推測はできているのですよね?」

ミュンツァーの再度の問いかけにクロノは黙って頷いた。
画面に一枚の地図を映し出したクロノは、その中央に描かれた1つの大きな建物を
指し示した。

「ここにはミッド資本の製薬会社の工場があったのですが、数年前に撤退して
 操業を停止していました。
 しかし、建物自体は解体されずに残っていて、地上本部の施設部によって
 管理されていました」

「つまり、ここにエメロードがいる可能性が高いと?」

グライフが確認するように尋ねると、クロノは首を縦に振った。

「そうです」

「わかった」

腕組みをしたグライフが深く頷く。
顔をあげたグライフはミュンツァーのほうに目を向けた。

「ミュンツァー。 ヒルベルトとシュミットを連れてきてくれ」

「わかりました」

ミュンツァーが頷き、席を立って会議室から出て行った。

「ハラオウン執務官。 我々はこの閉鎖された工場の調査に行こうと思う。
 これから当艦の魔導師隊の分隊長が来るから、彼らにも話をしてくれ」

「了解です。 それと、本局に戻り次第にはなりますが、作戦への上層部の
 認可を得るのと、工場の図面も用意します」

「頼む。感謝する」

「クロノ」

そのとき、会議が始まってから一言も発していなかったフェイトが初めて喋った。

「なんだい?」

クロノはグライフからフェイトへと視線を移す。
そこには、泣きそうな表情で座る彼の妹がいた。

「エメロードはプロジェクトFと関係してるの?」

「それを知ってどうするんだ?」

フェイトの問いに応えるクロノの顔に表情は無かった。

「それに、奴がアレに関わっていようがいまいが、
 君のすることに変わりはないはずだ。
 なら、知ったところで意味はないと思うけどね」

「でも!」

なおもフェイトは言い募り、席を立ってクロノに迫ろうとする。
そのとき、会議室のドアが開かれた。

「連れてきました・・・って、何かあったんですか?」

ゲオルグとヒルベルトを連れて戻ってきたミュンツァーが、
ただならぬ雰囲気のフェイトを見て、グライフに恐る恐る尋ねる。

「いや、何でもない。いいから3人とも座れ」

「はぁ・・・」

ミュンツァーはグライフに厳しめの口調で言われ、心の中で小さくため息をつくと
自分の席に座る。
その様子をミュンツァーの後から見ていたゲオルグとヒルベルトはお互いに
目を合わせて軽く肩をすくめ、空いている席に腰を下ろす。

グライフは全員が席に着いたところで改めて部屋の中にいる全員の顔を眺める。
フェイトとクロノは先ほどの言い争いの影響か気まずい表情をしていた。
ミュンツァーは自分の居ない間に何があったのか探るようにフェイトと
クロノの顔を交互に見比べている。
部屋に来たばかりのゲオルグとヒルベルトは、自分たちが来る前に
何かがあったのは気付いていたが、それが何かは判らずきょとんとしていた。

(ハラオウンのことは後だな・・・)

グライフは心の中でそう呟き、クロノの方に目を向けた。
目が合うと、クロノが小さく頷きグライフも無言で頷き返す。
そしてグライフはゲオルグとヒルベルトの方に向き直った。

「こちらは本局運用部のクロノ・ハラオウン執務官だ。
 1カ月前のあの件についてハラオウンを介して調査を頼んでいたのだが、
 容疑者とその居場所について有力な情報を入手したので説明に来てもらった。
 では、ハラオウン執務官」

クロノはグライフに向かって頷くと、隣り合って座るゲオルグとヒルベルトに
顔を向ける。

「クロノ・ハラオウンです。
 グライフ艦長とミュンツァー1尉、フェイトにはすでに話したことなので
 要点だけをお話させてもらいます」

それから10分ほどかけて、クロノが要点をまとめた説明をした。
その間、ゲオルグとヒルベルトは真剣な表情でクロノの話に聞き入っていた。
やがてクロノの話が終わり、しばしの沈黙の後でヒルベルトが口を開く。

「それで俺とゲオルグが呼ばれたのは、この廃工場の探索をウチの魔導師隊で
 やるからですよね?」

「そうだ。 ハラオウン執務官には本局へ戻り次第、作戦行動に対する
 上層部の認可と廃工場の情報を得てもらうことになっている。
 お前たち2名にはミュンツァーと協力して作戦計画を立案してもらいたい」

「了解です」

ゲオルグとヒルベルトは声をそろえて返事をする。

「他に質問はあるか?」

グライフはそう言って部屋の中にいる面々の顔を見回す。
しばらく待って誰も発言しないことから、グライフはテーブルに手をついて
席から立ち上がった。

「ではこれで散会とする。 ご苦労だった」

その言葉を受けて他の5人が一斉に立ち上がる。
クロノはグライフに続いて部屋を去り、残された4人はその背中を見送った。

「ヒルベルトとシュミットは行ってよし。
 ハラオウン執務官から情報が届き次第呼ぶ。
 ハラオウン、お前は少し残れ」

ゲオルグはヒルベルトと顔を見合わせてから、ミュンツァーに向かって敬礼すると
揃って会議室を出た。
通路に出た2人は会議室の中の雰囲気について話しはじめた。

「なにがあったんでしょうね?」

「さあ、わからん。 何かあったのは間違いないと思うんだけどな」

通路を並んで歩く2人は通路の先に数人のA分隊員を見つけ口をつぐむ。
隊員たちが敬礼し、ゲオルグとヒルベルトも少しくずした敬礼で返礼した。
すれ違ったあと、隊員たちとの距離が十分開いたところで、彼らは話を再開する。

「フェイトの顔見ました?」

ゲオルグの問いかけにヒルベルトは頷く。

「チラっとだけどな。 あんな顔初めて見たよ」

「僕もです。 ちょっと心配ですよね」

「まあな。 ただ、事情を知らない俺らが首を突っ込むのもなぁ・・・」

どうしたものかと頭をひねるヒルベルトであったが、
容易に答えは見つかりそうもない。

「それとなく僕が聞いてみましょうか。 同年代ですし」

「大丈夫か? 藪蛇になると厄介だぞ」

「そうですよね。慎重に言葉を選ぶようにしますね」

ゲオルグはヒルベルトに向かってそう答えると、どう話すべきか考え始めた。
そのとき、彼らの背後からかけ足で彼らに近づいてくる足音が通路に響く。

「すまない!」

その声に2人は振り返る。
そこには先ほど会議室で出会ったばかりのクロノが立っていた。

「なんでしょう?」

ヒルベルトが尋ね返すと、クロノは少し息を整えてから口を開いた。

「少し、シュミット3尉と話したいんだ」

「僕とですか?」

吃驚したゲオルグが首を傾げながら訊き返す。

「ああ、時間はあるかい?」

「ええ」

ゲオルグが頷くと、ヒルベルトは手を挙げてくるっと振り返る。

「じゃあ、俺は先に行ってるから」

「はい」

ゲオルグは去っていくヒルベルトの背中を眼で追った。
ややあって、ゲオルグはクロノの方へ向き直る。

(この人が"あの"クロノ・ハラオウン先輩か・・・)

ゲオルグはクロノを見ながら、士官学校の先輩たちが語っていた
"伝説の先輩"のエピソードや渾名を思い返していた。
畏怖あるいは恐怖の感情がゲオルグの心中を襲い、ゲオルグは少し身を固くする。

「そう緊張しなくていい。 妹が君のことを何度か話していたから、
 どんな人か一度会ってみたいと思ってね」

「フェイトがですか?」

「ああ。 この艦に配属されたころかな、同年代の子と友達になったと言ってた。
 そのころは君の名前は聞いていなかったから、男とは思わなかったけどね」

通路の壁にもたれて立つクロノは苦笑しながら話す。

「でも、まあ君には感謝してるんだよ。 フェイトは見ての通り内気なところが
 あって、あまり交友関係が広い方じゃないから話相手も限られててね」

「そうなんですか?」

意外に思ったゲオルグが尋ねると、クロノはわずかに伏し目がちになる。

「ああ。 君も知っての通りフェイトは育った環境が特殊だったからね」

「なるほど・・・ってご存知だったんですか?」

目を大きく見開いたゲオルグが声のボリュームを上げて訊く。

「なにをだい?」

「僕が・・・その・・・フェイトの過去を知ってるって・・・」

フェイトの過去を自分が聞かされていることをクロノが知っていると思わず、
ゲオルグは恐る恐る尋ねる。

「まあね。 それもフェイトから聞かされたから」

「そうですか。 あの、すいません・・・」

ゲオルグが謝ったことに対して、クロノは意外そうに首を傾げる。

「んっ? なぜだい?」

「ハラオウンさんがフェイトから聞いているかわからないんですが・・・」

「クロノだ」

クロノに割り込まれゲオルグは話を中断するしかなかった。

「はい?」

「ハラオウン、じゃフェイトと紛らわしいだろう? クロノと呼んでくれていい」

ゲオルグは驚き、クロノの顔を見て何度かその目を瞬かせる。

「では、クロノさんと」

「ああ、それでかまわない。 それで、なぜ君は謝ったんだ?」

クロノのその言葉で話は再び本筋に戻り、ゲオルグはおずおずと口を開いた。

「フェイトが自分の過去を僕に明かしたのは、落ち込んでいた僕を励ますため
 だったんです。 それが申し訳なくて・・・」
 
「フェイトはそんなことは言っていなかったけどね」

クロノは首を傾げながら先を続ける。

「フェイトからそのことを聞いた時に、僕は本当に大丈夫かと心配したんだ。
 でも、フェイトは"ゲオルグは大事な友達だから大丈夫"と言っていたんだよ。
 しかも笑ってね。
 僕が思うに、フェイトは君に全幅の信頼を置いていると思う。
 その意味でも僕は君に感謝しているんだ」

クロノは壁から背を離してゲオルグの方に歩み寄る。

「これからもフェイトと仲良くしてやってくれ」

クロノはそう言うとゲオルグの手を握った。
ゲオルグは驚きで目を丸くしていたが、少しして落ちつくとクロノの手を
自分の手から優しく引き剥がした。

「もちろんです。 僕にとってもフェイトは大事な友達ですから」

ゲオルグはそう言って笑った。
つられてクロノも声をあげて笑う。
艦内通路の真ん中で、2人の少年はしばし楽しげな笑い声をあげていた。
やがて、2人の笑い声は収まり通路に静寂が戻る。
その静けさの中で、ゲオルグは冷静さを取り戻した。

(そういえば、クロノさんもあの部屋に居たんだよね。
 ひょっとして僕らが行く前の部屋の中で何があったのか知ってるんじゃ・・・)
 
「クロノさん。 ひとつ訊きたいんことがあるんですがいいですか?」

「なんだい?」

「僕とヒルベルトさんが行く前、会議室で何があったんですか?」

ゲオルグが尋ねると、にこやかだったクロノの顔から表情が消えた。

「何がと言われてもね。 何もないよ」

「本当ですか?」

ゲオルグはクロノの目をじっと見つめた。

「僕にはフェイトが今にも泣きそうな顔に見えたんですが」

そう言ってゲオルグはクロノの顔を見つけ続ける。

(彼ならフェイトのことを頼めるか・・・)

やがて、クロノはゲオルグから目をそらし、小さく息を吐いた。
そして、再びゲオルグの目を見る。

「フェイトは自分を生んだ技術がエメロードに悪用されているのではと
 疑っているんだ」

「それって・・・プロジェクトF・・・ってやつですよね」

「そうだ。 それでフェイトは頭に血がのぼっているんだ。
 そんな状態ではどんな無茶をするかわからないから、グライフ艦長に
 フェイトを作戦に参加させないで欲しいと頼んだんだけどね・・・」

語尾を濁すクロノに、ゲオルグは首を傾げる。

「だけど・・・なんなんですか?」

「断られたよ。 フェイトは戦力として不可欠だし、何より執務官として
 容疑者の拘束には立ち会ってもらう必要がある。とね」

「それは・・・そうでしょうね」

ゲオルグは眉間にしわを寄せて頷いた。

「彼女はウチの魔導師で実力は一番ですし」

「だが、冷静さを欠いてる。 だから、もしフェイトが作戦中に暴走するような
 ことがあったら、君に止めてもらいたいんだ」

「僕がですか?」

クロノの言葉にゲオルグは目を見開く。

「ああ。 君ならフェイトをうまく説得できると思うんだ」

ゲオルグは気弱な表情をクロノに向ける。

「自信はないですけど・・・やってみます」

ゲオルグが小さく頷くと、クロノは安堵の吐息をもらした。

「そうか、助かるよ」

クロノは微笑を浮かべてゲオルグの肩を叩く。

「任せてください・・・なんて言えないですけど、ベストを尽くします」

クロノにつられてゲオルグが浮かべた笑顔はどこかぎこちなく、
自信のなさを表しているようだった。

 
 

 
後書き
外伝フェイト編も佳境です。 
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