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占術師速水丈太郎  ローマの少女

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第三十六章


第三十六章

 だがそれは。太陽の光だけで退けられてしまった。
「!?何かしたというの」
「いえ、太陽の光には何もしてはいません」
 速水は少女に静かにそう返した。
「太陽の光には。ただ」
「ただ!?」
「時間です。時間が私達を守ってくれたのです」
「どういうことですか、それは」
 アンジェレッタは速水に問う。
「彼女は死神ですね」
「はい」
「それもローマの影の歴史が生み出した存在。だからなのですよ」
「だからですか?」
「そうです。影は黒」
 彼は言う。
「闇も夜もまた黒です。だからなのですよ」
「成程」
 アンジェレッタはこれでわかった。
「彼女は夜の力だから。だからなのですね」
「そうです」
 速水は答えた。
「だから今時間を進めたのです。彼女の力を弱める為に」
「そうだったのですか。ですが」
「何、時間を進めたのはここだけですよ」
 速水はアンジェレッタにそう述べた。
「私の力では全ての時間を操ることは無理です。それは神の力です」
 速水は神ではない。人なのだ。だから時間を完全に操るということは不可能なのである。ではどうして時間を進ませたのか。それが謎であった。
「コロセウムのこの場所だけなのですよ」
 彼は言う。
「時間を進ませられるのは」
「この場所だけですか」
「はい、空間だけです。私達はその中にいるだけなのです」
「だからですか」
「そうです。ですから外は」
「けれどそれで充分のようですね」
「そうです。それで彼女の力は弱まったのですから」
 彼の狙い通りであった。彼は賭けをしていてそれに勝ったのである。
「考えているわね、本当に」
 少女は光を収めて速水に声をかけてきた。
「またしても。けれど」
 彼女も諦めてはいなかった。
「それでも私を倒せるとは思わないことね。時間が問題というのなら」
 その姿に黒い影を纏ってきた。
「場所を変えるだけよ。じゃあ」
「あっ、待て!」
 アンジェレッタはそれを覆うとする。だがそれは速水が止めた。
「何故止められるのですか?」
「案ずることはありませんよ」
 彼はそれまでと同じように静かな声でそう述べた。
「それは何故」
「彼女が向かう場所はわかっているからです」
 彼は言う。
「そこに行くだけでよいのですから」
「それは何処だと思われるのですか?」
「天使の側です」
 彼はアンジェレッタの言葉にそう答えた。
「天使の側」
 これは彼女にもすぐにわかった。
「ああ、あそこですね」
「はい、あそこです。それでは」
「今から」
「ええ、最後の戦いの為に参りましょう」
 また戦車を出した。それでその天使の側に向かう。その天使の側とは。
 サン=タンジェロ城。この城を最初にもうけたのは帝政ローマのハドリアヌス帝であった。彼と彼の家族の為の墓所だったのである。
 ローマ帝国が崩壊した後この街にペストが襲った。当時の劣悪な衛生状況ではペストは度々起こる病であった。その為にローマも何度か災厄に見舞われている。
 六世紀終わりのこの災厄を救ったのは大天使ミカエルであるとされている。
 死の廃墟となろうとしていたローマに降り立ったこの天使は手に持っている剣で病をもたらす悪魔を切り払ったとされている。それによりこの街は救われた。城の屋上にあるミカエルの像はそれを記念している。
 この城は教皇達の牙城となった。ニコラス五世が教会の上に築き、そしてアレクサンドル六世が堅固な城とした。あのボルジア家の教皇がである。
 彼が築いたこの城は難攻不落とされた。時には政治犯も収容され屋上では処刑も行われてきた。斬られた首が城の穴を通って下にあるティベレ河へと落ちるようになっているのである。
 今では単なる観光名所である。しかし血の匂いが感じられるようだ。重厚な造りが歴史を思わせそこに濃厚な血の香りを思わせるのである。
 速水とアンジェレッタは今その城の屋上にいた。そこを静かに進んでいる。
「ここですね」
「そうですね、はっきりとわかります」
 速水は述べた。
「いますね、ここに」
「はい」
 屋上は広い。こここそがこの城の天使のいる場所である。

 
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