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銀河英雄伝説~悪夢編

作者:azuraiiru
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第三十八話 傍に置くのには理由が有るんだ



帝国暦 488年 7月 12日  帝国軍総旗艦  ブリュンヒルト  エーリッヒ・ヴァレンシュタイン



フェルナーが俺の自室からアンスバッハに連絡を取っている。なかなか繋がらない。目の前の小型のスクリーンは暗いままだ。
「繋がらないな、アントン」
「知らない番号からのアクセスだからな、用心しているのかもしれない。特に今は敗北した直後だ……」
「有るかもしれないな、なんとか繋がって欲しいんだが」

コールを一旦切って今度はシュトライト准将に連絡を取って見た。こちらも同じだ、繋がらない。十分程してからもう一度コールしてみようという事になった。そして時間潰しにフェルナー持ち出したのはラインハルトとキルヒアイスの事だった。

「あの二人、周囲から浮いているな。今じゃ俺の方が総司令部に溶け込んでいるだろう」
「まあそうだね」
お前は特別だ、異星人とだって仲良くなれるだろう、言葉が通じなくても。
「気になるのはあの二人が時折卿の事を冷たい目で見ている事だな」
「……」

フェルナーがフッと笑みを浮かべた。
「気付いているんだろう」
「まあ、ね」
「能力は有るようだな、妻の弟だから司令部に入れたわけじゃ無いようだが……」
「有るよ、二人とも有能だ」
問題は有能だが役に立っているとは言い難いところだ。

フェルナーがじっと俺を見ている。
「しかし卿に好意を持っていない、むしろ敵意を持っている」
「アンネローゼが不当に扱われている、そう思っているらしいね」
フェルナーがウンウンというように頷いた。
「……領地、爵位の返上か、しかし返上したのは正しいだろう。俺もその事を聞いた時には驚いたが悪くないと思った。伯爵夫人は不本意だったかもしれんが……」

「アンネローゼは何も言わないよ。不当だと思っていないんじゃないかな。だがあの二人は不当だと思っている。下賜そのものが気に入らないらしい、恥をかかされた、そう思っているんだろう」
さんざん罵られたからな、あの二人の気持ちは分かっている。まあ俺にも多少意地が有った。それが爵位、領地の返上になったのは事実だ。しかし公平に見てフェルナーの言うように間違っていたとは思えない。

「なるほどな、……外に出したらどうだ。元々辺境星域で哨戒任務に就いていたんだろう、戻した方が良さそうに見えるが……」
「……そういう意見が出てるのかな、総司令部で」
「まあそうだな、卿の負担にしかならないんじゃないか、そんな声がチラホラ出ている」
「……」
こいつが口に出すと言うのは無視できるレベルじゃないという事か……。俺が黙っているとフェルナーが苦笑を浮かべた。

「不同意か、……よく分からんのだが何故ミューゼル少将は辺境星域で哨戒任務に就いていたんだ。皇帝フリードリヒ四世の寵姫の弟だろう、もっと良い任務が有ったはずだが……」
思わず苦笑が漏れた。

「寵姫の弟だからさ。前線に出して戦死されては困る、だからといってオーディンに置くのは目障りだ。それで辺境星域の哨戒任務に回された。ヴァンフリート星域の会戦の後、軍上層部の間でそう決まったらしい」
俺が答えるとフェルナーが口笛を吹いた。“特別扱いだな、それとも厄介者扱いか”と言った。その通りだ、その両方だろう。俺自身持て余している部分が有る。

寵姫の兄弟なんてこれまでにも幾らでも居ただろう。だが有能で国家の役に立ったなんて話しは聞いた事が無い。大体が姉か妹を利用して権力を振るうか蓄財に励むのが精々だった筈だ。間違っても軍人として戦場で武勲を上げて出世しようなんて考える奴は居なかっただろう。軍上層部は目障りだ、寵姫の弟ならそれらしく安全な所に引っ込んでろ、そう思ったに違いない。

「フリードリヒ四世陛下が亡くなったから総司令部に入れたのか? 皇帝との関係は切れたと」
「前半は正しい、だが後半は違う。それならアンネローゼが寵姫で無くなった時点で元帥府に入れている」
「……」
フェルナーが訝しげな表情をしていた。自然と溜息が出た。

「内乱が起きるのは必至だった。私はミューゼル少将を辺境に置いておくのは危険だと思ったんだ。能力も有れば覇気も有る、おまけに感情の制御が上手く出来ない。何を仕出かすか分からない不安感が有った。だから総司令部に入れたんだ。表向きは幕僚任務に就く事で彼の見識を高めさせると周囲には説明してね」
「なるほど、そういう事か」
フェルナーが頻りに頷いている。

「義弟だから入れたわけではないという事か」
「そういう事だ」
コール音が鳴った。気が付けば時間は十分を過ぎ十五分に近くなっている。
「番号に心当たりはないな」
「俺も無い」
「卿が出てくれ、もしかするとアンスバッハ、シュトライト准将の可能性が有る」
「分かった」

スクリーンに映ったのは黒髪の中年男、アンスバッハ准将だった。俺はスクリーンの横に居るから向こうから見えるのは正面に座ったフェルナーだけだろう。
『フェルナー大佐、卿か。心当たりのない番号だ、誰かと思ったぞ』
「それはこちらもです」

『シュトライト准将、我々に連絡を入れてきたのはフェルナー大佐だ』
『ああ、そのようだな。ところで何の用だ、卿はヴァレンシュタイン元帥に付いたと聞いた。我々とは敵の筈だが』
スクリーンに男がもう一人映った。なるほど、相談してこちらに連絡を入れてきたか。フェルナーがチラっと俺を見た。代わるかという事だろう、首を横に振った。

「そちらの艦隊が敗北したというのは御存じですか?」
『知っている、先程リッテンハイム侯も戦死したと連絡が有った。手酷い敗北だな』
シュトライトが言うとアンスバッハ目を瞑った。
「もうそちらには勝ち目はないと思いますが?」
『……我々に降伏しろと言うのかな』
シュトライトの声には興奮は無い。アンスバッハも静かなままだ。この二人は現実を見ている、貴族連合に勝ち目はないと判断したようだ。

「アマーリエ様、エリザベート様、クリスティーネ様、サビーネ様……」
『なるほど、その事か……』
「如何思われます?」
フェルナーの問い掛けにスクリーンの二人が顔を見合わせた。そしてシュトライトが息を吐いた。

『正直、何も考えてはいなかった。大敗の連絡が有ってその後始末で大変だったからな。酷い混乱だった』
『そちらではどう考えているのかな、アマーリエ様達の処遇を。教えてくれないか』
アンスバッハがこちらの意見を聞きたがっている。敗北は必死と見てこの反乱をどう幕引きするのか、こちらの意見を聞いて考えようというのだろう。問題はブラウンシュバイク公にどう受け入れさせるのか……。

「アントン、代わろう。アンスバッハ准将、シュトライト准将、エーリッヒ・ヴァレンシュタインです」
フェルナーの隣に座って向こうからも見える位置に移動した。アンスバッハとシュトライトは驚いたようだ。顔を見合わせている。
「私はアマーリエ様達を助命するべきだと考えています。リヒテンラーデ侯とも相談しました。侯もアマーリエ様達の助命については同意しておられます」
また顔を見合わせた。

『ブラウンシュバイク公爵家、リッテンハイム侯爵家の存続は』
「残念ですが反逆を起こした以上、それは認められません。ですが新たに爵位と領地を与えるとの事でした。これまでの様な贅沢は出来ないかもしれませんが生活に不自由する事は無いでしょう」

俺の回答を聞いた二人がそれぞれ頷いている。酷な提案では無いだろう、受け入れは可能なはずだ。第一、この二人はブラウンシュバイク公の助命を口にしていない。反逆に失敗した以上、ブラウンシュバイク公の死は必然と思っているに違いない……。

だが妻二人、娘二人はフリードリヒ四世の血を引いている。そして皇族も少ない、だからこちらは彼女達の命を助けようと言っているのだ。もし皇族も多く、皇帝が厳しい人物なら問答無用で殺されている筈だ。酷な提案どころかかなり寛大な提案と言って良い。

『分かりました。その条件でお願いします』
口を開いたのはアンスバッハだ。
「ブラウンシュバイク公はこの条件を受け入れるでしょうか?」
『……受け入れざるを得ないでしょう。敗戦の連絡が有ってから要塞からは離脱者が続出しています。戻ってくる艦隊からも離脱者が出ているようです。これ以上は戦えません』

少しの間沈黙が部屋に満ちた。逃げ出す人間が出たか、こうなると早い者勝ちで逃げ出すだろうな。ガイエスブルク要塞はガラガラだろう。この二人、ブラウンシュバイク公には自裁を勧めるつもりだろうが、拙いな、俺を殺せとか言い遺しそうだ。まあ良い、大事なのはこれからだ。

「分かりました。では残された方々の事で少々御相談が有ります。アンスバッハ准将、シュトライト准将、卿らの協力が必要なのですが……」
二人がちょっと顔を見合わせた、フェルナーも訝しげな表情をしている。
『我々で出来る事なら』
シュトライトが答えた。
「実は……」



宇宙暦797年 7月 15日  宇宙艦隊司令部  アレックス・キャゼルヌ



昼食を食べ終わりラウンジでコーヒーを飲みながら寛いでいるとヤンの姿がラウンジの入り口に見えた。誰かを探すようなそぶりをしている。俺を見つけると真っ直ぐに近付いてきた。珍しく表情が険しい、それに早歩きだ。どうやら悪い事が起きたらしい。何が起きたかは大体想像がつく……。

ヤンが俺の正面の席に座ると直ぐにウェイトレスが注文を取りに来た。当然だがヤンは紅茶を頼んだ、残念だな、ブランデーが無くて。ウェイトレスが立ち去るのを見送りながら訪ねた。
「食事は済んだのか?」
「ええ」

「それで、何が起きた。ここまで追いかけてくるとは」
「追いかけたわけじゃありません、紅茶を飲みたくなっただけです」
「ほう、随分と険しい表情だが」
ヤンの表情が歪んだ。
「……第十一艦隊が敗れました。先程イゼルローン要塞のウランフ提督から連絡が……」

周囲には人が居なかったがヤンの声は小さかった。
「やはりそうか」
「損害は四割を超え五割に近いそうです」
「五割? 一方的だな、大軍にでも遭遇したのか、奇襲を受けたとか」
俺の問い掛けにヤンは首を横に振った。違うのか……。

「帝国軍は一個艦隊だったそうです」
「一個艦隊……」
「両軍は正面からぶつかったとか……」
互いに一個艦隊で正面からぶつかって五割の損害を出した? ルグランジュ提督はそんな無能な男なのか? これまで特に悪い噂は聞いたことが無かったが……。

考えているとウェイトレスが紅茶を持ってきた。ヤンの前に紅茶が置かれウェイトレスが立ち去るのを待つ。十分に離れてからヤンに問い掛けた。
「どういう事だ? 敗北は分かる、勝つ事も有れば負ける事も有るだろう。だが損害が五割? ちょっと信じられんな」
ヤンが一口紅茶を飲んで顔を顰めた。余り美味いと感じられないらしい。

「戦闘が始まった直後、帝国軍から通信が送られてきたそうです」
「……」
「捕虜の映像だったとか」
「捕虜?」
俺が問い掛けるとヤンが頷いた。

「官姓名と所属部隊、そしてどの戦いで捕虜になったかを告げたとか。それと家族への一言……」
「家族への一言?」
「ええ、“もう直ぐ帰れる”とか“皆元気でいるか”とか帰れる事を喜ぶ一言です」
「……」
馬鹿な、そんな事を聞いたら……。

「それが何十人、何百人、延々と続いたとか……」
「……なんて事だ……」
気が付けば声が震えていた。
「ええ、第十一艦隊はパニックになったそうです。攻撃する艦も有れば逃げ出す艦も有る。多分、一つの艦の中でも攻撃を主張する人間と撤退を叫ぶ人間が出たでしょう。とても組織だった戦闘など出来なかった筈です」

溜息が出た。
「それで五割の損害か……」
俺が呟くとヤンが言葉を続けた。
「ビュコック司令長官はクブルスリー本部長と相談の上、第一艦隊に撤退命令を出しました」

撤退は妥当な判断だろう。第一艦隊のカールセン提督は猛将と評価されている人物だがそんな事をしかけて来る敵と戦いたがるとは思えない。
「してやられましたよ、先輩」
「そうだな」
ヤンの表情は苦い、多分俺も同様だろう。エーリッヒ・ヴァレンシュタイン、あの男だ、おそらく今回の一件を高笑いしながら見ているに違いない。

「帝国軍は最初から二段構えだったのでしょう。こちらが捕虜交換を重視すれば帝国領侵攻は無い、しかしそうでない場合には捕虜の声を聞かせる事で混乱させる……」
「なるほど」
溜息が出た。さっきまで楽しんでいたコーヒーももう味わって飲む事は出来ない。ただ苦いだけだ。

「何の益も無い出兵でした。ただ損害だけを受けてきた」
「そうだな」
「問題になりますよ、これは。成果が出たならともかく被害だけを一方的に受けて敗退したんです。これなら捕虜交換が行われる事を信じた方が良かった、そんな声が上がるはずです。実際、帝国が約束を反故にすればそれを非難する事で国内を纏める事も出来たでしょう」
またヤンが紅茶を一口飲んだ。こいつも味わって飲んでいるようには見えない。

「軍も非難を受けるだろうが政府の方が酷いだろうな、出兵を決めたのは政府だ」
「ええ、政争が起きるだろうと司令長官と本部長は思っているようです。どうやら帝国よりも同盟の方が混乱しそうですよ……」
ヤンが溜息を吐いた。俺も溜息を吐いた。どうやら同盟は憂欝な時間が多くなりそうだ。



 
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