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東方虚空伝

作者:TAKAYA
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第一章   [ 胎 動 ]
  八話 迫られる決断

 帝都の中心地に立つ通称「王宮」その建物の一室「大議会堂」。
 そこに帝都の政を担当する者たちが集まっている。普段ならその場は知恵者達が様々な意見を議論する場のはずだが今現在は阿鼻叫喚に近い混乱の坩堝と化していた。
 議長を務める私「黄泉 伊邪那美(よみの いざなみ)」もまた混乱する者の一人であった。
 混乱の原因。外壁守備隊の第一、第二、第三連隊の全滅。この事態を誰が想定できただろうか?第四連隊も半数が死傷、無傷なのは第五連隊のみ。そして「武の誉」である朔夜鏡真の死亡、その事実がさらに場を混乱させていた。

「一体何がどうしたと「今は情報を「何を暢気な事を「なら貴様ならどうする「残りの全部隊を持って「守備隊の半数を壊滅させられたのだぞ「ここは守りに徹し「何を弱気な「攻めるべき「二の舞に「守った所で「………

 正直に言えば私も彼等のように喚き散らかしたい。そうすれば幾分か楽になるだろう。だがそんな甘えは議長の肩書きが許さない。なんとかこの場を鎮めなければ。そう思い口を開こうとした時一人の議員が喋り出す。

「まぁまぁ皆さん落ち着きましょう。ほら深呼吸」

 口を開いたのは斎賀と呼ばれる議員だった。知らない人から見れば今この男は場を和ませる落ち着いた人間に見えるかも知れない。
 だが私はこの男が嫌いだった。私だけでなく議員の半数もこの男を毛嫌いしていた。この男はいささか歪な選民思想を持っている。
 何年か前に守備隊について、

『彼らは穢れた妖怪と日々戦い奴等と同じく穢れている!そんな連中を帝都に住まわせる事などできはしない!早急に彼等用の隔離住居を作るべきだ!』

 などとふざけた事を提唱していた。もちろん周りからの大反発に遭い彼の言ったことは実現しなかったけど。
 他には、

『もし妖怪にこの帝都が穢されようとも誇り高き我々はこの地を奴らにくれてやる訳にはいかない!』

 と言って王宮の地下に「メギド」と名付けられた自爆装置を作らせた。そんな物作っても使う事は無い、と言って皆が放置していたが。
 そんな男が何か言おうとしている。絶対にろくな事ではないだろう。

「斎賀議員、何か?」

「えー、ワタクシから皆様に提案がございます。『移住計画』を発動いたしましょう!」

 ざわめきが広がる。

「できる訳がない「そうだまだ「確かにそれしか「いや早すぎる「しかし我々には選択肢など「だからと言って………

 またもや混乱に陥りそうな議員達を見て斎賀議員が語りだす。

「皆様の御意見、御反論尤もです。しかし計画はすでに準備段階に入っています。つまり不可能ではない!脅威がそこまで迫って来ている以上我々に猶予はないのです!」

 尤もらしい事を言っているが一体何を考えているのか?そんな私の疑念は的中した。

「まずは我々のような重要な立場の者を優先して順に必要な住民達を送ればいい。もし間に合わなかったとしても犠牲になるのは不必要な住民で済む」

 反吐が出る。何故この男はそんな事を平然と言えるのか?何故何人かは彼に賛同しているのか?私の心は怒りで染め上げられていた。

「ふざけるな!「いやその通りだ「まず我々のような選ばれた者が「恥を知れ!「何が間違っている「貴様ら!「必要な人材さえ「誰がそれを………

 再び怒号の嵐が吹き巻く。落ち着けようと私が口を開こうとした時、

「いい加減にせんか!!!!!!!馬鹿共が!!!!!!!!」

 議場に怒声が轟く。怒声を発したのは普段議会に口を挟まない劉禅様だった。あまりの威圧感に議場にいる全員が押し黙る。

「帝都の政を司る者がそんな様でどうする!!!!我等の判断が帝都の民の命を左右するのだぞ!!!!喚き散らかすだけなら誰でもできる!!!」

 劉禅様の叱責で冷静さを取り戻したのか皆バツの悪い顔をしている。

「まずやらなければならない事を間違えるな!伊邪那岐!」

「はっ!」

 劉禅様の隣に座っていた伊邪那岐が答える。

「王宮守護団から守備隊に応援部隊を出せ。早急にだ!」

「しかし守護団の大半が妖怪との戦闘経験がありませんが…」

「後方支援位はできるであろう!帝都の危機に甘えはゆるさん!」

「了解いたしました。直ちに編成を行います!」

 そう言い残し足早に議場を後にする。

「伊邪那美」

「はい!」

「すぐに全技術者、科学者に通達を出せ!明日の朝までに出立の準備をせよ、とな」

 つまり移住計画を発動するということか?劉禅様の発言を聞いて斎賀がニタリと笑う。あんな者の言った事を鵜呑みになさるのか?
 私のそんな疑念を知って知らずか劉禅様が続ける。

「住民にも計画発動を伝えよ。まず女、子供を含む非戦闘員を優先して送り出す」

 その発言を聞いた斎賀が唖然とする。

「お待ちください!この様な時こそ我々のような…」

「その通りだ。この様な時こそ我々が“最後”まで住民を導かねばならん!」

 なるほどそういう事か。

「すべての住民が避難するまでここで指揮を執り続ける。異論は聞かん。時間が無いぞ、すぐに動け!」

 その号令で皆慌しく議場を後にする。

「では我等も行くぞ。忙しくなるが頼むぞ」

「お任せください。必ずや成功させましょう」



□   ■   □   ■   □   ■   □   ■   □   ■




 目の前に広がる一面の銀。銀色の草原に僕は立っていた。

『これって夢?』

 なんとなくこれが夢だと感じた。周囲を見渡す。どこまでも続く銀世界。その中に一箇所だけ開けた場所を見つけた。
 呼ばれる様にそこを目指すとそこには七本の剣が刺さっており、その内二本には見覚えがあった。嫉妬(レヴィアタン)傲慢(ルシファー)――――僕の相棒だ。
 すると僕の前に一本の剣がゆっくりと近づいてきた。何気に手に取ってみた瞬間――――一面に広がっていた銀世界が黒に染まる。
 夢の中で夢に堕ちる様な感覚。それはつまり目覚めるという事。そう確信した時黒の世界に光が差し込んだ。


 ・

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 目が覚めると同時に体を起こすと目の前には永琳と庵さんが居た。とりあえず挨拶をしておこう。

「おはよう永琳」

 突然起き上がった僕に驚きはしていたがすぐにいつも通りに、

「おはようお兄様。気分はどう?」

「あまり良くないけど永琳の顔を見たら気にならなくなった」

「あら、お兄様ったら」

「起きたとたんイチャついてんじゃねーよ。俺には挨拶も無しか」

 庵さんが呆れた顔をしながらそんなツッコミをしてくる。

「おはようございます、庵さん」

「あぁ、おはようさん。早速で悪いが現状を教えてやる」

 普段はあまり見せない真面目な顔で教えてくれた。僕にとって間違いなく最悪の事実を。

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 ・


「美香が……」

「あぁ、見つかっていない」

 あいつの最後の攻撃の後、負傷し意識のなかった僕達は後続の部隊に救助されたらしい。だけど美香の姿だけは見つからなかったそうだ。守備隊そのものがボロボロなためそれ以上の捜索はできなかったらしい。

「……それでこれからどうするんですか?」

 今は悲しんでばかりもいられない。やらなければならない事がある。

「実は略式だったが俺が総隊長になった。詳しく説明してやりてーがちょっと時間が無くてな。後は永琳ちゃんに聞いてくれ」

 そういうと庵さんは永琳に目配せして部屋を出て行った。永琳は少し暗い顔をしたがすぐにいつも通りに戻る。

「実は議会から移住計画の発動宣言があったわ」

 『移住計画』元々は何十年か前に提唱された計画らしい。
 妖怪が穢れから生まれるのであれば穢れのまったく無い場所を完全に隔離してしまえば妖怪に怯える事も無くなる。さらに穢れを完全に排除できれば人の肉体は朽ちる事も無くなり永遠に近い寿命を得る事も可能、云々だったっけ?
 しかし当時世界からもう穢れの無い場所は見つからなくて計画は破綻したのだが、9年前に永琳が新しい移住計画を提唱したのだ。

 『地上にもはや穢れの無い場所は無いでしょう。ですが月なら穢れはありません。我々が未来を掴む為には月を目指すしかないのです』

 という内容だったらしい。当時の反応は「何を馬鹿な」とか「子供の妄想だ」みたいな感じだったらしい。一部を除いて誰もまともに受け取らなかった。
 そんな連中に対して永琳が取った方法は実にシンプルだった。技術レベルの向上。今、技術が足りないなら技術力を上げればいい。僅か数年で計画が実現できるレベルまで上げた永琳は本当にすごい。
 ちなみに帝都の生活が便利になったのはこれの副産物みたいなものだった。永琳自身も何度か月に上がって調整作業をしていた。

「大丈夫なの?」

 僕の問いかけに永琳は少し困ったような顔をした。

「正直に言えば少し早すぎるの。でも現状を考えれば無理をしないといけない。移住と最終調整は同時にすることになるわ」

「そっか。永琳はいつ行くんだい?」

「明日の朝よ。お兄様が月に上がってくるまで会えなくなるわ」

「本当に急だね。それだけあいつが危険だって事か」

 紅髪の妖怪。思い出しただけでも震えがくる。できればもう2度と遭いたくない。だけど絶対にまた戦う事になる。でもどうすればあいつを倒せる?あの戦闘力、再生する力。…だめだ何も思いつかない。本当にどうすれば…

「お兄様?」

「ん?あぁごめん、何でもないよ」

 永琳を不安にさせたくなかったのではぐらかす。

「…お兄様さえ良ければ明日私と一緒に行く事もできるわ」

「心配してくれてありがとう永琳。でも一緒には行けない」

 優しい子だな永琳は――――でも、

「新人だけどさこれでも守備隊の一員として誇りがあるんだ。一人だけ逃げる訳にはいかないよ」

「…そうね、ごめんなさい。なら約束しましょう、無事に月に来るって」

 そう言って小指を出してくる。

「うん、約束だ。永琳との約束を破ると怖いからね」

「もう、お兄様ったら。でも6年前みたいな思いをするのは嫌なの。だから無事で」

 約束の証として小指を結ぶ。必ず守ると心に堅く誓った。

 
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