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銀河英雄伝説~生まれ変わりのアレス~

作者:鳥永隆史
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大会~準決勝 後編~


「くそっ! 罠です。ラップ先輩――マクワイルドとテイスティアがいません!」
『どうした、アッテンボロー!』
「そのままの意味です。相手の右翼だったマクワイルドとテイスティア二艦隊が、視界から消えています」
『……なに』
「おそらく回り込まれました。すみません」

 奥歯を噛んだままで、アッテンボローは小さく舌を打った。
 いつからだ。
 目の前の攻勢を回避することで、視界が狭くなっていた。
 敵の本隊がどこにいるか冷静に観察することができず、送られる敵の小艦隊を迎撃することに集中し過ぎた。

 これが参謀や砲撃手など多数いる状況であれば、別であったろうが、その動作を全てこなすにはあまりにも手が足りない。
 いやと、アッテンボローは思う。 
それらがいても、おそらくはマクワイルド達の離脱はわからなかっただろう。
 このクラウディス星域はレーダーなどの光学機器が満足に使えない。

 それほど巧妙に、マクワイルド達は離脱していた。
『四千か。わかった、合流地点を前倒しにしよう。……その』
「俺が死ぬ……それしかないでしょう」
 そんな総司令官の言葉に、アッテンボローは理解したように頷いた。

 おそらく右翼から回り込んだマクワイルドは、こちらの待機している四学年と二学年の連合部隊に奇襲をかけたはずだ。
 それでも六千隻の部隊で、マクワイルド達の四千隻よりは多い。
 勝てるとは思わないが、その前にこちらが本隊を撃滅すればいい。
 アッテンボローが死兵となって攻撃する間に、ラップ率いる七千隻が相手の横から奇襲をかける。

 わずか数秒で、ラップはそれを考えたのだろう。
 アッテンボローも、それしか手がないように思えた。
 思えば、敵の苛烈なまでの攻勢はマクワイルドを隠すための布石であった。
 だが、今回はそれが仇となっている。
 無理な戦いによって、敵の損害は大きくなっている。

 アッテンボローが敷いた出血は二千を数え、敵の艦隊総数は一万を割り込んでいるはず。
 ほぼ同数と言っていい。
 アッテンボローが決死隊となれば、勝てる見込みも増える。
 ラップは優しさのために、それを命令することはできなかったが、勝てるのならば、自分が死ぬくらいどうでもいい。

「全艦隊前進。敵正面を崩す」
 小さく呟いて、アッテンボローはコンソールに命令を入力する。
 そして、頭をかいた。
 死ぬくらいか――実際であれば、どれほどの将兵を巻き込むことになるのだろうか。それでも勝つ価値があるのだろうか。

 ワイドボーンの一戦で批判したマクワイルドを否定できなくなった。
 自分が行おうとしていることは、まさに同様の事であったからだ。
 それでも。
「無敗って重みは、割りときついだろ。先輩がその重みから解放してやるよ」
 勝たなければいけない戦いがある。

 ましてや――これは戦術シミュレーターであるのだから。

 + + + 

 小さなどよめきが、大講義室内に走った。
 筺体内にいる人間とは違い、この会場にはクラウディス星域全域の全てが見れるようになっている。
 即ち、アレスとテイスティアの艦隊が離脱したその瞬間も見ている。
 一瞬にして飲み込むワイドボーンの攻勢。
 それをいなして、奇襲地点まで誘い込むアッテンボローの妙技。

 それらは決勝大会にしても、あまりにも高レベルの戦いだった。
 誰もが固唾を飲む中で、スーンも小さく拳を握る。
 大切な友人には是が非でも買ってもらいたい。
 自分の財布的にもだが。
「大丈夫だ。アレスが負けることは想像できない」

 相変わらずの仏頂面で、隣の友人が声をかける。
 興味のなさそうな顔であったが、アレスと自分とは違うグループであったため、彼に似合わない事に、少し落ち込んでいたらしい。
 今回は全員が見学できるということで、嬉しそうに見に来ている。
 そのフェーガンは大講義室のプロジェクターに移される様子を、腕を組んで見ていた。
 落ち着いた口調であるが、腕を握る手にはよほど力が入っているらしい。

 太い腕に、指がめり込んでいた。
 その姿にスーンは小さく笑って、再び画面に目をやった。
 最初の一撃を入れた後で、アレス艦隊は少しずつ右へとそれた。
 同時にテイスティアがそれに続いて、ワイドボーン艦隊の左翼にいたコーネリアがワイドボーンと位置を入れ替わる。

 艦隊の位置を入れ換えるというのは相当に難しい。
 だが、それを苦もなく行うコーネリアの技量は相当のものだろう。
 同時に気づかせないように、ワイドボーン艦隊とローバイク艦隊が攻勢をかける。
 五百隻とはいえど、それが五つともなればアッテンボロー艦隊の艦艇数を超える。
 それを凌いだアッテンボローは褒めることはあれど、ワイドボーンとコーネリアの位置が入れ替わったことに気づかなくても不思議ではない。

 ましてや、アレス艦隊がその隙に離脱していることなど、気づくわけがない。
 こうして全体を見ていても、スーンでは気づかなかったほどだ。
 誰かが、マクワイルドが離脱するといわなければ、誰も気づかなかっただろう。
 と、スーンはその言葉を口にした上級生を目にした。

 黒髪の童顔の先輩だ。
 興味なさげにモニターを見る様子は、どこかの学者にも見えた。
 多少は整っているが、ワイドボーンのように印象的でもない。
 しかし――そのワイドボーンを破り、すでに決勝に駒を進めた有名な人物。

 ヤン・ウェンリー。
 この大会の勝者とあたる人物は、おさまりの悪い髪に手をやる。
「ラップは間違えてはいない。ただ、相手が悪い」
 誰にも聞こえないように呟かれた声を、スーンははっきりと聞いた。

 視線に気づいて、ヤンが顔を動かす。
 見ていたことを気づかれぬように、スーンは慌てて顔を正面へと向けた。
 正面では、艦隊が最後の戦いへと向かっていた。
 おそらくはラップも――アッテンボローも戦いを急ぐ選択をした。

 わずか数秒が、実際の時間では数時間に相当する。
 その中では、わずかな時間が遅れとなる。
 最悪は別働隊が、アレス艦隊に敗れることも想定したのではないだろうか。

 その前に決戦するために、別働隊への状況確認を遅らせた。
 普通であれば、それは正しいだろう。
 だが、その確認不足が――今回の戦いの勝敗を決した。
 一気に攻勢を行ったアッテンボロー艦隊に、ワイドボーン艦隊は戸惑った。
 死兵となったアッテンボロー艦隊は、攻撃を仕掛けたとしても向かってくる。

 当然。全てを撃破することも出来ずに、艦隊陣形は崩れてしまう。
 艦隊に隙が生まれたところを、右からラップ率いる七千隻が奇襲を仕掛けた。
 ワイドボーン艦隊の左翼を担うローバイク艦隊は、冷静に受け止める。

 だが、元々正面への攻撃を想定していた陣形だ。
 ラップの攻勢に、ローバイク艦隊は次々と撃ちとられた。
 ワイドボーン艦隊への道が開ける。

 届く。
 既に五百隻を割り込んだ艦隊で、アッテンボローは勝利を確信した。
 と。そこに映ったのは青い――青い――敵艦隊を知らせる表示。

「くそっ」
 小さく呟いた声をそのままにして、アッテンボロー艦隊は溶解した。
 
 + + + 

 なんと……。
 ラップは映される表示に、感嘆の声をあげた。
 奇襲とはいえ、わずか四千隻で六千隻もの艦隊を殲滅する。
 それは想定されていたことだが、想定外だったのはその時間だ。

 アッテンボローが帰還して、ラップが攻勢を仕掛ける。
 迂回して、いつ戦闘が始まったかはわからないが、それこそ鎧袖一触――移動と同時に六千隻を殲滅したのだろう。

 その勢いをそのままに、正面への攻勢を仕掛けていたアッテンボロー艦隊を打ち破り、こちらの前衛に食い込んできている。
 あと少しで手が届くであろうワイドボーン艦隊に、執着をする場合ではない。

 自分とともにいた一学年に指示を飛ばすが、満足な防御陣をとれるわけもない。
 勢いをそのままにして、突撃したアレス艦隊によって一気に半数近くの艦隊が持って行かれた。
 そのあまりの攻勢に、彼の異名を深く理解する。
 烈火のアレス。

 元々はワイドボーンに対して、あまりに苛烈な様子から名づけられた。
 だが、この燃え広がる勢いを止められるものはいない。
 それを理解して、ラップは小さく笑った。
 ワイドボーンが認めるわけだね。

 あの誰とも関わりを持たないたった一人の天才であり、偏屈な人物。
 それが認めた唯一の人物。
 すでに前衛を破られたラップの艦隊は、大きく艦隊陣形を乱している。 

 それをワイドボーンが見逃すはずもない。
 一撃によって大きく疲弊したローバイク艦隊を上手く後ろに下げて、ゆっくりと見えるのは必殺の鋒矢の陣形だ。
 見事。

 小さく呟いたラップは、もはやコンソールを叩くこともやめていた。
 
 + + +

『本大会。Cグループ代表ラップ、Eグループ代表ワイドボーン……総司令官ラップ候補生の戦死を確認。損傷率64.3%と38.2%により、ワイドボーン艦隊の勝利です』
 機械的な音声がワイドボーン艦隊の勝利を告げた。
 観客席がない静かな空間では、筺体をあげる駆動音だけが鳴り響いている。

 空気の抜ける圧搾音とともに、開かれた筺体でそれぞれのチーム員が外の明りに目を細めていた。
 決勝大会では一試合につき、一日が使われる。
 数時間もの長時間を拘束されるために、筺体内では簡易のトイレが置かれているが。
 筺体が開かないうちに、ミシェルが慌てたように飛び出した、

 走り出す姿に、誰も止める様子はない。
 テイスティアはぐったりと筺体の中のコンソールに顔をうずめている。
 ワイドボーンが開いたのを確認して、小さく笑みを浮かべながら立ち上がる。
 視線を向けるのは敵ではない。
 アレスだ。

 この戦いを決定づけたアレス・マクワイルドは――少しの嬉しさを見せることもなく、ワイドボーンに小さく手をあげて、自動販売機を目指す。
 アイスコーヒーを取り出して、小さく音を立てて蓋を開けた。

 そんないつもの様子に、ワイドボーンは苦笑する。
「見事だったよ。負けたね」
 かかる言葉に、ワイドボーンが振り返れば、そこに敵の総司令官であるラップの姿がある。
「ふん。負けたというのに随分気楽なものだ」

 差し出された手を握ろうともせずに、答える様子にラップは小さく苦笑した。
 それでもその手を戻そうとせず、ラップは笑みを消す。
「正直、僕は今回優勝するつもりだった」
「当たり前のことだろう。最初から負けることを考える屑がいるものか」
「ああ。君が一人ならばね……だけど、良い仲間に巡り合えたようだ」

 その言葉に対して、ワイドボーンは嫌そうな顔を浮かべた。
 いまだに突っ伏すテイスティアを、そして、ゆっくりと筺体から姿を見せるローバイクを――最後に、アイスコーヒーを飲むアレスを見て、ゆっくりと唇を持ちあげる。
「ふん。勝ったというのに、総司令官に何の言葉もない。薄情な奴らだ」

「君の部隊らしくて、良いと思うけれど?」
「俺の部隊か……」
 嬉しそうに微笑み、ワイドボーンは笑う。
「俺にはもったいないかもしれないがな」

「え?」
 ワイドボーンの一言に、戸惑ったラップの手を握り、ワイドボーンは微笑んだ。
「何でもない。良い戦いだった」
「うん、次も頑張って」

「ふん、言われるまでもないさ」
 そう呟きながら、ワイドボーンはすぐに手を離した。

 
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