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豹頭王異伝

作者:fw187
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潮流
  青星党の使者

 
前書き
エピグラフ
「パロ、クム、ユラニア、モンゴール、場合によっては沿海州諸国や草原諸国にも檄を飛ばし、キタイの中原侵略の意図を告発し誅伐の兵を起こす。東方最大の強国対、全中原の大戦争だ。俺は、其の軍を率いてキタイを攻める心算なのだ」
・グイン・サーガ外伝第12巻『魔王の国の戦士』、ケイロニア黒竜将軍グイン 

 
「父は、ナリス様を良く思っていません。
 アルシス王家と距離を置く為と言うより、ナリス様に含む処が有る様でした。
 身体を損なわれる以前とは異なり、聖王に相応しい御方だと何度も言ったのですが。
 …父は僕が、そのう、リンダ様の色香に迷わされていると受け取ってしまった様です。
 マルガに残ると先刻は言いましたが、父に余計な不信感を募らせたのは僕の責任ですね。
 カラヴィア軍の参陣が一刻も早く必要だと納得しました、僕が父を説得します」

「アドレアン様、状況を御理解下さり誠に助かります。
 ゴーラ軍が先に当地へ入れば、ケイロニア軍の動向に影響が出かねませんが。
 カラヴィア軍が神聖パロ本拠に入れば、ゴーラ軍も迂闊な行動は控えるでしょう」
 現時点で新生ゴーラ王国を正式に認め、国交を樹立しているのは一応盟邦の隣国のみ。
 クム大公国も現在の大公、三公子の末弟にして唯一の生存者を救われた故に他ならぬ。

 イシュトヴァーンが訪れた地は例外無く、虐殺の巷と化す。
 《炎の破壊王》と物騒な異名を奉られ、怖れられるに相応しい《実績》が存在する。
 紅都アルセイスに於ける鮮血の惨劇、クム3公子と滅亡した老大国ユラニア3公女の婚礼。
 モンゴール大公国の命脈を断ち切る簒奪者の一撃、トーラスに於ける裁判と血塗られた結末。
 幼い頃に培われた生命の恩人イシュトへの想い、感謝の念が消えた訳ではないが。
 複雑怪奇な国際情勢の対処には、幻想を抱かず身も蓋も無く現実を直視する姿勢が肝要となる。

 ナリスは嘗て中原全体に関わる事態の故、全ての国々へ使者を立てると表明。
 鎖国を続ける太古王国ハイナム、キタイの暗殺教団まで引合いに出し反応を窺ったが。
 新生ゴーラを匂わせた途端、親代わりを自認する一徹者の聖騎士侯ルナンが猛反発。
 他の皆も『他の国は兎も角、それだけは容認出来ぬ』と無言の圧力(プレッシャー)を掛けた。

「ゴーラ軍に参戦されると最も困惑するのは、我が方に他ならぬのですが」
 ヨナ自身も神聖パロ参謀長として振る舞い、血も涙も無く断言せざるを得なかった。
 アドレアン公子は衰弱を隠す為、真紅の外套(マント)を纏い崇拝する姫君に敬礼。
 上級魔道師ディランに護衛され、閉じた空間を経て息子の身を案じる伊達男の許に急行。
 数ザン後『説得は無事成功』の連絡、心話が届き神聖パロ参謀長は愁眉を開いた。

 アドロン以下の総勢3万5千は急造陣地を引き払い、マルガに向け移動を開始するが。
 カラヴィア軍が無事マルガに到着しなければ、ゴーラ軍は何を仕出かすかわからない。
 ヨナは竜王の操る異次元の怪物、竜の門に襲われ壊滅する最悪の事態も想定するが。
 冷徹(クール)に徹し優先順位を判断、熟慮の末に魔道師の増援を中止。

 グインは各部隊を一旦、エルファに集結させる模様だが。
 リンダの要請に応え、カレニア政府の支援を表明している。
 世界最強のケイロニア軍を敵に廻すとなれば、イシュトヴァーンと雖も相当な覚悟が要る。
 ゴーラ軍の将兵も二の足を踏み、移動速度が鈍ると推定し古代機械とアルド・ナリスの護衛を優先。
 心を鬼にして上級魔道師ロルカ、数名の下級魔道師は最後の切り札として残す。
 カラヴィア軍の護衛は上級魔道師ディラン、部下サルスに限り運を天に任せると決めた。

 レムス軍の約2万は第三勢力、カラヴィア軍の転進に伴い別働隊タラント軍に合流。
 クリスタルを護る態勢を崩さず、ダーナムに睨みを効かせ神聖パロ側を威圧。
 パロ北西部では竜の歯部隊が行軍を再開、レムス側の魔道士に拠る奇襲も予想されたが。
 上級魔道師ギールは姿を隠し、上空から抜かり無く周囲を警戒。
 グインが数タルザン毎に受け取る念波、心話は『異常なし』と告げる物ばかりであった。

 黒竜将軍トールの許に通常より数倍早く、伝令が到着し集結地エルファに進路を変更。
 下級魔道師ディノスは周辺を魔道で走査《スキャン》、異常が無い事を確認。
 続いて金犬将軍ゼノン、ワルスタット選帝侯ディモスの許に伝令を伴い移動。
 伝令の騎士は各部隊の指揮官から返事を預かり、ディノンの術で通常より数倍早く復命。
 エルファに入った遠征軍の最高指揮官、グインを思い掛けぬ人物が待ち受けていた。

「ユー・メイではないか!
 どうした、キタイで何かあったのか?」
 東方の魔都で暗殺教団の刺客、闇の司祭、鬼面の塔と闘った北の勇者に駆け寄る小柄な姿。
 生き別れの兄妹再会を実現した恩人、豹頭の戦士を見い出し黒曜石を思わせる瞳が輝く。
 嘗て青鱶団の戦闘班長を務めた黒い小竜、シャオロンの妹ユー・メイ。
 彼女は男の子の格好を止め、兄に良く似た端整な顔立ちを際立たせていた。

「グインさん!
 会いたかったよっ!!」
 馬から降りたグインは、小柄な少女に太い腕を差し伸べた。
 8歳になる筈の浮浪児ヴァニラ、改め少女ユー・メイが抱き付く。
「このおじいさんが、連れて来てくれたのっ」
 再び思い掛けぬ者を見出し、黄玉《トパーズ》色の眼が強い光を放った。

「イェライシャではないか!
 おぬしがユー・メイを連れて来てくれたのか?」
「元気そうで何よりだ、王よ。
 この娘をキタイから連れて来たのは、わしの意思ではないがな。
 お主の盟友とも言うべき青星党の指導者、キタイの民を束ねる大君の器を備えた若者。
 希望の星と成りつつある存在、リー・レン・レンからの使者としてな」
 ドールに追われる男、イェライシャが飄々と微笑い豹頭王に頷いた。

 魔道師の陰から特徴の有る帽子、キタラを抱える吟遊詩人が姿を表す。
 3人目の登場に驚いた素振りを見せず、グインは眼光を抑えた。
「お前もか、マリウス?
 まさか、キタイまで行って来た訳では無いだろうな?」
 サイロンを飛び出した聖王家の異端児、ササイドン伯爵は気後れした様子で表情を窺うが。
 ユラニアの青髭から鉄面皮と評された異形の豹面、特異な容貌からは何の感情も読み取れない。

「僕は、そのう、パロに向かう途中で、この人に助けて貰ったんだ。
 ユリウスが出て来てさ、グラチウスの許へ行かれそうになったんだけど。
 イェライシャの薬草を摘んだ後、グインに相談する方が良いって助言されたんだよ」
 珍しく歯切れの悪い口調で喋る饒舌の徒、ヨウィスの民を自称する聖王国の第4王位継承権者。
 マリウスは尚も何か言い掛けた途端、断固とした口調で遮られ思わず口を噤んだ。
「すまぬが、後にしてくれ。
 俺はキタイで何が起きているのか、一刻も早く知らねばならん」

 言いたい事は胸に溢れ返っているが、何から話せば良いか見当が付かない。
 ユー・メイも吟遊詩人と同様に一言も発せず、困った顔で後ろを振り向いた。
「私には上手に説明出来ない事が一杯あるから、おじいさんから話して貰って良いですか?」
 ドール教団の先代最高司祭、水竜に由来する太古王国ハイナムの神官であったかも知れぬ男。
 イェライシャは穏やかに微笑み、シャオロンの妹に安堵の表情が拡がる。
 グインが肯く仕草を確認した後、ドールに追われる男が語り始めた。

「キタイでは王の去った後、未来の大君と見込んだ若者が急速に勢力を拡大していた。
 リー・レン・レンは嘗ての青鱶団、清花団を中心に組織を拡大し青星党を名乗っている。
 家族を返せと告発する勇気を持つ者、誰もが願っている希望の代弁者が初めて現れたのだ。
 彼は望星教団の支援を受け家族の消息を求める遺族、キタイの民の希望を一身に集めた。
 竜の門共は青星党を攻撃したが、ヤン・ゲラールは王との契約を守っている。
 元青鱶団や清花団の戦士達が負傷の後、王が見込んだ少年の護衛は望星教団が引き継いだ。

 青星党と望星教団は各地に連絡を取り、シーアンから戻らぬ女達は10万を超えると判明した。
 シーアンに妻や娘を連行され、キタイの現状を憂える人々に正確な情報を与えた。
 竜王に抵抗を続ける青星党の指導者、リー・レン・レンの名は全土に知れ渡った。
 旧王家の残党や古い信仰を奉じる者達も好機と見て、家族の返還を求める運動に参加している。

 若き指導者は新都シーアンを標的に定め、キタイ各地の勢力を糾合し味方に付けた。
 ヤンダル・ゾックも聖王の遠隔操縦、古代機械の獲得を一時的に断念した模様と見える。
 リー・レン・レンを護る戦士達は執拗な攻撃を受け、決起以前に多大な犠牲を出しているが。
 戦いの様子はキタイ全土に報じられ、却って各地の反乱を激化させる事となった。

 竜王は教主ヤン・ゲラールに対し、リー・レン・レンから手を引けと最後通牒を発した。
 従わねば望星教団の信徒を一人残らず、キタイ全土から掃討すると宣告してな。
 だが暗黒魔道師連合の時と違い、ヤン・ゲラール以下の全教団員は覚悟を固めた。
 キタイの民と青星党を擁護する、と望星教団の教主は宣言したのだよ。

 シーアンに拉致された妻や娘を還せ、と求める声は各地で燃え拡がった。
 竜王が如何に強大な力を振るおうとも、キタイ全土を同時に鎮圧する事は出来ぬ。
 傀儡国家を必要とする闇の司祭、グラチウスめは絶好の機会と判断したのだな。
 彼奴めは暗黒魔道師連合を再興する為、キタイに舞い戻っておった。
 独立運動の鎮圧に当たる竜の門を各個撃破して、竜王の力を殺がんとしている」 
 

 
後書き
 外伝『魔王の国の戦士』で初めて、キタイの旧都ホータンが描写されています。
 キタイのリー・レン・レンや、ヤン・ゲラールが気掛かりです。
 ヤンダル・ゾックが遥かノスフェラスを越え、サイロンやヤガに現れると云う事は…。
 キタイの反乱は制圧され、青星党や望星教団は壊滅してしまったのでしょうか? 
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