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皇太子殿下はご機嫌ななめ

作者:maple
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第11話 「戦いは数だよ。兄貴。by家業再建中のルードヴィヒさん(自営業 二十歳)」

 
前書き
インドアサバイバルな毎日を送る。
皇太子殿下。その心の叫び。 

 
 第11話 「帝国の剣。その切っ先」

「今日これから、ここにいる兵士諸君は、帝国辺境部を越え、イゼルローンへと向かう」

 今日これから、イゼルローンに向け、増援に赴く兵士達を前に、帝国宰相。ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウム皇太子殿下が、激励を送っている。

「帝国はいま、改革の真っ最中だ。諸君の中には、辺境から来た者もいるだろう。首都オーディンと辺境の落差に、驚いた者もいると思う。辺境に対する援助、インフラ対策。産業振興。それらを阻害している原因の一つは、イゼルローンである」

 壇上の背後で皇太子の言葉を聞きつつ、帝国軍三長官。内閣閣僚たちが、はらはらとしながら皇太子を見ていた。

「イゼルローンは最前線である。すなわち戦場に程近い、場所にある辺境には、投資が集まりにくい。これは厳然たる事実だ。いつ、イゼルローンが陥落するかもしれない。そのような場所に、大事な金を出したくない。そう思うものも多い」

 兵士達の目が皇太子に突き刺さる。
 内心の苛立ちをぶつけたい。そう思っている。

「投資しても、叛徒どもがくれば、破壊されるだろう。すなわち無駄になる。金を捨てる事になる。いやだ。そんなのは嫌だ。そう思う者たちの気持ちも分かる。そして辺境に生きる者たちの気持ちもだ」

 だったらどうするというのか、どうすればいいのか……。
 誰にもそんな答えはない。

「ではどうする? 現状に甘んじているか? これから先も、ずっと。違うだろう? そうじゃない。そう言いたいか。ならば、やるべき事は一つ。イゼルローンが落ちぬ事を示せ。
 諸君は帝国の剣。剣の切っ先。
 自分達の背後には、剣すら持たぬ者たちがいる事を忘れるな。イゼルローンが落ちれば、真っ先に死ぬのは、辺境の者である。敵はイゼルローンで食い止めよ。いいな。――以上だ」

 ■宰相府 事務局 オイゲン・リヒター■

「宰相閣下は、辺境に宇宙港、および水耕プラントの建設をお決めになられた」

 オーベルシュタイン大佐が、強張ったような無表情な顔で言う。
 この男は、あいもかわらず、ぎこちない男だ。笑おうとしているのだろう。だが、笑みに慣れていない。だからぎこちなくなる。しかしながら私は、この男の事が嫌いではない。
 沈着冷静でありながら、決して冷酷ではない。民衆を憂う事は、この中の誰よりも強いのだ。

「しかし、宇宙港も水耕プラントも、既にあるのではないか?」
「シルヴァーベルヒ。辺境にある物は、すでに耐久年数をとうに過ぎて、何時壊れてもおかしくないぞ」
「それに大規模な農園設備も必要だな。人数は少ない。土地は余っているはずだ。開墾さえすれば、かなりの収穫を見込める。土地も荒れてないしな」
「人の手が入っていないから、滋養が多いのだ。皮肉な事に」

 抑揚の少ない声だ。歌でも歌って練習するべきだ。

「叛徒どもが来れば、破壊されるがな」
「それがどうしたというのだ?」

 ジルヴァーベルヒが皮肉げに言うのを、ばっさりと切り捨てたな。こちらの方がよく似合う。

「いかに叛徒どもが破壊しようとも、帝国は辺境を見捨てぬ。宰相閣下のお言葉だ」
「それを卿は信じているのか?」
「卿こそ、信じていないのか?」

 いかん。どうもこの二人は、ぶつかりすぎる。頭が良すぎるのだな。だから考えすぎて、ぶつかる事が多くなる。

「食い物を与えてやるから、黙っていろというのか」
「飢えた者を前にして、権利を与えてやる。だから勝手にしろとでも、言いたいのか?」

 だから卿らがぶつかって、どうするというのだ。
 分かった。この二人似ているのだ。だから反発しあうのだな。
 周囲を見れば、我関せずとばかりに、自分の仕事に勤しんでいた。卿らも少しは、この二人を抑えようとは思わんのか?
 せっかくケスラーが、皇太子殿下の意思を伝えるために、辺境に赴いているというのに。

 ■宇宙艦隊総旗艦ヴィルヘルミナ アルトゥル・フォン・キルシュバオム中尉■

 自分の乗るザ○を見ながら、ずっと考えている。
 なぜ、皇太子殿下は自分に、レーザー水爆弾頭を与えたのだろうか、と。
 これを持って、私にどうしろというのか……。

「キルシュバオム。ここにいたのか」
「ヴルツェルか……」

 背後から声を掛けられ、振り返るとヴルツェルがいた。
 手には安酒を持っている。高級士官が飲むような酒ではない。街場の居酒屋で、飲まれるような度数の高い酒だ。だが、俺達にはこちらの方が似合うのだろう。
 薄いブラウンの髪が、暗いハンガーに紛れ、黒髪のように見える。

「ザ○を見ていたのか?」
「ああ」

 うんっと、差し出された酒を受け取り、一口飲んだ。
 キツイ。あいかわらず、キツイ酒を飲んでいるな。

「出征する前に、な。故郷のクラインゲルトから子爵様が連絡してきた。笑えぬな。俺のような高々中尉ふぜいに、帝国貴族であるクラインゲルト子爵が自ら、頼むだとさ」
「……そうか」

 ヴルツェルもザ○を見上げている。
 何を思っているのか……。

「皇太子殿下の言ったとおりだ。オーディンに来てはっきり分かった。辺境と中央では、これほどまでに違うのだという事が。辺境では皇太子殿下の改革に、かなり期待をしているらしい」
「だろうな。俺の故郷も同じだ。貧しい辺境で終わりたくなくて、オーディンの士官学校に入った。こいつに乗る事になるとは、思ってもいなかったが」
「もっと早く、改革をしてくれていれば、良かったのにな」
「それは……」
「分かってはいるんだ。皇太子殿下といえど、なんでも勝手に出来る訳じゃない。あの方、俺達よりも年下なんだ。まだ二十歳になったばかりだろう」
「士官学校を飛び級したぐらいだしな。オーディンの帝国大学に進まなかったのが、不思議なくらいだ」

 ザ○を見上げていたヴルツェルが、振り返って、俺の方を見た。
 怖く思えるほど、真剣な眼差しだ。

「いかに叛徒どもが破壊しようとも、帝国は辺境を見捨てぬ。この言葉を信じたい」
「皇太子殿下、いや帝国宰相閣下のお言葉か」
「そうだ。俺にどれほどの事が、できるのか分からん。だが、成すべき事を成したい。こいつに乗ってな」

 成すべき事か……。
 私の成すべき事とは、いったいなんであろうか?
 私は何をなせば、良いのか。

「あ、そうそう。皇太子殿下のところにいるケスラー中佐が、途中で俺達と分かれ、クラインゲルトに向かうそうだ。辺境開発のことで、皇太子殿下から指示があるらしい」
「ほう。通りで、学者らや技術開発者が、乗り込んでいると思った。連中、皇太子殿下の指示できたのか」
「辺境の施設も、いいかげんガタがきてるからな。修理するのか、改良するのか、それとも作り直してしまうのか、その辺りを調べるそうだ。クラインゲルト子爵だけでなく、他の貴族達も、惑星クラインゲルトに集まっているらしい」

 ■宰相府 アンネローゼ・フォン・ミューゼル■

 なだれが起きてしまいました。
 書類のなだれです。
 辺境からの嘆願書だけでも二十星系分以上あります。それもそれぞれ、分厚い束になっていました。どれほど嘆願したい事が多いのでしょうか?
 皇太子殿下は、それぞれ優先順位を上げて出せ。と仰っていましたが、それでも書類が減るわけではありません。その上、各省庁からの決裁を求めるものもあります。
 こういうものは、電子データではいけないらしく。紙の書類として回ってきます。
 それぞれの惑星の嘆願書が混ざらないように、わたし達も気を使います。
 それなのに……。
 なだれが起きてしまいました。
 また一から、分け直しですー。

「猫の手も借りたい。ラインハルト……は、いなかったな。まあいい、事務局に誰か行って、あの連中を呼んで来い」

 皇太子殿下のお言葉に、マルガレータさんが走っていきました。
 もう~宰相府内は走ってはいけないんですよ。
 それにエリザベートさん。他の方が来るまでに、上着を纏ってくださいね。最近、エリザベートさんってば、透けて見えるような服を着ているんです。
 最初は、ボタンが取れて、胸元がはだけていたのに、殿下はまったく気づかずに、いたことが原因らしいです。
 女のプライドを著しく傷つけられたらしく。
 殿下をアッと驚かしてやる、と言い始め、だんだん過激になってしまいました。
 でも、それを無視する皇太子殿下も相当だと思います。
 アレは絶対、分かってて無視してるんですよ、きっと。うんうん、わたし以外の女性に目もくれない。素晴らしい事だと思います。皇太子殿下。

「アンネローゼ。にやついてないで、手伝ってよ」
「はーい。マルガレータさん」

 わたしは戻ってきた、マルガレータさんのそばに向かいました。

「閣下」

 急いでやってきたらしい、オーベルシュタイン大佐が、書類の山を見て、引いています。
 この方の引き攣った表情というのを、初めて見ました。

「殿下」

 シルヴァーベルヒさんも引き攣っています。

「書類を溜め込みすぎです」

 おお~お二人の声が揃いましたー。

「好きで溜め込んでねー。俺は毎日、二、三百枚は決裁してるぞ。それなのに、減らねーんだよ。お前ら、書類出しすぎだー」

 殿下が、そう言ったあと、ご自身の印璽に目を落としました。かなり磨り減っています。手書きではこなし切れず。印璽を押していますが、それですら、もう三つ目です。
 各省庁レベルで判断できるものは、ともかく。改革に関するものは、上の判断を仰ぐ事になるんです。そしてその上というのが、結局、皇太子殿下しかいない。

「親父ー。てめえも仕事しろー」

 TV画面に向かって、皇太子殿下が怒鳴り声を上げました。目下の者が在宅のままTV通信を送る、という習慣は帝国にはないのです。ましてや、いかに皇太子殿下といえど、相手は皇帝陛下です。
 不敬と取られても、致し方ありません。
 しかし陛下も殿下も気にした風がないです。

「そちに任せる。良きに計らえ」

 しらっとした口調で、陛下がお答えになりました。
 さすが親子です。
 こういうところは似ておられますね。
 そしていそいそと、TV通信をお切りになりました。

「親父め。あの薔薇園。そのうち、丸焼きにしてやる」

 ジャムにしてやるとか、オイルを取って売りに出そうとか、さんざん毒づいたあと、殿下は再び、オーベルシュタイン大佐やシルヴァーベルヒさんに手伝わせつつ、書類の山を築き、決裁を再開しはじめました。
 しかしながら、書類整理を始めたオーベルシュタイン大佐とシルヴァーベルヒさんのお二人が、内容を見ながら、ああだ、こうだと議論を始める始末。

「あっ」

 皇太子殿下の頬が引き攣っています。

「お前ら、手伝いに来たのか、邪魔しに来たのか、どっちだー」

 皇太子殿下の怒鳴り声が、部屋に響きます。
 今日も、宰相府はいつも通りでした。
 ここ最近、こんな毎日です、まる。 
 

 
後書き
また、寝てた。
さいきん、眠いのさー。 
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