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弱者の足掻き

作者:七織
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十四話 「夢の終わり」

 
前書き
前章ラスト
短いです 

 
 あれから暫く日が経った。
 体調が治り次第直ぐさま俺と白は国を出る準備を始めた。何時も通りの日常を過ごす傍ら情報を集め荷を作り、少しずつ用意を進めていった。そしてそれはおっさんも同じだった。
 あんなことがあったというのに互いに同じ家で過ごす日々は続いた。だがそこに会話はロクに無く、ただ同じ居るだけの他人という関係でしかなかった。

 一日一日と経つごとに荷物が減り伽藍としていく家の中。そんな生活が四日ほど経ち準備がほぼ完了したのが昨日。
 そして今朝、テーブルに置かれた一通の封筒だけを残しおっさんの姿は家から消えていた。





 とうとうその日が来たのだと俺は理解した。
 あの日行っていたように夜逃げをして、同居人である俺たちに何一つ言わずにおっさんは出て行った。
 自分の荷物だけを持ち、誰も知らぬうちに夜に紛れさっさと逃げていった。今頃にはもう波の国を出ているかもしれない。
 年単位で一緒にいた相手が出ていくのだ。正直を言うと少し落胆や寂しさを覚えると思っていた。
 けれどそういった感情は何一つ湧いてこず、小さな納得と共に現状を受け入れている自分がいた。

 残された封筒を開け中にあった手紙を無言で読んでいく。内容は想像した通りで準備が出来たから出て行く旨と、これは予想していなかったがこの家の後始末や出国等に関する手続きは住んでいるという伝達事項。逆さにした封筒からはそれらしき書類と、それから大小二つの物がが落ちる。小さな片方は割れた将棋の駒、だろうかこれは。
 
 手紙の残りを読み進めた所これは割符らしい。もし何らかの用が出来て連絡をしたけれどこれを同封した手紙を送れと書かれその下には一つの宛先が書かれていた。おっさんがわざわざ次の住処を教えてくれるとは思えない以上恐らくは中継人の宛先だろう。
 それは優しさと取るべきかそれとも信頼されていないと取るべきか分からなかった。

 そして手紙の最後に書かれていたのはおっさんの小刀の事だ。そういえば返せなかったと、機会を見つけられず持ったままの小刀を眺めて俺は呟く。
 手紙によればこれはおっさんが親から貰った……いや、おっさんに残された親の遺品の一つ、らしい。元は親の親、つまりこの身の祖父の物だという。切れ味と頑丈さは保証するずっと使っていた愛用品らしく、餞別替わりにくれてやるから大事にしろ。そう記されていた。
 封筒にあったもう一つ、大きな片方である革で出来た鞘に小刀を収める。くれるというのだ貰わぬ理由はない。

 元に戻した封筒と小刀を懐にしまい俺は辺りを見回す。生活感だけを残し、それ以外は初めて来た時とそう変わらぬ物が少なくなった空間。寧ろ人が確かにいた様子が刷り込まれているからこそ余計な広さと空きを感じる静かなそれを心に刻み込むように見る。

 終わりなのだと。そう俺は理解した。






 白に事情を話した後、既に用意が終わっていた荷物を持って俺たちは家を出た。
 子供の背丈には少し大きめのバックを一つずつ。それだけの荷物を持って俺たちは街を歩き、友人たちに最後の挨拶をしていった。
 何も伝えていなかったから突然のそれに驚くと思っていたが友人たちはそう驚きはしなかった。聞けば知らぬ内におっさんが前もって出ていくことを告げていたらしい。そして出来るだけその素振りを見せず接してやって欲しいと言われたと。だから覚悟は出来ていたんだと、最初に向かった相手であるカジ少年はそう言って笑った。

 またいつか遊べたらいいな。頑張れよとカジ少年は俺の手を握った。カジ少年の父親は選別だと店で一番高い菓子をくれた。
 ハリマは普段と違い丁寧に、ナツオはまたいつか会うかの如く何時も通りの素っ気無い軽さで別れの言葉をくれた。
 チサトは顔を真っ赤にして涙を流し俺と白の手を掴んだ。呂律の回らない涙声を何とか聞いて返事をして最後に一度名前を呼び合って別れた。
 この国から出るように何て忠告はもう誰にも言わなかった。言う必要も感じなくなっていた。また会えるといいなと、そんな心にもない言葉を返して皆に背を向けて別れた。





 他の知人たちにも別れを告げて俺たちは街を出て船着場へと向かった。
 不思議と濃く出ていた霧は昼前になっても消えず、船から振り返った陸は少しずつ霧に包まれていった。音もなく静かに霞み、まるで霧に閉じ込められるように波の国の姿は俺の視界から消えていった。
 こちらとあちらを劃つ霧で出来た水の境を見ながら、薄らいで消えていった光景を俺は夢の世界のようだと不意に思った。長く続く一面の霧は微睡みで、そこを進むこの船は夢から現へと向かっているようだと。
 覚めない夢はない。死んだ時から、そして生まれた時からずっと見ていた夢から少しずつ起き上がろうとしているのだとそう感じた。

「イツキさん、着いたら後の詳細は決めてあるんですか?」
「細かい所は考えてないが大体としてはここ数日で話した通りだ。時間はあるからまずは生活基盤の充填に重きを置くぞ」
「日課などに関しては今まで通りで場所を探す、ということでいいですよね。手持ちで暫くは良いとして……いくつか案は考えてありますが」
「俺の方も何となくは考えてあるが……」

 視線を船頭の男に向ける。船は小型のエンジンで動かされておりその男は方角を注意しているだけで手持ち無沙汰げだ。暇潰し程度にこちらの話がその耳に届いていることだろう。時間はあるのだ、いらぬ心配を引き起こすような事はせずとも良い。
 それに余計な音を立てたくなかった。小さな振動を伝え押し殺した駆動音を出しているエンジンは仕方がない。だが出来るだけこの霧を抜けるまでは静かなこの空気を纏っていたかった。長い夢の終わりを静かに過ごしたいとそう思った。

「そうですね。この話は後にしましょう」

 察してくれたのだろう。それで会話が止まる。
 俺は頭を船の縁に預けて体を倒す。真下に映る水面には船が通った波紋が背後へと広がっていた。
 その波紋を眺めながら船に揺られていると俺は船酔いになっていないことに気づいた。いや、正確にはなっていないのではなく症状が酷く軽いのだ。倦怠感はあるが吐きそうなあの気持ち悪さは感じられない。

 酷く不思議に思い何とはなしに俺はその事を白に言うと僅かな沈黙の後に白は言った。

「精神な重りが無くなったからだと思います」
「重り?」
「トラウマと言い換えても構いません。この間話してくれた昔のことについてです」

 『依月』という存在を殺してきたと背負い込んでいたこと。
 それが重りだっただと白は言った。

「船のこういった揺れは赤子の揺り篭で例えられる事があります。小刻みな振動の中には気持ちを落ち着かせるものもありますが、あれは胎内にいた時に聴く母体の心臓の鼓動に似ているからだとされます。両親に対する罪悪感。そこに端を発した自身への拒絶が根底にあったんじゃないでしょうか」

 赤子を眠らせるとき背中とトントンと叩くことがある。一定の振動が起こす揺れは眠りを促す効果があり、代表的なものを挙げるなら揺り籠やこの世界には無いが電車の振動等がある。
 揺れは強すぎてはいけない。体が動く揺れと内蔵が動く揺れがあり、それが一致しなければならない。遊園地の絶叫系などは急な動きのせいで体が先に動き内蔵は取り残されそれが気持ち悪さとして残る。
 今回の場合は肉体と精神の揺れのズレ。恐らくだがこれが『それ』なのではないかと白は言う。

「それともう一つ。三途の川が代表的ですが水辺は生と死の境の象徴として扱われることもあります。暗く底が見通せない水面や水に囲まれているという状況が無意識下で心理的な圧迫になっていたのかと」

 どこか荒唐無稽なその理屈は確かな根拠などなかった。
 知識として俺は知っている。酔いというのは三半規管のバランスが崩れて起きる不調だ。催眠療法など精神的アプローチによる治療もあるがそこまで劇的な効果が見込めるわけでもない。
 だがそれでも白が言ったその理由は何故かスルリと俺の中に入り静かな納得を心に落とした。
 ああ、きっとそうなのだと。そんな思いが有った。

「きっとそうなのかもな」

 目を瞑り体から俺は力を抜く。
 視界を閉じた為かエンジンの重低音の振動と船の揺れが一層強く感じられた。揺り篭とは言ったもので次第に意識に靄が掛かり眠気が襲って来る。
 ゆらりゆらりと静かに体が揺れる。
 生憎今の俺はそれに逆らう気力など無かった。

「……少し眠る。着いたら起こしてくれ」

 この霧の中がまるで夢のようだと先ほど俺は思った。ならばこそ眠気という靄がかかったこれも夢なのだろうか。夢の中で見る夢はどんな物か知らないけれど、起きたらやはりそこには現実が待っているのだろう。

 夢が覚める。
 現実ではないのだとずっと逃げてきた事から目を向ける時間が始まるのだ。
 きっと、次に目を開けたらそこは確かな現実が待っている。
 長い夢の最後を今、俺は見ようとしている。

「おやすみなさいイツキさん」

 霞んだ意識のむこう、そんな優しい声が最後に聞こえた。


 
 

 
後書き
原作時間前終了。
こっから一気に数年キンクリします。
グダグダやってても時間かかるので一気に飛ばすでー 
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