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トワノクウ

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トワノクウ
  第二十二夜 禁断の知恵の実、ひとつ(四)

 
前書き
 混成談義 

 
 ようやく授業が終わった。
 最後に菖蒲が学童に何かの文を群読させて、学童たちは解散となった。いかにも解放されたという空気で教室を出ていく風景は、明治も現代も同じらしい。


「さて。本題に入りましょうか」

 教材を片付け終えた菖蒲が、目尻を下げた。目が濁っていなければ心和らぐ表情だったに違いない。

「篠ノ女空さん、今日はどのような用件でいらしたのですか」
「梵天さんからお聞きして、菖蒲先生がお持ちの知識を教えていただきに参りました」
「和算や手習いを覚えに来たわけではないのでしょう」
「はい。混じり者の話と、人と妖の話です」

 梵天は、くうと菖蒲は同じだと言った。菖蒲から学ぶとしたら、その話に他ならない。

「梵天たっての頼みでは、引き受けないわけにはいきませんね。お教えする前に、篠ノ女さんはどれくらい人と妖の事柄をご存じですか?」
「えっ。えーっと」

 あまつきに降り立ってから今日まで、見て聞いて触れてきた妖、そしてそれに対する人の対応を思い返す。

「人は文字通り人間。妖は文字通り妖怪。両者は敵対していて、排除し、排除される関係にある。人は妖と交わることができますが、妖は人と混ざることはない。こんな感じ、でしょうか」
「満点です。人と妖の現状を正しく理解していますね」
「身をもって理解せざるをえないことがあったものでして」

 薫に、潤に、一度ずつ殺されて。

 明るく言ったつもりだが、上手くいっただろうか。
 菖蒲を窺うが、菖蒲は貼りつけた笑顔のままだったので分からなかった。

「では、混じり者については?」
「犬神筋や獣憑きなんかの混じり者は両者の中間にあって、どちらにも所属していない」

 露草が「どっちつかずの半端者」と言っていたので、くうもそれを参考に回答した。

「正解です。篠ノ女さんはよくお勉強しておられる」
「あ、ありがとうございます」

 正面切って褒められると照れる。学校の授業は、教師も生徒も出来て当然の認識なので、正答であっても褒められたりしない。くうは他者の賛辞に慣れていなかった。

「では最後の問題です」

 くうは自然と背筋を正した。

「混じり者とは、どうやって生まれるものでしょうか」
「え。どう、やって?」

 混じり者とは朽葉のように生まれつき混ざったものではないのか。しかし、そうなると薫の説明がつかない。薫は彼岸では普通の女子高生だった。後天的な妖憑きがいる証拠だ。では後天的な妖憑きはどのようにして生成される?

「えっと、ええっと、あの」
「ほらほら頑張ってください。答えられたら、ご褒美に妖がどうやって生まれるかを教えてあげますよ」
「ふぇぇぇ!?」

 混じり者に続いて、妖。もうくうの頭はパンク寸前だった。目をうずまきにするまで考えても、有効打が出て来ない。

「……………………すみません、分かんないですぅ~」

 がっくり。くうは、くずおれた。ドレスが広がる勢いで。

「そんなに難しく考えなくていいんですよ。要は貴方自身がどういう経緯でその身体になったか思い出せばいいんですから」

 はっとする。思い出せば、くうも混じり者だった。すぐに思い当らなかった、すなわち自覚が甘かった己を、くうは恥じた。

「……くうは一度死んで、(しん)を梵天さんの手で鳳に移し替えてもらいました。混じりえない両者が混じるためには、片方……ひょっとして両方が死んで同化しなければならない、ってことですか」
「その通りです。篠ノ女さんは(たい)を、その鳳は(しん)を、それぞれ失っています。別に梵天の助けを介す必要はありません。人と妖が死して、どちらかの体(たい)にどちらかの心が宿る。それが後天的な混じり者の成り立ち、憑き物筋の始まりです」

 はー、とくうは感心した。知ってみれば意外とあっけない構造をしている。

「もっとも先に述べた事象が起きる自体まれです。己の意思で起こそうと思ってどうにかなる事態ではありません。やったとて体(たい)も心(しん)も拒絶反応を起こして共倒れが関の山。本気で順応させようとするからには〝梵天〟の権能がいる。それが彼が天座に君臨していられる理由です」
「で、でも、菖蒲先生も混じり者……ですよね? 菖蒲先生はどうやって、ていうか、えと、誰の体と同化、したですか?」
「梵天から聞いていないのですか? 私の体(たい)は梵天と露草の養い親のものです」

 意味を理解するまでに分単位の時間を要した。

「え、えええ!? じゃ、じゃあ菖蒲先生って、お二人のお父様なんですか!?」
(たい)だけは、ね。(しん)のほうが優先するので、私個人は彼らを友とその弟、という具合に見ていますが。まあ、たまに白緑の(たい)に引きずられて親の気分にさせられることもないではないです」
「びゃくろく?」
「この(たい)の元の持ち主の名ですよ。あの兄弟の育ての親で、前天座の主、白緑。いきさつは省きますが、私は一度死にかけ、梵天の手によって白緑の(たい)を己の(たい)にすることで生き長らえました。だから私はここにいる。梵天は私にとって友であると同時に恩人なんですよ」

 俺が人間を手厚く匿うような妖に見えるかい――前に梵天は言ったのに。

(バリバリ助けてるじゃないですか。しかも銀朱が昔の名前ってことは、この人、敵のトップじゃないですか。梵天さんのうそつき!)

 ――どこかの空の下、一羽の鳥がくしゃみをした。


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