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銀河英雄伝説~生まれ変わりのアレス~

作者:鳥永隆史
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決勝戦~中編~



 敵艦隊の両翼からレーザー光線の一撃が伸びる。
 さすがのヤン・ウェンリーも左右の艦隊までは御し得なかったのか。
 あるいは、自分の無駄に派手なあだ名のためか。

 明らかに遠い間合いからの一撃は、こちらの防御バリアによってかき消される。
 ゆっくりと艦隊を後退させながら、命令を送る。
『ファイヤー!』
 返す一撃が、相手へと迫る。

 一部は防御を貫いて、敵に損害を与える。
 だが、続くのはそれに倍する攻勢だ。
 最初はレーザーが、続いてレール砲――最後に襲いかかるミサイルを迎撃しながら、防御の強い艦を前に出すことで耐える。

『左翼に向けて、レール砲を射出』
 送られた命令は、相手の左翼だ。
 ゆっくりと開き高速戦艦が前に出た瞬間、着弾した。

 花火のように花開く閃光を最後まで見る事もなく、アレスはコンソールを叩いた。
 相手の一撃を押さえ、いなし、あるいはかわす。
 次々と入力される情報に、画面に情報が流れていく。

 それを黙って見ている余裕は、アレスにはなかった。
 全面的な劣勢だ。
 相手が数で侵攻しようとする一撃を、わずか二千の艦隊が押しとどめる。

 こちらを包囲しようと動いた艦隊を、あるいは突撃を狙う艦隊に対抗するのは、アレス艦隊だけだ。
 めまぐるしく動く状況に、ただアレスのキーボードを叩く音が鳴り響く。

 だが、健闘もむなしく、アレス艦隊はゆっくりと後ろに後退していった。

 + + +

 粘るな。
 決して、舐めていたわけではなかった。
 戦端が開いて五分。
 敵は次第に下がり始めるが、壊滅とまではまだまだ呼べそうにはなかった。

 先日のアッテンボローのように、逃げるわけでもない。
 その場に留まっての五分である。
 モニターで見れば、敵は小さなもので、すぐにでも潰せそうなものである。
 だが、予想以上の粘りによってそれが出来ない。
 後輩ながらに称賛したい気分だ。

 自分であればどうしただろう、すぐに白旗をあげただろうか。
 それに比べ――。
「アルドワン。右翼の一年生を止めてくれ、少し前に出過ぎだ」
『わかりました。ただ、左翼の坊主も少し突出してますね』

「既に伝達済みだよ」
『了解、さすがです』
 さすがでも何でもないだろう、こんな子供に対する母親のような仕事は。
 熟練されたアレスの動きとは違い、いまだにこちらの一年生と二年生の動きは甘い。いや、それが普通なのかもしれないが、相手を攻めるために前に出ようとする。

 有効射程距離であれば、前だろうが後ろだろうが相手に対する威力は変わらないのだが、それが知識で知っていても、体ではいまだ覚えてはいないようだ。
 そこをアレス・マクワイルドはしっかりと狙い、攻撃を加えてくる。
 そのフォローのために、ヤンも四学年のドナルド・アルドワンも苦労することになる。

 いまだに相手を一蹴できない理由の一つであった。
 まさに未熟な人間のフォローという、通常のシミュレート訓練では体験できない事をしているわけだが、あえて体験をしたいわけでもない。
 それでも兵力差は絶望的であり、このまま攻撃を加えるだけで限界点を迎えた敵は殲滅出来るだろう。

 だが、時間がない。
 あまり時間をかけ過ぎれば、敵の援軍が到着する。
 その前にもう一艦隊ほどは削りたいからね。
 ヤン・ウェンリーの頭の中には、最初から敵の本拠地を攻略する目的はなかった。
 防御施設への分散攻撃により、敵を分散させ――合流する前に各個撃破する。
 ワイドボーンやローバイクなどの本隊を狙う必要もない。

 二千隻の艦隊を二つばかりでも撃破すれば、あとは時間切れで勝ちが確定する。
 例え汚いと思われようが、それが最善で、何より一番楽な方法だ。
 次が来る前までに相手を撃破する必要がある。
 そのためにわざわざ偽装艦まで使って、相手を分散させた。

「アルドワン。プランBを」
『了解しました』

 + + +

 アレスの眼前で、敵の動きが変わった。
 ワイドボーンやコーネリアのように目を開くような、動きではない。
 だが、ゆっくりであるが、確実な艦隊の動き。
 そこに付け込もうにも、こちらには余剰兵力は存在しない。
 ただこちらを切り裂くことを目的にした、動きだった。

 それを見る事だけしかできないとはね。
 小さく呟きながら、アレスはわずかに入った休憩に指を止めた。
 手を休めながら、見守る画面で映るのは英語のVの形。
 即ち。

「鶴翼か」
 呟いた言葉の先で、相手の陣系が鶴のように大きく広がっていく。
 相手を包囲殲滅するに適している形だ。
 もっとも中央が薄いため、中央突破にも横からの攻撃にも弱い。
 だが、相手がアレスしかいない今では十分な形であろう。
 正面だけではなく、左右からも攻撃を加えるようだ。

 そこに驚くような戦術は存在しない。
 実に手堅く、アレスを食い破る。
 調子に乗ってくれればいいものをと、アレスは思う。
 奇策を得意としながらも、根本では確実に必勝の態勢を取る。

 厄介で、実に嫌な相手だ。
 相手が確実な手を使うのならば、こちらも確実な手を使わざるを得ない。
 そして、計算の先には援軍が来るまでに壊滅するだろうとの結果だ。
 時間を見れば、開戦からまだ五分ほどしか経過していない。
 まだまだ援軍が来るまでに、時間はかかるだろう。

 何もしなければ負ける。
 だが、見逃しの三振より空振りの三振の方がマシだろう。
 呟き、アレスはゆっくりと手をコンソールに戻した。
 眼前では、完全な鶴翼――V字型の陣形が完成していた。

 + + + 

 一瞬途絶えた戦火は、それに倍する勢いを持って再開された。
 ヤン艦隊のそれぞれの両端がアレス艦隊を包囲するように広がっていく。
 その先頭に向けて、攻撃を加えるのはアレス艦隊だ。
 しかし、それでもわずかばかり速度を衰えさせただけである。

 前後左右からの攻撃に、アレス艦隊は物理的に対応できず、次第に損害を拡大させていく。
 後退する速度を速くして、包囲から逃れようと動く。
 だが、それすらも想定のように相手からの攻撃は強くなっていく。
 艦隊数が千二百を切る。

 時間にしてわずか七分ほどであるが、縮小された時間であれば驚くほどの粘りだ。
 観客席の生徒は唾を飲み、教官の中でも小さな称賛が聞こえる。
 だが、それはあくまでも頑張ったとの過去形である。
 既にアレス艦隊の半分ほどが包囲されており、結末は誰の目にも明らかであった。

「彼は頑張った。もう十分だろう――主砲、斉射三連」
 アレスにとどめを刺そうと、ヤンの命令が小さく――しかし、はっきりと響いた。
 しかし、それが実行に移されるわずかな時間。
 その瞬間――ヤン艦隊の左翼が崩れた。

 + + +

 何が起こったのか、理解できたのは観客席の教官でもわずか数名程度。
 生徒だけであれば、ラップとアッテンボローなど数名だけであっただろう。
 崩れた左翼を担当していた二学年の生徒は、何が起こったのか理解も出来ずに、大きく陣形を乱した。

 それは防御施設Aからの、防衛射撃。
 次第に後退していたアレス艦隊を包囲するように、大きく展開したヤン艦隊は、その左翼の一部を防御施設Aの攻撃範囲にまで引き込まれていたのだった。
 その一瞬を見逃すことなく、アレスは陣形を変える。

 それは敵艦隊を貫く鋒矢の陣形だ。
 左翼の混乱に乗じて、食い破れば、鶴翼に広がった敵の中央は薄い。
 ヤン艦隊を目指して、一つの矢が走りだした。

 + + + 

 正面に向かう矢に、ヤンは小さく称賛を言葉にする。
 わずかな隙を見逃さない。
 いや、それは彼にとっては最後の希望であったのだろう。

 困難な状態からも諦めずに、一瞬のチャンスを作る。
 まさに名将と言って良い器だ。
 彼が進む未来に、歴史家としての心がわずかに動かされる。

 おそらくこれからは彼も英雄としての道を進むだろう。
 同じ時代に生まれて、その活躍を見て、分析が出来るのは実に幸運なことだろう。
 崩れた左翼を一蹴しながら進み来る。
 包囲のために離れた右翼では対応できない。

 だからこそ、残念だ。
 そんな名将に土をつけることになるとは。
 後世の歴史家からは自分は何と批判されるだろうか。
 そう思えば、小さく息を吐き、ヤン・ウェンリーは笑った。

 + + + 

「油断しない事も才能だな。あるいは、それすらも予想していたのか」
 もはや呆れすらも言葉に乗せて、アレスは呟いた。
 当初はV字型であった鶴翼が、現在では中央を厚くしてYの形に変わっている。

 いつからそうであったのかは、この際考える事は無駄なことだ。
 ただ偶然か必然かはおいて、このまま突っ込めば敵旗艦を破壊する前に勢いを潰されて、包囲されるという現実である。
 かといって、急遽進軍を止める事はできない。

 中央突破に優れた鋒矢の陣は、防戦にはそぐわなすぎる。
 一度後退して陣形を整えるにしては、深く入り過ぎている。
 かといって、前に進めば包囲される。

 まさに八方ふさがりの現状で、アレスはコンソールにおいた手を止めた。
 脳裏によぎる情報全てが、どうしようもないという現実を突きつける。
 時間を見れば、十分が経過していた。

 一万三千を食い止めたにすれば、まだ持ちこたえた方であろうか。
 そうなれば、残すは。
「全軍。斉射三連! 敵中央を突破する」

 呟いた言葉、そのままにコンソールに命令を叩きつけた。

 + + +

 敵の勢いが増した。
 おそらくは幾末を悟り、全艦隊による一斉の砲撃が始まったのだろう。

 これまでにない攻勢は、まさに烈火としての名前に偽りはない。
 それでもヤン艦隊は冷静に対処した。
 厚みを増した中央がアレス艦隊の勢いを受け止め、混乱から回復した左翼と右翼が包囲を強めていく。

 前後左右からの攻撃にさらされたアレス艦隊は、数は千を切っていた。
 それでも諦めを見せない。
 大したものだと驚きを見せながら、ヤンは攻撃を命令しようとして、動きを止めた。

「まずい」
 小さく呟いた言葉の直後――ヤン艦隊の右翼が、背後からの攻撃に大きく崩れた。

 + + + 

 リシャール・テイスティアは、ワイドボーンからの命令を受けて、コンソールにおいた手を止めていた。
 動きだそうとした手が、動いてくれない。
 頭ではなく、身体が駄目だと告げる、その状況をテイスティアは知っていた。

 何かがおかしい。

 それを正しく言葉では説明できないが、その事が手を止めている。
 コーネリア艦隊が敵一万五千に接触した。
 その事は不思議ではない。
 敵は全軍を持って、D地点から攻勢を仕掛けたのだろう。
 だが……。

「なんで一万五千も」
 敵はおそらくは二つに分けていた。
 AとBの防御地点を攻めた二千隻とCとDの防御地点を攻めた二千隻だ。
 そして、AとDをそれぞれ攻めていた二千隻はテイスティアとコーネリアの艦隊が向かうと、逃げだして再びBとC地点に攻め始めた。

 だからこそ、テイスティアは防御施設Bの周回にいるのだが。
 そこからB地点に攻めていた艦隊も合流して攻勢を仕掛けたのだろうか。
 時間的には可能。
 だが、それはあくまでもぎりぎりの時間。

 わずかな連携の乱れで間に合わないかもしれない。
 ましてや決定された時間ではなく、敵の動きで変化する戦況で、だ。
 それならば、テイスティアであれば残る二千で、さらにワイドボーン率いる本隊を引き込んだだろう。

 自然と、テイスティアの手が動き、艦隊の進行方向を変えていた。
 何かおかしい。
 その想いだけで実行した行動――だが、それが、アレス艦隊を救う事になった。

 + + +

 後方から一斉に攻勢を受けた右翼は、大きく陣形を乱した。
 その崩れを見逃すことなく、アレス艦隊は右翼に方向を転身。
 右翼に一撃を加えて、包囲網から脱出する事に成功した。

『だ、大丈夫ですか。アレス先輩』
「ああ。助かった。でも、何故こんなに早く?」
『その、何となく……です。何となく、変だと思って』
「随分と頼もしい何となくだ。ワイドボーン先輩にはそれを言ったのか?」

『あ。あ、いや、その……忘れてました。伝えるの』
「……」
『えっと、その間違えていたらどうしようと思って』

「テイスティア。間違えた情報を伝えるのはいいとしても、せめて自分の艦隊の動きくらいは、総司令官に伝える必要があると思うぞ」
『その、ごめんなさい』
「まあ、いいさ。おかげで助かった。終わったら、俺も一緒に叱られてやる」
『ありがとうございます』

「そこはごめんなさいだろう」
 小さく笑いながら、アレスは通信を打ちきる。
 アレス艦隊に合流したテイスティア率いる二千隻。
 対するヤン艦隊も、一斉に攻勢を仕掛けることはない。

 一度艦隊を引いて、こちらの様子を見ている。
 助かった。
 しかしながら、いまだ戦力は四倍近い差がある。

 両軍が陣形を整え――再び激突を開始した。

 
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