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占術師速水丈太郎 白衣の悪魔

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19部分:第十九章


第十九章

 店の中もそれに同じだった。音楽はないが何処からかドイツの歌が聴こえてくるような、そうした店の中であった。その中を進みながらカウンターの席に座る。そうしてバーテンに声をかけた。
「お勧めは何ですか?」
「ビールかワインどちらを」
「ワインですね」
 速水はそう答えた。
「何かいいのがありますか?」
「モーゼルではどうですか?」
 バーテンは笑いながらモーゼルの名を出してきた。
「シャルツホフベルガー=カビネットを」
「白ですね」
「はい」
 にこりと笑って速水に答える。
「如何でしょうか、それで」
「そうですね。ではそれを」
「わかりました」
「それとチーズを。山羊のものがいいですね」
「おや、凝っておられますね」
 バーテンは速水が山羊のチーズを出してきたのでその笑みを楽しげなものに変えてきた。山羊のチーズは日本ではあまりメジャーではないが独特の味が好まれているのだ。
「ここで山羊とは」
「赤でしたらソーセージを頼むところでした」
 速水は穏やかに笑ってこう述べる。顔の右半分だけが見えるがそれでもその顔が笑っているのはバーテンからもわかった。バーの薄暗い光の中で整った笑みを浮かべているのであった。
「ところがモーゼル。しかもシャルツホフベルガーなので」
「あっさりいきたいと」
「チーズでは少しくどいかとも思いますが」
「いえ。ワインならばチーズです」
 バーテンも笑って言ってきた。
「しかし。その前に」
「そうですね。カクテルを」
 速水はここでカクテルを注文することにした。バーならばやはりそれだ。
「それでは何を」
「札幌は今雪ですし」
 そうして雪を引き合いに出す。銀色の光が彼をある酒へと誘った。
「ダイアモンド=カクテルを」
「ダイアモンドですか」
「はい、まずはそれを御願いします」
 やはり右半分だけで笑って言う。
「宜しいでしょうか」
「ええ、勿論です」
 バーテンは笑って応える。そうして早速ジンをベースにした透明のカクテルを出してきた。ドライ=ジンをベースにしてそこにウォッカやカクテル=オニオン、レモン等を入れたものである。渋く鋭い味である。ダイアの輝きの中にその鋭さを持っているのである。
「どうぞ」
「はい。それでは」
 速水はそのカクテルを口に含む。ダイアが今彼の中に注ぎ込まれた。
 注ぎ込まれたそのものを飲み。彼は述べてきた。
「やはり。こうした場所ではまずはこれですね」
「カクテルですか」
「そうです。頼むものはその都度変わりますが。一人で飲むならばこれです」
「御一人では、ですか」
「生憎。寂しい身でして」
 ここで彼は笑みを微妙に変えてきた。寂しげなものでもなく自嘲するものでもない。ただ穏やかな、それでいて達観した笑みを浮かべるのであった。
「夜飲む時はいつも一人なのですよ」
「おや、それは悲しいことです」
 バーテンはそれを聞いて首を横に振る。その動作が実によく似合っている。
「それならばせめて美酒を友としなければ」
「そうですね。それではまずは」
 ここでワインが来る。グラスに注ぎ込まれるワインを見ながらまた言う。
「今宵に乾杯」
「はい」
「そして」
 グラスを手に持つ。そうしてまた一言言ってきた。
「札幌の銀色の夜に乾杯」
「ダイアモンドの夜に」
 沙耶香が美女と濃厚な夜を過ごしている間彼はこうして酒を友としていた。友と遊んだ後で夜の銀世界を滑るようにして去り己の泊まるホテルに入った。札幌で有名なホテルの一室である。そこに入りシャワーを浴びて寝る。朝起きるとまた雪が降っていた。
 
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