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占術師速水丈太郎  ローマの少女

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第二十二章


第二十二章

 ペンネはトマトとガーリック、そしてオリーブで味つけられている。それが終わるとチーズを効かせたサラダ、そして鰯料理、続いて羊の脛肉を赤ワインとオリーブでじっくりと煮て、そこに濃厚なソースをかけたものが出て来た。ワインはアンジェレッタの予告通り赤と白のランブルスコであった。
「これは見事です」
 速水は赤のランブルスコを味わった後でそう述べた。既にメインまで食べ終えていた。
「どれも。非常に素晴らしい」
「ランブルスコ、気に入って頂けましたか」
「パヴァロッティが愛するだけはあります」
「それも御存知で」
「モデナといえば彼ですから」
 ルチアーノ=パヴァロッティはモデナ出身のテナーである。イタリアの空の様に晴れ渡った声とその高音、明るく闊達な性格で知られている。現代最高のテナーの一人とされて久しい。髭の顔にその巨大な身体がトレードマークである。また折れた釘をポケットに入れたりハンカチを指にくくりつけていることでも有名である。なお彼はランブルスコが好物でもある。
「これだけのワインが好きなだけ飲めるとは」
「日本にもある筈ですが」
「日本でも飲んでいますよ」
 速水は答えた。
「私はワインが好きでしてね」
「それもお強いようで」
「ふふふ」
 その言葉は否定はしなかった。実はそれなり以上に飲めるのである。
「日本人はあまりお強くはないのですが」
「酒の神には愛されていましてね」
「そして占いの神にも」
「はい。愛して下さらないのは愛の女神だけです」
「罪な女神ですね、それは」
 アンジェレッタはそれを聞いてくすりと笑う。
「貴方の様な方を愛されないとは」
「カードはいつも教えてくれます」
 速水は右手にワイングラスを掲げながら述べた。そこには紅のワインがたたえられている。ガラスのグラスの中でルビーの様に輝いていた。
「愛程厄介なものはないと」
「だからこそ誰もが占いたがると」
「そういうことです。では次は」
 速水はそれに問う。
「デザートはアイスクリームです」
「バニラですか?それともチョコレート」
「いえ、葡萄です」
 アンジェレッタは答えた。
「紫の葡萄のアイスクリームです」
「そうですか。楽しみですね」
「期待は裏切りません」
 その言葉が終わると同時にそのアイスクリームが運ばれて来た。濃い紫の混じったアイスクリームであった。
 速水はそれに銀のスプーンを入れる。銀の上に白と紫の模様が浮かび上がる。
 口の中に入れる。冷たさと共にバニラと葡萄の二つの甘さが漂った。
「如何ですか」
「これはまた」
 速水は答える。
「お見事です」
「シェフの自慢のメニューでして」
「それだけのものはありますな」
「お褒め頂きシェフも喜んでいることでしょう」
「はい。それにしても」
「何か」
「これ程のものはそうは口にできませんが。パスタからアイスクリームまで」
「イタリアですから」
 アンジェレッタの言葉はそれだけであった。しかしそれだけで充分であった。
「食に関しては全てが完璧なのですよ」
「食がですか」
「それにお酒も」
「はい」
 速水はまたグラスを手に取った。そしてまたそこにあるワインを見やる。まるで彼を待っているかのようにその紅い輝きをたたえている。
「完璧なのですよ。イタリア人は芸術には完璧を求めるのです」
「芸術には?」
「そう、芸術には」
 彼女は語る。
「占術もまた然り」
「では私達は芸術家であると」
「私達だけではありませんよ」
 その目が速水の右目を見つめてきた。何かを探るように。
「といいますと」
「イタリア人は皆。そう、恋は芸術なのですから」
 そしてさらに述べた。
「今宵は。二人で芸術を語り合いませんか?」
「友は?」
「月夜です」
 紅に染まった頬で述べる。それは決して酒だけのものではなかった。
「紅の酒と甘い音楽もまた」
「幕は紫の空」
「赤や青の宝石達が私達を待っていますよ」
 夜の世界に誘ってきていた。二人だけの世界に。
「如何ですか?私はよいのですよ」
 両肘をテーブルの上につき、手の指を絡み合わせていた。その上に形のよい顎を乗せて彼に問うてきていたのだ。いささか芝居がかった身のこなしであった。

 
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