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機動6課副部隊長の憂鬱な日々

作者:hyuki
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外伝
外伝1:フェイト編
  第9話:帰港中の一幕


研究所における救出作戦から2週間、
次元航行艦シャングリラは当初の予定通りに本局へと戻った。
1週間の休暇を与えられた乗組員たちが次々と艦を降りて行くなか、
ミュンツァーとフェイトの3人は硬い表情で艦を降りた。

2人は次元航行艦の繋留する区域から本局の各部署があるビルに向かって
無言で歩いて行く。
やがて見上げんばかりのビルのもとにたどり着いた彼らは、
足早にその中へ入っていった。
エレベータに乗り上のフロアへあがるとあるドアの前で3人の足が止まった。
フェイトがドアの脇にあるボタンを押すと、しばらくしてドアが開かれた。

「待っていたよ」

ドアの向こうに立っていたのはクロノ・ハラオウン執務官だった。
フェイトに優しい目を向けていたクロノだが、フェイトの後に立つ
男を見つけるとその表情を硬くする。

「彼は?」

クロノの問いにフェイトが口を開きかけるが、ミュンツァーがそれを手で制した。

「私は妹さんの上司です。 今日はあなたにご相談したいことがあり
 フェイトさんに連れてきてもらったのです」
 
彼がそう言うとクロノは何度か目を瞬かせてから、小さく頷いた。

「わかりました。 まずはお入りください」

クロノはそう言って2人を部屋の中へと招き入れた。
彼らはクロノに勧められるままに部屋の真ん中にあるソファに腰を下ろした。
彼らの向かいに座ったクロノがフェイトの方を向いて口を開く。

「それで、元気でやっているのか?」

「うん。シャングリラのみんなは親切にしてくれるし、友達もできたよ」

「そうか。 それはよかった」

続いてクロノはミュンツァーの方に目を向ける。

「妹は執務官としてきちんとやっていますか?」

ミュンツァーはクロノの言葉に頷く。

「ええ。 彼女は若いにも関わらずよくやってくれています。
 私も感心させられるばかりです」
 
ミュンツァーがクロノに向かって話す間、フェイトは恥ずかしそうに
うつむいていた。
ミュンツァーの言葉を聞いたクロノは微笑を浮かべた。

「それを聞いて安心しました。 ところで・・・」

そこで、クロノの表情が真剣なものへと変化する。

「僕に相談というのは?」

ミュンツァーは姿勢を正して咳払いをした。
その隣ではフェイトが緊張した面持ちでいる。

「実は・・・」

そしてミュンツァーは研究所でフェイトやゲオルグが見てきたことを話し始めた。
ミュンツァーが話している間、クロノは黙って聞いていた。
だが、研究所で見つかった書類の数々が示す研究内容に話が及ぶと、
クロノの表情は急速に厳しくなっていく。

「・・・というわけです」

ミュンツァーが話し終えると、クロノは厳しい表情のままで目を閉じて
何かを考え込むようにしていた。
数分間、クロノの部屋を沈黙が包む。
やがて、クロノ顔を上げ目を開く。

「それで、僕に何を?」

「我々が見つけた書類からは、あの研究所で行われていたことの首謀者を
 見つけることはできませんでした。 しかし、我々は再び出撃しなくては
 なりませんから、本格的な調査はできません。
 なので、あなたに協力をお願いしたいのです」

「なるほど・・・」

クロノはミュンツァーの頼みを聞くと少しの間腕組みをして考え込む。
その間、フェイトはクロノの様子を不安げな表情で窺うように見ていた。

「残念ですが、ご存知のように僕は運用部の所属ですからそういった調査を
 公式に行う権限はありません」

目線を上げたクロノがそう言うと、ミュンツァーが落胆から目を落とす。

「そうですか。 では・・・」

仕方ありません、と言おうとしたミュンツァーをクロノは手で制した。

「ですが、僕もその件については非常に気になりますから、信頼できる知人に
 頼んでみますよ。 それでよろしいですか?」
 
ミュンツァーはクロノの言葉に対する驚きで目を丸くしていたが、
すぐに我に返ると大きく頷いた。

「もちろんです。 ありがとうございます」

ミュンツァーはクロノに向かって頭を下げた。

「ありがとう、クロノ。 私からもお礼を言うね」

ミュンツァーに続いてフェイトはそう言ってクロノに笑いかける。
だが、当のクロノは不安げな表情をしていた。
クロノの表情に気がついたフェイトがその理由について尋ねると、
クロノは少し言いづらそうにしながら話し始めた。

「その・・・大丈夫なのか? クローンや人体実験の現場を見てきたんだろう?」

フェイトはクロノの言葉に驚き、その眼を見開く。

「心配してくれるの?」

「当り前だ!」

フェイトが尋ねると、クロノは少し怒ったように声を荒げた。
クロノの様子に重ねて驚いたフェイトは、真剣な目でクロノをじっと見つめる。

「大丈夫・・・ではないかな。 だからこの件にはこだわっちゃうんだし。
 でも、クロノも心配してくれるし、仲間も支えてくれるから平気だよ」

「ならいいが・・・」

なおも腑に落ちないクロノは小さな声で言う。
そんなクロノに向かってフェイトはにっこりとほほ笑んだ。

「心配してくれてありがとう、お兄ちゃん」

「お兄ちゃんはやめてくれ、恥ずかしいから」

フェイトの言葉にクロノは照れから少し顔を赤くしていた。





「それでは我々はこれで」

「ええ」

クロノの部屋の前の通路でミュンツァーとクロノは別れの挨拶をしながら、
お互いの手を握った。
クロノはミュンツァーと手を放すとフェイトの方に向き直った。

「フェイト、身体には気をつけろよ」

「うん、わかってる。 クロノこそ無理はしないでね」

「ああ。 それじゃあな」

ミュンツァーとフェイトの目の前でドアが閉じられ、2人は艦へと戻るべく
ゆっくりと歩き始めた。
ホールでエレベータを待っていると、ミュンツァーはフェイトに声をかけた。
フェイトが返事をしながらミュンツァーの方を見ると、彼は笑みを浮かべていた。

「いいお兄さんじゃないか。 大事にしろよ」

フェイトは何度かその大きな目を瞬かせた。

「はい。 そうします」

そう言ってフェイトは笑う。
ちょうどエレベータが着いてドアが開き、2人は乗り込んだ。
ドアが閉まり下り始めたところで、フェイトが再び口を開く。

「それにしても、兄があんなに弱気になるとは思いませんでした」

そう言ったフェイトの顔は真剣そのもので、その眼には若干の狼狽の色があった。
フェイトにとってはクロノは常に頼れる兄で、弱気になるところなどは
見たことがなかったのである。

「彼の身の安全を考えればよく引き受けてくれたと思うぞ。
 下手をすれば首が飛びかねないからな」

ミュンツァーはそう言って自分の顎をさする。

「確かにそうなんですけど・・・」

首を傾げながら話すフェイトの声はだんだんと弱くなり消え行ってしまう。

「それよりもだ」

話題を変えるようにミュンツァーは殊更明るい声を出す。

「1週間、何をするんだ?」

ミュンツァーに尋ねられてフェイトはちょこんと首を傾げて考え込む。

(そういえば、1週間は休暇なんだった・・・。
 どうしよう・・・、何も考えてなかったなぁ・・・)

「なんだ、予定はないのか?」

ミュンツァーは呆れたようにフェイトを見る。

「ええ・・・」

フェイトは小さくそう答えると、自分の顎に指を当てて俯いた。

(1週間も何もしないのは暇だよね・・・。
 クロノの手伝いは断られそうだし・・・。あ、そうだ!)

フェイトはパッと顔を上げると、軽く手を打った。

「ちょっと友達に会いに行こうと思います。
 執務官になってから通信でしか話ができていないので」

フェイトは弾むような声で話す。
その表情は早くも久しく会っていない親友との再会への期待に満ち溢れていた。
ミュンツァーは年齢相応なフェイトの仕草を微笑ましく思い、笑顔を浮かべた。

「そうか。 しっかり楽しんでこいよ」

「はいっ!」

エレベータの扉が開き、2人は艦へと戻るべく歩き始めた。





そのころ、ゲオルグは艦内の訓練スペースでトレーニングプログラムを
こなしていた。
訓練スペースの中には人型を模したターゲットが10体ほどあり、
それぞれがゲオルグに向かって光弾を打ち出してくる。

「よっ・・・と」

ゲオルグは時に飛び下がり、時に身体をひねり、時に身を屈めて
自らに迫る光弾をきわどいところでかわしていく。

(さてと、そろそろ反撃の時間だね・・・)

光弾を飛び上がって避けたあと、訓練スペースの床に着地したゲオルグは、
下半身のばねを生かして近くのターゲットに迫る。

「行くよ、レーベン!」

《はい、マスター》

レーベンが自身にゲオルグの魔力を纏わせ、ゲオルグがそれを
ターゲットに向けて振るう。
ターゲットはレーベンの刀身と接触した瞬間にピコピコという音とともに消える。

《マスター!》

レーベンの声が側面から迫る光弾への警告を発したとき、
ゲオルグはすでに視界の端にそれを捉えていた。

「わかってるよ」

口元に軽く笑みを浮かべながら、ゲオルグは床を蹴りつけて宙へと飛び上がり、
すぐ側まで来ていた光弾を避けると、それを発射したターゲットに向かって
急降下していく。
降下する勢いに任せてターゲットを刺し貫き、ゲオルグは一瞬息をついた。

(ふう・・・、次は・・・)

次に攻撃するターゲットを探そうと周囲を見回し始めたとき、
ゲオルグの耳にレーベンの声が届いた。

《マスター、後です!》

「えっ?」

レーベンからの声に混乱したゲオルグがその動きを一瞬止める。
自失はさほど長い時間ではなかった。
だが、ゲオルグを狙うターゲットたちには、そのごく短い時間で十分だった。
次の瞬間にはいくつもの光弾がゲオルグに迫る。

「うわっ!」

背中に光弾の直撃を受けたゲオルグは衝撃で数メートル飛ばされ、
床に叩きつけられた。

(くそっ!)

床の上にうつ伏せに倒れたゲオルグは、自分自身に向かって舌うちすると、
立ち上がろうと床に手をつき顔をあげた。

「あっ・・・」

周囲を見回したゲオルグは自分が置かれた状況に思わず声を上げる。
多くのターゲットに囲まれ、そのどれもが光弾を発射しようとしていた。

(やばっ・・・)

ゲオルグは今にも襲いかかるであろう衝撃に身を固くし、目を閉じた。
だが、少し経っても光弾による衝撃はやって来ず、不審に思ったゲオルグは
ゆっくりと目を開けた。

「あれ?」

そこには先ほどまで自身を取り囲んでいたターゲットが一つも見当たらなかった。
ゲオルグはゆっくりと立ち上がってもう一度訓練スペースの中をじっくりと見回すが
やはりどこにもターゲットは存在していなかった。

(訳がわかんないなぁ・・・なんで消えたんだろ?)

ゲオルグが混乱しながら首をひねっていると、聞きなれた声がゲオルグの耳に入る。

《大丈夫ですか?》

レーベンの声でゲオルグは我に返り、同時になぜ自分を囲んでいたターゲットが
消え去ったのかを理解した。

「レーベンが訓練プログラムを止めてくれたの?」

《ええ、訓練プログラムとはいえさすがに危険を感じましたので》

「ありがとう、レーベン」

《どういたしまして。 それよりも言いたいことがあるのですが・・・》

レーベンが語尾を濁したことにゲオルグは違和感を感じ首を傾げる。

(いつもはなんでもスパッと言うのに・・・どうしたんだろ?)

内心に疑問を抱きつつゲオルグは頷いてレーベンに先を話すよう促す。

《マスターはいつになったら戦闘中に油断するクセを直すのですか?》

レーベンの問いかけの形をした非難にゲオルグは顔をしかめる。

「・・・ゴメン」

《謝っていただかなくていいですから、しっかりしてください。
 でないと痛い目にあうのはマスターなんですからね》

「うん、わかってるよ。 ありがとう」

ゲオルグはそう言って笑う。
レーベンを待機状態に戻すとゲオルグの服装がトレーニングウェアへと変わった。
訓練スペースから出たゲオルグはシャワールームへと通路を歩いて行く。
入港中の艦内は航行中と違って人員が最小限しか配置されていない。
そのためか通路を行く人の姿も極端に減っていた。
とはいえ人通りが全くなくなったわけではなく、ゲオルグは途中ですれ違う
ほかの乗組員たちとにこやかに挨拶をしながら、シャワールームへ向かった。

ゲオルグが入ったとき、シャワールームの中は他に誰もおらず、
しんと静まり返っていた。
ゲオルグは制服が入ったバッグとバスタオルをロッカーに放り込むと、
Tシャツを脱ぎ始めた。

「ひゃっ!」

背中に冷たいものが押しあてられる感触で、ゲオルグは甲高い悲鳴を上げる。
ゲオルグが慌てて振り返ると、そこにはニヤニヤと笑うヒルベルトが立っていた。
その手には缶入りのスポーツドリンクが握られていた。

「何するんですか!?」

ゲオルグがヒルベルトの顔を睨むように見上げながら非難の声を上げた。
だが、ヒルベルトは涼しい顔で受け流す。

「ちょっとした悪戯だよ。まあそういきり立つなって」

ヒルベルトの邪気のない笑顔にゲオルグは毒気を抜かれてしまい、
小さくため息をついた。

(もう、さっさとシャワーを浴びよう・・・)

ゲオルグははいていたトレーニングパンツを脱ぎすてると
シャワーのあるブースへと向かう。
目を閉じて少し熱めの湯を浴びていたゲオルグは、隣のブースに
誰かが入ってきた気配を感じ取り、その目を開いた。

「なあ、ゲオルグ」

隣のブースに入ったのはやはりヒルベルトで、薄い仕切り板越しに
ゲオルグに声をかける。

(やっぱり、ヒルベルトさんか・・・)

「なんですか?」

「お前、実家に帰らなくていいのか?」

ヒルベルトの言葉は金髪をガシガシとかき回していたゲオルグの手を止めた。

「仕方ないじゃないですか、僕は前半1週間が当直番なんだから」

ゲオルグは普段よりも少し低い声で答えた。
だが、言葉とは裏腹に彼の顔は苦虫をかみつぶしたように歪んでいた。

「じゃあ、来週には帰るのか?」

「ええ、まあ、一応」

ゲオルグが返事をすると仕切り板の向こうから聞こえていた
ゴシゴシという音が一瞬止まる。

(あ。”一応”はまずかったかな・・・)

ヒルベルトの反応で自分の発言を振り返ったゲオルグは心の中で舌打ちする。

(でも、正直言って家にはあんまり帰りたくないんだよなぁ・・・)

姉の死以来、ゲオルグの両親はゲオルグが管理局で魔導師をしていることを
よく思わないようになった。
その結果、ゲオルグは帰郷するたびに両親から管理局を辞めるように
言われるようになっていた。
管理局も魔導師も辞めるつもりのないゲオルグにとっては、
両親の言葉は単に重荷でしかなかった。

「なあ、ゲオルグ」

「なんですか?」

「俺が言うようなことじゃないのは判ってるし、余計なお世話だってのも
 理解してるんだけどな。お前の両親はいつだってお前のことを大切に
 思ってるはずだぞ」

諭すような口調で言うヒルベルトの言葉にゲオルグは聞き入っていた。

「どういう意味ですか?」

ゲオルグが聞き返すと、ヒルベルトがもたれかかったことで
仕切り板が小さな軋み音とともに少したわむ。

「ひょっとするとお前と両親の考えが違っていて、そのせいで家に帰りたくない
 とかお前が思ってるんじゃないかと思ってな。
 両親にお前の元気な顔を見せてやれって言いたかっただけだよ」

ヒルベルトはそこまで言うと、シャワーの湯を出して頭を流し始める。
その音を聞きながらゲオルグは考えにふけっていた。

(なんで、ヒルベルトさんには判っちゃうんだろうなぁ・・・)

ゲオルグは濡れたタイルが並ぶ床に目を落とす。

(母さんはともかく、父さんとはケンカになるから会いたくないんだけど・・・)

自分の世界に入っていたゲオルグは突如後から頭を軽くはたかれて、
意識を浮上させる。
振りかえってみると、バスタオルを腰に巻いたヒルベルトが立っていた。

「風邪ひくぞ」

そう言われてゲオルグは急に自分の身体がひどく冷えていることに気がついた。
慌てて湯を浴び始めたゲオルグは、自分の頭についた泡を流しながら、
自分がどうするべきかを再び考えていた。

(母さんのことも父さんのことも好きなんだけどね・・・、
 父さんとケンカすると母さんも機嫌が悪くなるしなぁ・・・)

ゲオルグは肩を落として小さく息を吐く。

(でも・・・)

ゲオルグは顔を上げ、シャワールームの壁を睨みつける。

(家族は家族・・・だもんね。 やっぱり、会える時には会っておかないと、
 姉ちゃんみたいに突然会えなくなってもやだしな・・・)
 
大きく息を吸い、そして大きく吐く。

(やっぱり、父さんとも会おう。 それがいいよね)

ゲオルグはシャワーを止めるとブースを出た。
そこには制服を着たヒルベルトが壁にもたれて立っていた。
ゲオルグがロッカーの中に放り込んだバスタオルを頭からかぶるようにして
髪の毛を拭き始めると、ヒルベルトは壁から身を離して通路へつながる
ドアに向けて歩きだした。

足音でそれに気がついたゲオルグは、バスタオルを首からかけると
ヒルベルトの方に向き直った。

「ヒルベルトさん」

ゲオルグが声をかけ、ヒルベルトは足を止める。

「ありがとうございます。 おかげでいろいろ考えられました」

ゲオルグはそう言って深く頭を下げた。
ゲオルグが頭を上げたとき、ヒルベルトの姿はそこにはなかった。

「照れるくらいなら、言わなきゃいいんですよ」

先に通路へ出たヒルベルトに向かってそんな言葉を投げたゲオルグの顔には
満足げな笑みが浮かんでいた。

 
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