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豹頭王異伝

作者:fw187
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  光の船

「的確で論理的な良い質問だね、状況確認の要点を簡潔に纏めている。
 初歩的な事だよ、ヨナ君。
 竜王には夢の回廊、或いは異次元の蜘蛛しか私に直接働きかける手段が無い。
 他にも存在しているものならば、既に使用していた筈だよ。
 君達を大騒ぎさせている物体は、夢の回廊の産物でなければ異次元の蜘蛛でもない。

 未知の結界が竜王の発生させた物なら、これまで1度も見せた事が無いのも不自然だ。
 現在は今まで投入せず温存してきた切り札を、私を拉致する為に投入する様な局面ではないよ。
 古代機械を操作可能と証明されたグインを捕らえる為、竜王は全力を投入したい所だろう。
 今の私が影響を受けているとすれば、竜王は新たに開発した直後の術を使っている事になる。
 私の知性は断固として、そんな偶然は都合が良すぎると判断し認める事を拒否するね」

 精神的視野に於いてナリスは、先程の念話《コンタクト》を再現してみせた。
「古代機械は自らを転送し得る、これは<マスター>にしか明かされていない事実だがね。
 思念波に拠ればグインは、私より上級の<マスター>であるらしい。
 パロ聖王家の歴史上、同時に2人の<マスター>が存在する事は無かったのだけれども。
 それに私の身体を治せる、とか言ってたな」
「なんですって!
 何故、それを早く言わないんですか!?」

 ふくれっ面で心話を聞いていたヴァレリウスが、此処ぞとばかり大声で喚いた。
 古代機械が認める聖王家の正統後継者、アルシス家の長兄はわざとらしい仕草で耳を覆う。
 白魔道師は顔面を真紅に染め感情が其の儘、念波と化して爆発するかと見えたが。
 瞳の中に猛烈な炎が踊り、灰色の眼が凄絶な光を映す。
 ヨナとのあからさま過ぎる対応の違いに、収まりが付かない。
 ナリスがわざとやっている事は、充分理解しているのだが。

「湖の中の小島に、連れて行っておくれ。
 古代機械に入るのは、私とヨナだけだからね。
 君には竜王に気付かれぬ様、外で結界を張っていて貰おうか。
 大導師カロン、魔道師の塔が事実上パロ最強と認め全権を委任した程の男だ。
 私は赤子の様に、君を信頼している。
 大船に乗った心算で、枕を高くして眠れそうだ。
 宜しく頼むよ、大魔道師ヴァレリウス卿」
 困った様な顔で、ヨナが振り返った。
 ヴァレリウスの思考は、表記を憚られる。

 パロ魔道師軍団の精鋭達は、リリア湖の小島に厳重な結界を張った。
 竜王側から見れば古代機械、ナリスを一挙に奪う絶好の機会《チャンス》。
 イェライシャとは何故か、連絡を取れないが。
 今度こそ、失敗は許されない。

 カロン大導師の命令を受け、魔道師の塔から総勢105名が派遣された。
 上級魔道師ロルカ、ディラン、他3名が各20名の下級魔道師を統率。
 上級魔道師ギール、数名の下級魔道師も増援前から神聖パロ側だが。
 下級魔道師1名は『竜にやられた』の遠隔心話を最後に、消息を絶った。
 ランズベール城、ジェニュアを脱出の際にも黒魔道師の攻撃を受けている。
 マルガに辿り着き、タウロを倒した時の魔道師軍団は約百名。

 キタイ勢力の侵略が実証された時点で、カロン大導師も総力戦に踏み切ったが。
 3千年に渡り直積された魔道の術、知識、研究成果は竜王の操る黒魔道に通用せぬ。
 パロ聖王家の隠密部隊、魔道士の塔に所属の白魔道師達は帰還命令に応えなかった。
 1級魔道師タウロ同様に乗っ取られ竜の門、隊長クラスの黒魔道師と化した可能性が高い。

 上級魔道師12名の他は竜の門に歯が立たず、下級魔道師の実力は相当に落ちる。
 ヴァレリウスと世界三大魔道師の差には及ばないが、約半分といったところか。
 下級魔道師も魔力の強弱と扱える術の精度は異なり、数段階に格付けされている。
 1級・2級の魔道師20名は中級とも称され、上級に準じる程度の術者も含まれるが。
 3級以下の魔道師40名は格段に魔力が落ち、竜の門には手も足も出ない。
 魔道師免状を持たぬ見習い、約20名も伝令の役割を務める為に動員された。

 パロ魔道師軍団の精鋭は慎重に閉じた空間を操り、ナリスを小島の隠れ家へと運び込む。
 イシュトヴァーンとナリスが嘗て再会を果たし、運命共同体となる選択をした因縁の場所。
 ナリスの身体は幸い、グインの注ぎ込んだ活力の効果で好調を維持している。
 古代機械の認める<セカンド・マスター>が瞳を閉じ、特定の思考を閃かせる。
 鍵となる念波を魔道師達が増幅して、水面下に向け送信。
 夕陽に染まる湖岸の水面から、未知の物体が姿を現した。

 水中を魚の様に滑り進む、流線型の細く美しい船体。
 船首には猫の頭を持ち、水晶の様に輝く守護女神の像。
 やや小型の純白の翼が双つ背中に生え、ルビーの様に赤い瞳が煌く。
 通常の船と異なり、帆もマストも甲板も無い。
 微かに白く輝く透き通った船体、水晶の様な材質で出来た天板と円筒が全体を覆う。
 奇妙な古めかしい字体で右舷に書かれた金色の文字は、《ランドック》と読める。

 第一段階の思念波に続いて、ナリスが新たな思考を紡ぐ。
 代々のマスターにのみ伝授される秘法、第二段階の《パスワード》。
 何処にも入口は無いかに見えたが、水晶の壁が音も無く左右に開いた。
 古代機械の《声》が響き、魔道師達の精神障壁《サイコ・バリヤー》を易々と貫通。
( セカンド・マスター<アルド・ナリス>、お入りください。
 ファイナル・マスターより神経細胞の再生治療、松果腺刺激手術の施行が命令されました。
 本来であれば当惑星文明の公開禁止技術にランクされる為、部外者の入室は許されませんが。
 セカンド・マスターの身体機能を考慮し、1名のみ随行者の入場を許可します )

 魔道師達はナリスの車椅子、傍らに立つヨナを中心に円陣を組んだ。
 集団で魔力を統合する空中浮揚の術を駆使し、慎重に接近を試みる。
 流石に緊張を隠し切れず、強張った表情のヨナが車椅子を押す役を担当。
 古代機械の内部に足を踏み入れ、銀色の光に満ちた部屋へ歩を運ぶ。
 カラヴィア公子アドレアン、予知者リンダが椅子の上で気を喪っている。
 リンダの足元に寝かされている異種族セムの娘を見て、驚きの色が走った瞬間。
 古代機械の《声》が、ヨナの脳裏に響いた。

(  苦痛状態を緩和する為、呼吸器より全身麻酔を行います。
 登録名ヴァラキアのヨナは、操縦席《コンソール》に着席してください  )
 無用な疑問質問を挟み無駄な時間を費やす事無く、車椅子を後方に固定。
 ナリスの顔色を確認の後、銀色の水晶を思わせる操縦席に着席。
 正面の表示画面《スクリーン》を一瞥すると、『転送完了』と表示されている。

(豹頭王が部下達と合流する為、古代機械を用いて自分自身を転送したのだよ。
 グインが古代機械を操作可能だと証明された訳だが、さて竜王はどう出るかな)
 心話を受ける事は可能だが魔道師ならぬ2人に、思念波を送信する能力は備えておらぬ。
 ナリスの思念を古代機械が中継、ヨナに送り込み次の操作を促す。

(古代機械は私を見棄てず、マスターの有資格者と認めているらしいね。
 グインを《ファイナル・マスター》と認め、私を無視するんじゃないかと心配したよ)
 本気とも冗談ともつかない心話が伝達され、ヨナの緊張を解す。
 微かな音と共に空気が動き、何処からか甘い香りが漂って来る。
 唐突に意識が喪われ、視界を闇が覆った。


 ナリスとヨナが光の船に入り、姿を消してから数タルザン後。
 光の船は未知の結界を張り、魔道師の視力を以ってしても透視は不可能。
 内部に居る筈のナリス達の気も感知出来ず、気を揉むヴァレリウス以下。
 主の命令に従い忠実に結界を張り続ける魔道師達の前で、水晶の如き扉が開いた。
 心臓の高鳴りを抑え、ヴァレリウスの鋭い心話が飛ぶ。

(うろたえるな!
 念波を統合し、結界を強化せよ!
 精神生命体と称する聖王宮の魔王子、キタイの竜王に嗅ぎ付けられてはならん。
 全員、魔力を俺に同調させろ)
 上級魔道師10名が手印を結び、上級ルーン語の複雑な呪文を詠唱。
 魔力を共鳴させ、最大限に増幅。
 ゆっくりと上昇してくる水晶板の上に、ヨナの姿が見えた。

 黒い魔道師のマントが翻り、ガーガーの如く飛来。
 光の船に向け接近し慎重に高度を下げ、水晶板の上に接地。
 ヴァレリウスは掌を翳し、ヨナの気を走査《スキャン》。
 慎重に測定の後、心話を飛ばし周囲の魔道師達に伝達する。

(息はある、眠っているだけだ。
 気の異常な乱れも無い、魔道の痕跡は感知出来ない。
 何があったのか読み取れない、ヨナを目覚めさせてみるか。
 ロルカ、ディラン、気を同調してくれ。
 何か異常事態が突発した際には、直ちに対処出来る様にな。
 サルスは他の魔道師の念波を統合して、結界を維持しろ)

 ロルカとディランは万一に備え、光の船と一定の距離を保ち魔力を送信。
 ヴァレリウスが慎重に念波を絞り、ヨナを走査《スキャン》。
 手応えがあったと見え、気に変化が生じる。
(目覚めるぞ) 
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