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日章旗

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第一章

                   日章旗
 この彼等は笑顔でいた。
 その笑顔でだ、彼等は酒を飲みながら話をしていた。
「いよいよだな」
「ああ、本当にな」
「俺達の出撃の時だな」
「その時だな」
 車座になって話している、見れば碌なつまみがなく粗末な味噌を舐めて肴にしている。
 そして酒もお世辞に質はよくない、だがその酒を飲みながら言うのだった。
「見せてやるか日本男児の心意気」
「神風をな」
「俺達の最後の意地をな」
「ヤンキー共に見せてやるか」
 こう笑顔で話す、その笑顔はどれも澄み切っている。
 そしてその中でだ、一人がこんなことを言った。
「なあ、俺達の名前を書き残しておくか?」
「名前をか」
「俺達のか」
「ああ、俺達はもうすぐ英霊になる」 
 彼は仲間達にこう話すのだった。
「その前にな、俺達の名前を書き残しておかないか?」
「それで後の人達に見てもらうんだな」
「俺達の心を」
「ああ、そうしよう」
 こう言うのである。
「明日の朝にでもな」
「そうだな、それがいいな」
 一人がその言葉に頷いた。
「俺達が英霊になってもそのことを知って欲しいしな」
「そうだろ、俺達の心をな」
「だからだな」
「書き残しておこうな」
 酒を飲みつつこう話したのだった、この日彼等はようやく知ったばかりの酒の味を楽しみながらこのことを決めた。 
 そして翌朝、彼等は朝飯の後でそれぞれの名前を書き残すことにした、だがその時にだった。
 筆はあった、硯と墨もだ。しかしだったのだ。
「一体何に書くかだな」
「ああ、そのことな」
「何に書き残すのかだな」
「それが問題だよな」
「紙に書くか?」
 一人がこう言った。
「それに書き残しておくか」
「いや、紙だとな」
 だが別の者が紙はどうかと言って来た。
「俺達全員の名前を一度に書き残せる位の大きさの紙がな」
「ないか」
「筆で書くからな」
 それでだというのだ。
「そこまで大きな和紙がないぞ、それにだ」
「それにか」
「紙だと心が伝わりきれないだろ」
 こうも言うのだった。
「もっといいものがないか?」
「書き残す為にか」
「ああ、俺達の心をな」
 間も無く英霊となる、日本を護る護国の鬼のその心をだというのだ。
「それを書き残しきれないだろ」
「心か」
「お国を思うこの心か」
「それを書き残せないか」
「だから紙以外のものがいいだろ」
 また戦友達に言う、それではと。
「もっとな、何かないか?」
「そうだな、それだとな」
 彼等の中でとりわけ背の大きな者が言った、見ればまだ皆若い。予科練をようやく卒業したというところであろうか。
 その若い彼等がだ、こう話していたのだ。
 背の高い彼はその中で戦友達に言った。 
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