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ひたぎ「支配者のポーーーーーズ」

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ひたぎ「支配者のポーーーーーズ」

「支配者のポーーーーーズ」
「……ガハラさん、おまえ何してんの?」
 冷ややかな視線を送り、若干の軽蔑も含めて、妙なポーズを決めて隣を歩く戦場ヶ原に問いかけた。
 目を瞑って背筋を伸ばし、両手を天に向けまるで信仰宗教染みた雰囲気を漂わせている。
「ああこれね。支配者のポーズよ」
「なんだそりゃ。お前もついに神原や八九寺みたいに変な電波拾ってきたか?」
「ちょっとちょっと。八九寺とかいう子はともかく、神原と私を同じ扱いにしないでもらえるかしら。あの子と違って私はまだ人類の枠内よ」
 あいつは人類じゃないのかよ。という反射的なツッコミをかろうじて飲み込む。
 どうやら、何か悪い影響を受けたわけではないらしい。

「で、その支配者のポーズってなんだよ」
「そう、それなんだけど。支配者っているじゃない? 国の全権を握っていたりだとか、世界を統べる誰それとか」
「ああ、何となくは分かるが」
「このポーズはね、その支配者の気分を味わえてしまうのよ」
「そんなんでかぁ?」
「ちなみに割と爽快感あっていいわよ。若干のストレス解消効果も見られたわ」
「マジで!?」
 不肖・阿良々木暦。そんな根も葉もない話を信じるわけではないけれど。
 一発ネタならともかく、まさか精神的に治療までできてしまうなどと言われたら、ヨガの類かと信じてしまうそうになってしまうじゃあないか。
「試しに一回だけ、どう? やってみると案外清々しいわよ」
 誘惑するように、男特有の強い好奇心を煽るように。
 魅惑的な笑みを浮かべて、戦場ヶ原は僕を落としにきた。
「ぐっ」
 思わず周囲を見回した。仮に一通りの少ない裏道とはいえ、公共の場に属されることは言うまでもない。
 もし万が一誰かに見られてしまっては、一生の恥いやむしろ一生表を歩けなくなるかもしれない。
「大丈夫よ。この時間帯なら人はほとんど通らないわ」
「…………ぢゃあ、一回だけ」
 誘惑に負けた。

「まず背筋を伸ばします。ここで顎を少しだけ上へ向けます。直接上を向くのではなく、顎だけちょっと上げるのがコツ」
「ほうほう」
 言われたとおりに背筋を伸ばし、上を向かないように加減を加えて顎を上げた。
 すると、背筋を伸ばしている時特有の嫌なしんどさはなく、さらに顎を上げたことによる地味な疲れも一切ない……気がする。
「次に両手の肘を腋にぴったりとつけて、そのまま手のひらを上へ向け腕を外側へ開きます」
 言われたとおりにする。ここで初めて疲れを感じる。両の肘を腋に密着させた状態を維持するのは、なんとも地味に体力を使うものだった。
 というかこれはだるい。
「そして心を落ち着けて――はい、支配者のポーズ」
「こ、これだけ? いくらなんでも地味すぎやしないか」
「甘いわ。ここから更に派生して、目の前に自分が支配する民衆が跪いている様子を想像するの」
「な、なるほど…」
 僕の趣味とはほど遠いのだが、ここで無意味に終わらせるのもなんだか悔しいと思い、目の前で跪く愚かな民衆とやらを想像してみた。

 ――中世ヨーロッパ(仮定)に佇む巨大な宮殿。
 その2階テラスから町の広場を見下ろすと、そこには服の破けた貧民から金銀を着飾った貴族まで、全ての民が、一心に、躊躇うことなく。
 僕のために土下座をしていた。
 その光景を、ワイングラス片手に眺める王――すなわち僕。
 かすかに漂うブドウの香りを楽しみながら、僕は今日もこの国を支配していく。
 思いのままに、気の向くままに、全てを統括する支配者として。

 ――壮大な世界が広がった。
「すげええええええええ! なんだよこれ、支配者のポーズなんてただの一発ネタか胡散臭い似非ヨガか何かかと思ってたけど、これはすげえ! ただ決まった姿勢をとっただけなのに、マジで世紀末の頂点に立った気がしたぜ! マジですげぇぱねえよこれ! こんな快感は一生忘れられない! ありがとうな戦場ヶ原ァ!」
 僕は爛々と目を輝かせて戦場ヶ原を見た。
「ままー、あのお兄ちゃんなにしてるのー?」
「シッ、見ちゃいけません!」
 見たはずだったのだが。
 我に返って見渡せば、戦場ヶ原は電柱の陰に隠れ僕を見ていた。
 蔑むような視線を送り、とびっきりの軽蔑を込めて、妙なポーズを決め嬉しそうに意味不明な独り言を語る僕を見て、戦場ヶ原は問いかけた。
「阿良々木くん……あなた何してるの?」
 その時、僕はほんの少しだけ清々しい気分になったような気がした。



おわれ 
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