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少女1人>リリカルマジカル

作者:アスカ
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第四十一話 少年期【24】


「……こりゃまた」
『大きいですね…』

 転移を使い、隠し扉の先で俺たちが見たものは、巨大なドームのような場所だった。

 俺たちがいるのは、半球のような形をした通路の中。まるでトンネルの中にいるような感じだが、上から差し込んでくる明かりのおかげで周りが照らされている。この無限書庫のどこに光源があるのかはわからないが、どうやら天井のガラスから微かに明るい光が入ってきているようだ。それでも多少薄暗いが、その闇と光の映り具合がこの部屋をより神秘的なものにさせていた。

 俺はこの部屋の広さと光の輝きに目を奪われていたが、我に返って通路の中を見渡してみる。するとこの中は先ほどの点々と美術品が置かれていたフロアとは違い、どこか小奇麗な印象を受けた。ここには高価そうなものや光物は一切なく、ただずらりと石造りの壁に本棚が並んでいる。横幅も高さも奥行もかなり広い。奥は薄暗さから先がよく見えないが、それなりにありそうだ。

「なんだか秘密の場所って感じだな。さっきまでは美術品も本もバラバラに放置されているような感じだったけど、ここは誰かが手を加えて大切に保管していたような感じだ」
『その表現はわかる気がしますね』

 俺たちはきょろきょろと周りを見回しながら感想を言い合う。それにしても、やはり生き物の気配は一切しないし、静かなものだ。俺はコーラルに少し奥に行ってみよう、と声をかけ、光と闇の中を進みだしてみた。天井のガラスの色が違うところがあるのか、時々赤や黄色や虹色のようなコントラストが映し出されるところもある。素直に感動できる美しさだった。

 おそらくここに保管されている本も、古代ベルカ語なんだろうから俺には読むことができない。それでも、ここには何かがありそうな雰囲気がある。もし古代ベルカの文字が読めるようになったら、また見に来てもいいかもしれない。何かすごそうなことがここの本には書かれているかもしれないしな。

「……って考えてたけど。なぁコーラル、そういえば古代ベルカ語ってどこで習えるんだ?」
『それは……えっ、ますたー。まさかどこで習えるのか考えていなかったのですか。あれだけ古代ベルカ語を使う気満々なことを言っていて』

 通路を進みながら考え事をしていたら、そういえばと思い疑問を口にする。闇の書は古代ベルカ時代の遺産だから、調べるなら当然大昔まで遡らないと、と考えていた。だからベルカ語だけでなく、古代ベルカ語まで覚えるつもりで普通に思っていたのだ。そんな俺の考えに、コーラルは呆れたような感じで言葉を返した。

「う、うっさい。ベルカ語だってまだまだなんだぞ。だから古代語なんてもっと後だと思っていたから、あんまり考えていなかったんだよ。正直学校で習えるかなって思っていたら、そんな授業なくて、若干どうしようか悩んでいたけど…」
『それは、小学校ではさすがに。古代語は専門的すぎるでしょうから当然ですよ。誰かに習うつもりなら、それこそ高等部まで進学して専門学科に進んで調べるか、古代ベルカ関係の考古学者の方に弟子入りするかしないと難しいですよ』
「えっ、そこまでしないとダメなのか!?」

 コーラルからの説明に俺は驚き、そして自分の考えの甘さを痛感した。俺はベルカ語みたいにどこかで教えてもらえるか、最低でも教科書になりそうな資料を見つけて勉強しようかなと考えていた。だけどより詳しく古代ベルカ語のことを聞いてみると、資料そのものを手に入れることさえ難しいのだと教えられた。

 今に伝わるベルカ語が正式に使われ出したのは、約500年前ぐらいから。聖王オリヴィエによって世界が統一されたことで、言語もまた新たに統一されたらしい。今残っている歴史書のほとんどは、その当時の歴史家がベルカ語に翻訳をして残しておいたものだ。純粋な古代ベルカ語の資料は、それこそ長きに亘る戦乱で大体が燃えて灰になってしまった。

『そのため、古代ベルカ語を正しく理解している人が極端に少ないのが現状です。一部の考古学者や教会の方ぐらいじゃないですかね。だから一般人が簡単に習えるものではないのですよ。資料だって聖王教会の奥に安置されていますから、ほいほい見せられるものでもありません』
「嘘だろ、まじかよ」

 俺は説明を聞いて、目が回るような気持ちだった。正直に言って、古代ベルカってこんなにも遠いものだったか? という思いだ。うろ覚えだけど、Stsではそれなりに認知されていたように感じていた。確か原作で古代ベルカ語がわかるって人もいたように思う。だからちょっと大変だろうけど、俺も古代ベルカ語を知ることができるだろうと思っていたのだ。

 だけど、その考えが根底から崩れた。考古学者や教会とコンタクトを取れるパイプなんて俺にはない。管理局にだって、これ以上の支援を申し込むことはできない。これほど制限を受けずに、無限書庫の中を出入りさせてもらっているんだ。むしろ十分すぎるほどだ。


「……そうか、時代が違うんだ。Stsって確実に30年以上後のことじゃないか」

 今の時代が原作よりもずっと昔なのを、ものすごく実感した。リリなのの代名詞である『魔法』だって、今の時代は発展途上の段階なのだ。オーバーテクノロジーの塊のような世界なのだから、数十年あれば相当発展しているだろう。

 原作ではハードモードだったものが、今の時代だとルナティック扱いになっていてもおかしくない。古代ベルカの情報もその1つだろう。どうしよう、俺には一体いつ頃原作の様な歴史に変わるのかわからないのに…。

 下手するとこれは、古代ベルカについて調べられないかもしれないのか。原作ぐらいの認知度が世界になければ、俺には手が出せないかもしれない。闇の書が現れるのが先か、古代ベルカの歴史が明かされるのが先か。Stsでは、近代ベルカ式の魔導師とか古代ベルカ式の魔導師みたいな括りまであったんだ。なら、どこかの歴史できっと発見されたはずなのだ。古代ベルカの時代を紐解いた何かがStsまでに。

 ……Stsまでに?


「まさか、逆なのか」
『どうかされました?』
「なぁ、コーラル。クイントやメガーヌ達の使っている魔法ってベルカ式だよな」
『えぇ、そうですよ』
「そのベルカ式って他に呼び方はあったか? 近代ベルカ式とかって」
『……そのような呼ばれ方は初めて聞きましたね。教会では『騎士』という呼び方があるのは、聞いたことがありますけど』

 古代ベルカのことが認知されるようになったきっかけ。もしそれが俺の想像通りなら、古代ベルカ語を俺が知る土台がなくなった可能性がある。思い出したのだ。『近代ベルカ式』という言葉が出てきたのは、A'sよりも後だ。なぜなら闇の書事件の間は、シグナムさん達の魔法を見て『古代ベルカ式』と言った人はいなかったと思う。ただの『ベルカの騎士』か、『ベルカ式の魔導師』という言葉で表現されていたはずだ。

 つまりA'sからStsの間に起こったのだ。歴史的な変化が。『夜天の書』という古代ベルカ時代の遺産のおかげで、次元世界は古代ベルカの歴史に光が入ったんだ。

 ヴォルケンリッターたちは歴史の生き証人そのものだ。当然古代ベルカの魔法や言語を世界に提供しただろう。はやてさんが教会との繋がりが強かったのも、古代ベルカ式の魔導師だったからだ。歴史家にとってはやてさんと騎士たちは、恐竜の化石が発見されることと同意義なほどの歴史的な発見だったんだ。

「……うわぁ、まじか。色々ぶっ壊したのは確かに俺だよ。だから俺なりになんとかしようと色々頑張っているのにさ…」
『えーと、ますたー?』

 なんだか気分が落ち込んできた。とりあえず、頭の中でいっぱい考えていたがまとめよう。

 要は守護騎士たちがいなければ、古代ベルカの歴史の解明は現時点では難しい。それはつまり、今の時代で俺が古代ベルカ語を身に付けるには、とんでもなく苦労する必要があるか、下手したら不可能な可能性がある、という訳だ。闇の書への重要な手掛かりになりそうなものが、1つ遠のいた。

 そんな風に至った結論として、思ったことが1つ。俺、もしかして原作に嫌われているんだろうか。少なくとも完全に振り回されている。原作知識で俺個人が喜べたのって、未だに「テスタロッサ家にもふもふ(リニス)が来るぜ、ひゃっほい!」ぐらいしかないんだけど。

 そりゃ原作知識がなければ大変なことになっていたさ。それでも、誰かの命がかかっているような重たいものしかないし。原作関係=危機的なことしか感じねぇんだけど。ハートフル美少女砲撃ストーリーはどこにいった。

「なんでもない。……もうちょっとだけ、歩いてもいいか」
『それは構いませんが。えっと、その…』
「本当に大丈夫だから。うん、大丈夫」

 これからのことに憂鬱になりそうだが、どうしようもない。若干現実逃避も交えながら、俺はズンズンとドーム状の通路を進んでいく。俺にできることはまだまだある、と自分に言い聞かせ、探検で気を紛らわせる。先行きが見えない不安がふと顔を見せるが、俺はそれを振り払うように暗がりの通路の奥へと足を進めていった。


 原作を壊したのは俺なのだから、それに嫌われても仕方がないと心のどこかで俺は思っている。俺自身が作り出した不透明な未来を深く考えれば、いくらだって不安は膨れ上がった。だけど大丈夫だ、と自分に言いながら前を向いて歩き続けるしかない。そんなちっぽけな俺のちっぽけな歩み。

 だから不安はいつでもあった。見えない糾弾者が実はいるんじゃないかと勝手に考え、怯えてしまう時もあった。だけど、こんな俺を応援してくれるような……見えない変わり者も実はいるのかもしれない。そんな風に思わせてくれたきっかけと、この無限書庫の先で俺は出会ったのだった。



******



「ここが一番奥か?」
『確かに行き止まりのようですね』

 トンネルのような道を抜けた先は、これまた大きな円形の大部屋だった。周り全てが本に囲まれており、コーラルの言うとおりこれ以上進める道はない。無重力を飛んでいたためそこまで疲労は感じなかったが、どうやら最深部まで来てしまっていたようだ。

 前世のゲームとかなら、まさにお宝やボスがいそうな空間である。そしてどうやら、このミッドチルダにもそういうお約束がちゃんとあったらしい。部屋の中央に石で作られた奇妙な台座が置かれている。その上には無限書庫らしいお宝だろう、青みをおびた灰色の本が安置されていた。この空間に溶け込むような鉛色の背表紙に金の十字架を持つ、1冊の本。

「……いかにも重要な本ですって雰囲気だな」
『あの本の装飾についている十字架。おそらくベルカ由来の本で間違いないでしょう。一応、魔力反応は感じられませんが…』
「なんだ、重々しいからすごい魔導書か何かかと思ったのに」
『本当にそうだったら大変ですよ』

 そりゃそうだな、とコーラルの言葉に俺は小さく笑った。古代ベルカ時代の魔導書なんて、ロストロギア扱いされてもおかしくない代物だ。さすがにそんな物騒なものに関わるつもりはない。

 俺としてはそれなりに満足したので、もう帰ろうかなという考えが浮かぶ。なんだかお宝っぽい本も見れたことだし。俺は思い出として、もう一度本を目にじっくりと焼き付けておく。遠目から本を眺めていたら、ふとその本の間に何かメモ用紙の様なものが挟まっていたことに気づいた。

「ん? なんか挟まっているのか」
『ますたー、これ以上近づくのはやめて下さ―――』

 見つけたものが気になったために、前方へと傾けてしまった身体。コーラルの注意に慌てて戻そうとするが、歩幅1歩分ほど前に出てしまう。

 そして、それは起こった。


「―――……ッツ!!」

 台座に置かれた本と同じ色の魔方陣が、突如俺の足元に現れた。あの本から俺の足元まで展開された巨大な魔方陣。それを認識した瞬間、頭の中が一瞬真っ白になった。次に感じたのは、身体の中を何かが這うような気持ち悪さ。

 コーラルの声が後方から聞こえてくるが、何を言っているのかわからない。身体から何かが抜けていくような感覚。徐々に重くなっていく身体と胸の痛みに混乱するが、どこかでこれと同じ体験をした気がすると妙に冷静な部分が俺に訴えてくる。そんなに昔じゃない。たぶんまだ最近のことのはず。

 ……そうだ、これは運動会の時の徒競走だ。無理な魔法展開でリンカーコアからずっと魔力を消費させていた時の感覚と似ている。あの時は魔力の減っていく量が少なかったから、疲れとして表に出た。だけど、小さな胸の痛みと身体の重さは確かに記憶にあった。

 つまり今の俺の状態は、魔力が減らされている。いや、魔方陣に吸われているのだ。それも不調を訴えるぐらい急激に。その恐怖に、胸の痛む場所よりもさらに奥にある何かが刺激される感覚を覚える。溢れ出してくる何かが、俺の意識を塗りつぶそうとした時。


『ますたァーー!』
「ッ、グホォッ!?」

 カッコーン! と気持ちいいぐらいの音が部屋に響き渡った。体調不良中の俺が次に受けた衝撃が、額への突進攻撃だった。石頭の自覚はあったが、さすがに真正面から石が激突したら泣くほど痛いに決まっている。さっきまでの胸の痛みやらなんやらが全部吹っ飛ぶぐらい、俺は額の痛みに悶え続けた。

「お、おま、おまッ……」
『……き、緊急事態だったということで!』
「わかっけ、ど、ちょ、いっ、痛ッ……」
『ほ、ほら衝撃のおかげで魔方陣から出られたのですから、結果オーライです! けど、ごめんなさい!』

 緊急だったとはいえ、さすがに手加減なく全力で頭突きされたら泣く。コーラルを怒るつもりはないけど、素直に感謝できないぐらい、今までの人生で5本の指に入るほどの激痛だった。それは向こうもわかっているのか、明らかにやっべーみたいな焦りようであった。

 そして本当に数分ぐらい悶え続けてしまったが、なんとか復活。絶対真っ赤になっているだろう額に手を当てながら、俺はようやく体勢を整えて息をついた。痛みで一瞬忘れてしまっていたが、さっきのはなんだ? 下を見ても、すでに展開されていた魔方陣は消えてしまっていた。

『申し訳ありません。今のはおそらく設置型の魔方陣です。……油断していました』
「いや、こっちこそありがとう。しかし設置型って、確か特定空間に進入したものを対象にした魔法だよな」
『えぇ。高位の術者なら痕跡を気づかせないように隠蔽もできるため、罠として非常に有効な手段です』
「罠…」

 つまり俺は見事に罠に引っかかったということか。聞いてねぇぞ、こんなトラップ。ちょっと調べたが、今のところ特に身体に異常はない。侵入者用の罠でこの程度で済んだのだから、かなり幸運だったと思うべきか。魔力を吸い取られただけだったみたいだし……ん?

「なぁ、コーラル。俺の吸われた魔力ってどこにいったんだ?」
『え? そうですね。吸収型の魔法だったのなら、それを発動した術者の魔力へと還元された可能性が高いでしょう。しかし、ここには生き物の気配は……』
「……確か魔法の発動って、基本術者の足元に魔方陣が展開されるよな。つまり俺の魔力は―――」

 お互いに嫌な予感が頭の中をよぎる。ここに魔導師の存在は感知されない。なにより何百何千年と誰の出入りもなかったかもしれない場所なのだ。だけど、魔法は発動された。さっきの魔方陣の中心点はどこだ。さっきの魔方陣の色は何色だった。


『話は済んだか』

 ものすごく、振り向きたくない。俺ともコーラルとも違う第3者の声。俺、もしかして盛大にやばいことしてしまった? 部屋の中央から響いてくる機械的な音声。恐る恐る振り返った先にそれはあった。

 鉛色をした金十字の本が、台座からふわりと浮きあがっていた。

『随分長く眠っていたようだ。ふむ、なるほど。供給された魔力は少年のものか。この言語と知識、ふむ、この場所、またなんとも』

 独り言をぶつぶつ言う本に、俺は背中に嫌な汗が流れる。供給された魔力ということは、完全に俺がこの事態を招いてしまったということだ。俺は横目でコーラルとコンタクトを取り、すぐにデバイスを起動させる。本から目を離さないように、俺は口を開いた。

「お前は……魔導書なのか?」
『ん? ふむ、魔導書と言われればそうかもしれんし、違うとも答えられる。己の役割はマスターの願いをかなえる為だった故にな』
「マスター? それってデバイスだったということか」
『ふむ、デバイスであったかとも言われれば、それも難しい。己の力は用途が限られていたため、マスターがここぞという時に使用していたぐらいだった』

 素直に質問に答えてくれるみたいだが、言い方が回りくどい。向こうももしかしたら、こちらと同じように会話から情報を得ようとしているのかもしれない。もしくは未だに混乱しているのかも。何千年も発動されなかったのなら、不具合が生じてもおかしくないだろう。

 時間はかけない方がいいだろうか。せめてこいつの正体がわからなければ、迂闊に動けない。本当かはわからないが、ここまで正直に答えてくれるのなら率直に聞いた方が早いかもしれない。俺は意を決して、最も気になっていた質問を口にした。

「お前は、なんだ?」
『ストレートだな。ふむ、己はマスターにてマイスターである者から、1つの役割を遂行するために作られし本。『ヴェルターブーフ』。あらゆる1を収め、集合体としてマスターへと智を提供せしものなり』

 ……えっと、つまり?


『平たく言ってしまえば、―――辞書だ』
「『辞書かよッ!?』」



******



 古代ベルカ時代に作られし本『ヴェルターブーフ』。彼は己の製作者が己のために作った自立型の魔導書であった。彼のマスターはある意味で天才であったが、ある意味で残念な魔導師だったらしい。

 曰く、戦闘や技術に関しては飛びぬけていたが、私生活はかなりぬけていた。料理や掃除では爆破させ、対人関係は臆病で、興味があるものにはフラフラと近づくため迷子は当たり前。世界単位で迷子になることもあったが、そこは本能で生きていけるような人物。なんとか切り抜けてきたらしい。

 そんなよくフラフラするマスターが困った1つが、言語の壁だった。どんな世界だろうが生存するならやってのけてしまうマスターだが、人の中で生きていくのは難しかった。特に古代ベルカ時代は国によって言語が異なることがある。共通語なんてものはなかったので、よく迷子になったマスターは道を聞くことができなかったのだ。というより、人と話すことすら難しかった。

 迷子になる。でも、人に聞くのは大変。そこでマスターは気づいた。そうだ、標識とか地図が読めればいいのだと。それ以来迷子になったら地図を見つけ、標識頼りに進もうと考えた。だが、そこでも言語の壁が立ちはだかる。つまり、読めないのだ。

 正直素直に人に頼れる性格だったのなら、言語の壁もジェスチャーや魔法を使って乗り越えられただろう。だがそれができない現状で、どんな場所へ行くのかもわからない方向音痴さ。予習なんてできない。ならば、そんな部分を補佐してくれるものを作るしかない。明らかにそっちの方が大変なはずなのに、マスターは名案だと思って本当に作ってしまったのだった。


「つまりその迷子癖のあったマスターが、どんな国に行っても文字が読めるように作り出した魔導書がお前だったと」
『ふむ、まぁそうなる。自立型にしたのも、もしもの時は己がマスターの代わりに会話をして、道が聞ければさらにラッキーという感じであった』
『ご苦労さまで』

 いつの間にか俺たちは円になって、ヴェルターブーフの話を聞いていた。こいつ自身は知識を収拾することしかできない魔導書であるため、主にマスターが迷子になった時にしか活躍しなかったらしい。あんまりな安全すぎる使用用途に、ちょっと同情してしまった。

『では、先ほどの魔方陣は?』
『あれはもともとあった己の機能が、久々に触れた魔力に暴走してしまったようだ。昔はマスターの魔力で機動できていたが、それがなくなって何千年。魔力に飢えておった』

 先ほどから古代ベルカ時代の物なのに、流暢にミッドチルダ語を話すと思っていたけど、その原因はやっぱり俺だったらしい。辞書としての役割があったとしても、何もすぐにどんな文字でも翻訳できたわけではなかった。ではどうするのか。その答えは、さすがは夜天の書と同じ古代ベルカの産物、つまり人から蒐集するのだ。

 といっても、闇の書みたいに人体に危険はない。ちょっとした気持ち悪さはあるかもしれないが、それだけでその人物が持っている言語知識をインストールしてしまうらしい。ある意味とんでもない物を作った人物だ。最も彼のマスターは、迷子のたびに夜中の寝静まった家に侵入してインストールしまくっていたらしいので、不便だと口にしていたようだが。ツッコミどころがありすぎるマスターである。

 今回はそのインストールの際、俺の魔力も一緒に蒐集してしまったとのことだ。彼が吸収する知識は脳からではなく、リンカーコアに刻まれた記憶を読み取るもの。本来は魔力まで取らないのだが、欠乏状態だったため暴走してしまった。

 これはコーラルが助けてくれなかったら、動けなくなるぐらい吸われていたか、最悪死んでいたかもしれないのか。彼の言葉を信じるならヴェルターブーフに悪気はなかったのかもしれないが、その事実にヒヤリとするしかない。完全に油断しすぎていた。

 だけど俺はそのおかげで一瞬だけだが、『アレ』を実際に感じ取ることができたのか。ヒュードラの事故の時に、俺の意識を塗りつぶそうとした何か。忘れていたわけではないが、実質どうやって対処すればいいのか見当がつかなかったもの。それを冷静に分析できたのは、間違いなく収穫だった。

 あのドロドロした感じは、規模は違えど最近体験した出来事と重なった。運動会の風物詩であるぷにゅを掴んだ時に感じた、あの感覚と似ていたのだ。あれはおそらく、前世の自分が残してきてしまった「傷」なのだと直感した。


「あぁ、もう。色々ありすぎて、頭が痛くなってきた。それでぶっちゃけた話、お前はどうしたいんだ? 不可抗力とはいえ、目覚めてしまったんだし」
『己が決めていいのか』
「自分のことなんだから、当たり前だろ。まぁあんまり好き勝手はできないだろうし、原因の俺が言うのはおかしいのかもしれないけどさ」

 言っておきながら、本当にどうしよう。こいつの話を信じるなら、ただの辞書に何かできることはない。でも古代ベルカの魔導書であるのは間違いないのだ。ロストロギアに認定されたって不思議じゃない。管理局はわからないが、教会は欲しがるかもしれない。

 俺が隠し持つとか、手渡して教会とパイプを作るとか、このまま俺とコーラルだけ転移して放置しておくとかもできる。ここは隠し部屋で密室なのだから、俺がこいつのことを告げない限りいくらでも隠蔽できるだろう。

 だけど、俺としてはこいつの意思もしっかり聞いておきたい。さっき俺が考えたやり方は、道具を扱う考え方だ。コーラルや夜天の書のみんなを道具扱いすることと同じ。目覚めさせてしまった責任はちゃんと取るべきだ。

『ふむ。知りたい、だろうか』
「へ?」
『たとえ何百何千年と経とうと、己の本質は変わらん。マスターがおらぬ世を寂しくも思うが、同時に未知なる智に溢れた世を知りたい欲求もある。それに、ここにはあらゆる智が眠っておるのだろう? 己のマスターがどうなったのかを知りたくもある』
『ヴェルターブーフさん』

 機械的な音声だから、抑揚が少ない声だと思う。だけど、こいつ本当にそのマスターのことが大好きなんだなってわかるぐらい、最後の言葉には強い意志が見えた。

 これがこいつの願いだとしたらどうしたら叶うのだろう。俺は別に叶えてやってもいいと思う。でも管理局や教会に知らせたら、今後どうなるのかはわからない。願いを聞いてくれるのかもしれない。封印するのかもしれない。手を加えるのかもしれない。俺には思いつかないけど、もっとすごい使い道があってもおかしくない。

 古代ベルカ時代の辞書。正直に言えば、俺にとっても重要な手掛かりだ。


「……そのさ、手を組むのってあり?」
『ふむ、どういう意味だ?』
「そのままの意味かな、ヴェルターブーフ。……ところで長いから、ヴェルとかブーフって呼びたいんだけどいいか? 舌噛みそう」
『ふむ、舌を噛むのはまずい。己のマスターはヴェルターと呼んでいたが』
「なんかかっこいい名前になったな。だが、先人と同じでは俺の名づけ魂が廃る。ここはあえてブーフを選択しようかと思うんだが」
『ほう、あえてそこを選ぶか』

 あ、OKもらえたみたい。

『ならば己も同じように、ヴィンヴィンと呼ぼう』
『ブホォッ!』
「ヴィンヴィ……ちょっ、なんでそこ繋げた!? どこが同じ!?」
『ふむ? 己のマスターは、ヴィンヴィンの言葉でいうところの+αをつけたら仲良くなれると言っていたが』
「お前のマスター本当に何者だ!? あとコーラルは笑い過ぎだ!」

 真剣な話をしようとしているのに、全然締まらない。こいつこんな言葉遣いの癖に反応が上級者すぎる。おかげで無駄に入っていた肩の力が抜けたけど。

「まぁ要約すると、俺とコーラルは無限書庫で調べ物をしている。それには古代ベルカ時代のことまで遡りたいけど、文字がわからない状態なんだ。そこでブーフが手伝ってくれるのなら非常に助かる」
『ふむ』
「俺たちは調べ物のついでにお前のマスターについても調べる。ギブアンドテイクってやつだな」

 つまり俺の選択は、今回あったことを黙秘する行為だ。まず褒められたことじゃない。無限書庫は管理局が管理を行ってくれている場所だ。ここにある本を所有しているという訳ではないが、勝手に持ち出してもいいものではない。

 一応、それとなく副官さんにこいつがどういう扱いになりそうか聞いてみようとは思う。おじいちゃんたちなら話ぐらい聞いてくれるだろうから。大丈夫そうなら全部話して、貸し出し許可をもらおう。無理そうならまた考えればいい。

『それは、己の新たな主になるということか?』
「え、主ってブーフにはマスターがいるだろう。だから俺とお前は、うーん……友達にでもなるか?」

 他に適切な関係が思い浮かばなかった。似たような関係だと、副官さんと俺の様な関係が当てはまる。あの人は上司という括りには一応入るけど、俺自身があんまりそう考えていない。たぶん前世の俺と年が近いからだと思う。

 もし俺の年齢が前世と同じだったなら、友達になりたいって素直に言えたんだろうな。さすがに12歳差は大きいから仕方がないけど。おかげで副官さんとの関係は未だにどう言えばいいのかわからない。だけど、こいつは逆に年の差? なにそれおいしいの? ってぐらい離れすぎているから別に友達でいいかなっていう適当さになってしまった。

 それに、俺はこいつを信じられるような気がした。魔導書だけど、誰かを思う気持ちは本物だろうから。なんとなくとしかそれは言えないけど、疑うよりも俺は信じたい。

『友、友か…。本の身である己に友とは』
「なんだよ、魔導書でも意思があるのなら友達にだってなれるだろ」
『そうか。手足がない己に友ができるとは思っていなかった。友とは肉体言語でできるものと聞いていたから』
「……ツッコまねぇ。お前の主関連はもうツッコまねぇ」

 とりあえず俺がまずすべきことは、こいつに常識を教えることだと悟った。



「本当にいいのか。一応管理局とか教会とか、ブーフの力をもっと活用してくれるところはあるんだぞ」
『そうかもしれん。だが、ヴィンヴィンは己を目覚めさせてくれた。なにより故意ではなかったとはいえ、危険な目に合わせてしまったことは事実だ。力がいると言うのなら、手を貸してやりたい』
「そっか。そしてヴィンヴィンは確定なのか」

 友人たちの気持ちがちょっぴり理解できました。

『ところで、確か何かが挟まっているってますたー言っていましたよね』
「あっ、忘れてた。なぁブーフ、お前の本の中にメモ用紙みたいなのが挟まっていたんだけど」
『ふむ、本当か?』

 閉じられた本の隙間を見ると、やはり小さな紙が挟まっていた。俺はそれをブーフに許可をもらって引き抜く。まぁ書かれている文字は俺には読めないので、早速辞書の出番である。だけど、この字はブーフのマスターの故郷の字らしい。おかげですぐに解読してくれた。

『申し訳ないんやけど、ヴェルターのことお願いしてもらってえぇか。ちょお大事な用事ができてもうてんよ。終わったら帰ってくんから、よろしくなー』

「なんで関西弁なんだッー!?」
『ちょっ、ますたー! ブーフさんのマスターの重要な手掛かりかもしれないのですよ! ブン投げようとしないで!?』
『マスター、なんという無茶を。御一人で元の場所に戻るなんて、高度なことをなさろうと考えていたとは…』

 ブーフ自身、なぜこんな場所に自分がいたのかはわからなかったらしい。なので何かの手掛かりになるかと思っていたが、友人あての手紙なだけだった。しかも超軽い。お前のマスター人見知りじゃねぇの? それともただの関西弁効果なだけ? 地球以外にも、まさかこの方言を使う人物がいたことに驚きだよ。

「と、とりあえずブーフのマスターはお前を預けていっただけみたいだな」
『そのようですね。しかし預けていただけならば、何故ずっとこの場所に。まさかマスターさんの身に何か…』

 ……迷子になってたどり着けなかった、が一番ありえそうだけど。
 ますたー。それ本当にありえそうですけど、僕はシリアスな感じにしようとしていたでしょ。迷子でお別れしたなんて理由、僕なら泣きますよ。
 聞こえている。……己はそのあたりについて、もう諦めているから気遣いは無用だ。

 ごめん、お前本当に苦労していたんだな。本なのに哀愁を感じてしまった。


「とりあえずもう帰るか。なんか色々ドッと疲れた」

 随分長話をしてしまった。一応リンカーコアの調子もよくなってきたし、そろそろ動ける。紆余曲折あったが、新しい仲間もできた。次も頑張っていこう、という思いが溢れてくる。知らず口元に笑みが浮かんでいた。

 そういえば、ブーフは闇の書のことを知っているんだろうか。1000年以上前の魔導書であることは間違いないんだし。

『闇の書?』
「あぁ、知らないか。お前と違って魔法を蒐集する魔導書なんだけど」
『ランダムで主を決める融合型のデバイスです。昔は旅をするだけの機能だったようですが…』
『己と似た機能、旅する本。……まさか、夜天の魔導書のことか?』

 俺たちは勢いよく振り返ってしまった。夜天の魔導書。そうか、古代ベルカの時代だったならまだそう呼ばれていたとしてもおかしくない。

『己のベースとなった、蒐集技術の元だと聞いていたが』
「聞いたって、お前のマスターにか?」
『ふむ。夜天の書について己が記録している内容はそう多くはないが、確かに』

 この場所の年代は、約1500年前~2000年前ぐらいと推定できた。つまりブーフのベースになったということは、夜天の魔導書は確実に1500年以上は前の遺物であることがわかったのだ。しかも、もしかしたらその時代ではまだ改変前、または改変がまだ少ない状態に近い可能性がある。

『夜天の魔導書。主と共に旅せし、資料本であったと己の記録では残っている。だが、この記録は己とマスターがいた時代の情報よりさらに古いものであろう』
「そうか。他には?」
『ふむ、あとは単語ぐらいしかわからん。マスタープログラム。ヴォルケンリッター。ナハトヴァール』
「は?」

 俺は知らない単語に首を傾げた。マスタープログラムは管制人格のことだろう。守護騎士たちのこともわかる。だけど、ナハなんとかってなんだ。そんなの原作には出てこなかった。名前すら聞いたことがない。

 今まで調べ物をしていて、ナハなんとかは確かに何度か名前を見たと思う。でもリインさんや守護騎士たちと並ぶほど古く重要なものだとは思っていなかった。ずっと闇の書に載っている魔法の名前か何かかと。……もう1度調べ直す必要があるか。

 そうだ、原作が全てじゃない。今回は無事だったけど、無限書庫だって危険があるかもしれないと身をもって体験した。この世界はちゃんと存在して、描写されていなかっただけで積み重ねられてきた過去があって、そして未来に続くんだ。しっかりしろよ、自分。

「ありがと、ブーフ。1歩前進できた気がする」
『ふむ、そうか』
『さて、それでは帰りましょうか。ブーフさん、テスタロッサ家は騒がしいですよ。特に茶色の閃光には気を付けてくださいね』
『そうか、この時代の先輩が言うのなら気を付けよう』
『せ、先輩…。僕が先輩……』
「おーい、コーラル。戻ってこーい」

 お前そんなにもヒエラルキーを気にしていたのか。でも、たぶん家での順位は変わらねぇぞ。こいつは友人枠だから、お客様だし。夢を見ているみたいだから、まだ壊さないでおいてやるけど。


 色々ありすぎた無限書庫冒険記。問題なんてどんどん出てくるけど、1つ1つ解決していく姿勢に変わりはない。落ち込みながら、騒ぎながら、頭を抱えながら、俺たちはこれからもこの場所に訪れるのだろう。

 さぁ、頑張っていこう。俺は笑みを浮かべながら、話に花を咲かせた。

 
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