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機動6課副部隊長の憂鬱な日々

作者:hyuki
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外伝
外伝1:フェイト編
  第8話:研究所にて

2体の猛獣との戦闘が終わったあと、
救出した2人の女性を連れて戻る他の分隊員や猛獣の死体を調査する
ゲオルグと別れ、フェイトは女性たちが潜んでいた部屋へと戻った。
部屋に入ったところでフェイトの中をじっくりと見回した。

(あれは・・・培養タンク?)

それはついさっき同じ部屋に入ったとは思えないほど、フェイトには違って見えた。
先ほどこの場所に立ったときには、直前にゲオルグから出た”生物実験”という
言葉で頭がいっぱいになってしまっていた。
今とてそれは変わらないのであるが、わずかな時間と生存者を見つけたという
安堵感から、フェイトは冷静さを取り戻しつつあった。

(やっぱり、ここは生物兵器かなにかの研究をしてたのかな・・・)

ただ、冷静になり部屋の中の様子をしっかりと見ることができるようになった分、
自身の生まれを生起させるような機器が目にとまり、フェイトは腹の底から
湧き立ってくる負の感情に流されそうになる。

(ダメダメ。 ここは執務官としてしっかり調査しなきゃ。
 冷静に、冷静に・・・)

そんな自分の心境の変化を察知したフェイトは、首を左右に振りつつ
冷静さを取り戻すようにと自分に言い聞かせる。

「どうかしたんですか?」

その様子を後から見ていたクリーグが声をかけると、フェイトは振り返って
小さく首を横に振った。

「なんでもないです。 調査をはじめましょう」

フェイトはそう言うと、クリーグに背を向けて部屋の奥に向かって歩き出した。
部屋の中には培養タンクがいくつも並んでおり、その間に計測機器や情報端末が
置かれていた。
フェイトはひとつひとつの端末を立ち上げ、それぞれの中身を丹念に調べていく。
ひとつまたひとつと調べ終わるに従って、フェイトの表情は険しさを増していった。

(実験データのようなものは入ってるけど、肝心の研究計画や報告書が
 見当たらない・・・。 これじゃ、何が行われてたのかは判らないよ・・・)
 
またひとつ端末の中身を調べ終わり、フェイトは大きくため息をついて
立ちあがった。

「なにか見つかりましたか?」

自分を気遣うように声をかけてきたクリーグに対し、フェイトは小さく首を
横に振ると、あと1台残された端末に足を向ける。

(これで最後・・・)

端末の前に置かれた椅子に腰をおろして、スイッチを入れると、
端末が立ちあがるのを待ちながらフェイトは目を閉じて大きく息を吐いた。
しばらくして端末が立ちあがると、フェイトはゆっくりと目を開いて
端末を操作し始めると、せわしなく手を動かしながらファイルの中身に
目を通していく。
だが、やはりこの端末も研究データはいくつも見つかるものの
研究の目的につながるような文書は見つからず、フェイトは肩を落とした。

「執務官、ちょっといいですか?」

声がした方に顔を向けたフェイトの目に、手招きするクリーグの姿が映った。
その仕草に誘われるように、フェイトは椅子から立ちあがってクリーグの方に
歩を向ける。

「何かあったんですか?」

「これを見てください」

クリーグがそう言って指差す先には壁があった。
フェイトは意味が理解できず首を傾げる。

「えっと・・・、私にはただの壁にしか見えないんだけど・・・」

「ここです。よーく見てください」

クリーグの声に押され、フェイトは壁に顔をグッと近づけた。

「あっ・・・」

壁の表面をじっと見ていたフェイトが声を上げると、クリーグがにっこりと笑った。

「気がつきましたね?」

「はい。 何でしょうね、この筋」

そう言ってフェイトは右手で壁の一部を撫でた。
フェイトが撫でた壁の表面にはパッと見では判らないような筋が
1辺20cmほどの小さな正方形を描いていた。

「不自然ですよね」

「そうですね」

クリーグはフェイトに向かって頷くと、壁の筋で囲まれた部分と
それ以外の部分をそこらにあった棒で叩き比べ始めた。
それぞれを何度かずつ叩き、その音の違いに注意を払っていた2人は
お互いに顔を見合わせた。

「違いますね」

クリーグの言葉にフェイトが頷く。

「筋の中は空洞みたいですね。 壊してみます?」

「そうですね。 お願いします」

フェイトはクリーグに向かってもう一度頷くと、バルディッシュの刃を壁にそっと
押しあて、筋に沿ってゆっくりと動かした。
やがて刃が一周すると壁の一部がゴトリという音を立てて床に落ちた。
そこは2人の考え通りに小さな空洞となっていた。
フェイトとクリーグは壁に空いた小さな穴の中を覗き込んだ。

「あ!」

その中に置かれていたものにフェイトは思わず声を上げる。
そして穴の中に手を伸ばしその手に掴んだのは、厚さが1cmほどもある
紙の束だった。
束の一番上にあった書類を読み始めたフェイトは驚きで目を見開いた。
フェイトの表情に興味をそそられ、クリーグが横から書類を覗き込む。

「なっ・・・!」

その内容にサッと目を通したクリーグは驚きのあまり小さく声を上げてしまう。

「なんですか、これ?」

クリーグは自分が目にした書類の中身を信じられず、フェイトの方に
顔を向けて声をかけた。

「見ての通りじゃないですか?」

フェイトは低く抑えた声で小さくそう答えた。

「ちょっと待ってくださいよ。 ここって管理局の関連施設でしたよね?」

興奮した口調でクリーグはフェイトに詰め寄った。

「そうですね」

フェイトは書類から目を離すことなく小さく頷きながらそう答えた。
その様子がクリーグには淡々と調査を進めるように見えた。

「そうですね、って・・・何を・・・」

平然としているのかと続けようとしたクリーグは書類の端が
揺れていることに気がついた。
書類を持つフェイトの手は固く握りしめられ、小刻みに震えていた。
クリーグは出かかった言葉を飲み込んで、次々に書類をめくっていく
フェイトの表情を見つめていた。

しばらくして、すべての書類を見終わったフェイトが顔を上げ、
大きく一度息を吐いた。

「こんなことって・・・」

「何が書いてあったんですか?」

つぶやくように言ったフェイトにクリーグが尋ねると、
フェイトは無言で手に持った書類をクリーグの方に突き出した。
クリーグはひとつの隅にフェイトが握りしめていた跡の残るそれを受け取ると
パラパラとめくりながらその中身を読み流していく。
読み進めるに従ってクリーグの表情が険しくなっていく。

「これは・・・」

一通り読み終えたクリーグは書類から目を上げると、小さくそう言った。

「ヒトクローンを用いた人体実験・・・だって!?
 ここって管理局の関連施設でしたよね!?」
 
クリーグがフェイトに向かって問いかける。

「そうですね」

混乱した表情を見せるクリーグとは違い、フェイトは一見冷静に見える表情で
淡々と頷いた。

「なんでこんなことを管理局が!?」

「それはこの資料からでは判りません。 そもそも管理局の組織的な行動とは
 限りませんよ」
 
「なら一体誰が!?」

詰めるように尋ねるクリーグにフェイトは力なく首を振った。

「クリーグさんもそれを読んだなら判ってますよね。 それは判らないって」

「でも!」

その時2人の耳に撤退命令を告げる通信が届いた。
2人はお互いの顔を見合わせ黙って頷き合うと、研究所の外に出るべく歩き出した。





「・・・というところですね」

フェイトの話を聞き終えたゲオルグ達は神妙な顔でうつむいた。
テーブルの上にはフェイトが研究所から持ち帰った書類の束が置かれていた。

「なんというか、信じがたいことなんだが・・・」

ミュンツァーがそう言うと、ゲオルグはパッと顔を上げた。

「ですが、僕とフェイトはここに書かれている通りの化け物との戦闘を
 経験してるんですよ。 信じざるを得ないと思いますが」

食ってかかるような口調で言うゲオルグに対し、ミュンツァーは
落ちつけと言うかのように手を振る。

「別に信じないと言ったわけじゃないが、どうも想像を絶するというかな・・・」

ミュンツァーはそう言って一瞬だけ苦笑すると、すぐに元の真剣な表情へと戻る。

「しかし、生物兵器開発にクローンを用いた人体実験か・・・。
 人間の脳にロストロギアを埋め込むなんて、正気の沙汰じゃないぞ」

首を振りながら呆れたと言わんばかりの口調のミュンツァーの言葉に
同意するようにゲオルグとヒルベルトは何度か頷いた。

「それを管理局が関係する施設で研究してたってことは、管理局の、しかも
 それなりの地位についている人間がバックに居ると考えるべきでしょうね」

ミュンツァーのあとを受けるように、ヒルベルトが発言した。
同じ管理局に属するものが人道や倫理に反するような研究に手を染めていた
かもしれないという現実が部屋の空気を重くする。

「それにしても妙じゃありませんか?」

研究所での話を終えてから押し黙っていたフェイトが徐に口を開いた。
フェイトの言葉に他の3人は首を傾げる。

「妙って?」

3人の心境を代表するようにゲオルグが尋ねると、フェイトはテーブルの上にある
紙束を漁って一枚の書類を取り出した。

「この報告書にもある通り、あの研究所で研究されていたのは生物の脳と
 ロストロギアを結合させることによって新たな魔導兵器を生み出すことでしょ。
 でもね、普通に考えれば少なくとも人間と魔力の塊であるロストロギアを
 結合させるなら、リンカーコアと結合させる方が理にかなってると思うんだ」
 
そう言ったフェイトの顔をほかの3人は目からうろこが落ちたような顔で
まじまじと見つめた。

「・・・確かに。
 リンカーコアと結合させて、ロストロギアから魔力を供給するようにすれば
 実質無尽蔵に魔法が使えるようになるのか」

「だな。 他の生物ならまだしも、人間の脳とロストロギアを結合させるのは
 理屈に合わないよな」

ゲオルグとヒルベルトが何度も頷きながら言う。

「だが、ここまで大きな施設を使ってまで研究するんだから、何か意味が
 あるはずだろ」
 
ミュンツァーがそう言うと、ゲオルグとヒルベルトは腕組みをして考え込み始めた。

「それよりも」

男たち3人がそれぞれ思考の海に沈んでいこうとする中で、フェイトが口を開く。

「この件をどう報告しますか?」

フェイトの言葉に3人はパッと顔を上げた。
全員の目がこの場で決定権を持つミュンツァーへと注がれる。

「そうだな・・・、艦長には報告するがそれ以上はな・・・」

ミュンツァーはそこで言い淀んだ。
管理局の中、しかも上層部に今回の黒幕がいる可能性が浮上した以上、
下手な相手に報告しようものなら、ここに居る全員が拘禁あるいは
悪くすれば暗殺される可能性もある。
そのことが状況判断を難しくし、ミュンツァーの口を重くさせていた。

「よければ信用できる人間を一人知っていますけど・・・」

フェイトが軽く手を上げて言う。
ミュンツァーは発言したフェイトに厳しい目を送っていた。

「本当にこの状況で信用できる人間なんだろうな?
 念のために言っておくが、この艦に乗る全員の命がかかっていると言っても
 過言じゃないぞ」

「判ってます」

フェイトが短く答えると、その声と表情で納得したミュンツァーが
小さく頷いた。

「それで誰なんだ?」

ヒルベルトが待ち切れずに尋ねる。

「本局運用部所属のクロノ・ハラオウン執務官です。 兄なら信頼できます」

フェイトがそう言うと、ミュンツァーは腕組みをして唸り声をあげる。

「クロノ・ハラオウン執務官か・・・」

「いけませんか?」

「いや、そんなことはない。 本局勤務の彼であれば事件について調査する
 術もあるだろう。だがな・・・」
 
ミュンツァーはそこで言い淀んだ。

「何か気になることでもあるんですか?」

首を傾げたフェイトが尋ねると、ミュンツァーは大きく息を吐いてから口を開いた。

「通信で話せば傍受の可能性も出てくるぞ」

ゲオルグとヒルベルトはミュンツァーの言葉を聞いてハッとした顔をする。
だが、それとは対照的にフェイトは平然としていた。

「では、この艦に来てもらいましょう」

平坦な声で言ったフェイトの言葉にミュンツァーは首を振った。

「それでは上層部の疑念を招くかもしれん。 来週には本局に帰港する予定だから
 そのタイミングで俺とハラオウンの2人で話しに行くのはどうだ?」

「わかりました」

フェイトはミュンツァーに向かって深く頷いた。

「よし。 ではこれで解散する。 ご苦労だった」

その言葉とともにミュンツァーはテーブル手をついて立ち上がった。
会議室を出ようとしたところでフェイトの方を振り返る。

「ハラオウン。 ちょっとついて来い」

「?・・・はい」

自分が呼ばれた理由が判らず、フェイトは不思議そうな表情を見せつつも
ミュンツァーの後に続いて会議室を出た。
残されたゲオルグとヒルベルトはそれぞれに、先ほどまでの話を自分の中で
消化しようとしていた。
しばらくして、ゲオルグは小さくため息をつくと椅子から立ち上がった。

「ゲオルグ」

だが、ヒルベルトに呼び止められたゲオルグはその動きを止めて
ヒルベルトの方に顔を向ける。

「なんですか?」

ゲオルグが尋ねるとヒルベルトはバツが悪そうな表情を見せる。

「さっきはお前の過去を茶化して悪かった。 すまん」

ヒルベルトはそう言って深く頭を下げた。
呆気にとられたゲオルグはしばし呆然とヒルベルトの顔を見つめた。
そして、ふと我に返り慌てて手を振った。

「そんなのいいですよ。 それにヒルベルトさんが言ったことは事実ですしね」

「許してくれるのか?」

「許すもなにもないですよ」

ゲオルグはそう言ってヒルベルトに向かって笑いかけ、その手を差し出した。
今度はヒルベルトが面食らい、ぼんやりとその手を見つめていた。

「握手しましょうよ」

ゲオルグが声をかけると、ヒルベルトの目に光が戻る。
ヒルベルトはゆっくりとゲオルグの手を握った。





同じころ、ミッドチルダにある管理局のビルの一つの中で、
一人の男が通信を介してある男と向かい合っていた。
彼は、画面の中の男の不遜な態度にいら立っていた。
そのいら立ちを現すように彼はその両手で自らが座る椅子の肘かけを
固く握りしめていた。

「お前に預けていた研究施設が破壊されたそうだな?」

彼は厳しい口調で画面の中の男に問いかけた。
その声は多くの局員を震え上がらせてきたものだ。
だが、画面の中の男は彼の声をなんとも思わないようであった。

『ええ。 ですが必要なデータは得られましたよ、閣下。
 計画は次のステップに進められます。まったく問題ありません』

男は画面の中で不敵な笑みを浮かべる。
青白く、頬のこけたその顔はどこか病的なものを感じさせた。

「そのために優秀な研究者を何人も犠牲にしたんだぞ」

低く抑えられた彼の声には明確な怒りが込められていた。

『必要な犠牲ですよ。 その覚悟もなくこんなことに手を染めておられたので?』

彼の怒りを知ってか知らずか、男はその華奢な肩をすくめる。

「私には必要とは思えんがな。 お前の言う成果とやらが
 暴走して暴れまわった結果ではないか」

『そんなに簡単に成功するようなら研究の必要はないでしょうね』

男は彼に向かって嘲るような笑みを向ける。

「しかも、本局の介入を許すとはな」

彼の眉間には深いしわが刻まれる。
その眼には憤怒の炎が宿っていた。

『それは閣下の用意された研究者たちが救難を求めたからですよ。
 私のせいにされても困りますね』

「もういい」

彼が追い払うように手を振ると、男は深々と一礼して通信を切った。
静寂に包まれた部屋で、彼は椅子の背にもたれかかるようにして
大きなため息をついた。

「奴にこのまま好きにさせておいてよろしいのですか?
 閣下の身の安全に関わると思うのですが」

部屋の片隅に控えていた彼の副官が1杯の紅茶を机に置きながら尋ねる。
副官の言葉に彼は再び深いため息をついた。

「よくはない。 だが計画を放棄するわけにもいくまい」

彼は先ほどまでとは打って変わって気弱な表情を見せる。

「そうですね。 ではこのまま静観なさいますか?」

「そうするしかあるまい。 忌々しいがな」

彼はそう言って三度深いため息をつくと、自らの眉間を揉んだ。
それは彼の悩みの深さを表しているかのようだった。

 
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