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【IS】例えばこんな生活は。

作者:海戦型
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例えばこんな初恋の行方は認めたくなかったのに

 
前書き
ファース党閲覧注意かも。かもかも。
きっと現実(リアル)はこんなもん、夢見る乙女じゃいられない。 

 
7月7日 人生最低の日

生命維持装置にその身を任せる一人の少年。心音図が一定のリズムで電子音を放ち続ける。顔色は良いとは言えず、その体には激しい裂傷が包帯の下に隠されている。いまも怪我による発熱で額には脂汗が滲んでいる。その額に保冷剤を内部に入れたタオルをそっと置く。
傷の具合は深刻だ。肉体のダメージは辛うじて致命傷には至らなかったが、逆を言えば致命傷を免れたというだけであり命の危険があることに変わりはない。

あの時、戦闘区域に入り込んでいた密漁船を発見した一夏は船を庇ってエネルギーシールドをすべて使い切った。そして密猟者を助けようと船を戦闘区域外に誘導した私を庇って、見るも無残なひどい傷を負った。


あの時の私は間違えただろうか?
紅椿の性能を信じて独りで福音へもう一度挑めばよかっただろうか?
それとも船を完全に見捨てて一夏を庇うことに専念すれば?
将又、もっと早くゴエモンに助けを求めていれば?
そもそもこの作戦に無理があると最初から拒否していれば?
私が紅椿など受け取らなければ・・・?

全ては仮定でしかない。そして仮定は現実には決してならない。それは既に起こってしまったことであり、今更考えるのは無意味だ。ただ、一夏は私が彼らを区域外へ誘導すると言った時、ただ一言「まかせた」と言った。あのお人よしの事だ、結局何をしても船は守ろうとしただろう。

その人の良さが、私の心をどうしようもなく苦しめるのだ。
心臓だけが極寒の吹雪に晒されたように締め付けられるのだ。
見えない誰かに首を絞められたかのように喉を圧迫するのだ。


 = = =


「で、アンタいつまでそうしてる訳?」

ふと気が付いたら後ろから聞き覚えのある声がした。振り向くまでもなく鈴音だと分かった箒は、返事も返さず海を眺め続けている。振り向く気は起きなかった。振り返った先にいる呆れ返った彼女の顔を幻視出来た。
いつまで、か・・・

「分からない」
「・・・今時小学生でももう少しマシな返事を返すわよ」
「そう、だな。今の私はまるで子供のようだ」

自分の意志を持って生きているつもりだった。自分の感じ、思っていることが本当で、勘違いはあっても間違いはないものと考えて生きてきた。だが、それは自分で思ってた以上に不確かであやふやなものだった。

「何よそれ。私落ち込んでますアピール?そんなことしたって・・・」
「分かっている。こんなことをしても一夏の意識は戻らないし福音も止まらない」
「そうね。それもこれもアンタとあの馬鹿のせいよ」

ふぅ、とあきれるように溜息を吐く鈴音。彼女が何をしにここへ来たかは何となく想像がつく。きっと無断出撃して福音を止める気だろう。おそらく自分以外の専用機持ちも皆参加するのだろう。だが、箒は参加しない。否、出来ない。

「私は、戦えない」

最近ずっと同じことばかりを考えていた。その迷いを解決できないまま今日という日を迎え、一夏が倒れたことで本格的に分からなくなってしまった。それは間違いなく私を構成する重要なもので、でもそれが今はないのだ。

「・・・ッ!アンタ、専用機の事あんまり気に入ってないみたいじゃない。博士とも仲が良くないって聞いたわ」
「ああ。でも、それは関係ない」
「・・・じゃあ何よッ!!」

淡々と淀みなく口から紡ぎだされる無気力な声に、鈴音の忍耐も限界を迎える。後ろから肩を掴まれ無理やり顔を正面に向けられた。その先にいるのはいつもの鈴音ではない、本気で怒っている鈴音。一夏が馬鹿を言って怒らせたのとはわけが違う本物の怒りだ。

「専用機持ちが戦うべき時に戦わないってのがどんだけ無責任な事か分かってんの!?一夏がやられたのは自分のせいだからもう戦えません、なんて通るとでも!?」
「通らんだろうな」
「ならッ!!いつまでそこでいじいじ黄昏てんのよ!!アンタもアイツが好きなんでしょうが!!なら――」



「分からない、分からないんだ」



―――わたしには・・・一夏が本当に好きなのか、分からなくなってしまった。



はっと鈴音は痛いほどに握りしめていた肩を離す。月夜の光に照らされた一筋の滴が砂浜に落ち滲んで消えた。





好きだったんだ。確かに。

学校で私のためにいじめっ子を追い払ってくれた一夏の笑顔が好きだったんだ。

剣道に打ち込み、私を超えるほどの成長を見せて自慢するように笑う一夏の前向きな心が好きだったんだ。

隣で笑っているお前が、姉の自慢をする一夏が、そのひたむきな明るさが、確かに好きだったんだ。

転校してからも好きだった。中学に上がってからも好きだった。IS学園の入る時も、私は一夏が好きだった。

ISだって本当は嫌いだったのに、お前が操縦者になったって聞いたから必死に練習して。

再会したときだってこの上なく心が満たされるのを感じたんだ。幸せを感じたんだ。


なのに、なのに―――


お前という奴は何所まで言ってもデリカシーが無くて、女心が分かってなくて。

ちょっと目を離せばほかの女とばかり話して、ちっとも私の方を向いてくれない。

おまけにお前に好意を寄せる女が次から次へと寄ってきて、私の気持ちなどお構いなしだ。

私は幼馴染で、皆よりずっとずっと昔からお前の事を好きだったんだぞ。

お前の事ばかり考えて何年も生きてきたんだ。お前がいたから今の私がいるんだ。

なのにどんなに思っても、勇気を出して行動に移しても、お前はちっとも私の想いに気付いてくれなくて。


どうして、どうして―――


一夏は私の思いなど知らないし、私がどんなに伝えようとしてもその勇気を微塵に散らしてしまう。

私がどんなに頑張っても、あいつは私の本当に見てほしい所に興味など無いのだろうか。

あいつは私を幼馴染だとは思っているが、それ以上にはならない。

そうしているうちに、私はいつの間にか同室の一夏よりゴエモンとの会話の方が楽しく感じてくる始末だ。

ゴエモンは私の思いを面白いくらいに汲み取ってくれるのに。真剣に、真面目に、正面から。

話を聞いてくれるというただそれだけのことが、そんなにも嬉しく感じたのは初めてだったかもしれない。



そうして過ごしているうちに、私は思ってしまったのだ。

昔は一夏が好きだった。それは言い換えれば、昔『の』一夏『が』好きだったということ。

――では今は?私は今の無神経で朴念仁で時々しか人の気を知ってくれない『今』の一夏が好きなのか?

――本当に?本当に好きか?理想と現実の差に落胆していないか?昔の恋を今の恋と錯覚していないか?

私には、分からなかった。

紅椿を得れば一夏に私の存在をアピールできる。私の実力が他の連中に劣っていないと見せつけられるだろう。

だが、アピールしてどうなる?あの一夏相手では、今までと変わらないんじゃあないのか。

「凄いな、流石は箒だ」、と。その一言で全てが片づけられるような男ではないか、一夏は。

私の努力は誰が為のものだ。私の想いは誰に向けている。私は何のために、誰のために。


私は――一夏が好きなのか?




「分からないんだ・・・もう私には、分からないんだ・・・何のために戦っていたのか、分からなくなってしまった。意志の宿らぬ剣など、(なまくら)の鉄屑だ・・・」
「箒、アンタ・・・・・・」

鈴音は私を抱きしめようとして、身長が足りなくて仕方なく私の涙をハンカチでぬぐった。その姿がちょっと微笑ましくて、心を満たした悲しみが少しだけ消えた。鈴音は何も言わなかった。ただ静かに涙をぬぐい続けた。一人の女性として、箒にかけられる言葉が思い浮かばなかった。

やがて、ハンカチが涙でずぶぬれになった頃に鈴音が声を上げた。

「このハンカチ、ゴエモンからあんたへの誕生日プレゼントらしいわよ。「本当は直接渡したかったけど忙しいから」って頼まれちゃったのよね・・・あいつも女心ってものが分かってないわね~?たとえ遅れても直接渡すことに意義があるんでしょーに!」

はっと時計を見ると、時刻は既に深夜零時を過ぎ・・・自分の誕生日へと日付が変わっていた。人生で最低の日は、めそめそと泣いているうちに終わってしまったようだ。
ハンカチに沁み込んだ涙を軽く絞ったす鈴音は私にハンカチを押し付けた。・・・黄色を基調とした変わったハンカチだ。触り心地はちっとも分からないが、生地を触ってみた限りでは安物には思えない。

「お礼言ってきなさい。そんでついでにアイツに相談してきなさい。私たち、夜明け前には出撃するから」
「うん・・・」

その一言しか返せなかった。
ゴエモンは、今日はこんな時間でも珍しく起きている。所属不明機についての説明や友人が危篤であるという現状から眠れないでいるのだ。箒は少しふわふわした足取りで、ゴエモンの部屋へと向かった。

自分の想いに答えを見つけるために。自分の戦う意味を見つけるために。
 
 

 
後書き
ルート分岐を発生させようかと思ったけどよく考えたらこの小説ストックあるから意味なかった。 
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