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剣の丘に花は咲く 

作者:5朗
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第十章 イーヴァルディの勇者
  プロローグ

 山間から広がり始めた日の光により、月と星の輝きが薄れていく。
 黒と青が混じり合い、紫に染まる空の下には、本塔を中心に、五つの塔が五角形の形に建てられた―――トリステイン魔法学院。
 トリステイン魔法学院の六つの塔の内の一つ。火の塔と呼ばれる女子学生が住む学生寮である塔に、いくつもの窓の姿が見える。日が昇り始めたとは言え、未だ夜の闇が残る時間帯。窓の向こうには、その部屋の主の意識の如く、闇が広がるだけで、一切の明かりを見ることはない……筈であった。火の塔に見えるいくつもの窓の向こう、たった一つだけ微かな明かりが漏れる部屋があった。
 微かに開いた窓の奥へと向かえば、ガランとした部屋の中心で、ふしくれだつ大きな木の杖の先に魔法の明かりを灯し、一通の手紙を広げる少女の姿が。少女が持つ手紙には、署名も花押もなにもなかったが―――しかし、少女―――タバサにはその差出人が誰であるかは―――痛いほどわかっていた。
 紙には短く、ただ二つのことが書かれていた。

 シュヴァリエの称号を剥奪すること。
 そして、ラグドリアンの湖畔に蟄居していたタバサの母親の身柄を取り押さえたこと。

 手紙から顔を上げたタバサは、杖に灯した魔法の明かりを消すと、窓に向かって歩き出す。
 微かに開いていた窓を完全に押し開いたタバサは、手に持った手紙を細かく千切ると、開け放った窓から千々にちぎれた手紙を投げ捨てた。
 窓から捨てられた手紙が、風に舞い上がり宙を踊る。
 ひらひらと千切れた白い手紙が雪のように空を舞う。
 
 ―――シュヴァリエの称号などに未練は欠片もない……。

 ―――元々誇りもなにも感じられないようなものだ……。

 ―――称号ではなく、自分を縛る首輪と感じていた……。

 ―――なくなって清々しているほどだ……。



 ……しかし……母は違う。

 元々囚われの身ではあったが、そんなことは関係ない。

 絶対に母を取り戻す。
 
 不意に強い風が吹き、踊るように宙を舞っていた手紙の欠片が吹き乱れる。
 タバサの目には、朝と夜の境。
 紫の世界が広がっている。
 差し込みだした日の光に目が眩んだのか、一瞬瞼を閉じたタバサが、顔を窓の外に出して短く口笛を吹いた。
 小さく細い口笛が、澄んだ朝空に解けて溶けていく。口笛を吹き終えたタバサが目を開け顔を窓の中に戻すと、羽ばたきの音が響き、シルフィードが上空から降りてくる。
 その姿を確認したタバサは、直ぐさま窓枠に足をかけると、シルフィードの背に飛び乗る。

「ガリアへ」

 タバサの呟きに、シルフィードは『きゅいっ!』と一鳴きすると、大きく翼を羽ばたかせ始めた。向かう先は、日が昇ろうとする太陽の姿が。
 昇りゆく太陽に向かうように飛ぶシルフィード。
 タバサは眩い太陽の明かりに顔を逸らす。
 視界に、小さくなった学院が映る。
 不意に、彼の言葉が脳裏に蘇る。

『みんなで食事にしよう』

 

「―――……ごめんなさい」


 口の端から漏れた微かな声は、誰に聞かれることもなく溶けて消えていく。 


 約束は―――もう、果たせそうにない。



 
 

 
後書き
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