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恋姫無双~劉禅の綱渡り人生~

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劉禅、賊と戦い忍びと会う

 俺が連れて行かれたのは、洞窟の中だった。確かに、ここなら人にあまり知られていないし、守るのに適している。
 俺は洞窟の内部の様子を窺い続けた。洞窟の中は入り組んでおり、分かれ道も複数存在する。下手に動き回ると迷いそうだ。
 洞窟の奥まった所に、賊の頭は居た。かなり大柄な男であり、周囲を四人の側近で固めている。
「おう、連れてきたか」
「へいっ」
 俺を担いでいた賊たちは、頭の前に俺を降ろした。
「ほう、今回の女は肝が据わっているようだな。大抵は怯えるか、許しを請うものだがな」
 冷静に周囲を窺う俺を見て、頭は不思議そうな顔をする。
「単に恐怖で動けないだけじゃないですか?」
 子分たちは笑って言う。
「いや、目が落ち着いてやがる。何か嫌な感じだ」
 頭が探るように俺を観察する。
(もう少し、近づいて来い。一撃で殺してやる)
 俺は密かにそう思いながら、いつでも動けるようにこっそりと身構える。武器は、懐に忍ばせている短刀のみ。失敗は許されない。
 しかし、頭はあまり近づいて来なかった。
「どうも変だな。この女、お前らにくれてやる! 存分にやっちまっていいぞ」
「お頭、いいんですか!」
 頭の言葉に、数人の賊が歓声をあげた。
(こうなったら!)
 俺は素早く地面を蹴り、一気に頭に突っ込んで行った。
「お頭っ!」
 賊たちが叫ぶ。しかし、誰も急のことで動けない。それは頭も同じだったようで、あっさりと俺に腹を刺されて倒れた。
「……ぐっ、女……貴様」
 頭は状況を理解すると、俺を睨みつけた。
「悪いな。俺、女じゃねえんだ」
 俺は素顔を晒し、頭に止めを刺した。
「賊だっ! 賊が出たぞっ!」
(おいおい、自分らを差し置いて賊呼ばわりかよ……)
 頭を討たれた者どもは騒ぎ出す。もちろん、見逃す筈がない。下手に抵抗される前にと、劉禅は近くにあった刀を手にして賊を斬って回る。
 しかし、その場に居た賊全員は討ち取れず、一人を逃がしてしまった。


「そろそろ行きましょう」
 普浄は、村の若者百人とともに賊のアジトへと向かった。
 道は、劉禅が目印を密かに落としていたから迷うことは無かった。彼らは迷うことなく洞窟の近くまでたどり着いた。
「行きますよ」
 時間から考えて、そろそろ劉禅が内部で暴れている頃だろう。あまり突撃が遅くなると、劉禅が本当に死んでしまう。
 普浄は先頭に立って洞窟に突っ込んでいった。
「何だお前らは!」
 洞窟内部に入った直後、武装していた賊が普浄達を見咎めた。普浄は答えることなく、その賊を棒で叩き伏せた。
「見事に入り組んでますね」
 洞窟内部に突入するが、分かれ道がいくつもあり、まるで迷路のようだった。
「……これは、劉禅殿を探すのに手間取りそうですね」


「くそっ、何だこいつら」
 俺は、多数の賊に追い込まれ、焦っていた。
 機先を制して頭を討ち取った後、洞窟を脱出すべく動き回っていたのだが、頭の死を聞いた子分たちが向かってきたのだ。たかが烏合の衆であり、頭さえ無くなれば蜘蛛の子を散らすように逃げると予想していただけに、この状況は大変な誤算だった。
 しかし、洞窟内部での戦いなので、勝算が無い訳ではない。洞窟の、特に狭いところを選んで戦えば、囲まれることは無い。つまり、背後を気にせず戦えるということだ。この狭さなら、同時に来られてもせいぜい二・三人程度だ。その程度なら問題ない。さっきまでは、そう思っていた。
 今、俺の背後には五人の女が居る。これまでに攫われてきた村の女だろう。戦いながら出口を探して動き回り、偶然入り込んだところに、その女達は居た。はっきり言って、戦うにはかなり足手まといになっている。しかし、見捨てていくわけにはいかないのも事実だ。
 しかも、状況が変わってきている。賊達はまともな武では敵わないと見たのか、むやみに攻撃してこなくなったのだ。
(やっぱり、そんなに甘くないよな……)
 俺は内心で呟く。これだけの人数が居れば、頭の回る奴だっているだろう。
「油をぶちまけて、火矢を打ち込めっ!」
 ついには、そんなことまで言い出す奴も出てきた。
(拙い、そんなことされたら終わりだ)
「俺の後について来い!」
 俺は背後の女達に声をかけ、飛び出した。最早狭いところで迎撃、なんてやってられない。俺は火矢を打ち込まれる前に、賊の集団に突っ込んで行った。
 斬って、斬って、斬りまくる。しかし、これで状況が変わる訳ではない。有利な地形を捨てるということは、それだけ危機にさらされる機会が多くなるということである。さらに、背後の女達も気にしなければならず、俺はあの呂布のような古今無双の武将でもない。頬を切先が掠め、脇腹を浅く斬られ、あるいは左腕を刺される。急所は何とか外しているものの、見る見るうちに俺は傷だらけになっていった。
 それでも俺は、何とか賊を蹴散らす。しかし、五十人程斬ったところで、俺は動きを止められてしまった。
「へへっ。おとなしくしないと、この女殺すぞ」
 賊の一人が、女を人質にとったのだ。その賊が背後に回りこんできたのは気付いていたが、多勢に無勢で、どうすることも出来なかったのだ。
 俺は剣を捨てた。普浄は、まだ来ない。一人で賊を全滅させる自身が無いうえ、人質をとられてはどうしようもない。
 しかし、何かがおかしい。今までの経験上、普通賊は頭を失えば四散するのだが、こいつらは猛然と向かってきている。
「よくも好き放題やってくれたな。絶対にゆるさねえ。じわじわ嬲り殺しにしてやる」
 賊がそう言った時、ふいに何かが飛来し、女を捕らえていた賊の額に刺さった。その様子を見た他の賊は、慌てふためく。解放された女は、すぐにその場から駆け出し、俺の背後に隠れるようにしがみ付く。
 最初は普浄が来たのかと思ったが、どうやら違うようである。現れたのは、一人の黒装束だった。ご丁寧に、素顔まで覆面で隠している。
「この野郎!」
 残りの賊が覆面に斬りかかる。しかし、瞬く間に全員、覆面に斬り殺された。
「……お前、何者だ?」
 俺は覆面に問いかける。こいつ、賊だけでなく俺にも殺気を向けているところを見ると、どうやら味方でもなさそうだ。
「劉禅。お前の命、この俺が貰い受ける」
 その人物は、俺に向かって武器を向け、宣言する。背後では、ヒッと女達が短く悲鳴をあげ、へたり込む。
(今度こそ終わったか)
 俺には戦えるだけの余力が残っていない。残っていたとしても、あの覆面の武を見た後では、到底無事で済むとは思えなかった。
「……忍び、か」
 俺が見たこともない武器、特徴的な姿。今思い出したが、確か北郷直属の戦闘集団の特徴と、目の前の男が一致するのではないか。北郷はその集団のことをこう呼んでいた。――『忍び』と。
 だとしたら、俺はもう助からないだろう。俺は死を覚悟した。

 しかし、幸運というか、悪運が強いというか、またしても俺は九死に一生を得ることになる。
「劉禅殿ー」
 この期に及んで、普浄がやっと追いついて来たのだ。その背後には、村の若者達も控えている。
「……邪魔が入ったか」
 覆面は舌打ちをすると、何かを地面に投げつけた。白い煙が湧き上がり、視界が塞がれる。俺は覆面の攻撃を警戒したが、いつまでたっても攻撃は来なかった。そして、視界が晴れたとき、覆面は忽然と消えていた。
「劉禅殿、あの者は? 一体何が?」
 普浄は俺に問いかけたが、俺は答えなかった。
 
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