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東方虚空伝

作者:TAKAYA
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第一章   [ 胎 動 ]
  三話 『時間』の少女

「GRAAAAAAAaaaaaaaaa!!!!!!!]

 暗い森に絶叫が響く。身の丈三メートルはある鰐のような異形が激痛にのた打ち回る。巨大な岩すら粉砕できそうな極太の腕が両方ともねじ切られていた。

「…つまらんな。こんなものか?」

 のた打ち回る異形にそう言葉を掛ける者がいる。異形とは違い身の丈は二メートルにも達していない。姿形は人に近いが纏う気配は妖怪のそれだった。
 燃えるような紅い髪を腰よりも長く伸ばし、髪と同じ色の双眸をしている。額には角のような物があり、上半身にはなにも着ておらず下は袴のような物を穿いているだけ。
 武器の類は一つも持っておらず間違いなく素手で異形の腕をねじ切ったのだろう。今だに絶叫しのた打ち回る異形に冷たい視線を向けている。

「もう少し楽しめると思ったのだがな…もういい消えろ」

 そう言うと異形の頭を無造作に踏み抜く。まるで卵を割るような感じで潰された。

「何処にいる?」

 妖怪は返答の無い問いを呟く。飢えている、乾いている、求めている。自分がいつ生まれたかなど忘れた。だがこの身を支配するのは闘争心。ただ戦う相手を求めて彷徨い続けている。俺の命に迫れる脅威を――――強者を。
 妖怪は再び歩き出す、当てなど無い。またいつものように彷徨うだけだ。次に遭う者が自分の求めるべき強者で在ることをささやかに願いながら…。






□   ■   □   ■   □   ■   □   ■   □   ■







 外壁守備隊の兵舎に在る訓練場。縦200メートル、横200メートル、天井200メートルという広大な空間。その中央に今、虚空と美香が向かい合っていた。
 戦闘訓練の為戦闘服に身を包んでいる。戦闘服は黒を基調にした詰襟の肋骨服風の物。右胸寄りに六連ボタンが付いており襟や袖には赤いラインが入っている。男性用はズボンだが女性用は黒いニーハイソックスと裾の所にフリルが付いたミニスカートだ。アンダースコートを穿いているとはいえ支給当初女性隊員達は恥ずかしいと製作者に抗議をしたが、製作者である永琳の「可愛いから問題無し☆」の一言で使用を余儀なくされた。(ちなみに男性隊員達は大喜びだった)

「よーし、準備はいいかお前等?」

 スピーカーから庵さんの確認の声が響いてくる。僕と美香は手に持っていた訓練用の刃渡り六十cmの霊刀(殺傷力は無いが当たると物凄く痛い。解りやすく言うとサッカーボールを蹴ろうとしてステンレスの棚の角に足の小指を打ちつけた位の痛み)を上に掲げ準備がいい事を伝える。

「では説明するぞ、今回の模擬戦では武器はその霊刀のみ、霊弾は使用可能、あと能力も使用していい。だが――――虚空お前はだめだ」


 庵さんがとんでもない事を言っている。美香相手に能力無しって鬼畜か!

「ちょっと待って!ハンデがあり過ぎるでしょ!相手は美香なんだよッ!」

 僕はそう叫ぶ。きちんとこちらの声は拾えるようだ。庵さんが応えてきた。

「馬鹿ヤロー!この後も模擬戦があるのにあっちこっち穴だらけにされてたまるか!」

 確かに僕の「二つの剣を使う程度の能力」の傲慢(ルシファー)嫉妬(レヴィアタン)じゃ訓練場の中を変形させてしまう。次の人達の事を考えれば一々整地なんてしていられない。
 理由は解るがそれでもだ、美香自身もだけど能力が問題だった。朔夜家の「時間を操る程度の能力」は、はっきり言って反則だ。能力無しだなんてただのいじめである。

「テメーの意見なんぞ聞かねー!男だったら体一つで押し倒してみろ!」

「押し倒してどうするんだよ!趣旨が変わってるよ!」

「下衆ね」

「なんで僕にむかって言うんだよ!言ったのは庵さんだろ!」

「漫才はその辺にして、いい加減始めるぞ!構えろ!」

 しょうがないので気持ちを切り替える。何を言っても変わらないだろうし、こうなれば意地でも勝つ。
 美香との距離は三メートルほど……だけど間合いなんて意味が無い。「時間を操る程度の能力」の前じゃ距離感を気にするだけ無駄な事だから。
 意識を集中する、油断なんてしようものなら本当の意味で一瞬でケリが着く。

「では……始め!!」

 開始の合図と同時に僕は霊刀を右後方に振り抜く――――と同時に訓練場に金属同士がぶつかり合う甲高い音が響き渡った。

「相変わらずいい勘してるじゃない!」

 初撃を止められた美香がそう叫ぶ。『時間停止』――――「時間を操る程度の能力」のもっとも基本的な使い方だ。
 他には空間を操作したりもできるらしい。歴代の中には『時間跳躍』なんて事ができた人もいたとかなんとか…。
 そういうわけで能力を使われたら絶対に死角を獲られるということだ。(時間停止中に斬ればいいのにって昔聞いたら、時間が止まっている状態だと絶対不干渉になるから意味が無いとかって言ってた)
 でもこの能力も絶対無敵という訳じゃない。

「そりゃどうも!」

 美香にそう答えると同時に僕は左手に霊弾を生成する。数は四つ、四角錐のような形をとる。僕は誘導系が苦手なため直線の高速弾しか撃てない。その代わり霊気の圧縮率は高いので威力は高い。
 ほぼゼロ距離から精製した霊弾を美香に放つ!

「ッ!!」

 美香はそれを上に飛んで回避し、そのまま僕から距離を取ろうとする。

「逃がさないよ!!」

 すぐさま美香に追撃を掛ける――――「時間を操る程度の能力」の唯一の隙、一度使うと二十秒ほどタイムラグが発生するのだ、何とかもう一度使われる前に勝負を決めたい。
 僕は右袈裟で斬りかかるが美香にしっかり受けられてしまう。

「甘いわよっ!!」

 美香がこっちの攻撃を受けると同時に放った右蹴りが防御の間に合わなかった左わき腹に直撃した。

「ガッ!痛っ~足癖悪いな!」

 そう毒ずきながら距離を取る。そんなにうまくはいかないか。空中で最初と同じような形に戻った。脇腹の痛みを我慢して集中する。
 さっきと同じような不意打ちでくるかな?もしくは正面からくるか?どちらにしても美香は接近戦しか戦法が取れないのだ。
 不意に美香が動く。
 突き!僕の顔面目掛けて迫る霊刀の切っ先を咄嗟に半身になって躱すが、美香はそれを読んでいたかの様にすぐさま刀を横に薙いできた。
 それをなんとか霊刀で受け止めそのまま鍔迫り合いになる。
 美香が接近戦しか戦法を取れない理由。それは美香が霊弾を作るのが大の苦手だからだ。普段は遠距離攻撃にはナイフを使っている。
 前に『実戦でナイフを投げ続けたらすぐに無くなるだろ?』と聞いたことがある。そしたら美香は『時間を止めてる時に回収しているから』と答えたのだ。
 真剣勝負の最中にそんな事をしているのか、と思うと逆に笑が込み上げてきたな。

「なにを考えているのかしら?」

 突然美香が問いかけてきた。まさか『美香が時間を止めて投げたナイフをせっせと集めているのを想像して笑いを堪えていました』なんて言える訳が無い。
 なにか適当に返しておこう。

「美香……今日も綺麗だよ」

「なっ!?」

 おお、予想外に効果があった。チャンスだ。

「隙あり!」

力任せに美香の霊刀を上に跳ね上げる。霊刀を両手で握っていた為がら空きになった胴にさっきのお返しとばかりに蹴りを叩き込もうとした瞬間、

「!?」

 直感的に前方に身を投げ出すように飛び出す。と同時にさっきまで僕の首があった位置を白刃が奔りぬけていった。
 背後からの美香の一撃だった。

「……本当に“勘”だけはいいわね」

 何故かやたら殺気を放ちながら僕を睨み付けている。さっきまでは戦意は感じても殺意はなかったのに。

「……なんでそんなに怒ってるの?」

「あら、分からないのかしら?」

 ここで『はい分かりません!』って言ったら更に怒りそうだなどうしよう…。

「乙女心を弄ぶなんていい度胸しているじゃない」

「弄んだつもりなんて無いんだけど?」

 僕の台詞に美香は呆れたという感じに首を振る。

「もういいわ。勝負を決めましょうか」

 美香がそう宣言して僕に斬りかかってくる。それに合わせるように僕も霊刀を振るい迎え撃った。
 一合、二合、三合・・・・剣戟が繰り返されるが美香が何を狙っているか解らない為迂闊に踏み込めなかった。
 それが致命的なミスになった。いきなり目の前に霊刀の切っ先が現れたのだ。
 咄嗟に首を捻ってなんとか躱すがそのせいでバランスを崩してしまい接近していた美香の蹴りが頭を直撃する。

「ガッ!!」

 視界が大きく揺らぎ霊刀を手放してしまった。五、六メートルほど吹き飛ばされた所でなんとか体制を直す。
 やられた!美香は時間を止めて僕にナイフ代わりに霊刀を投げつけ僕が回避を選ぶと読んだのだ。
とびそうになる意識を気合で繋ぎ止める。まだ終わっていないのだから。
 目の前にはもう美香が迫っていた。その手に僕が取り落とした霊刀を持って。
 振り下ろされる霊刀を横に転がって躱すけどすぐさま突きで追撃される。もはや逃げ回る以外の選択肢はなかった。
 美香の攻撃を躱しながら僕はある物を探していた。さっき美香が僕に投げつけた霊刀だ。素手じゃ間違いなく勝てない。なんとか手に入れないと。
 その間も美香の攻撃は続きあちこち霊刀が掠るたびに痛みが奔る。直撃した時の事なんて考えたくもない。
 そしてようやく探していた物を視界に捉える。美香の後方十五メートル程の所に落ちていた。後はどうやってあそこまで行くか。
 その時美香が霊刀を上段から振り下ろしてきた。振り下ろされる霊刀に向かって僕は霊弾をぶつけた。
 霊弾と刃がぶつかり眩い閃光が奔るり、その衝撃で美香はバランスを崩した。霊刀は弾き飛ばせはしなかったが十分だ。
 僕は持ち得る全速力で落ちている霊刀の元へと飛ぶ。そして霊刀の柄を握り締めた瞬間、柄ごと手を踏み付けられた。

「いっ!痛ぁぁぁぁッーーーー!」

「惜しかったわね♪何か遺言はあるかしら?」

 僕の手を踏み付けながら美香がそう聞いてくる。この状況をひっくり返せるか……無理だ。
諦めた僕の口から出たのは、

「……はじめてだからやさしくしてね?」

 それを聞いた美香は咲き誇る花みたいなイイ笑顔で霊刀を振り下ろす。
 訓練場に僕の情けない悲鳴が響き渡ったのだった。





□   ■   □   ■   □   ■   □   ■   □   ■





「♪~♪~♪~」

「随分うれしそうだね…」

 訓練場の控え室でやたらご機嫌な美香にそう聞いてみる。

「それはそうでしょう、記念すべき三十勝目なんだから♪」

 僕と美香の対戦成績は四十三戦中美香が三十勝、僕が十三勝なのだ。

「名門のお方がパンピーに十三敗しているという事実はどうするのでしょう?」

「何とでも言いなさい。勝ちは勝ちよ」

 まぁ、今の僕が何を言おうと負け犬の遠吠えにしかならないか。

「さぁて、何を奢って貰おうかしら?」

 勝負に負けた方が勝った方に何かを奢るという、いつの間にか出来ていた僕らの約束事。

「しょうがないか…はぁ~~~」

 それにしても今回はダメダメだったな。美香に有効打を一つも入れられなかった、完全敗北である。
 そんな風に落ち込んでいると庵さんがやって来る。

「おう、いい悲鳴だったぞ虚空」

「態々そんな事を言いに来たんですか?」

「そう剥れんなよ!まぁ明日からの事をな」

「明日からの事?」

 訓練じゃないのか?という疑問の眼差しを庵さんに向ける。

「お前は明日から早速実戦任務に就いてもらう」

「えっ、いきなり!」

「当たり前だろ、そもそもお前は妖怪との戦闘経験だってあるだろ。使える人材を遊ばせておくほど俺らに余裕はねー!」

 確かに庵さんの言うとおりだ。外壁守備隊は人材が不足しがちだ。
 今でこそ永琳が開発した武器や兵器、戦闘服、医療設備などのおかげで負傷者や殉職者の数は減っている。
 しかし妖怪との殺し合いをしている以上やはり被害は出るのだ。それで戦線を離れる人もいる。
妖怪と戦える人間は出来る限り部隊に加えたいと思うのは当然のことだろう。
 それに僕は妖怪と戦うために入隊したのだ前線に出すと言われたら断る理由など無い。

「解りました、明日より任務に就きます」

「まっ、お前の事だから緊張なんぞしないだろうがしっかり頼むぜ。あぁ後お前は美香の小隊に入れるからそのつもりで」

「あら、という事は私の部下って事よね、ちゃんと敬いなさい」

「了解いたしました、美香先輩!なんなりと御命令を!」

「……ごめんなさい、気持ち悪いからやめて」

「ひどいな~」

「あっはははは!!まぁほんとに頼むぜ」

「大丈夫ですよ。その為に僕はここに来たんですから」

 
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